八十七 決着
カウンターに向かって依頼票の手続きを済ませると、受付から妙な事を言われた。
「このまま、支部長室までいらしてください」
はて、リサント支部長に呼び出しを受けるような事はしていないはずだが。
「あ」
思わず声が漏れた。受付が妙な顔でこちらを見ているが、何でもないと誤魔化しておく。
――そうだよ、ギルドの前に引っ張ってきた連中放置したまんまだったじゃない。
その説明を求められているのではないか。とはいえ、あの場で伝えた以上の事など、オダイカンサマ側は何も知らないのだが。
「まあ、とりあえず行ってみようや」
「そうだな」
そんなレモとヤードの後ろをついて、階段を上っていく。ここでもギルドの建物は三階以上であり、支部長の部屋は三階だ。
三階にある一つだけの扉の前で、つい睨んでしまった。
「嬢ちゃん、睨んでても扉は開かないんだぞ?」
「わかってるよ……」
どうも、ここにはいい思い出がない。大抵ここに呼び出される用事といえば、支部長からのお小言を食らう時だったからだ。
そのイメージが染みついてしまって、つい扉を開くの躊躇ってしまう。
結局扉の前でぐずぐずとしていたら、中から開けられてしまった。
「いつまでもそんなところに突っ立ってないで、とっとと入ってこい」
「はあい」
ティザーベルも帝都に行ってそれなりの冒険者になったはずなのに、未だに支部長との関係性は変わらない。
――久しぶりだから少しは変わってるかと思ったら……
いい意味でも悪い意味でも変化なしとは。溜息を吐きたくなる気持ちを抑えて中に入ると、死角になっていた応接セットに見知った顔がいた。
「あ」
「やっと来たか」
そこにいたのは、今回の仕事の元凶……もとい依頼元であるヤサグラン侯爵配下のハドザイドだ。
促されてオダイカンサマが腰を下ろした途端、ハドザイドは話を始めた。
「君達が周囲の目を集めてくれていたおかげで、こちらの仕事が捗ったよ」
そう言われても、ラザトークスに来てからはほんの数日だ。その間に調べを終えたというのなら、余程腕のいい人間がやったのだろう。
仕事が終わったというのなら、これで帝都に帰れるはずだ。今いるこの街が生まれ故郷なのに、もう帝都の方が「帰る」場所になっている。
不思議なものだと思っていると、ハドザイドが声をかけてきた。
「……疲れたかね? ゲシインから連続だったからな」
「あー、まあそれもありますけど、故郷にはちょっと色々と思う所がありますから」
今更取り繕ったところで、オテロップの件ではしっかりあれこれ言った記憶がある。それに、この街でのティザーベルの扱いを見れば、自ずと理解出来るというものだ。
彼女の言葉に、ハドザイドは眉根を寄せた。
「確かに、辺境特有の考え方とはいえ、常軌を逸しているな」
彼は魔法士だからか、生まれがどうであれ魔法の才能を持った者が冷遇される事が許せないらしい。
実際、他の街なら孤児でも魔法の才能がある者は引き立てられると聞く。そうならなかったラザトークスは、さすが辺境と言わざるを得ない。
ティザーベルは苦笑しながらヤード達を手で示した。
「仲間の二人にはこの間言いましたけど、多分百年二百年前くらいに『余り者』扱いされた人が何かやらかしたんですよ」
「何があったか、聞いているのか?」
「いいえ? でも、田舎なんてそんなもんでしょ? 昔これこれこういう事があったから、こういう奴は云々ってやつ。人の流動がほぼない場所だからこそですね」
人の入れ替わりがないせいで情報が更新されず、十年二十年が「ほんの少し前」になってしまうのだ。
入れ替わりが多い街ならば、百年前どころかほんの数年前の事ですら、あっという間に風化してしまう。
ラザトークスは大森林の素材目当てで人が集まる街だが、基本入れ替わるのは冒険者のみだ。住人が入れ替わる事はまずない。
ティザーベルの言葉に、反論する者は誰もいなかった。
「その……帰ってきた事に不満はあるのか?」
おそるおそるといった様子で聞いてくるハドザイドが、何だかおかしい。笑いを堪えながら、ティザーベルは本心を打ち明けた。
