修行編

九十一 帝都本部の引き取り所

 セロアとの食事会の翌日、普段より遅く起きたティザーベルは、あくびをかみ殺しながら部屋を出た。


「あ、おはよー、ベル」


 隣の部屋の住人であり、同じ冒険者稼業をしている友達、ザミがちょうど部屋から出てくる。


「おはよう、ザミ。今日は仕事じゃないの?」

「うん、明後日まで休み」

「そっか」


 そのまま雑談をしながら、一緒に一階へ下りた。一階の居間には、いつものように大家のイェーサがいる。これもいつも通り、優雅にお茶を楽しんでいた。


「おはよう、イェーサ」

「おはよー」

「はい、おはようさん」


 いつも通りの挨拶を返してくれるイェーサに、改めて帝都に戻ってきたんだなあと実感する。


「飲んでいくかい?」


 そう言ってイェーサが手にしたカップを少しあげる。いつもならここで一緒にお茶をいただいてから外で朝食、というパターンだけど、今日は寝坊したので時間がない。


「今日はいいや。早くしないと、朝食出してくれる時間が終わっちゃう」


 大体どこの定食屋も、朝食と昼食の時間帯の間には小休憩を入れるので、時間を逃すと食いっぱぐれるのだ。


 ティザーベルの言葉にイェーサは軽く笑って返した。そのまま、ザミと一緒に行き着けの定食屋で朝食を取った後、ギルドへ向かう。


「もう次の依頼を受けるの?」

「ううん、辺境を巡っていた間に狩った魔物を引き取ってもらおうと思って」

「おおー。ねね、どんなの狩ってきたの?」


 ザミも冒険者だからか、ティザーベルが狩ってきた魔物に興味があるようだ。


 ここで端から名前を挙げていってもいいのだが、正直移動倉庫内に何がどれだけ入っているのか、ティザーベル自身も把握し切れていない。


 なので、にっこり笑って言った。


「一緒に引き取り所に行く?」

「行く!」


 聞けば、ザミが所属するパーティー「モファレナ」は、少し前に遠征依頼を受けていたそうで、今はまだ休み中なのだとか。


 要するに、暇なのだ。聞けばシャキトゼリナも暇なので、帝都で居候させてもらっている親戚の仕事の手伝いをしているんだとか。


「休みは休んでなよ……」

「いやあ、じっとしてるの苦手なんだよね、私もシャキトも」


 気持ちはわからないでもないが、冒険者は体が資本なので、きちんと体を休めておかないと、いざという時に体が動かなくて困る事になりかねない。 


 その辺りはザミもシャキトゼリナも知っているので、休みの間に何かするにしても、本業には響かない程度に調整しているそうだ。


 そういうところは、なんやかや言ってもプロ意識があるんだなあ、と思う。もっとも、生き残れる冒険者というのはそういうものだと言うが。




 この時間のギルドは空いている。いい依頼は早い者勝ちな為、指名依頼でも受けない限りは皆朝一でギルドに来るのだ。


 辺境巡回ツアーの依頼達成の手続きは既に終了しているので、今日は純粋に魔物素材の引き取りのみだ。


 それも討伐依頼で狩った魔物ではなく、もののついでで狩ったものばかりなので、受付を通す必要がない。


 ティザーベルはギルドの裏手にある引き取り所に直行した。


「おはよーございまーす」


 引き取り所のカウンターで声をかけると、奥から答える声が聞こえる。のっそりと出てきたのは、帝都のギルド本部魔物素材引き取り所のボス、ギメントだ。


「おお! ティザーベルじゃねえか」

「久しぶりー」


 と言っても、ほんの数ヶ月帝都を留守にした程度だ。それでも、ちょくちょく素材を持ち込んでいたティザーベルが顔を見せない期間としては、長かっただろう。


 ギメントもまったくだと言って笑う。


「こんな長い間どこに行ってたんだよ?」

「あー……仕事で辺境を回ってた」


 事実は、半分強制的に辺境巡回ツアーに参加させられていたのだ。おかげで辺境の魔物を狩る事が出来たのはいいが、問題ありな支部に引き取らせる気にもならず、結局帝都まで持って帰ってきている。


