八十五 彼等の吐いた嘘

 ラザトークスに戻りギルドの支部へ向かうと、何やらカウンター付近が騒がしい。


「本当だって!! 俺、見たんだから!!」

「信じてくれよ!」


 随分と汚れた冒険者二人が、受付相手に詰め寄っていた。受付も困惑しているようで、周囲にSOSを出している。


「何だありゃ?」

「さあ?」


 レモとヤードの小声でのやり取りを聞きつつ、まずは素材を取引所に置いてこなくてはと、カウンター前を通り抜けようとした。


「こいつだ! こいつがやったんだよ!!」


 騒いでいた冒険者の一人が、いきなりティザーベルの腕を掴んだ。ように見えたが、ヤードの腕に阻まれて逆にひねり上げられている。


「な! 何しやがる!!」

「それはこちらの言葉だ」


 ヤードが冒険者の腕をひねり上げ、地の底から響くような低い声で言う。彼の様子に気圧されたのか、冒険者二人は先程とは違って怯えた様子だ。


 ヤードの背中越しに見ていると、レモも険しい顔で騒いでいた二人を睨んでいる。


「一体、嬢ちゃんが何をしたってんだ?」

「と、とぼけんじゃねえよ!! 俺等の仲間を殺しやがって!!」


 レモに睨まれた冒険者の言葉に、オダイカンサマ一行は首を傾げた。


「……何言ってんの? こいつ」

「さあ?」


 ヤードと顔を見合わせて首を傾げていると、レモが暴言を吐いた冒険者に凄んだ。


「おい坊主。でたらめ言ってると、痛い目見せるぞ。主に嬢ちゃんが」

「おい」


 最後の一言に、思わず素で突っ込む。確かに売られた喧嘩は買う方だが、それをレモに言われる筋合いはない。


 一触即発の空気が漂う中、のんびりした声が響いた。


「おい、また何の騒ぎだこりゃ」


 リサント支部長だ。大方カウンターで騒ぎを起こしている冒険者がいると誰かが呼びに行ったんだろう。


「支部長! あの余り者が――」

「ああ? 誰が、何だって?」

「う……」


 支部長に泣きついた冒険者は、かえって睨み付けられてしまい、後退った。


「もしかして、支部長は例の考え方は嫌いな方かい?」


 こっそり聞いてきたレモに、ティザーベルは頷く。


「あの人、出身は帝都付近だから。辺境独特の偏見は受け付けないんだと思う」


 支部長に就くのに、その街の出身である必要はない。そして、帝都周辺の出身者は、辺境特有の考え方には染まらない者が多かった。


 支部長だけではなく、冒険者も同様だ。帝都周辺から来る冒険者は、同じ冒険者であるティザーベルに対して偏見を持たなかった。


 しつこくティザーベルを「余り者」と蔑むのは、この街から出た事がない連中ばかりだ。


 ティザーベルは前世の記憶がある事もあって、周囲からの偏見の目も冷ややかに見ていた。


 支部長に睨まれた冒険者は、諦めきれないのか再びすがりついている。


「なあ、本当なんだって! あの余り……いや、あいつらが俺たちの仲間を――」

「どこでだ?」

「え?」

「ティザーベル達がお前の仲間を殺したのは、どこでだ? 街中か?」

「違う! 大森林の中だよ!!」


 そのやり取りで、騒いでいる冒険者が誰なのかわかった。背後について回っていた連中の仲間だ。


 おそらく、一番後方にいたせいで、咆哮の影響が小さかったのではなかろうか。だから意識を失っている時間が短く、とっととあの場から逃げられたのだと思う。


 自分達は仲間を見捨てたくせに、仲間を殺したとオダイカンサマを告発しようというのだ。


 だが、騒いだ冒険者達はリサントを甘く見ていた。


「お前達、今日は何の依頼を受けたんだ?」

「え?」


 思いがけない事を聞かれたのか、二人の冒険者達は一瞬ぽかんとした後、すぐに激高する。


「お、俺等の事は関係ねえだろ!」

「大ありだ」


 だが、若い冒険者が吠えたところで、冒険者としても大先輩に当たるリサント支部長には効くわけがない。


 支部長は、カウンターを振り返って受付に問いただす。


「おい、こいつらが受けた依頼は?」

「今日は何も受けていないようです」


 聞かれるのを予測していたのか、受付の中でも一番年上の職員がさっと結果を報告した。


 それを聞いた時のリサント支部長の笑みは、大変背筋が寒くなるものだ。


「ほう。何も受けていないのに、大森林にねえ?」


 リサント部長に凄みのある笑みを向けられた二人の冒険者は、すくみ上がっている。


 どう言い訳をするのかを待っていたら、その前にタイムアップになってしまったようだ。


「おーい、表に転がされてる泥だらけの連中は何だー? 何か、人が集まって騒動になってんぞー」


 そう言ってのっそりギルド支部に入ってきたのは、テヒバンの配下で解体職人をやってる男性である。


「ああ。そこですくみ上がってる間抜け達の仲間。大森林で意識を失ったから、引きずって持って帰ってきたのよ」


 ティザーベルの説明に、その場の全員が目を見張った。次に、オダイカンサマが仲間を殺したと告発した冒険者達に視線が集まる。


「……で? 誰が、どうしたって?」


 地の底から響くようなリサント支部長の言葉に、答えるべき二人は震え上がっていて何も言えそうにない。


 そんな姿を見て、支部長は一度深いため息を吐いた後、二人に対して特大のげんこつを落とした。


