九十四 ギルド本部での一幕
ギルド本部に到着したのは、約束の午後一時の少し前だ。デロル商会からここまで来る途中で軽く昼食を取っていたので、間に合うか心配だったが大丈夫だった。
入って受付を見ると、セロアの姿がある。午後一時の辺りなど、ギルドの受付が一番暇な時間帯だ。
「たのもー」
「久しぶりに聞いたわ、それ」
セロアが笑いながら迎えてくれた。
「今日はどうしたの? こんな時間じゃ、依頼探しでもないでしょうに」
いい依頼には朝のうちになくなるので、こんな時間にギルドに来る冒険者は依頼探し以外の用で来るものだ。
当然、ティザーベルもその一人である。
「ちょっと、約束をね」
「ふーん……。あ、一時から四階使うのって、あんたなの?」
「四階?」
セロアの口から、嫌なフレーズが出てきた。今日はハドザイドが職人を紹介してくれる人物と遭わせてくれるはずなのだが。
――あれ? そういや本人は同席しないんだっけ。
とりあえず、ギルドに行けばわかるようにしておくと言われただけだ。だから、セロア辺りが何か聞いているかと思ったのだが……
四階使用とは、これ如何に。
「……嫌な予感しかない」
ティザーベルの中で、四階=インテリヤクザなギルド統括長官=厄介事を押しつけられるという図式が、すっかり成り立っている。
げんなりしたティザーベルに、セロアが声をかけてきた。
「心当たりでも?」
「一応?」
あると言えばある。だが、四階を使うとは聞いていないティザーベルの返答は、曖昧なものだ。
その様子をちらりと見たセロアは、椅子から立ち上がる。
「ふーん。まあいいや。ちょっと確認してくる」
そう言い置くと、彼女はカウンターから離れて奥へと去ってしまった。
閑散としたギルド本部では、受付もカウンター内で固まっておしゃべりに熱中している。冒険者が来ない時間帯は、大目に見られているのだろう。
だが、その彼女達の視線が時折こちらに来るのは、気のせいなのか。
――気づかないふりしておこうっと。
女子集団に絡まれると、いい事はない。これは前世でも今世でも共通したものだ。
だが、こちらがその気でも、相手が見逃してくれない事もある。
「ちょっといいかしら? あなた、ヤードさんとパーティー組んでる子よね?」
声をかけてきたのは、見慣れない受付だ。もしかして、以前行われたインテリヤクザもとい統括長官主導による、大リストラの後に入った職員だろうか。
それはともかく、言葉の内容から目当てはヤードだとわかった。
「そうだけど?」
それが何か? と言わんばかりのティザーベルの態度に、相手は一瞬むっとした顔をしたが、すぐに取り繕う。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど。ヤードさん、今付き合ってる相手いるの?」
「好みの相手とか」
「もしかして、もう決まった相手がいるなんて、ないわよね?」
誰も答えるともなんとも言っていないのに、一気にまくし立てる受付女子達に、ティザーベルの不機嫌度がアップする。
大体、メンバーの個人的な事をこんな場所で見ず知らずの相手にべらべらと喋るバカはいない。パーティーなんて、お互いの信用が第一なのに。
うんざりしつつ無言を貫き通すティザーベルに、先頭切って聞いてきた女子が焦れた様子で問いただしてきた。
「ちょっと、聞いてるの?」
「聞いていないし、聞く気もないよ。そんなの、本人に直接聞きな」
彼女の返答にむっとした女子達だが、構う事はない。顔も覚えていない相手なら、普段から関わらない受付だ。
大体、ティザーベルはセロアがいる時は彼女に、そうでない時は受付業務主任にキルイドに頼んでいる。
なので、目の前でこちらを睨んでくる女子達を敵に回したところで痛くもかゆくもなかった。
先頭の女子は怒り顔でこちらに言ってくる。
「それが出来ないから、あんたに聞いてるんじゃない。少しは察しなさいよね」
「やなこった」
「はあ?」
「自分で聞けない事を、なんであんた達とは縁もゆかりもない私に聞くのよ。それに答える義務は私にはないっての」
ずらずらと並べ立てると、図星を指されたのか相手はひるんだ。
「冒険者が、自分のパーティーの仲間の事を簡単にべらべら喋る訳ないでしょ? そのくらいは察しなさいよね」
最後の一言は皮肉だ。あやうく「馬鹿なの?」と続けようとして、ぎりぎりで止めておいた。既に相手は羞恥なのか怒りからなのか、顔を真っ赤に染めている。
「ちょっと、あんたさっきから何なの?」
「もう少し言い方ってものが――」
