九十 恒例の

 帝都に戻った翌日、ティザーベルは恒例のセロアとの食事会に来ていた。本当なら戻った当日の夕食を一緒にするところだが、さすがに精神的な疲労が酷すぎた為、翌日に持ち越されたのだ。


 ちなみに戻った当日は、同じ下宿の隣に住む住人であり友達のザミに捕まり、もう一人の友達シャキトゼリナと供に彼女の部屋で再会を祝している。飲食物は、イェーサに許可をもらって持ち込んだ。


 ありがたい事に、イェーサは部屋をそのままにしておいてくれた。彼女曰く「冒険者は戻らなくなって三年経たなきゃ、死んだとは思わないよ」だそうだ。以前にも戻らなかった店子がいたのか、少し気になるが聞けない。


 食事会の場所は以前レモ達に連れていってもらった店で、今ではティザーベルとセロアもすっかり常連となっている。


 いつも通り二階の小部屋に通され、飲物と最初の料理を頼んだところでセロアからの質問がきた。


「で? 何か面白い話はあった?」


 ギルド職員である彼女は、冒険者の守秘義務についても熟知している。聞きたいのは、依頼関連ではなくそれ以外の事だろう。


 とはいえ、開口一番に聞く事がそれか。そう思いはしたが、ティザーベルは短く答える。


「ラザトークスでユッヒに会った」


 ティザーベルの言葉を聞いたセロアは一瞬凍り付いたけれど、すぐに心配そうな目でこちらを見た。


「大丈夫だった?」

「まあね」


 色々な意味が含まれた、「大丈夫」だった。


「きっちり引導は渡してきたよ。前の時にやりそこねた、ぶん殴りも実行出来たし」


 おかげで自分の中では諸々のケリが付いたと続けると、セロアはしばらくしてから笑い出す。


「そっか。それならいいや。いやー、その現場、見たかったわー」

「大森林の中だから無理じゃない? 浅い領域だけど、それなり危険だから」

「何それ。そこのところ、もっと詳しく」


 凄い勢いで食いついてきたので、シンリンオオウシの件も含めて話した。当然、ヤードを仮仕立ての恋人役に使った事も。


「ほうほう。で、ぶん殴る事になった、と?」

「うん。綺麗に飛んだよ」

「飛んだ?」

「身体強化強をかけて殴ったからね」


 一瞬セロアが驚きの表情で固まる。次いで、その視線はティザーベルの手に移った。


「あ、対物遮断の結界張ったままでやったから、こっちのダメージはなし」

「鬼かあんたは」

「そんだけの事をされたって事で」


 一方的にフラれただけでなく、その後に都合のいい理由で付きまとわれるとか、冗談ではない。


 セロアの方から、いなかった間の帝都でのあれこれを聞いた。


「いくつか、行方がわからないパーティーが出たわ。一応帝都の本部所属って事で、情報が回ってる」

「それ、話して平気?」

「大丈夫よ。行方がわからないっていうの、最初は冒険者の間の情報として回ってたんだもん」


 どうやら、行方がわからないパーティーのうち、三つ程はただの夜逃げではないかという事だ。三つが三つとも、借金で首が回らなくなっていたらしい。


 だが、残りの数パーティーに関しては依頼を受けている最中での行方不明なので、依頼失敗での逃亡か、どれも討伐系の依頼だったので、どこぞで全滅しているのでは、という事らしい。


 少し考え込んでいたセロアが、躊躇いがちに口を開いた。


「これ、あんたに言った方がいいのかどうか悩むけど、以前あんたと諍い起こしたパーティーも行方不明なのよ。しかも後者」


 諍いと聞いて、何かやったっけ? と思い返す。


「記憶にない? メルキドンってパーティーだけど」

「ん? ……ああ、あれか!」


 帝都に出てきたばかりの頃、しつこく勧誘してきた連中だ。ザミとシャキトゼリナが以前一緒に組んでいた幼馴染み達で、勧誘が遠因となって二人が抜けたパーティーである。


 そういえば、そんな名前だったな程度にしか覚えていなかった。何しろ、その後もあれこれと依頼を受けて忙しくしていたから。


「メルキドンって、身の丈に合わない依頼ばかり受けて、しばらく未達成ばかりで違約金がかさんでいたみたい」


 さすがにそれは知らなかった。思えば、オダイカンサマは結成後から香辛料都市に飛ばされたり、海賊退治にかり出されたり、西の漁村に行ったりと、帝都周辺の依頼をあまり受けていない。


 必然的に帝都にあまりおらず、周囲の情報など全く聞いていなかった。


「……違約金が発生していたんなら、次の依頼も受けづらかったんじゃないの?」

「それがさあ、なんと受付の中に丸め込まれた子がいてね! そいつが勝手に受注手続き取っちゃってたのよ! それも今回見つかって本部が大騒動」


 なんと、辺境云々の前に、本部そのもので不正が発生していたとは。驚くティザーベルに、セロアは堰を切ったように続けた。


「そんで本部も上から下まで総ざらいで不正のチェックよ! もう大変だったら。通常業務はこなした上でやるんだもん。まあ、そのおかげで他の不正も六件も見つかったけどね! もう、あの連中まとめて魔物の巣にでも放り込んでやりたいわ!!」

