百三 魔法道具の術式回路

 陶板作成の成功以来、工房で作る魔法薬は全て魔力炉で作っている。


「そろそろ上級に移りたいけど、素材がなあ……」


 上級傷薬の素材は、クイトでも入手は難しいらしい。なので試作はしていない。ちなみに材料を聞いたところ、いくつかは手元にある素材だった。


 特に四つ目熊の素材には驚かされる。上級傷薬には、四つ目熊の上方の目が必要らしい。


 ――いざとなったら、ゲシインまで行って狩ってこようかな。


 とはいえ、行き帰りで結構な金額を要する。辺境までの水路の運賃は高いのだ。商業用の貨物ならば補助金が出ているので高くはないが、純粋に人が移動するだけの場合、高額になる。


 かといって、素材狩りの為だけに単独で商人の護衛依頼も受けにくい。大体、水路は安全性が高いので、護衛を依頼する商人の数自体が少なかった。


「運賃が安くなればいいのに……」

「え? 何か言った?」

「何でもない」


 つい口から漏れていたらしい。ティザーベルは軽く誤魔化し、今日の作業の準備に入った。




 上級の魔法薬を作れないのなら、別の事をやればいい。魔法薬は大分試作が進んだが、魔法道具の方はまだ容器程度だ。


「これまでの魔法道具って、魔導道具らしいものじゃなく、単純に機能を追加した代物って程度だったからね」


 再び黒板を引っ張り出したクイトは、笑顔でチョークを握る。これからやる事こそ、魔法道具の真髄だそうだ。


 確かに、これまで目にしてきた魔法道具は、様々な動作をする、いわば電化製品や電動器具のようなものだった。なので、魔法道具といえばなにがしかの「動作をする道具」という思い込みがティザーベルにはある。


 逆に、これまで作った保存容器が魔法道具と言われて、ピンとこなかったくらいだ。


 クイトは黒板に幾何学模様を描きながら説明する。


「魔法道具には、通常こうした術式回路が記述されている。これに魔力を通す事によって、あらゆる魔法的な動作をさせる事こそが、魔法道具を作るという事なんだ」


 彼が描いた術式回路は、陶板に記述したものと似て非なるものだ。陶板に記述したものが回路図のようなものとすれば、黒板に描き出されたものは文様のようなものといえる。


「魔法道具用の術式回路は、基本構造は開始と終了さえ決めておけば、無限にあると言っていい。ここに描いたものも、ほんの一例に過ぎない。ただ、先人の作った術式回路は長年の研究により効率化されている事が多いから、そこから学ぶ事は多いんだ」


 他にも、黒板に三つの術式回路を描き出す。


「実はこの三つ、全て同じ動作を行わせる為の回路なんだ。でも、見た目が全く違うでしょ?」

「確かに」


 最初に描き出したものが一番小さく密度が濃い。二番目は中でも一番大きく文様も薄い。三番目と四番目は似たり寄ったりの大きさだが、文様の密度が若干違った。


「見た目だけで言うなら、術式回路は小さければ小さい程いい。その分、効率よく魔力を通せるからね。大きくなればなる程、流す魔力量を増やさなければならないと思っていいよ。だから、その回路も小さくまとめる事を念頭に研究されるんだ」


 回路の中には重複して使う術式も多く、それをいかに効率よくまとめるかが肝心だという。


 ――はて? なんかどっかで聞いた事があるような……


 以前、似たような話をどこかで聞いた覚えがあるのだが、思い出せない。ティザーベルがうんうん唸っている間にも、クイトは準備を進めていた。


「今回は最初だから、感じを掴む為に簡単な動作をさせてみよう。って事で、これ」

「何これ」

「木の箱。これに術式回路を記述して、蓋に触れるだけで開くようにしてみよう」


 つまり、今日の試作第一号の魔法道具という訳だ。回路に記述する術式としては、「感知」で触れられたかどうかを検出し、「開ける」で蓋を開ける。動作としてはまことにシンプルだ。