「見ず知らずのあんた達にいきなり声をかけられ、メンバーのあれこれを教えろと言われて、それはこれこれこうですって教えるバカ、いると思うの?」
喧嘩腰のティザーベルの態度も褒められたものではないが、相手の方も同様だ。まだ礼を持って接するのならばこちらも礼を持って答えるが、馴れ馴れしくすり寄ってくるような相手にはこの程度で十分である。
見ず知らずという部分に反応したのは、自分たちがギルドでは有名だという驕りからか。確かに、受付は顔で選んでいるのかと言いたくなる程整った容姿の者が多いが。
最初に声をかけてきた受付が、堪りかねたように声を出した。
「あなたねえ――」
「ベルー。確認取れたわよー」
タイミングよく、セロアが戻ってきた。一瞬、受付達がぎくりとした表情をしたのを、ティザーベルは見逃していない。
なるほど、こいつらにとって、セロアは怖い相手なのだ。ならば、後は彼女に任せた方がいい。ギルド職員の問題は、ギルド職員で解決してもらおう。
「うむ、苦しゅうない、近うよれ」
「何それ。やっぱり、四階の件はあんただったわよ」
つい、彼女相手だと気楽に冗談も言えるのだが、返ってきた言葉にティザーベルの顔が固まる。
「マジかー……」
「マジだー。向こうさんはもう来てるらしいから、急いだ方がいいよ。で? あんた達は固まって何やってんの? まだ就業中だけど?」
そういえばそうだ。いくら人がいない時間帯とはいえ、まったくいない訳ではないし、休憩時間でもない。
セロアは集まっていた受付達にずいっと一歩踏み出す。
「こんなに集まって何やっていたのかしら? 頼んでおいた書類の整理はもう終わったの? だったら提出してね。確認するから」
にこやかに言っているが、目が笑っていない。それがわかるからか、受付女子達も何やらトーンダウンだ。
「い、いえ……その……」
「終わってないの? じゃあ早く終わらせて。もうじき混む時間帯になるわよ。窓口閉めた後まで仕事するの、嫌でしょ?」
「……はい」
どうやら、やるべき事を放り出してまで、こちらに来ていたようだ。セロアに注意された受付達は、すごすごと自分の席へと戻っていく。こちらを睨むのを忘れていないのは、いっそあっぱれと言うべきか。
「ったく、サボってんじゃないわよ」
「あー、じゃあ、私これで行くね。四階だよね?」
怒れるセロアからは離れるに限る。経験則でそれを知っているティザーベルは、ここに来た当初の目的を果たす為に、カウンターから離れた。
そんな彼女に、セロアが声をかけてきた。
「あ、近場で空いてる日、ある?」
「しばらくは帝都にいる予定だから、空いてる日はあるけど」
ヤード達も何やら帝都に残ってやる事があるようだし、オダイカンサマはしばらく開店休業状態になりそうだ。
ティザーベルの返答に、セロアがにやりと笑う。
「ザミ達も一緒に、ご飯どうよ? 都合つけば、菜々美ちゃんも入れて」
セロアが帝都に来てすぐに、ザミ達二人には紹介している。セロアとも気があったようで、時折ティザーベル抜きでも遊びに行っていると聞いていた。
確かに、四人揃うのは久しぶりかもしれない。何せ、ティザーベルが辺境ツアーに強制連行されていたのだ。
それに、菜々美ならあの二人とも気が合うとティザーベルも思う。シャキトゼリナが少し人見知りなところがあるけれど、素直な菜々美相手ならすぐに打ち解けるはずだ。
「わかった。ザミとシャキトには、私から連絡入れとくよ。菜々美ちゃんの方は頼んでいい? こっちの予定がわかり次第、ギルドに来るわ」
「了解。よろしく」
軽く手を上げて挨拶を交わすと、ティザーベルは階段に向かった。
一人でこの四階に来るのは初めてだ。さすがに人のいない階だけあって、しんと静まりかえっている。
四階の扉の前で、立ち止まって深呼吸した。二度三度と深く息を吸っては吐いてを繰り返し、何とか気を落ち着かせる。
扉をノックしようとした途端、中から開けられた。
「遅かったな」
そこに立っていたのは、インテリヤクザなギルド統括長官、メラック子爵である。もう少しで悲鳴を上げるところだった。
そんなティザーベルの様子を知ってか知らずか、メラック子爵は手ずから開けた扉を大きく開け、ティザーベルを中へと招く。
「入りなさい」
「……失礼します」
気分は処刑台に上る囚人のようだ。もちろん、そんな状況に陥った事は一度もないが。
この部屋に入るのは三度目だが、一人で入るとまた印象が違う。相変わらず大きな部屋の大きな楕円形のテーブルの奥に、促されて座る。
子爵は隣に腰を下ろし、その妙に近い距離感に背中を冷たい汗が流れた。
