八十六 しつこい男

 テヒバンと共に赴いた引き取り所は、案の定人はいない。


「よっし、ここに出してくれ。あ、一番の大物は別の場所にな!」


 どうやら、表に転がしておいた連中が「咆哮」でやられたというのを聞いて、ティザーベルがシンリンオオウシを狩ってきたと思ったらしい。


 ――いや、確かに狩ってきたけどね。


 ここには卸さないだけだ。ティザーベルは無言のまま、今回の獲物を移動倉庫から次々に出していく。


「ふんふん、灰色岩猿か。数は……多いなおい」

「全部で三十八かな」

「依頼票にやあ、五匹とあるのになあ。まあ、これで依頼は完了だ。余剰分は引き取りでいいか?」

「もちろん」

「引き取り額はどうするよ」

「頭割りで」

「了解」


 テヒバンはいくつかのやり取りをしながら、手際よく依頼票に書き込んでいく。これを元にカウンターで料金を支払ってもらうのだ。


 ここでの手続きはつつがなく完了し、後はカウンターでの手続きに移る。


「じゃあね」

「おい、待てよ」


 依頼票を手にしたティザーベル達がその場から離れようとした途端、テヒバンから声がかかった。


「一番の大物は、別の場所に出してくれよ」

「大物? 何の事かしら? 依頼を受けていたものに関しては、全部出したわよ?」


 彼女の返答は織り込み済みなのか、テヒバンはにやりと笑う。


「しらばっくれんなよ」

「何が?」

「シンリンオオウシ、いたんだろう?」


 やはり、かれの 狙いはそれか。内心げんなりしながらも、ティザーベルは表に出さずにとぼけた。


「ああ、いたわね」

「お前の事だ、あんな――」

「お前? あんた、私がそう言われる事、大っ嫌いなの知ってるよね?」


 気色ばむティザーベルに、テヒバンは途端に及び腰になる。


「悪かったよ、悪かった。つい、いつもの癖でよお」

「悪い癖なら、尚更早めに治した方がいいわよ」


 そう言い捨てて踵を返そうとしたのに、相手はまだ諦めない。ヤード達の気配が剣呑になりかけたが、そっと二人の手に触れる事で押さえた。


「あの大物を前にして、狩らないって手はねえよなあ? なあ、狩ったんだろう?」


 ねちっこいその言い方に鳥肌を立てながら、自分が冷静になる為に一度わかりきった事を尋ねる。


「どうしてそう思うの?」

「そりゃお……おっと、あの支部の前に放り出されてた連中見りゃわかるだろうよ」


 一瞬また「お前」と言いかけたテヒバンは、ティザーベルに睨まれて慌てて回避した。


 やはり、引きずってきた連中の件でシンリンオオウシの事がバレたようだ。


 ――というか、もしかしてあの連中、テヒバンが裏で糸を引いていたとか……ないか。


 このテヒバンという男、解体の腕はいいのだが、その性格故か人望がない。いくら「儲けさせてやる」と話を持っていったところで、冒険者を動かせはしないだろう。


 唯一金を積めば何とかなるだろうが、この男がそんな事に自分の金を使うとも思えない。


 一瞬、ギルドの金を横領するかも? とも思ったが、ここの支部で起こっている問題は不正であって金の流れが不透明というものではなかった。


 なら、やはり彼等を動かしたのはテヒバンではない。自分で考えたのか、それとも……


「なあ、狩ったんだろう? 出せよ」


 考え込むティザーベルに、テヒバンがしつこく催促してくる。この男は、自分が言っている事がわかっているのだろうか。


「あのさあ、仮に私がシンリンオオウシを狩ったとして、なんであんたに譲らなきゃいけないの?」

「はあ? だってそりゃおめ――」

「ああ?」


 またテヒバンの「悪い癖」が顔を出したので、ティザーベルは低い声を出して睨み付ける。


 それだけで、相手にも伝わったようだ。


「いや、シンリンオオウシが出たってのと、場所を教えたのは俺だぞ」

「だから?」

「俺にも分け前があって当然じゃねえか」


 テヒバンの言い分に、ヤードとレモが吹き出すのを堪えている。そのくらい、おかしな話なのだが、テヒバン自身は気付いてもいないらしい。


 ティザーベルは軽い溜息を吐いてから、相手に反論を許さず畳みかけた。


「私が、あんたにどうぞお願いします、大物の情報をくださいとでも言った訳? 違うわよね? あんたが勝手にべらべら喋ったのを、私がたまたま聞いただけで、依頼を受けて大森林に入ったらたまたま向こうがこちらを見つけて突進してきたから狩っただけ。なのに、あんたは自分にも分け前があるのは当然という。これをおかしいと思えないあんたの感覚は十分おかしいよ」