「正直、最初は嫌だなあって思いましたよ。いい思い出はほとんどない街だから。でも、今回改めて来てみて、結果的には良かったって思います」
「ほう? 何故と聞いても?」
「ここを出るまでは、私にとって世界はこの街だけでした。いくら余り者と言われて偏見の目で見られても、どこにも行く当てなんてないと思ってたんです。でも……」
本当に、あの頃を自分を思い返すとおかしな話だ。前世でも、似たような話を見聞きする度に「そこを出ればいいじゃない」と思っていたはずなのに。
セロアの異動に伴って出た帝都進出話。最初はユッヒにこれ以上いいように利用されるのが嫌だという思いでだったけど、今では運命だったのではと思う程だ。セロアには感謝しかない。
「帝都に出て、生きる場所はこの街以外にもたくさんあるんだって思い知ったし、帝都を知る事で、この街の狭さをも知りました。だから、来た事事態は悪い事じゃなかったなって」
「そうか……」
本心を言ったまでだが、何だか室内がしんみりとしてしまった。言った当人はもう整理はついている問題なのだけれど、端から見れば十分不幸話だから当然かもしれない。
――やっちまったなー……
とはいえ、口から出た言葉は取り消せないものだ。皆の生温かい視線が辛い。
「その! それで、調べはついたんですよね? どうだったんですか?」
空気を変える為にも、ここに呼ばれた大本の話題を引っ張り出した。
「あ、ああ。意外と簡単だったよ。主犯は副支部長、協力者が数人といったところだ」
副支部長と聞いて、ティザーベルは記憶の棚をあら探しする。そういった立場の人間がいるのは知っているが、どうにも名前と顔が思い浮かばない。
唸るティザーベルに、リサント支部長が苦笑しながら教えてくれた。
「眼鏡かけた顔色の悪いのがいたの、覚えていないか?」
「眼鏡……顔色悪い……あ!」
思い当たる顔がある。いつもカウンターの奥からじっとりとした目でこちらを見てくる男がいた。眼鏡をかけていて顔色が悪いその特徴は、今リサント支部長が言ったものと合致する。
「わかったか?」
笑う支部長に、小さく「わかりました」とだけ返す。なるほど、あの男が不正を働いていたのか。
それにしても、不正の動機はなんだったのか。それも、ハドザイドが教えてくれた。
「不正の動機は、彼に対する嫉妬心からだったようだ。あわよくば、支部長の座をと思ったらしい」
「それはまた……」
支部長の人事は帝都の本部で決められる。
――本部長辺りが決めるのかと思っていたけど、統括官会議で決まるとはねー。
セロアからの情報を思い出す。各支部長の上にいるのが統括官で、統括官をまとめるのが統括長官だという。
本支部長クラスの人事は、統括官会議で決まるらしい。もっとも、統括官は長官の言いなりな事が多いので、実質統括長官一人で決めるようなものだそうだ。
どうも副支部長とやらはそのシステムを知らなかったらしく、支部長が更迭されるような事になれば、自分が繰り上がれると思っていたという。
「……その辺りの情報って」
「支部長になればわかるけどな。副支部長は支部に人事権があるから、支部長もそうだと思い込んでいたのかもしれん」
呆れた声を出したティザーベルに、リサント支部長は渋い顔で答えた。
「じゃあ、その副支部長を決めたのは支部長?」
「いや、実はこれは中央からのごり押しでなあ……」
やれやれと言わんばかりのリサント支部長の説明によると、支部の人事権が各支部にあるのをいいことに、中央からの横やりが入る事もあるという。
そういえば、ゲシインの支部長も似たような事を言っていなかったか。中央で持て余した有力者の子女をギルド職員として引き取るとか何とか。それで横領の事実から目を反らしてもらったはずだ。
結局別枠の監査が入って、事が露見した訳だけれど。
「じゃあ、副支部長って中央のお偉いさんの身内?」
「帝都にでかい本店を構える商会の会頭の子だよ。妾腹だけどな」
でかい商会というとついデロル商会を思い浮かべるが、他にも大店と呼ばれる商会はいくつもある。