「緊張する事はない。今日は何の為に来たか、わかっているのだろう?」
薄く笑う子爵にそう言われ、本日の目的を思い出す。技術を教えてくれる職人を紹介してもらう手はずだ。
という事は、ハドザイドの言っていた紹介者というのは、メラック子爵の事だったのか。
――まさかこうなるとは……ついこのあいだ、希望を聞かれて特にないって答えたばかりなのに。
ハドザイドへの貸しを返してもらう口実に、と思ったのが裏目に出た。大体、どうして爵位なしの彼から爵位持ちのメラック子爵に話が持ち込まれるのか。いや、もしかしたら、ハドザイドの上司に当たるヤサグラン侯から話が言ったのかもしれない。
侯爵からの頼み事なら、メラック子爵が断れるはずもないだろう。爵位的にも、立場的にもあちらが上だ。
そんな事を考えていると、メラック子爵が小さく笑った。
「色々と言いたい事もあるが、まあいい。率直に言おう。ハドザイドから聞いたが、魔法道具と魔法薬の技術を身につけたいという話だったが、間違いはないか?」
「はい」
やはり、先日の件を持ち出されたか。苦い思いを呑んで、ティザーベルは簡潔に答える。
「通常、そういったものは、親方から弟子に直接受け継がせるもので、外部には出さないものだという事は、知っているか?」
「……はい」
頷きつつ、メラック子爵の様子を窺う。今回彼女が言い出した事は、かなり横紙破りな事だ。
先程子爵が言ったように、本来なら親方の元に弟子入りし、一番下っ端から修行して技術を磨くのが筋である。
だが、ティザーベルにはそれが出来なかった理由は一応あるのだ。いくら魔力を持っていても、故郷のラザトークスでは誰も彼女を弟子にしてくれる人がいなかったのだから。
余り者を雇ってくれるところなど、冒険者ギルドくらいなものだったのだ。ただ、それをここで説明したところで信じてもらえるかどうか。ヤサグラン侯達でさえ、最初は信じてくれなかったのだ。
ティザーベルは、無言のまま子爵の次の言葉を待った。
「本来なら、外部の者に教えてもいいという職人を見つけるのは一苦労なのだが、ちょうどいい事に一人心当たりがあってな」
「本当ですか!?」
子爵からの意外な一言に、思わず声を出してしまったが、相手は頷いて肯定する。
「ああ。それと、諸々を行う場所として工房も用意しよう。そこを使うといい。辺境の一件の礼と詫びだ」
「ありがとう……ございます?」
確かに、魔法薬の作り方を覚えるにも、魔法道具を作るにも場所は必要だ。その辺りはギルドかゴーゼにでも頼んで斡旋してもらおうと思っていたので、用意してもらえるのは大変ありがたい。
――んだけど、何故そこまでしてくれる?
確かに辺境ツアーには強制的に連れ出されているけれど、所詮こちらは冒険者であちらはお貴族様だ。命令を聞かなかったら最悪首が飛ぶ。物理的に。
そういう意味では、こちらにそこまで配慮してくれるいわれはないと思うのだけれど。
首を傾げているティザーベルに、メラック子爵がにやりと笑った。
「不服か?」
「いえ! とんでもないです!! ありがとうございます!」
不服と取られて、今提示された全てを撤回されるなど、あってたまるものか。くれるというのなら、もらっておくまで。
工房に関しては賃貸だと思うけど、そういった場所を見つけるのも借り受けるのも、手間は結構かかるのだ。
こくこくと頷くティザーベルに、メラック子爵はゆっくりと頷いた。
「ならば良し。もうじき君に紹介する者が来る。このまま待ちたまえ」
「はい」
本日すぐに引き合わせてもらえるとは。ギルド統括長官のインテリヤクザ様は仕事が早かった。
そのまま痛い沈黙の中で待っていると、程なく何の予兆もなく扉が開かれた。
「ゼノー、ごめんね、遅くなって」
そう言いながら入ってきたのは、髪の長い若い男性だ。年の頃はティザーベルより少し上、二十そこそこくらいだろうか。
仕立てのいい服を着ているところから、いいところのお坊ちゃんといった風だ。
その彼が、つかつかとこちらにやってくる。ちらりと子爵の方を見たら、こめかみに指先を当てていた。
若い男性は、ティザーベルの脇に立ってにこにことこちらを見下ろしている。
「えっと?」
どちら様で? そう視線で子爵問うと、彼は重い溜息を吐いて爆弾発言をしてくれた。
「彼が君に紹介する人物、クイトだ」
よもや、こんな若い人物を紹介されるとは。ティザーベルはぽかんとした顔で隣に立つ若者、クイトを見上げた。
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