「この、馬鹿者がああああ!!」

「うぐ!!」

「あだ!!」


 脳天にげんこつを落とされた二人は、頭を抱えてその場にうずくまる。その姿を見下ろしながら、リサント支部長が聞いてきた。


「済まねえな。それで、どうする?」

「どうする……とは?」


 こういう時の交渉役であるレモが、一歩前に出る。


「こいつらは未遂とはいえ、オダイカンサマを陥れようとしたんだ。その罪は重い。あんたらが訴えれば、こいつらは鉱山送りになる」


 その言葉を聞いた途端、うずくまっている二人がお互い抱き合って震え出した。

 その姿に同情する者は、ここにはいない。冒険者は奇妙な連帯感を持っているので、その「仲間」を貶める者はどんな相手でも許さない。


 明日は我が身、という面も大きいのだろうが。


「ちっ、つまんねえ事やりやがって」

「いくら余り者相手だからってなあ」

「つーか、オダイカンサマって凄腕だって聞いたぜ?」

「そうなのか!?」


 そんなざわめきが支部内に広まっていく。その中央で、二人の冒険者は哀れさを装いながら震えていた。


 ――情に訴えて減刑を願うってか?


 いっそ訴えてやろうかとも思ったけれど、今は仕事中だ。それに、交渉の権限を持っているのはレモである。


 彼ならオダイカンサマの不利益になるような交渉はすまい。


 そのレモは、ちらりとこちらを見てくる。ティザーベル達の反応を確かめたのだろう。


 二人から特に何も意見が出ないと判断したようで、リサント支部長に向き直った。


「とりあえず、実害はないから訴える事はしねえよ。ただし、ギルドの方で今回の件は情報を回してくれ」

「それは、他の支部にもって事か?」

「当然本部にも、だ」


 レモの言葉に、支部長はにやりと笑った。対照的に、嘘の告発をした冒険者二人は震え上がっている。


「同じ冒険者を、嘘の話で陥れようとしたんだ。他のお仲間にも、ちゃんと報せておかないとなあ?」

「そういうこった。頼めるかい? 支部長さんよ」

「ああ、任せておけ」


 リサント支部長は、大変いい笑顔で請け負った。


 話が一段落したところで、表に放りっぱなしの残りの連中をどうするかという話になる。


「一応、大森林の中程近くまで入ってたから、引っ張って帰ってきたんだけど……」


 泥だらけで支部の前に転がされている面々を見て、絶句している支部長の背後から、ティザーベルがおそるおそる説明した。


「あの辺りにそのままにしておいたら、確実に命がなくなるじゃない? でも、こっちは三人しかいなから、担いで帰る訳にもいかないし。で、魔力を使って引きずってきたのね」

「ティザーベルよ……もう少し何とかならんかったのか?」

「いやあ、結構疲れてたからさあ」


 呆然と呟くリサント支部長に、「てへ」とでもいいそうな様子で返す。疲れていたのは事実だし、あれ以上魔力を使ったら確実に魔力枯渇で倒れただろう。


 魔力が万全な状態なら、土で自走式の籠を作っても良かったのだが。


「どっちかっていうと、連れて帰ってきた事を褒めてもらいたいくらいだわ」


 連れて帰る義理などない。いっそそのまま捨てていこうかと半分本気で考えていた程だ。


 ティザーベルの正論に、支部長の反応が鈍い。


「そりゃそうなんだがなあ……うん? こいつ、ユッヒか!?」


 驚いた支部長がよく確かめようと近寄ったのは、確かにユッヒだ。無謀にも殆ど装備らしい装備も持たずに大森林に入り込んだ大馬鹿者である。


 まだティザーベルとの復縁に縋っているのか、オダイカンサマの後をつけていたのだ。


 おかげで、滅多に冒険者が入り込まないような大森林の中程まで入り込んでしまった訳だが。


 引きずって戻った冒険者達は、まだ咆哮の影響が残っているのか半分以上が意識を失ったままだ。意識が戻っている者も、ぼんやりとしている。


 ――まあ、途中で気がつかない方が幸せだっただろうしね……


 この辺りの地面は石も多いし、街中も舗装はまれだ。砂利や小石混じりのでこぼこ地面を引きずられたのだから、泥だらけなのも細かな傷が多いのも当然と言える。


 支部長は職員に命じて全員を一度支部の建物内に収容する事にしたようだ。


「治療が必要なのは……ほぼ全員か。誰か、薬屋のばあさん呼んできてくれ」


 ラザトークスにも医者はいるけれど、治療費が高額なので冒険者は滅多にかからない。


 代わりに魔法薬の店か普通の薬屋を利用するのだ。店の方も心得たもので、薬を売るだけでなく簡単な治療も施してくれる。支部長の言っていた薬屋も、冒険者御用達の店だ。


「連中の後の事は、ギルドが何とかしてくれるだろうよ」

「じゃあ、私達はもういいかな? あ、素材卸して依頼完了手続き取らないと!」


 騒動ですっかり忘れていた。もっとも、解体職人達も表に出てきてしまっていて、今行ったところで引き取り所の方は無人だろう。


 期限までは間があるから、明日でもいいかとヤード達と相談していると、ティザーベルの肩を叩く者がある。


「よお」


 振り向いた先にいたのは引き取り所のボス、テヒバンだった。

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