「お、おう」


 そう返すのが精一杯である。どうも、セロアも普段からちまちまとストレスを溜めていたらしい。本部の不満が出るわ出るわ。


「受付もさ! 一新したはずなのに、入ってきたのがまた使えないのが多くて、主任と一緒に頭抱えたわよ。何の為のリストラだったんだか。結局またどっかのコネで使えない連中押しつけられてるんだから、統括長官もちょっと弱腰過ぎなんじゃないの!? またあの連中が仕事出来ない癖に実家の権力ひけらかしててむかつくったら!」

「そらー大変だ」

「もー! 本当にもう一回リストラしてくんないかな!? いらない奴ら多すぎ!!」


 大分お怒りのようだ。仕方ないので、しばらく愚痴を吐かせた方がいい。ティザーベルはそのまま、セロアの愚痴を聞き続けた。




 一通り文句をいい放ったセロアは、ようやく満足したらしい。


「はー、ちょっとはすっきりした」

「また溜め込んだねえ」

「あんたがしばらく帝都を留守にしたからね」

「私のせいかよ」

「半分は」

「ひどい」


 理不尽な。大方他に愚痴を吐ける相手がいないからという事だろう。セロアが帝都に出てまだ一年経っていない。同僚に仲のいい人はいても、前世含めてあれこれ言えるのはやはりティザーベルだけなのだろう。


 その辺りはティザーベルも同様なので、文句は言えない。セロアの存在のおかげで、どれだけ助かった事か。


 そこで、ふとラザトークス支部のリサント支部長からの言伝を思い出した。


「あ、そうだ。支部長があんたによろしく伝えてくれってさ」

「本当? 支部長、元気そうだった?」

「相変わらず元気だったよ、夫婦喧嘩も健在だった」

「あはははは。またおばさんに負けたんだ」

「多分ね。機嫌悪かったから」


 ティザーベルの最後の一言で、二人で笑う。支部長夫妻の夫婦喧嘩は大抵支部長の負けで終わり、それが原因で翌日の支部長の機嫌は酷く悪くなるのだ。ラザトークス時代にも、よく二人で話題にして笑っていた。


 特にセロアにとっては、亡き両親の親友夫婦という事もありより身近な存在だったようだ。


「はー、あの街は相変わらずみたいね」

「そうだね。良くも悪くも、ね」

「……やっぱり、嫌な感じは残ってる?」

「そりゃ変わらないよ。もう何十年と変わっていないのに、ほんの一年未満で変わる訳ない」


 正直、前世の記憶がなければ、あの街で歪んでいただろう。幼い頃から大人の目線を持っていたからこそ、余り者になったとも言えるが。


 でも、環境の力というのは大きい。街を出て行けると知っていたのに、大きなきっかけがなければ行動に移さなかったのだから。


「本当、こんな簡単な事だったのにね」

「何が?」

「帝都に出ること。っていうか、あの街を出る事……かな?」

「ああ」


 きっかけの一つであるセロアにも、この感覚はわかるようだ。


「別に未開の土地へ行って開拓するって訳でもないのにね。何だかんだ生まれ育った場所から出るのって、エネルギー使うよ」

「本当。あんたに言われなかったら、あの街を出るって事すら思いつかなかったんだからねー。我ながら不思議だわ」

「そんなもんなんじゃない?」


 セロアの言葉に、内心で「そうなんだろうか?」と思うも、すぐに「そうなんだろうな」と納得した。一歩踏み出すのは、意外と大変なのだ。




 食事に酒、どれもおいしくてつい進んでしまう。テーブルの上には、空いた皿が並んでいた。


「次の仕事はどうするの?」

「まだ決まってない。しばらくはお休みかな」

「依頼料、結構入ったんでしょ?」

「それ以外にも、ゲシインでも大森林でもいい素材を手に入れてきたからねー」

「ほほう。それ、本部の引き取り所に出すの?」

「もちろん」

「楽しみね」


 セロアがにやりと笑う。引き取り所に入る魔物素材の売り上げは、ギルドの売り上げだ。高額の素材が入ると、職員にもわずかばかりだが還元されるという。つまり、セロアの収入も少し増えるという訳だ。


「あ、シンリンオオウシだけは、出さないけど」

「は? あれ、狩ったの!?」

「うん。ゴーゼさんに売ろうかと」


 今回一番の大物だ。ギルドに卸してもいいのだけれど、いつも世話になっているゴーゼに直接卸した方がいい。


 冒険者は、狩ってきた魔物素材をどこに卸すも自由なのだ。ただし、討伐依頼を受けた場合はその素材を渡す事も依頼に含まれているので、ギルドに提出する義務がある。


「はー……シンリンオオウシって、すっごくおいしいんだよね」

「……お肉少しくらい戻してもらおうかな」

「ぜひ! そして食わせろ!」

「いっそ焼き肉パーティーでもすっか」

「楽しみー!」


 結局最後は馬鹿話で終わるのも、この二人の恒例だ。色々と考えなければいけない事、やらなければいけない事はあるけれど、今だけはそれを忘れて笑っていればいい。


 窓の外には満天の星。雲一つない夜空は、どこまでも澄んでいた。

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