ラザトークスは木材と魔物素材で潤っている街だ。ギルドの支部も各商会との太いパイプがあり、良くも悪くも影響がある。今回の話は、悪い方の影響だった。
会頭自ら頭を下げて頼み込まれてしまっては、さすがのリサント支部長としても無碍には出来なかったらしい。
副支部長は事務仕事は出来るので、実際にはうまく回っていたというが。
「それで不正されてちゃねえ……」
「面目ない」
ティザーベルの言葉に、素直にそう言う支部長に、ハドザイドが助け船を出した。
「まあまあ。ラザトークスの支部長は多忙なのだし、本来信頼を置くべき相手が裏切っていたのだから」
それだけではあるまい。リサント支部長の事だ、書類仕事から逃げまくっていたのではないか。
そう思ってちろりと支部長を見ると、目が合った。こちらの思考はダダ漏れだったらしく、渋い顔をされてしまう。
その隣で、ハドザイドがこちらに一枚の紙を差し出してきた。
「これを」
テーブルの上のそれをティザーベルが手に取って見てみると、数人の名前が書き込まれている。最後には、あのテヒバンの名もあった。
「これは?」
「不正に協力した者達の名簿だ」
おおよその見当はついているが、あえて聞いてみると思った通りの返答がくる。
隣からヤード達も覗いてきた。そこにある見知った名前に、途端に顔が曇る。
「あの野郎……」
「不正してやがったのかよ」
ヤードとレモの言葉に、ハドザイドが首を傾げていたので、つい先程引き取り所であった出来事を説明した。
テヒバンの「支部長に言いつける」発言に、リサントは苦い顔をしている。
「あの馬鹿……これまでも、俺の名を勝手に使っていたらしいし、中央に持っていって厳しく裁いてもらわないとな!」
いいように利用されたのが、余程お気に召さないらしい。リサント支部長も、テヒバンとはあまり馬が合わないのだ。
そんな相手に使われたとあっては、余計に腹立たしいのだろう。
ふと、先程までのテヒバンの様子を思い出した。酷く焦っていて、ティザーベルからシンリンオオウシの素材を引き出そうとしていたあの姿。今回の不正荷担に、関係あるのだろうか。
ティザーベルは、ちらりとヤードを見上げる。視線に気付いたのか、横目で見られた。
「どうした?」
「いや、さっきのテヒバンの様子を思い出してさ。奴らしくないから、もしかして不正に荷担した事と何か繋がりがあるのかなーって」
「何の話だ?」
目の前に座るハドザイドとリサント支部長が怪訝な表情で聞いてきた。そういえば、何があったかという説明はしたが、テヒバンの様子までは話していない。
「さっき、テヒバンにシンリンオオウシの素材を集られたんだけど」
「シンリンオオウシ!? 出たのか!?」
リサント支部長が腰を浮かせて驚いているが、ティザーベルは落ち着いて返答する。
「既に狩ってる。出たって情報も、テヒバンが寄越したのよ。で、断っても断ってもしつこく絡んできたんだけど」
「その態度の裏に、不正に絡んで何かあるんじゃねえかって事か」
最後を締めてくれたレモの言葉に、ティザーベルは頷いた。普段のテヒバンなら、ティザーベルに断られて怒りはしても、あんなにしつこくはしない。
もしかして、シンリンオオウシを手に入れないと困る状況にあるのではないか。
そう続けると、ハドザイドが無言で部屋から一度出て、すぐに戻ってきた。多分、配下に調査の指示を出したのだろう。彼の配下は優秀な者ばかりのようだから、すぐに結果が出るだろう。
リサント支部長はぐったりとソファに沈んでいる。
「にしてもテヒバンの野郎……情報掴んだんならギルドに上げとけっての」
「それだと儲けられないじゃない」
「ティザーベル……」
苦い顔を向けられたが、それ以外にないではないか。金に執着するのは、冒険者あるあるだ。
「まあ、今回はもうちょっと違うみたいだけど」
「それに関しては、調査の結果待ちだな。悪いが、君達にはもう少しこの街に残ってもらうぞ」
ハドザイドの言葉に、オダイカンサマの面々が頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます