九十八 初級終了
クイトとの時間も、気づけば一週間が経っていた。この間に作ったのは、最初の傷薬、それを入れる容器、咳止め、熱冷まし、それらを入れる瓶などだ。
「最初に作った魔法道具が入れ物ばかりって、どういう事?」
ついそんな事をぼやけば、隣のクイトが明るく笑い飛ばす。
「大事だよ? 入れ物。容器によって、薬の保ちが違うんだから」
一週間毎日工房で顔をつきあわせているせいか、すっかり気安い言葉でのやりとりに慣れてしまった。これに関しては、クイトに言われた事が大きい。
曰く「堅苦しい言葉使いをされると、教える気が萎える」だそうだ。たかが言葉使い程度で、と思わなくもないが、その程度で相手がやる気を出してくれるなら、堅苦しさなどどこかに放り投げておけばいい。
先程の容器に関しては、最初の傷薬を入れる容器を作る時に聞いた。作成時に使った素材も、効果点数は状態保存に振ったものばかりだ。
それにしても、容器に適した素材がまさか魔物の骨だったとは。これまで狩ってきたあれやこれやの骨も、こうして容器に使われていたのかと思うと、何やら微妙な思いがある。魔物の骨は、状態保存の効果点数が高いのだ。
魔物の骨を焼いて砕き、他にも状態保存の効果点数が高い素材をいくつか混ぜ、型に入れて魔力炉で成形すると容器の出来上がりだ。
魔力炉は、火の代わりに魔力を使う炉だ。鍋を使うより濃密な魔力を大量に使用する場合は、この魔力炉を使う。
傷薬の時も思ったけれど、どうして魔力を加えるだけでああも形状が変わるのか。魔力炉で成形した容器は、粉末から固形に変化している。何がどう作用すればこうなるのか。
とはいえ、今は「そういうもの」としておく以外にない。
――知識として既に解明されているのかもしれないけど、無理に知る必要はないし。
魔法薬と魔法道具の作成方法を習っているのも、職人や魔法薬師になりたい訳ではなく、あくまで自分やパーティーメンバーの用を足せるように、と思っての事だ。
ティザーベル自身は、あくまで結果が出せれば満足なので、課程などは専門家が知っていればいい事だった。
本日のメニューは、かゆみ止めと皮膚炎用の塗り薬、さらにそれ専用の容器の作成だ。かゆみ止めはまだしも、皮膚炎からは持たせる効果の数が変わる。
これまでは多くて三つだったが、皮膚炎は化膿止め、炎症止め、自己治癒能力向上(小)、かゆみ止め、鎮静作用の五つの効果を入れなくてはならない。
「皮膚炎用の薬にも、かゆみ止めが入っているのに、またかゆみ止めも作るの?」
「そう。皮膚炎用の薬は、かゆみ止めに比べると高いから」
「ああ、なるほど」
ただかゆみを止めたいだけなら、お高い皮膚炎用の薬を買うより、安価なかゆみ止めを買うという訳か。
確かに、提示された素材を見ると価格の差は明らかだ。かゆみ止めの素材は魔法植物が三種類なのに対し、皮膚炎用の薬は魔法植物四種類に加えて魔物素材も入っている。基本的に、魔法植物より魔物素材の方が金額が高い。
冒険者が命がけで狩ってくるのだ、買い取り金額も魔法植物より高い。ものによっては、魔法植物の方が高額になる事もあるけれど。
――採取が難しい場所に生える魔法植物とか、あるもんなあ……
ラザトークス時代にも、高額の依頼の中に、時折魔法植物が紛れ込んでいた。依頼主はあまり見ない名前だったから、多分帝都の魔法薬師か、そこから注文された商会が依頼したのだろう。
「今日の皮膚炎の薬までは、これまでと同じで鍋で作るよ」
クイトの声に、ティザーベルはこの一週間ですっかり使い慣れた鍋をかまどにかける。今回煮出すのは魔物素材の方だ。魔法薬草はすべて魔力で乾燥、粉砕まで行ってある。
鍋に入れた材料は、オオガエルの皮と内臓の一部。これは一緒に煮出していいという。
水を入れた鍋に素材を放り込んで火にかけて煮出していくと、これまでの素材ではなかった現象が起こった。臭いが酷いのだ。
「ぐ……ゲホッゲホッ」
「ああ、結構くるね。確かこっちに……」
