七十七 始動
振り返ると、ちょうど階段を下りてくるリサント支部長の姿が目に入る。
「あー……」
「何だお前。帝都に行ったと聞いたが、戻ってきたのか?」
「いや、仕事でちょっと」
「そうか。それにしても、いなくなって一年も経たないってのに、何だか懐かしいなあ、おい」
そう言いつつリサントがティザーベルの肩をばしばしと叩く。相変わらずいい年だというのに、未だに力の強い人だ。叩かれた肩が痛い。
「支部長、痛いってば」
「おお、すまんすまん」
そう言いつつ笑うリサントに、ティザーベルも釣られて笑うが、どうにも笑顔が引きつりそうだ。何せ、今回の仕事の内容は目の前の人物の不正を暴く事である。
その、ある意味探る相手を目の前にして、平気な顔が出来る程ティザーベルは肝が太くなかった。
――いや、全く関係ない相手なら出来るんだろうけどさ……
なまじ世話になった相手だからこそ、か。微妙な表情をするティザーベルに、リサント支部長は声を落とした。
「それはそうと……ユッヒにはもう会ったか?」
「いいえ?」
船着き場から、まっすぐ支部に来たのだ。今の時間なら、大森林に採取にでも行っているだろうから、街中にいるとは思えない。
首を振るティザーベルに、リサント支部長は苦い顔をする。
「そうか……」
眉間に皺を寄せるリサント支部長の姿に、セロアから聞いたユッヒの話を思い出す。結婚するはずだったナナミが、実は違う名前の前科持ちで、結局結婚の話そのものが流れたはずだ。
慌ててティザーベルを探していたそうだが、その頃には既に帝都に到着していた頃。預託金口座の残高があめ玉一個買えない程度の彼では、帝都まで追いかけてくる資金がなかったというのがセロアの読みだ。
そんなユッヒと会うのを、リサント支部長が心配しているという事は、未だに彼の性根は治っていないらしい。
「支部長、ユッヒ、そんなに?」
何一つ具体的な事は口にしていないのに、リサント支部長には伝わったらしい。軽く頷いたところを見ると、相当ヤバい状態のようだ。
「どうにも、手の施しようがない」
溜息を吐きつつ、リサント支部長が教えてくれたユッヒの現状は目を覆いたくなるようなものだった。
あれ程金をかけていた装備は、全て売り払って手元にないらしい。そんな状態では大森林に入るなど危険過ぎる、という事で、彼に出来る仕事は街中のどぶ浚いくらいだそうだ。
「元々剣の腕もそれ程という訳じゃない。お前さんと一緒だったからやってこれただけだったしな。ヤツの懐を当てにしていた連中も、むしれるだけむしったら、あっという間に姿を消したよ」
リサント支部長の言葉は、ティザーベルの胸に刺さる。自分がいなければ、ユッヒはもっと違う道を歩んだのではなかろうか。でも、冒険者になると言い出したのはユッヒの方なのだけれど。
彼の周囲にいた連中が集り集団だというのはわかっていたし、何度か諫めもしたけれど、こちらの言葉が彼に届く事はなかった。思えば、あの頃から既に行く道は別れていたのかもしれない。
段々と俯いてしまうティザーベルに、支部長は励ますように声をかけてくる。
「ま、まああれだ! お前も新しい仲間が出来たんだろう? こっちにまで名前が響いてきてるぞ。オダイカンサマってえのは、大したパーティーだな」
リサント支部長の言葉に、ティザーベルの口元に微笑が浮かんだ。東の果てとも言われるラザトークスにも、オダイカンサマの名前は届いているらしい。
だが、喜んだのも束の間、続く支部長の言葉にティザーベル目を見開く事になった。
「しかし、お前が盗賊討伐専門のパーティーを組むとはなあ」
「は?」
「いや、有名だぞ? 盗賊団殺しのオダイカンサマってな」
何だそれは。いつから自分達は盗賊専門に討伐するパーティーになったのだ。しかも「盗賊団殺し」とは何事か。ヤード達はまだしも、自分はまだ一人も殺してはいないというのに。
わなわなと震えるティザーベルの様子に、ヤバいと感じたのか背後からヤードとレモの声がする。
「じゃ、じゃあ俺等は手続きも終わったし、ここらで。ヤード、嬢ちゃんを抱えとけ」
「おう」
「んじゃ支部長さん、また」
「あ、ああ」
そのまま、本当にヤードに抱え上げられてギルドラザトークス支部を後にした。
部屋に連れ帰ったはいいが、ティザーベルは怒りの後の落ち込みが酷くて使い物になりそうにない。
そんな彼女を見下ろしつつ、レモはヤードと小声でやり取りし始めた。
「とりあえず、嬢ちゃんの事は置いておいて、仕事の方をどうするよ?」
