八十九 明日への一歩

 結局、その後五日間ラザトークスに留まる事になった。


「意外とかかったね」

「だな」


 レモとそんな言葉を交わしているのは、ラザトークスにある船着き場だ。ここでハドザイドと待ち合わせをしている。


 この五日間、しっかりラザトークスのギルドで依頼を受けまくった。リサント支部長直々に依頼されたりもしたが、なかなかな実入りだ。


 中でも、素材として出していないがいくつかの魔物素材と魔法植物の素材が採取出来たのは大きい。これらは移動倉庫の作製に必要不可欠な素材なのだ。


 ――これでいつでもセロアの分の移動倉庫が作れるわ。


 その前に、帝都に戻ったらハドザイドに頼んで、魔法道具の作成方法を教えてくれる職人を探してもらわなくては。


 やはりきちんと学んでから作った方がいいだろう。自分の分なら適当でいいが、友達に渡すのにいい加減なものは渡せない。


 五日間もここに拘束されたのは、テヒバンの調査結果が出るのを待っていたからだ。


 ハドザイドの配下が調べた結果、彼は副支部長の実家に当たる商会と癒着していた。


 めぼしい冒険者に声をかけ、ギルドを通さずに素材を卸していたのだ。特に相手の弱みを握って、逆らえないようにしてから無理な討伐をさせていたという。


 そんな彼でも、さすがにシンリンオオウシを狩れる冒険者に当てがなかったようだ。ティザーベル相手では正攻法以外通用しないのはわかっていても、ごり押しすれば何とかなると思ったらしい。


 その判断ミスの辺りで、テヒバンの状況が推し量れる。彼は重度のアルコール依存症に加えてギャンブルにも依存症を発症していたようだ。もっとも、こちらの世界にその言葉はないので、酒に溺れ、賭け事に溺れたとだけ聞いている。


 酒場の支払いが滞りがちになった辺りで、副支部長に目を付けられ、不正に荷担するのと同時に彼の実家の「仕事」も手伝っていたらしい。ギャンブルを覚えたのは、その後だったという。どうも、副支部長が教えたようだ。


 飲み代と賭け金。その両方で首が回らなくなっていたテヒバンにとって、副支部長の実家が融通してくれる金は何よりもありがたかっただろう。


 その辺りも含めて、帝都で裁くらしい。結果、副支部長の実家もなにがしかの罰は受けるとの事だった。どうも、以前から色々ときな臭い噂が出回っていたらしい。




 船着き場は既に忙しさのピークを越えているからか、騒がしさが一段落している。それでも人がそれなりにいて船も入ってくるのは、ここが素材豊富な辺境だからか。


 ティザーベルは、気を抜くと緩む口元を引き締めつつ、移動倉庫を撫でた。ここに入っている素材を帝都のギルド本部で換金したら、一体いくらになるのやら。


 三人の頭割りにしても、一人頭三千万メローは下らない。しかもシンリンオオウシまで入っているのだ。あれ一頭で最低でも一人三千三百万メローである。


「うひひひひ」

「……嬢ちゃん、気持ち悪いよ」

「おっと、失礼」


 レモの失礼な発言も、今は気にならない。何せ今回の依頼料と合わせればしばらく働かなくてもいいくらいの収入なのだ。


 それから待つ事しばし、ハドザイドがレットを伴ってやってきた。その後ろにはリサント支部長の姿も見える。


「待たせた」


 ハドザイドの言葉に、軽く「いいえ」と返す。彼は懐から一通の書簡を取り出した。


「では、これが次の仕事の詳細だ」

「はあ!?」


 さすがにこの一言には声が出る。次の仕事とは、どういう事か。ティザーベルが叫ぶ。


「次ってどういう事!? これで終わりで帝都に帰れるんでしょ?」

「いや、次に行く街は南の方だ。一度途中で船を乗り換える必要があるな」

「いやいやいや、そういう事を言ってんじゃねえですよ。ゲシインからまっすぐここに来てるんですから、一度帝都に戻りたいんですよ」


 ハドザイドの言葉に、レモも反論する。帝都を出てもう一月は経っている。部屋の方はそのまま残っているのだろうか。イェーサならば、こちらから契約解除を言い出さなければ、そのままにしておいてくれそうだが。


