九十六 作戦会議……?

 セロアは簡単に捕まった。工房を後にしたティザーベルは、そのままギルドに向かい受付に座っていたセロアを誘ったのだ。


「今晩ご飯どうよ?」

「了解」

「んじゃいつものとこに、六時ね」

「わかった」


 滞在時間、わずか一分未満だ。そのままギルドを出たティザーベルは、時間まで浴場で時間を潰す事にした。


 湯上がりのさっぱりした顔で店に行くと、セロアにはじと目で迎えられる。


「人が汗水垂らして働いている間に、優雅に入浴かね?」

「受付の仕事がそこまで過酷たあ、知らなかったなあ」

「やかましい」


 基本、受付は接客と事務が仕事だ。確かに本格的にやろうとすると多岐に渡る情報を常に更新しなければやっていけない過酷な職だが、逆に手を抜こうと思えばいくらでも抜ける仕事でもあった。


 ちなみに、セロアは前者である。


「これからあんたを労うから、それで良しって事にしておこうよ」

「うむ、苦しゅうない」

「うつってるうつってる」


 時代劇かかった言い方を好むのは、ティザーベルの方なのに。そう指摘すれば、セロアが吹き出したので、ティザーベルもつられて笑う。やっぱり、気心の知れた相手は楽だ。


 いつもの店のいつもの個室に入って落ち着くと、早速セロアから切り出してきた。


「それで? 今回は何があった? 例の四階での事?」

「まあ落ち着きなよ。ちゃんと話すから」


 まだ飲み物もきていない。部屋に入る前に適当に注文はしてあるから、すぐに来るだろう。


 程なくして届いた飲み物を手に、二人でグラスを合わせる。


「お疲れ」

「あんたもね」


 果汁ベースのカクテルは、甘くてアルコール度数も控えめなので助かる。グラス半分くらい飲み干したところで、ティザーベルが打ち明けた。


「転生者が見つかった」

「マジで!? 凄いペースだね」


 セロアの言うとおりだ。憑依型の転生者に次いで、転移者である菜々美と出会い、そしてまた転生者だ。しかも今回は憑依型とも思えない。何より、あのインテリヤクザ様の知人だ。身元はしっかりしているのだろう。


「……ただ、前世が日本人かどうかは、怪しい。うちのパーティー名知ってるはずなのに、何の反応もなかったし」

「じゃあ、どうやって転生者だって気づいたの?」


 セロアの当然の突っ込みに、一瞬ティザーベルは詰まる。かといって、別におかしな事でもない。


 逡巡した後、小声でぼそりと呟いた。


「トイレって、言った」

「え? 何? 小さすぎて聞こえないよ」

「だから! 手洗いの事を『トイレ』って言ったのよ! 台所だって、キッチンと言っていたし」

「あー……確かにそりゃ転生者だ」


 そう言ったセロアは、グラスに残った飲み物を一気に呷る。


「で、その転生者、どこの誰よ?」

「どこに住んでるかは聞かなかったけど、クイトって名前で、私に魔法薬と魔法道具の事を教えてくれる人」

「ああ、そういえばそんな事、言ってたね。にしても、凄い縁だね」


 確かに。まさか紹介された人物が転生者とは。世の中は狭い……というか、意外と異世界は狭いのかもしれない。


 注文していた料理が並び、次の飲み物も届いたので食事にする。セロアが好物の野菜の煮物をつまみながら聞いてきた。


「カミングアウトはするの?」

「んー、どうかなあ。別に彼は生活に困ってる訳じゃなさそうだから、しないかも」

「あー」


 元々パーティー名に「オダイカンサマ」と名付け、日本からの転生者を探し始めたのは、困った状況に陥っていたら、同郷のよしみで出来るだけの手助けをしよう、と思ったからだ。


 クイトははっきり聞いていないけれど、インテリヤクザ様からの紹介であり、彼と親しげにしているところから貴族だろう。身なりもいいので、没落貴族という線もなさそうだ。


 家柄が良く生活に困った様子も見られないのなら、自分たちが日本からの転生者だと教える必要もあるまい。


「向こうが気づいたら、答えるけどね」

「あえてこちらからは言わない……か。いいんじゃない? でも、相手男性なのね」

「うん。見た目、二十そこそこくらいかな」

「へー」


 何だか、セロアの言い方が意味深だ。だが、これまでの付き合いで、ここで突っ込むと痛い目を見るのはこちらだとわかっているので、ティザーベルはあえて気づかないふりをする。


