八十 ラザトークス支部名物
ラザトークスに戻って早速ギルド支部に入ると、視線がこちらに集中した。ちょうど冒険者が戻ってくる時間帯に出くわしたらしい。
朝の騒動も相まって、「オダイカンサマ」一行はあっという間に有名人となったようだ。
複雑な視線の中、ティザーベルはお構いなしに奥へと進む。
「依頼達成の報告をするんじゃないのか?」
「その前に、魔物を卸して討伐したって証明をもらわないと」
植物はそのままカウンターに出しても大丈夫だが、魔物は本体がデカいのと、血の臭いとで引き取り所以外で出す事は禁じられている。
その辺りは支部によってやり方が変わるが、ここはティザーベルにとって元ホームのラザトークス支部だ。やり方は嫌という程知っている。
ラザトークス支部の魔物引き取り所は、カウンターを通り過ぎた奥にあった。帝都の本部のように別の建屋ではないのが、ラザトークスらしいと言えばらしいか。
何せ毎日何かしらの魔物が持ち込まれるのだ。それらの討伐証明を出すのは大抵引き取り所なので、支部の建物と一体化している方が手間がなくていいと言う事らしい。
引き取り所には、他の冒険者も多くいた。
「またモリネズミかよ」
「いいだろ! ほら、三十匹は狩ってきたんだぜ?」
「どれどれ……あー、こりゃ素材として引き取れるのは、いいとこ半分だな」
「はあ!?」
「お前、この尻尾の半分は拾ってきただろ? 討伐じゃねえから証明も出さないぞ」
「ふざけんな! 見ただけで何でそんな事がわかんだよ!!」
「てめえこそふざけてんじゃねえぞ、小僧。こちとらこのギルドの商売やってもう三十年だ。一目見りゃあ、討伐の素材か拾ったものかの違いくらいわかるんだよ。これ以上ごねるんなら、支部長交えて『お話し合い』だぜ?」
「……ちっ!」
ラザトークス支部名物、引き取り所のやり取りだ。引き取り所の人間も元冒険者が多く、ここの支部も引き取り所の責任者テヒバンもその一人である。
彼に食って掛かっていた若い冒険者は、出された討伐証明をひったくるように取ってその場を駆け出した。
「まったく、どうせならモリネズミを食ってたツメイヌでも狩ってくりゃあいい値がついたろうによ」
テヒバンの言葉に、先程の冒険者が持ち込んだモリネズミはツメイヌの食べ残しなのだとわかる。尻尾は肉がないので、食べないのだ。
しばし走り去った冒険者の背中を見送っていると、テヒバンから声がかかった。
「お! 誰かと思ったらティザーベルじゃねえか。お前、帝都に行ったって聞いたが、何だ、都落ちか?」
相変わらず口の悪いおっさんだ。テヒバンの軽口に、ティザーベルはうんざりした顔を隠さない。
「護衛の仕事で来ただけ。ついでに依頼受けてたのよ。出していい?」
「おっと、お前が持ち込むならこっちじゃなくて、奥にしてくれ。どうせ今回も大量なんだろ?」
口は悪いし態度も悪いが、馴染みの冒険者の特性をよく理解しているので、テヒバンは仕事がしやすい相手だ。
言われた通り引き取り所の奥に入ると、大きな解体台がいくつも並んでいる。
「ここに出してくれ」
「了解」
移動倉庫から今日の獲物を次々と出していくと、周囲から驚きの声が響く。
「あれ、鎧熊じゃね?」
「この時期に穴狐かよ……よく見つかったな」
「うお! このコブイノシシ、首を一撃だ……」
ラザトークス支部の、解体職員だ。彼等の多くも元冒険者であり、前職で培った技術で今の職に就いている。
「鎧熊、状態がいいな」
「傷を付けずに狩ったからね」
「相変わらずいい腕してやがる」
「って事で、高値をつけてよ?」
「相変わらずがめつい女だよ」
憎まれ口を叩くテヒバンの口調は軽い。こんな応酬も、彼にとってはコミュニケーションの一環なのだろう。
本日分の成果を全部出し終わったら、解体台の上にちょっとした山が出来ていた。周囲を囲む解体職員達は、口をぽかんと開けて眺めている。
「これで全部」
「相変わらずでたらめな量だよなあ」
「でも、私が単独で狩ったのは、半分もないよ?」
「本当かよ。そういや、盗賊専門のパーティー組んだって?」
「違う。パーティーは組んだけど、盗賊専門じゃないし。ってか、そんなガセ流してんの、誰よ?」
「さあな。俺が知るわけないだろ。おい、お前等! 確認終わったら討伐証明出しとけ」
テヒバンの言葉にむっとするティザーベルだったが、彼がそんな事に構うはずがない。彼女の事など放っておいて、次々と部下達に指示を出していく。
「さて、これだけになるとさすがに査定に時間をもらうぞ。まあ、状態が大分いいから、さっきの小僧のような事にはならねえと思うけどな」
「明日には出来てる?」
「おめえ、俺に時間外労働やれってのかよ?」
「たまにはきりきり働きな。明日の夕方には来るから、それまでには査定終わらせて現金用意しておいて」
「ったく、相変わらずなヤツだぜ」
苦笑するテヒバンを余所に、彼の部下から証明書を受け取ったティザーベルはその場を後にする。
その背に、テヒバンから声がかかった。
「明日はまだラザトークスにいるんだろ?」
「依頼主の都合によるよ」
「なあ、この街にいる間に、シンリンオオウシ狩ってこねえか?」
「はあ?」
テヒバンの言うシンリンオオウシとは、大森林固有の魔物で、牛型の魔物なのだがその大きさがおかしい。体高だけでいえば、キリンの頭並の大きさなのだ。それが牛として大森林の中にいる。
素材は皮、骨、角、尻尾。肉と内臓は食用に出来るので、意外と捨てるところが少ない魔物でもある。
「シンリンオオウシって……討伐依頼でも出てるの?」
「いんや? 素材が欲しくても、どこの商会も依頼なんざ出せねえよ。討伐出来る人材がいねえからな。だが、それだけに素材が高騰している今、依頼料が入らなくても一財産稼げるぜ」
にやりと笑うテヒバンに、ティザーベルの対応は辛い。
「やめとく」
「何でだよ? 一人じゃねえんなら、確率は上がるぜ? そっちの兄さん達も、腕はいいんだろ?」
食い下がるテヒバンに答えず、証明書をひらひらとさせながらティザーベルは取引所を後にした。
カウンターに証明書を提出し、一緒に採取依頼分の宿り木も出す。手続きが全て終了して現金を受け取ったので、三人で支部を出た。
「さて、夕飯まではまだ間があるし、少し街中でも見て回るか?」
「私はいいわ。宿に戻る」
「そうか。俺等は鍛冶屋だな」
「ああ」
レモの言葉に頷くヤード。彼等とはその場で別れて、ティザーベル一人で宿へと戻ろうとした。
その彼女の背に、声をかけた人物がいる。
「ベル?」
聞き慣れた声に振り向くと、記憶にあるよりやつれた様子のユッヒが立っていた。
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