 ――普通の下宿屋なら、期日をしっかり伝えておかなかったら引き払ったと思われるよ……


 冒険者なんてヤクザな商売なのだ。戻ってこないのは依頼で命を落としたのだと思われるだろう。


 レモがハドザイドと交渉したようだが、結局依頼料を若干上乗せするという方向で決まってしまったようだ。


「悪い……とりあえず、俺等と嬢ちゃんの定宿に関しちゃ、旦那達が手を打ってくれるとよ」

「おじさんのせいじゃないよ」

「あんたに出来なきゃ、俺等のどちらにも出来ないさ」


 その意見もどうかと思うが、確かに出来なさそうなので反論は控えておいた。


「ティザーベル」


 リサント支部長から声を掛けられる。話の内容には予測がついた。


「街を出たの、知ってるか?」

「! いいえ」


 誰が、と言わずともわかっている。ユッヒの事だ。支部長にとっても、不本意な結果らしい。彼はどの冒険者の事も気に掛けて、なるべく道を踏み外さないよう気を付けていたから。


 そんな彼の目から見ても、ユッヒがラザトークスを出てやっていけるとは思えないようだ。


「そうか……つい、二日前だそうだ」


 船を使うだけの金はないはずだから、おそらく陸路で出たのだろう、というのが支部長の見解だ。


 でも、ティザーベルにとってはもうどうでもいい。彼女の方のケリはつけたのだから、後はユッヒ本人の問題だ。


 その場の空気が重いものになっていたが、それを振り払うように支部長は話題を変えた。


「ああ、そうだ。帝都でセロアとも会ってるんだよな?」

「ええ、もちろん」

「あいつによろしく伝えておいてくれ」

「了解」


 リサント支部長にとって、セロアは元部下である前に親友の娘だ。栄転とはいえ、遠い帝都で一人暮らしをするセロアが心配なのだろう。


 もっとも、帝都の戻れるのは一体いつになる事やら。この先の旅路を考えると、さすがにティザーベルもげんなりするしかなかった。




 結局、帝都に戻ってきたのはラザトークスを出てからでも二ヶ月、辺境巡回ツアー開始から見ると三ヶ月は経っていた。


「やっと帰ってきた……」

「さすがにこれだけ長い間帝都から離れるのは初めてか?」

「だなあ。いやあ、長かった」


 まったくだ、と思いつつギルド本部に入る。たかが三ヶ月、されど三ヶ月。何だかとても懐かしい。


 さらに懐かしい顔が、カウンターに見える。


「セロアー!」


 思わず彼女の顔を見た途端、走り出してカウンターに突っ伏した。


「ベル!?」


 セロアも驚いているようだ。それもそうだろう。依頼を受けて仕事に出たと思ったら、三ヶ月も戻ってこないのだ。そろそろ死亡説が流れていても不思議はない。


 カウンター越しに再開を喜ぶ二人に、キルイドが声をかけてきた。


「オダイカンサマの皆さん、お帰りなさい。早速で悪いのですが、上でお待ちですよ」


 何階で誰が、と言われずともわかってしまうのが悔しい。ちらりと見た背後のヤード達も、苦い顔をしている。


 三人で四階へ向かうと、以前依頼を受けた部屋の扉を開けてポッツ本部長が手招きをしていた。


 げんなりした表情のまま部屋に入ると、やはりモノクルをかけたインテリヤクザ、ギルド統括長官メラック子爵がいる。


 予想通り、今回の辺境巡回ツアーの報告とかそんな会合のようだ。促されて三ヶ月前と同じ席に座ると、子爵が口を開いた。


「まずは、長い期間の仕事をご苦労だった」


 そんな労いの言葉から始まり、本来なら一冒険者が聞く事がないような事まで事細かに教えてくれる。


 今回の辺境ツアーの結果、少なくとも十数家の下級貴族が取りつぶされたという。その分、貴族に繰り上げられた家が同じだけあるので、問題はないそうだ。


 ――この国の貴族制度って、どうなってんの?