 だが、そんな彼女をセロアが見逃すはずがない。


「どんな人?」

「明るい人……かな?」

「話しやすそう?」

「あー、それはね。割と軽い感じ」

「見た目は?」

「黒髪のロン毛、顔立ちはまあまあ。ただちょっとへらっとした部分あり」

「ほうほう。んじゃ、ヤードさんと比べてどっちが上?」

「何を比べるんだ何を」


 悪い予感は当たった。おそらく、恋バナをしたいという訳ではなく、恋愛に引っかけてからかいたいだけなのだ。


 うんざりした顔をするティザーベルに、セロアが続けた。


「そりゃあ、男としての魅力? どっちが好み?」

「あんたまで、他の受付みたいな事言うな」

「あいつら、そんな事言ってたの? 仕事さぼりおって」


 話を反らすのに成功したらしい。そういえば、ギルドの人材はかなり入れ替わったはずなのに、何故まだあんな連中が受付にいるのか。


「受付の人材って、私が辺境ツアーに出てる最中にリストラされなかったっけ?」

「されたよ。今いる子達、リストラの後に採用されたの。これがまた、コネ採用でさあ。上は何考えてるんだか」


 コネ採用を一掃したというのに、その後もまたコネ採用するとはこれ如何に。ただ、セロアによれば、今回採用になった受付はまだ仕事が出来る方だという。以前リストラされた連中は、どうにも使えなかったんだとか。


「そう考えるとまだましかと思うけどさ。でも、サボって男の話かよ。そういうのは業務時間終了してからやれっての」

「まあ、聞かれてもパーティーメンバーのあれこれなんて、簡単に教えないけど。あの時も彼女達に言ったけど、自分で聞けって話」

「それが出来ればあんたには聞かないでしょ。本人に話しかけられないか、そもそも本人をギルドで見かけないか。私だって、そんなに見た記憶ないもん」


 セロアの言葉に、なるほどと納得する。そういえば、受付に行くのは大抵ティザーベルで、ヤードとレモはその間に鍛冶屋に行く事が多い。しかも、ここしばらくは帝都を留守にしていた。


「例の辺境強制ツアーもあったしなあ。そうでなくとも、おじさんはともかくヤードは受付になんて殆ど行かないし。でもそれは私のせいではない」


 本人が面倒くさがりだというだけだ。そんなクレームまでこちらに向けられてはたまらない。


「いっそ、本人にあれこれ話していいか聞いておくとか?」

「そこまであの女達にやってやらなきゃならん義理はない」

「それもそうか」


 リストラされる前もされた後も、どうにも帝都の受付とは相性が悪い。今はセロアがいるので、必要な場合は彼女のところに行く。


 そういえば、受付の主任のような男性がいたはずだ。名前は何と言ったか。


「セロア、受付の主任っていう男性、いるよね?」

「ああ、キルイド主任? あの人、仕事早いしいい人よね」

「それそれ。帝都に来て間もない頃から世話になってたんだ」

「世話になってる自覚があるなら、名前くらい覚えろ!」


 さすがに仕事が絡んでくるからか、セロアからの厳しい叱責が飛ぶ。正論故に言い返せない。


 ティザーベルは慌てつつも話を続けた。


「とにかく、ああいう有能な人がきちんと上のポストに就いてるんだから、本部の人事ってちゃんと仕事してるよね」

「それは、まあそうね。辺境だと、どうしてもなあなあな人事になりがちだから。ラザトークスだってそうだもん」

「へえ? あの鬼の支部長がいて、そんな事あるんだ」

「目の前にいる」

「はえ?」


 思ってもいなかった返しに、ティザーベルの口からおかしな声が出た。その様子にセロアは笑い、説明する。


「ほら、うちの両親が亡くなった後、割とすぐギルドに就職出来たでしょ? あれも、小父さん……支部長の口利きなのよ。辺境のギルドだと、人事権は支部にあるからそういう事も出来るの」