 ――ったく、辺境の支部のどこも問題ありってどうなのよ。


 それも今回の一件で、少しは改善されるだろう。というか、してもらわなくては何のために巡回ツアーに参加させられたのかわからない。


 遠い目になりながらそんな事を考えていると、ギメントに聞かれた。


「んで? 今日はその辺境で狩った獲物を持ってきたのか?」


 そう言ってにやりと笑う彼には、嫌みなところが全くない。ギメントの場合、純粋に珍しい魔物を解体するのが楽しいし好きなのだ。ある意味、引き取り所での仕事は彼の天職と言える。


 ティザーベルも、気を取り直してにやりと笑い返した。


「ふっふっふ、見て驚け!」


 そう言って移動倉庫になっている肩掛け鞄を開けようとした途端、ギメントから待ったがかかった。


「ここで出すな。広さが足りんだろうが。奥行くぞ奥」


 そう言って、カウンター脇の扉を開けてくれる。確かに、移動倉庫の魔物を全部出したら、この引き取り所がパンクするのは確実だ。


 通された奥は、相変わらずがらんとしている。今日は解体職人が少ないのか、奥には二人いるだけだ。


「よし、じゃあここに出してくれ」

「うっしゃあ」


 ギメントの言葉に答えて、ティザーベルは移動倉庫から次々と魔物素材を出していく。ちなみに、スペースの関係上、一種類につき一匹ずつだ。


 それでも、周囲は騒然とし始めた。


「こ、こりゃ四ツ目熊じゃねえか!」

「こっちはツチドクツノガエルだ!」

「これ、ツチドクオオマイマイか……?」

「ムラサキオオトカゲだよこれ……俺、初めて本物見た……」

「これはキイロオオコウモリか……他に比べると普通に見えるけど、これも十分貴重な素材だよな……」


 他にもラザトークスの大森林で採取してきた魔物や植物を出しているけれど、ゲシインの地下で狩った魔物が希少過ぎて、皆の目に入っていない。


「あ、そうだ。ギメント、これ、なんて魔物かわかる? ソラウオに似てるんだけど」


 そう言ってティザーベルが出したのは、ゲシインの地下で狩ったソラウオモドキだ。


「どれ……こりゃ、目なしソラウオだ!」

「めなしそらうお?」


 聞いた事がない名前だ。とはいえ、「ソラウオ」と入っているのだから、ソラウオの仲間なのだろうけれど。


 興奮したギメントは事細かに説明してくれた。


「こいつはソラウオとは別の仲間なんだが、見た目と生態が似ている事からソラウオとついているんだ。何でも光が差さない暗闇に生息していて、滅多な事じゃお目にかかれねえ。本当に、これだけの魔物、どこで狩ってきたんだよ」

「え……ゲシインの地下」

「はあ? 何だってそんなとこに行ったんだ?」

「……成り行き?」


 さすがにゲシインのギルド支部長にだまし食らって地下に落とされた、とは言えない。辺境ツアーの内容は、不正や横領に関わる部分は話してはならないとされているのだ。


 この先処分が発表されれば、行き先などから勘のいい連中は気づくだろうが、こちらからは話す訳にはいかない。


 ギメントやザミ、他二人の解体人もぽかんとした表情でこちらを見ている。


「どんな成り行きで地下なんかに行くの? ゲシインって、地下にも狩り場があるとか?」

「いやーそれについては守秘義務とかいうやつで」


 ザミも冒険者の守秘義務は知っているので、こう言っておけばこれ以上の追求はあるまい。


 ギメントも同様らしく、深いため息を吐いて口を開いた。


「まあ、深くは聞かねえよ。他人の詮索をしないのは、冒険者の流儀だ。ザミも、あんまり聞くんじゃねえぞ」

「はあい」


 ギメントの言葉に、ザミは渋々と答える。本当はあれこれ突っ込んで聞きたいのが見え見えだが、そちらは放置する事にした。


「今回は大体こんな感じ。で、四ツ目熊に関しては後三頭程度だけど、ツチドクツノガエルとかオオマイマイとか目なしソラウオだっけ? これも三桁程持ってるんだ。全部出す?」