クイトが涼しい顔で壁の一部をいじると、部屋に充満していた臭いが一方向に流れていく。どうやら、換気扇らしきものがあるらしい。そんなものがあるのなら、最初から使ってほしい。
そこで、はたと気づく。外にこの臭いをまき散らしたら、結構な近所迷惑ではなかろうか。それこそ臭いのテロだ。
「臭いが外に――」
「出ないよ。あの換気扇は魔法道具で、消臭の術式も施してあるんだ」
彼のその言葉にほっとするが、同時におかしな事にも気づいた。彼はいつ、あの換気扇の存在をしり、かつそれが魔法道具であると知ったのだろう。この工房に一緒に来た時には、内部の構造には詳しくなさそうだったのだが。
ついそんな事に意識を向けたからか、鍋の中身がおろそかになっていた。
「鍋、鍋! ちゃんと混ぜないと!!」
「あ!」
慌てて混ぜる。まだリカバリーは利くらしい。今度こそしっかりと鍋の中身を見つめながらかき混ぜ、成分抽出に集中した。
抽出した成分を含む溶液の中に、あらかじめ粉砕しておいた魔法植物の素材を入れ、再びかき混ぜる。この時に注ぎ込む魔力は、これまでより少し多めだ。
これまで同様、鍋の中身の上部分から徐々にクリーム化していき、最終的には鍋いっぱいの皮膚炎の塗り薬が完成する。
これを塗り薬用の容器に移し替えて完成だ。容器の方は、既に必要以上の個数を作ってある。魔力炉で作る際には、効率を考えて多めに作るものなのだそうだ。
――一回に魔力炉に注ぐ魔力は一緒だもんね。
魔力炉で必要とされる魔力量は、作成するものによって必要量が変わるが、炉に入りきる数ならば個数には左右されない。例えば、容器を作るのに魔力が十必要であるとして、炉に入れる数は一個でも十個でも変わらず十なのだ。
上限数は炉の大きさによって変わるので、大型の魔力炉を作れる職人は引っ張りだこになるそうだ。
この工房に設置されている魔力炉もかなり大型のもので、塗り薬の容器程度なら一度に百個はいける。素材をそこまで揃えられなかったので、結局前回作ったのは三十個だけだったが。
それでも練習として作る魔法薬を入れるには十分な数だ。足りなければ、また作ればいいのだし。
出来上がった皮膚炎用の塗り薬を容器に入れ、クイトの前に並べる。彼が一つ一つ確認し、これで合格がもらえれば、次の薬に移れるのだ。
「……うん、品質的には問題ないみたい。おめでとう、これで皮膚炎の薬も合格だよ」
「ありがとうございます」
毎度不思議なのだが、彼はどうやって品質チェックをしているのだろう。この世界には「鑑定」という術式はないはずだ。あれば簡単にあれこれ知ることが出来て便利だろうに。
そんな考えが顔に出たのか、クイトが苦笑している。
「どうして見るだけで品質がわかるのか、って思ってるでしょ?」
「ええ、まあ……」
ごまかしたところで意味はないので、ティザーベルは素直に認めた。
「僕も、普通の薬の品質確認は出来ないよ? これが魔法薬だからこそ、見ただけで確認出来るんだから」
「やっぱり、何か術式を?」
「そう。入っている効果と魔力量を調べられる、その名も『品質チェック』ってオリジナルの術式。でも、この術式、さっきも言ったように、魔法薬にしか使えないんだよね」
「ははは」
笑うしかない。前世でしか聞かなかった言葉のオンパレードだ。そこを突っ込むべきか否か。少しだけ悩んで後者を選んだ。
クイトとは、魔法薬と魔法道具を覚えきるまで関係が続く。下手な事を言って違う人と交代、となったら、こちらが混乱しそうだ。
――人柄も悪くないし、何よりわかりやすい教え方をしてくれるし。
他の人が聞いたら、クイトが何を言っているか今ひとつわからないだろうが、ティザーベルには通じるのだから、それでいい。
納得のいく落とし所が見つかったティザーベルに、クイトが何でもない事のように言った。
「さて、じゃあこれで魔法薬の初級は卒業ね。次からは中級に移ろうか。そっちは、術式のみで作る薬ばかりだよ」
どうやら、とうとう魔法薬の真髄に足を踏み入れる事になるらしい。
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