「前回同様、しばらくこの街にいて依頼を受けてみるしかないんじゃないか?」
「やっぱりそれかねえ……」
そう言いつつ、レモはうなだれるティザーベルを再び見た。盗賊団殺しの異名のどこにここまでの衝撃を受ける要素があったのか、彼にはさっぱりわからない。
それでも、普段から「人外専門」などと言い張っているティザーベルの事だから、自分達には理解出来ないこだわりがあるのだろうと推測する。
正直、そういった独自のこだわりを持つ冒険者は多い。よくあるのは、愛用の武器の手入れや仕入れは決まった職人に頼むというヤツだ。
これは、職人によって癖が違うからで、いざという時変な癖がついた武器では扱い辛いという理由からだった。
酷いのになると、験担ぎなのかいつも同じカウンター、同じ職員にしか依頼の手続きを頼まない、なんてのもいる。馴染みの職員が休憩中ならまだしも、休みの時は本人も休みにするのだとか。
それはともかく、支部長の不正、それも査定での不正など一介の冒険者が探り得るものでもあるまいに。何故、統括長官はそんな内容を冒険者に任せたのか。
いらない事まで考え始めたレモの耳に、低い声が響いた。
「依頼、受けてやろうじゃないのよ」
「おおう! 大丈夫か? 嬢ちゃん」
見れば、ティザーベルは俯き加減からレモを睨み付けるように見ている。はっきり言って、かなり不気味だ。
でも、レモにはそれを口にしないだけの分別がある。建前として口にしたのは、当たり障りのないものだ。一応、心配はしているのでまるっきり口からでまかせという訳でもない。
そんなレモに、ティザーベルは恨みがましげな視線をよこした。
「ラザトークスで出る依頼は、その殆どが魔物素材の採集だもん。変な二つ名を消すにはもってこいの場所よねうふふふふ」
おかしな様子で笑う彼女に、まだ正気ではないんだなとレモは首を振る。こだわりは、強すぎると色々と支障があるというのに。
とはいえ、今のティザーベルには何を言っても届くまい。そう判断したレモは、しばらく彼女を好きにさせておく事にした。
それが、今回の仕事の成功に結びつくだろう。レモは自分の確信に自信を持っているけれど、目の前の妙な興奮状態のティザーベルを見て、少しだけ自信が揺らいでいた。
翌日、宿の食堂が開く時間丁度にティザーベルは下に下りた。無論、ヤード達も一緒だ。冒険者などというヤクザな商売をしている割に規則正しい生活だが、この仕事は朝が早い事が多いので自然とこうなる。
また、帝都のような眠らない大都市以外、辺境の田舎町など夜は遊ぶ場所がほとんどないので、誰も彼も日が落ちると健康的に寝ているのだ。
「とりあえず、依頼の争奪戦に参加かなあ」
出された懐かしい味付けの料理を食べながら、ティザーベルは呟いた。帝国は国土が広いので、地方によって味付けが異なる。ついこの間までいたゲシインは北だからか、少し味付けが濃かった。
ラザトークスの味付けは香草メインだ。大森林の恵みは、何も木材や魔物素材だけではない。
一般人でも入れる範囲には、数多くの香草や果物が豊富だ。これらを使った料理が、この街の名物だった。
特に香草をたっぷり使った腸詰め、いわゆるソーセージは有名で、これを目当てに来る観光客もいるという。
それを話すと、ヤード達が頷いた。
「なるほど」
「確かに、こりゃうまい。帝都でも引けを取らないだろうよ」
そういえば、帝都でラザトークスの料理を扱う店や屋台は見た事がない。あれだけ各地方の料理が揃っているのに、不思議な話だ。
そんな事を考えていると、レモから声がかかった。
「そういや、さっき争奪戦って言ってたな」
「ああ、うん。ここでも、朝一で張り出されるおいしい仕事にありつこうと、冒険者が殺到するからさ」
「嬢ちゃんもか?」
「仕事を始めたばっかりの頃はね。そのうちセロアと仲良くなったから、彼女が斡旋してくれた」
ギルド職員、特に受付と仲良くなるとそういう裏の特典があるのだ。それを狙って、または別の目的で冒険者は受付の女性を口説く事がある。
ヤード達もそれを知っているからか、ティザーベルの返答に納得していた。
「という訳で、セロアが帝都に行っちゃった以上、自力で依頼をゲ……探さなきゃならないのよ」
危うく「ゲット」という言葉を口にしそうになって、慌てて言い換える。
「別に構わん」
「余所の街に行ったら、そんなもんだろ」
ヤード達の言葉に満足げに笑ったティザーベルは、目の前の残った朝食を口に運んだ。
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