「待った!!」


 移動倉庫内の数量を大雑把に申告すると、思った通りギメントから待ったがかかる。


「そんなにいっぺんにゃ引き取れねえよ。さすがにうちの倉庫も破裂しちまう。そうだな……四ツ目熊は全部出してくれ。それと、こっちのはそれぞれ十程度だな」


 思ったより少ない。だが、ここで文句を言う訳にもいかないので、おとなしく言われた通りの数を出した。


 目の前に積まれた山を眺めて、ギメントがぽつりとつぶやく。


「こりゃあ、これだけで向こう三十年くらいは遊んで暮らせるんじゃねえか?」

「どのくらいの値段がつきそう?」

「四ツ目熊に関しちゃあ、これだけ鮮度が良けりゃ欲しがる連中は多いだろうよ。問題はこっちだな。下手すりゃ、ギルド主催の競売行きになりかねん」

「競売?」


 いわゆるオークションというやつか。一番高値をつけた者が競り落とす。ついた金額のうち、ギルド側が三割の手数料を取れるので、ギルド側としても儲けがあるシステムだ。


 もちろん、出品者には七割の金が入るし、何より普通に引き取り所に出すよりも高値がつく事が殆どの為、嫌がる冒険者はいない。


 問題は、出品者の名前を公表しないでもらえるかどうかだ。


「ギメント、競売になったとして、狩ってきた人間の名前って公表されるの?」

「本人が望めば公表されるぞ。でないと、『あれは俺が狩ったんだ』って言いふらす偽物が出るからな」


 ということは、望まなければ非公開に出来るという事か。いい事を聞いた。それなら、競売に出すのに否やはない。値段が釣り上がる上にこちらの情報を出さなくていいのだから、メリット以外にないではないか。


「じゃあ競売になる場合は、私の名前もオダイカンサマの名前も出さないでね」

「……いいのか?」


 ギメントは、暗に偽物出没の危険を問うている。言いたい奴には勝手に言わせておけばいい。それでギルドの信用度が上がる訳でなし、酒場の英雄になりたければ、好きしろと言いたい。


 ティザーベルは短く答えた。


「知られるよりまし」

「そうか」


 こちらの返答から、裏のあれこれを察したらしいギメントは、それ以上は何も言ってこなかった。


「さて、ものは相談だが、四ツ目熊もこれだけ状態がいいと、競売に出した方が値段が上がるぞ。どうする?」

「今はお金に困ってないから、全部競売に回してもらっていいかな?」

「わかった。じゃあ、こいつらはこっちで預かるぞ。今預かり証を出すから、待ってろ」

「よろしく」


 ギメント相手だとさくさく話が進んで助かる。ゲシインの引き取り所は論外だが、テヒバンは面倒くさい相手だし、他の辺境の支部もあからさまに見下すかこちらの話を聞かない連中ばかりだった。


 辺境という土地柄なのか、それとも他の街を知らないが故の視野の狭さなのか。


 ――まー、どーでもいっかー。


 また辺境に行く事があった時に留意しておけばいい。魔物の素材も、帝都まで持ち帰ればいいのだから。


 ギメントはあっという間に預かり証を作成してくれたので、今日の用事はこれで終わりだ。


「これからどうする? ザミは何か用事は?」

「ないかな。一応、受付寄っていく?」

「んー」


 そんな事を言いながら引き取り所を出ると、なんとセロアがいた。


「良かった、まだいた!」

「どうしたの?」

「ちょっと来て!!」


 ティザーベルは、そのままセロアに引っ張られる形でギルド内部まで連れてこられた。後ろにはおろおろしながらもザミがついてきている。


 ギルド内部は、この時間にしては人がいた。いや、一カ所に集まっているというのが正しいのか。


「ちょっと、そこどいて! でかい図体で女の子を囲まない! むさいでしょ!」


 酷い言い様だが、セロアの言葉は間違ってはいない。冒険者をやるような男共は、大概大柄でむさい連中ばかりだ。


 渋々彼等が場所を譲ると、中心には十代中ばくらいの少女が立っている。彼女が振り返った時、ティザーベルは息を呑んだ。


「セロアさん、もしかして、その人が?」

「ええ、こっちがティザーベル。ベル、こちらは――」

「私! ナナミっていいます!! 藤沢菜々美です!」


 そう名乗った少女の顔立ちは、確かに懐かしさを感じる日本人の特徴を宿していた。

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