 途中で「な!」とか「おい!」とか言っていたような気がするが、気にしない。言いたい事は言い終わったので、これ以上ここにいる気はなかった。


「という訳で、あんたにシンリンオオウシを譲る気はさらさらないから。欲しけりゃ自分で森まで行って狩ってきな」


 そう言い置いてその場を去ろうとしたティザーベルに、テヒバンはなおも食い下がる。


「待てって! なら、言い値で買うって!」

「あんたに出せるの? 少なく見積もっても一億メローはするわよ?」

「いちお……! い、いや、今は手持ちがねえけど、必ず払うから」


 ふと、何故ここまで必死に取りすがるのか疑問に思ったが、どの道テヒバンの申し出を受け入れるつもりはない。


 大体、「必ず払う」なんて言葉を信じる程、ティザーベルはお人好しに見えるのだろうか。


「現金一括以外お断り」

「頼むよ!」

「無理だって言ってるでしょ? ああもう、いいよ。あんたが金をいくら持ってきても絶対売らないから!」


 振り払っても振り払っても追いすがるテヒバンに、嫌気が差したティザーベルそう叫ぶと、とうとう望みなしと理解したのか、テヒバンが気色ばんだ。


「……下手に出てりゃいい気になりやがって!」


 そう言ってティザーベルの胸ぐらを掴もうとして、ヤードに腕をひねり上げられた。流れるような動作に、思わず見ほれる程いい動きだ。


「いててて、何しやがる!?」

「まったく、この支部の連中は揃いも揃って馬鹿ばかりか?」

「何だと!?」


 ヤードの感想も致し方ない。つい先程、カウンター前で似たようなやり取りがあったばかりなのだ。


「てめえ! 若造が!! 俺にこんな真似して、許されると思ってんのか!?」

「誰が許さないって言うんだ? たかが辺境の支部の解体職人風情が」

「な!」


 ヤードの容赦ない言葉に、ティザーベルはうっかり吹き出すところだった。解体職人も、腕が良ければ帝都に呼ばれる。冒険者を引退してずっとラザトークスで解体職人をしているテヒバンの腕は、推して知るべしだ。


 もっとも、普段のヤードならそういった事は口にしないのだが。


 ――……ここで、乙女な思考なら「きゃ! 私の為に!?」ってなるところなんだろうなあ。


 残念ながら、ティザーベルに乙女な思考回路は存在しない。常々乙女扱いは要求するけれど、実際には前世の記憶の分同年代よりかなり現実的な考え方をする方だ。


 これはセロアも同様なので、果たして自分達が乙女の範疇に入らないのは元々の性質なのか、それとも「転生者」であり前世の記憶を持っているからなのか、悩むところだった。


 ティザーベルがあさってな事を考えている間にも、目の前の出来事は進んでいる。

 テヒバンはヤードだけでなくレモにも凄まれていた。


「うちの嬢ちゃんに、何しようってんだ? あん?」

「そ、そいつが悪いんだろうが!! 情報だってタダじゃねえって、冒険者なら知ってるはずだろ!!」

「情報ねえ。じゃあ、お前さんは嬢ちゃんにいくらで情報を売ると言ったんだ? それに対し、嬢ちゃんは納得して金を払ったのか?」

「そ、それは……」

「言ってねえし、払ってねえよなあ? 確かに情報はただじゃあねえが、押しつけて売るもんでもねえぞ」


 情報の押し売りがまかり通ったら、ギルド界隈が大変な事になりそうだ。大体、売られている情報の中には嘘も紛れ込んでいるし、間違ったものもあるというのに。


「どのみち、お前さんは嬢ちゃんに嫌われた。今後一切、オダイカンサマがお前さんに解体を頼む事はない」


 随分とドスの利いた声で言われたテヒバンは、ようやくヤードから解放された腕をさすりながら、最後の強がりを喚いた。


「この事は、リサントに報告するからな!」

「勝手にしな。それで判断を誤るようなら、ここの支部長もそれまでってこった」


 レモのその言葉に、明らかにテヒバンが動揺している。もしかしたら、ギルドの不正に彼も関与しているのではないか。


 もっとも、その辺りを調べるのはオダイカンサマの仕事ではない。依頼内容は「不正を見る事」である。


 ――ある意味、私がここに送られた理由はギルドを引っかき回す事にあったのかもね。


 何せラザトークス出身で孤児の余り者だ。周囲からの偏見の目も強く、未だに理由なく蔑んで来る者も多い。


 そんなティザーベルが、帝都から凱旋したと知ったら、ギルドどころか街中の人間が驚くだろう。良かれ悪しかれ注目度は高かった。


 人の目がこちらに向いている間に、裏であれこれ別の連中が調べているのではなかろうか。


 そういう意味では、今回の仕事も無事終わると思われた。

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