 少なくとも、出世すれば貴族にもなれる、というお国柄のようだ。血筋よりは実力重視なのかもしれない。


 次いで、ギルドの体制もいくつか変更されるらしい。もっとも、これは末端の冒険者にはあまり関わりのない事のようだが。


「これらに伴って、中央の人事もかなり変わる。まあ、私は引き続き統括長官のままだが」


 そう言ってにやりと笑ったメラック子爵に、ティザーベルは背筋が寒くなった。


 子爵に関しては、現状維持で満足なのか、それとも別の部署に行きたかったのか、今の表情からは何も窺えない。


 貴族が庶民に心中を読まれるなど、あってはならない事だろうから当然の事か。


「さて、今回の報酬の件だが」


 ここで、ようやくティザーベルが意識を向けられそうな話題になる。子爵の話では、了承なくツアーに参加させたので、報酬に色を付けてくれる事になったそうだ。


 ――了承なく参加させたって、自覚あったのか……


 報酬が上がるのは嬉しい話だが、今回少し驚いたのはこちらだった。振りまわす側の子爵やヤサグラン侯、果てはハドザイドも、そうした自覚がないと思っていたのだ。


 ここから先は、ポッツ本部長が引き継ぐ。


「さて、では依頼報酬の話だがね。中央政府からの依頼だから、当初の依頼料も破格の一千五百万メローだったんだが、これが今回四倍になる事が決まったよ」

「四倍!?」


 声を出したのはティザーベルだけだが、ヤードとレモも驚いている様子だ。それはそうだろう、当初提示された額もかなりのものだったが、それが四倍である。


 単純計算で一人頭二千万メローだ。ギルドの高額依頼料の歴代記録を余裕でぶち抜くのではなかろうか。


 呆然としていると、ポッツが苦笑して続けた。


「実はヤサグラン侯辺りが『これでは足りん』とお怒りだったんだけれどねえ。中央にも予算があるから、これで我慢してはもらえないかな?」

「……十分です」


 そう答えたのはレモだ。やはり年の功、こういった場では頼りになる。


 帝都は辺境に比べると物価が高めだが、それでも一人なら十万メローもあれば、一月楽に暮らせる。それが二千万メローだ。最低でも十五年程は働かなくても食べていける計算だ。


 さすがにこの先一生遊んで暮らせる額ではないが、それでも大金には間違いない。


 これだけの金を中央政府が出すという背景には、今回の事を決して口外するなという口止め料も入っているのだろう。


 冒険者には元々守秘義務があるが、これを守らない連中も結構いる。所詮はヤクザな商売というところか。その分、義務を守らなかった「ツケ」も、ヤクザ並に取り立てられるのがまた何とも言えない。


 収入増は嬉しいけれど、複雑な面もあるオダイカンサマの面々に、ポッツ本部長が提案する。


「後は、何か要望があれば可能な範囲で答えるよ?」


 いきなり言われても、これこれこういう希望があります、と出てくるものではない。


 ティザーベルにとっての一番の希望は、目の前の人物ではなくハドザイドに要求すると決めた内容だ。それ以外で、今一番望んでいるものが見つからない。


 結局三人ともが保留という事にして、今日は依頼料だけ受け取って帰る事になった。




 ギルド本部を出ると、三人揃って大きな溜息を吐く。あの四階は鬼門だ。妙に気を張る事が多く、外に出るとやっと緊張が解ける。


 凝りが気になる首を動かしていると、隣から声がかかった。


「そう言えば、素材を引き取り所に出すんじゃないのか?」


 ヤードの問いに、ティザーベルは手をひらひらとふる。


「今日は疲れたから、明日にする」


 とてもではないが、この精神状態で素材をあれこれ出す気になれない。楽しみは、万全の状態になるまでお預けだ。


「確かにえらい疲れたな……」


 レモもぼやいている。とにもかくにも、長丁場の仕事が終わった。次に待っているのはどんな依頼かはわからないが、今は一刻も早く自分の部屋に帰りたい。


「部屋、ちゃんと残ってるかなあ……」


 頼むよ、イェーサ。そう小声で続けて、ティザーベルはまだ明るい空を見上げた。

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