七十五 真実
あんたら中央の人間は、北の冬の厳しさを知らねえ。この街じゃな、毎年のように冬場になると凍死者が出てるんだよ。
真冬に、暖を取ることが出来ずに死んでいくんだ。何故だと思う? 薪を買う金がねえからさ。森は街の外にたくさんあるにも関わらず、な。
森の木々は、領主の大事な収入源だ。中央辺りに売りゃあ、金になる。それをわざわざ貧乏人にくれてやるバカはいねえってこった。
街の人間も、あんまり親身に考えちゃくれねえ。何故かって? 凍死するのは、冒険者が多いからだ。薪も買えずに死んでいくのはな、この街の収入源の一部になってる魔法薬草を採取してくる冒険者達なんだよ。
中央のギルド本部で調べりゃすぐわかるだろうが、ほんの数年前まで冬のゲシインに来るような物好きはいなかった。金を稼ぐなら、他にもっといい街があるからな。何もわざわざ地獄とわかってる街に来るバカはいねえ。
だが、冬場でなきゃ採れねえ草もあるんだ。冬になると冒険者がこねえゲシインで、どうやって採取するか、わかるか?
駆け出しでまだ移動する金がねえ近隣の若い冒険者を使うんだよ。採った魔法薬草も、わざわざ支部まで持ってこなくとも森の入り口辺りに掘っ立て小屋を作ってそこに持ち込ませるんだ。
そうやって集めた魔法薬草は、中央でバカみたいな高値で売れる。でも、駆け出しの若い連中の懐に入るのは、ほんの小遣い程度の金でしかねえ。
それが冒険者って仕事だ。それはわかってる。そうやって少しずつ経験を積んで、いつかは大成する事を夢見る連中だ。
だがな、ここじゃ夢見る前に死んじまう。小遣い程度の金じゃあ、宿にも泊まれねえ。雪深い森で必死に魔法薬草を探して体力を使った後に、体を温めて休める場所すらねえんだよ。
これでもな。横領に走る前にあれこれ手を尽くしたさ。中央にも散々掛け合った。その結果、お前等中央のお偉いさんが何をしてくれた?
『冒険者なぞ、いくらでも湧いて出てくる』
そう言ったきり、何の手立ても与えちゃくれなかった。
領主にしてもそうだ。ヤツの頭の中はてめえの懐を豊かにする事だけで、街の民、とりわけ冒険者なんぞの事は考えもしねえ。
中央も、現実は見ちゃくれねえな。数字だけで街へかける税金を決めやがって。この街は余所より暖房費がかかるのが何故わかんねえんだろうな。
税金を払えずに仕事をなくした親を持つ子供が、駆け出しの冒険者になって命を落とす。そんな事がこの街じゃ繰り返されてるんだ。
だから、俺は動く事にした。幸い支部長なんて立場にもなったからな。いくらかは俺の采配で動かす事が出来た。
中央の連中には甘い事を言って、もてあましているバカな身内の受け皿にもなった。その代わり、受け入れ費用をぶんどったがな。
それらやあちこちの帳簿を誤魔化して得た金で、冒険者が安く泊まれる宿を用意した。大して金にもならねえような薬草も、割り増し価格で買い取るようにもした。
もちろん、あれこれ気付いた連中もいたよ。中央に報告しようとしたものや、質の悪いのになると口止め料を要求してきたのもいたな。
そいつらは、全員森の奥か地下で静かにしている。本当、おめえ等どうやってあそこから戻ったんだよ。一回落としたら、二度と這い上がってこれねえ場所なんだぞ?
魔法士なめるな? よくわからねえ事を。まあ、いい。俺が横領した理由は以上だ。おれはゲシインの冒険者ギルド支部長だからな。冒険者を守る義務がある。
俺は、その義務に従っただけだ。誰もやらねえからな。
ホワックの独白に、ハドザイドは何も返さない。ティザーベル達の側からは、彼の表情が窺えないので判断出来ないが、彼の背中は怒っているように見える。
彼が所属する「中央」を悪く言われたからか、それともホワックが横領せざるを得なかった実情にか。
――そういえば、ラザトークスの「余り者」という考え方も、侯爵達は知らなかったっけ。
情報伝達手段が限られているからか、余所の街の情報はなかなか伝わらないらしい。ゲシインでの冒険者が死亡しやすい状況も、中央所か他の地方の街でも知られていないだろう。
言いたいだけ言ったホワックは、軽い溜息を吐いた後ハドザイドに向き直る。
「それで? 俺は処刑かい?」
「……それは、中央で然るべき方達が決める」
「そうかい」
ホワックは、静かな笑みを浮かべていた。バレた以上は慌てないという事か。
結局、ホワック以下、彼に手を貸していた冒険者数人も中央へ連行される事に決まった。
これより先、オダイカンサマは彼等に関わらない。とはいえ、ホワックの言葉を聞いてしまうと、殺されかけた事は別問題として、どうにも憎めなくなるから困る。
とはいえ、自分達は自分達の事を考えなくては。まずは、目の前の依頼完了についてだろう。
「これで、仕事は終わりと思っていいのかな?」
ティザーベルの言葉に、ホワックの連行手続きをしていたハドザイドが振り向く。
「いや、次の街へ行ってもらう」
「はあ!?」
思ってもいなかった内容に、ティザーベルだけでなくヤード達も驚いている。
「おいおいおい、聞いてねえぞ」
「私だって聞いてないよ。帝都に戻って素材を換金しようと思っていたのに……」
「そこかよ」
ヤードの呆れた声に、ティザーベルが食って掛かった。
「そこよ! あの素材、全部換金したらいくらになると思ってんの! 素材のまま持っておくより、現金で持っておく方がいいに決まってるんだから! いつ何時、何が起こるかわからないのよ!? 冒険者なんてヤクザな商売してるんだから、もうちょっと考えなさいよね!」
「あ、ああ」
ここまで言われると思っていなかったのか、ヤードはすっかり引いている。だが、ティザーベルの怒りはまだ冷めない。
「大体ねえ!」
「そこまでだ」
何と、二人のやり取りに口を差し挟んだのはハドザイドだ。彼の背後には、微妙な表情のレモがいる。
「連続しての依頼はきついだろうが、こちらにも事情があってな。その分、依頼料を弾む」
「む……それならいいか」
「いいのかよ」
「いいに決まってるでしょ。冒険者なんて、金もらってなんぼなんだから」
それなりの見返りがあるからこそ、命がけの仕事もこなすのだ。ハドザイドが弾むと言ったのなら、その額にも期待出来る。
ティザーベルの現金な態度に一瞬怯んだハドザイドだが、さすがはあのヤサグラン侯爵の部下だけはある。すぐに平静を取り戻した。
「君らに次に行ってもらう場所だが、帝国東の端、ラザトークスだ」
「はあ!?」
ハドザイドが口にした地名を聞いて、素っ頓狂な声を上げたのはティザーベルだ。
帝国東の端の街、ラザトークス。ティザーベルの生まれ故郷であり、捨ててきた街でもあった。
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