 逆に、人事権が中央にあると、臨機応変に動けなくなって支部が大変になるそうだ。だからこそ、支部長の権限は大きい。


「とはいえ、そのリサント支部長も不正には気づかなかったみたいだけどねー」

「そうねー……って、え!?」


 何故、それを知っているのか。辺境ツアーの依頼内容は、たとえ職員でも知らないはずなのに。


 驚きで固まっていると、セロアがへらっと答えた。


「例の依頼の内容なら知ってるわよ。私、今は受付にいるけどさ、それとは別にもう一つ役職あんのよ」

「やくしょく?」


 驚きすぎて、今ひとつ頭が追いついていかないティザーベルを放置して、セロアは続ける。


「そ。私が帝都に来る事になった理由、知ってるでしょ? あれ関連で、本部長付の情報統括担当なんて偉そうな肩書きがついてるの」

「じょーほーたんとー……」

「おかげで今じゃ三階に顔パスで入れるわよ。あ、あんたは四階まで顔パスだっけ」

「違うから! 呼ばれる事はあっても、顔パスにはならんから!」


 冗談ではない。出来るなら、二度と踏み入れたくない場所なのに。ティザーベルのあまりの嫌がりっぷりに、セロアが不思議そうに聞いてきた。


「そんなに嫌? 四階」

「嫌」

「そこまで言う何があるのよ、あの階」

「インテリヤクザ様が出現する」

「なんだそりゃ?」


 首を傾げるセロアに求められるまま、ティザーベルはぽつぽつと話し始めた。北の辺境へ行く前に、初めて四階へ上がった辺りから、今日の午後に行った事まで。


「へー。統括長官はまだ会った事がないけど、そういう人なんだ……」

「うん。見た目がもう完全インテリヤクザ」

「って事は、眼鏡?」

「片眼鏡だけど」

「よし!」


 いきなりガッツポーズを取るセロアに、再び驚かされる。一体、何が「よし」なのだろう。


 ぽかんとするティザーベルに、セロアは熱く語る。


「いいじゃん、片眼鏡。インテリでハイソな証拠よ。あ、子爵なんだからハイソは当たり前か。ああ、一度実物を拝んでみたいわあ」

「セロア、あんた眼鏡萌えだったのか……」

「眼鏡はロマンよ!」


 気付けば、その後も延々と眼鏡の良さを騙るセロアに、ティザーベルは軽く魂が飛びかけるのを感じていた。




 やっとセロアの独演会が終了したのは、二度目に注文した料理がすっかり冷めた頃だった。


「冷めてもおいしいのが唯一の救いか……」

「悪かったわよ。つい、たがが外れて」

「そーね」


 口の立つセロアに、萌えを騙らせてはいけない。この日学んだ事だ。決して短くない付き合いの友の、意外な一面を見た日だった。


 その当人はといえば、さらに残った料理をつまみつつ、こちらを見ている。


「で、話を戻すけど、そのクイトとかいう人の事は、基本放置にするの?」

「思い切り戻したな……まあ、こっちの出る幕がない程度には、困窮しているようにも見えないしね。向こうから聞かれたら、素直に答えるよ」

「そうね、それがいいかも。あ、今日は突発だったけど、例のザミ達とのご飯、いつにする?」


 そういえば、そんな話もあった。元々しばらくは帝都にいる予定だったし、ヤード達も何やら予定がありそうなので、へたをしたら二、三ヶ月くらいは動かないかもしれない。


 クイトから教わるのは、十日後からだから、それまでは確実に時間がある。


「十日以内ならいつでもいいかな。多分、ザミとシャキトの予定次第じゃない? 今日帰ったら、聞いてみる」

「了解。じゃあ、ある程度の日程を決めたら、菜々美ちゃんを誘ってみよう」

「うん、そっちはよろしく」

「了解」


 彼女相手だとさくさく決まるので楽だ。そういえば、ティザーベルの傍にいる人達は、割と即断即決の人が多い。ティザーベル本人も、あまり悩まず決めるタイプだ。類が友を呼んだのかもしれない。


 その後はとりとめもない事をだらだらと話し、日もとっぷりと暮れた頃にお開きとなった。


 帝都の夜は明るい。女が一人歩きしても問題ないのだが、一応ギルドの寮までセロアを送っていく。


「あんただって女でしょうに」


 そう笑うセロアに、ティザーベルも笑い返す。


「これでも腕利き冒険者ですから」

「人外専門のくせに」

「それは言わないお約束」


 そう言って二人で笑い合った後、分かれた。実際、専門外でもやろうと思えばやれるのは、これまでの依頼などで証明出来ている。


 もっとも、やはり何もない方がいいのだが。そう思いながら、空を仰ぐ。帝都の夜空は、辺境に比べると星の数が少なく見えた。

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