 クイトに教えられた通り、昨日までに作成した記述用インクを使って箱の蓋の裏側に直接記述していく。今回も下書きをしてからの記述だ。


「ちなみに、どうして箱の裏なの? 中に記述しちゃダメとか?」

「今回は動作をかなり単純にさせているから、感知と開ける箇所を特定する術式を省略してるんだ。だから、実際に動作させる場所に記述するってだけ」


 つまり、蓋以外の場所に記述する為には、感知と開ける場所の両方を特定する術式を追加する必要があるという事か。


 ――割と頭使うな、魔法道具って……


 魔法薬もそこそこ頭を使うが、レシピが既に出来上がっている分楽に感じる。魔法薬はテンプレートが決まっていてそこに必要事項を当てはめていけばいいが、魔法道具の方は一から組み立てなくてはならない。


 無論、魔法道具の方にもある程度のテンプレートはあるのだろうが、より自由度が高いもののようだ。その分、きちんとマスター出来れば望み通りの魔法道具を作る事が出来るだろう。


 下書きを紙に記述し、クイトの合格をもらってから箱の蓋に記述する。記述の際も魔力を使用するけれど、試作品は小さい上に動作も単純化されたごく軽いものだからか、そこまでの負担はない。


「出来た」

「じゃあ、試してみようか」


 クイトの言葉に頷いて、ティザーベルは先程記述したばかりの箱の蓋に軽く触れた。すると、勢いよく蓋が開く。試作は成功だ。


「動く魔法道具はこんな感じ。どう?」

「うん、面白い」


 こういう方が、いかにも魔法道具という感じで楽しい。保存容器も大事だが、自分が作りたいのはやはりこういったものだ。改めて実感するティザーベルだった。




 魔法道具の術式回路に記述する術式には、基本制限はない。ただし、回路が大きくなるとそれだけ必要な魔力量が増えるので、なるべくコンパクトにする必要がある。


「うーむ……」

「どんな感じ?」

「全然ダメ」


 試作の箱を成功させてから、ティザーベルは段階を踏んであれこれ作ってみた。朝一に箱を作ってから昼食を挟んで、今は既に日が大分傾いている。


 現在彼女が取り組んでいるのは、小型の自動走行機能がついたミニカーだ。記述部分に触れれば前進するだけの単純なもののはずなのに、なかなかうまくいかない。


 原因の大半は、術式回路が大きすぎてミニカーに記述しきれないところにある。


「ただ前に進ませるだけなのに……」

「本体が小さいからねー」


 確かに、もう少し車体を大きくすれば問題ないのだろうが、これから盛り込む術式を考えると、この大きさでなくてはならない。


 ――本番には、もっと入れなきゃいけない術式が増えるんだから。前進程度、この大きさで出来るようにしておかないと。


 目指すゴールは決まっているけれど、そこまでの道は遙かに遠く険しいようだ。


 ティザーベルは、ミニカーを持ち上げてじっくりと眺める。最初は四輪全てを動かそうとしたが、あえなく失敗。四輪全ての動きがちぐはぐでその場で空ぶかしした状態になったのだ。


 それならと後輪二輪だけを動かそうとしたけれど、今度はうまく前に進まない。斜めに進んだり、その場でくるくると回る事は出来ても、まっすぐ進む事だけは出来なかった。


 車輪の動きをきちんと同期出来ていないのが原因とわかってはいても、それをやろうとすると回路が大きくなりすぎて、本体に記述しきれない。


 前世でのミニカーは、どうやって動かしていたのやら。そこまで考えて、閃いた。術式に問題があるのなら、物体の構造を変えればいい。ミニカーにこだわっていて、自動車の構造が頭からすっぽ抜けていたのだ。


 構造だけなら、ミニカーにこだわる必要はない。どうせ本番はもっと大きくなるのだ。


「だったら、車の形にこだわらなくていいかも」

「え? 何だって?」

「何でもない!」


 そうと決まれば、車軸の構造から思い出さなくては。ティザーベルは作業台の上で紙を前に、思い出せる限りの車の情報を書き出し始めた。

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