七十四 合流
何だか久しぶりにまともな食事を食べた気がする。実際は昨晩以来なので、大した時間は経っていないのだが。
「あー、おいしい……」
しみじみと味わいながら食べているティザーベルの前では、ヤードが興味深そうな顔でこちらを見ていた。
「確かにここの料理はうまいが、そこまで言う程か?」
「空腹は一番の調味料なのよ」
何せ実質二食抜いた後の食事である。小さなパンを駆け抜けながらかじっただけのあれを、食事とは呼びたくない。
本日の夕食は、白身魚のクリーム煮と温野菜、焼きたてのハード系パンと根野菜の酢漬け、飲物はこの辺り特産のデードという小粒のベリーのような果物のジュース、デザートにはデード含む数種類の果物を一緒に砂糖で煮たものが出た。
それらをしっかり完食したティザーベルは、満足げだ。その様子を呆れたような、安心したような様子で見てくるヤードに向かって口を開きかけたその時、背後から声がかかった。
「お、目が覚めたか」
「おじさん」
「どうだった?」
ティザーベルの背後から現れたのは、宿に戻ってきたレモだ。彼はヤードの隣に腰を下ろして、近場にいた従業員に夕飯を注文していた。
「いや、参った。支部長がごねまくってなあ。おかげでこの時間までかかっちまった」
「お疲れ様。ごめんね、おじさんだけに面倒事押しつけて」
「いいって事よ。それより、嬢ちゃんの体調はどうだ?」
「もう平気。たっぷり寝てたっぷり食べたから」
不思議と、魔力は睡眠と食事をしっかり摂った方が回復が早い。以前本で読んだ魔力と精神力は繋がっているとする説にも、頷けるというものだ。
ティザーベルの言葉を聞いたレモは、夕飯をかき込みながら言った。
「んじゃあいいか。ハドザイドの旦那がな、嬢ちゃんを連れてこいって言ってるんだよ」
「私?」
支部長の件は、レモが行って全て終わらせてきたのではないのか。首を傾げるティザーベルに、レモが続ける。
「何でも、嬢ちゃんの魔力から見た事を読み取るとか言っていたぜ?」
「げ」
だからティザーベルが中心になって不正を見ろと統括長官は言っていたのか。
確かに、そういった術式はある。ティザーベルは本で読んだだけで実際に使った事はない。あれは使う方にも使われる方にも相応の魔力がなくてはならないからだ。
だが、本に書いてあった内容が正しいのであれば、プラバシーの侵害が甚だしい。とはいえ、帝国にはプライバシーの概念そのものがないのだけれど。
――やだなー。あれって、見る内容を指定出来たっけ?
渋い顔で考えていると、ヤードが不思議そうに聞いてきた。
「そんなに渋る程の事なのか?」
「頭の中身、全部覗かれかねないのよ、その術式」
だから嫌なんだ、と続けると、ヤード達も何とも言えない表情になった。
「でも、あの支部長を捕縛するのに必要なら、仕方ないか」
「……いいのか?」
ヤードが心配そうに聞いてくる。今日の彼は、本当に過保護のようだ。それには、苦笑だけで返しておく。所詮、貴族には逆らえないのだ。
何時でも構わないと言われている、という事で、夕飯を食べた後にギルド支部へ向かう事になった。
ゲシインの夜は、帝都とは違い静かなものだ。
「あんまり開いてる店がないんだね」
「飲み屋は北の港付近に固まってるってえ話だな」
この街でも、船乗りは呑兵衛らしい。その代わりのように、街の中心部には飲み屋はないので静かなのだという。棲み分けが出来ているのはいい事だ。
そんな既に眠りについている街の中を、三人で歩いて行く。乗合馬車も終わっているので、歩くしかないのだ。
宿からギルド支部まで、歩いてもそうかからない。外灯のない中を歩くので、ティザーベルが弱い魔法の明かりを出していた。
「今更だが、魔法ってなあ便利なもんだ」
「まあねえ。ただ、便利に慣れちゃうと、ない生活には戻れないのが難点かなあ」
便利な技術は慣れてしまうと元には戻れないのだ。実際、物心つく頃には既に前世の記憶があったティザーベルは、孤児院での毎日が苦痛だった。
生活の利便性、娯楽の種類と数、そのどちらも前世を過ごした日本に遠く及ばないのだから当然か。
だからこそ、自分に魔力があるとわかってからは出来る限り生活の利便性を上げる方向で動いた。もちろん、その資金とするべく冒険者稼業も頑張ったが。
ふよふよと浮く魔法の明かりの下、到着したギルド支部はものものしい雰囲気だった。入り口には武装した兵士が両脇に立ち、出入りを制限しているらしい。
割と早い時間帯からそうしているのか、支部の周辺には中に入れず困っている冒険者が何人かいた。彼等の声を拾うと、どうやら夕方前にはこの状態だったらしい。
「どうするんだよ……依頼達成の手続きが取れない……」
「宿代を引き出せないじゃないか」
「やべえ……俺、この依頼を今日中に手続きしないと失敗判定食らうよ……」
なかなか切実な問題が聞こえてきた。とはいえ、その辺りをどうにかするのは支部の仕事である。
――もっとも、支部長が更迭されるだろうから、しばらくはここの支部の混乱は避けられないだろうけど。
入り口に近づくと兵士に槍を向けられた。
「現在、支部は出入り出来ん。立ち去れ!」
「ハドザイドの旦那に、レモが来たって伝えちゃくれませんかねえ?」
「何? ……おい」
兵士は隣の同僚に声を掛けると、同僚の方は素早く扉の向こうへと消えていく。
兵士は程なく戻ってきた。
「通行許可が下りた。ついてこい」
そう言って先導する兵士の後をついて、オダイカンサマ一行はギルド支部に入る。
建物の中は暗かった。明かりがついていないからなのだが、そもそもこの時間にギルドに入る事などまずない。
始業と終業の時間は厳格に決まっている為、職員による残業も申請しなくてはならないとはセロアの言だ。
職員も退勤している時間帯では、支部に人がいないのは頷ける。その割には、外に冒険者が溢れかえっていたが。
――多分、早い時間帯に支部を閉めさせたんだな……
地下にいた為、ハドザイドから通信を受けた時が何時かはわからない。でも、おそらくあの時には既に支部長を押さえていたのだろう。
兵士の先導で向かったのは、やはり三階の支部長室だ。ここにも、入り口同様武装した兵士が両脇に立っている。
その兵士達に向かって、先導してきた兵士が声を張り上げて報告した。
「失礼します! 例の者達を連れてきました!」
「ご苦労! では、貴様は持ち場に戻れ!」
「は!」
先導してきた兵士が戻る姿を見送りつつ、どうやらここの二人の方が彼より地位が上なのだと悟る。
その上役の兵士は、扉に向かって報告する。
「お話し中、失礼いたします! レモと名乗る男とその仲間を連れて参りました!」
すぐに、扉越しに入るよう指示が出され、兵士が開いた扉の向こうへと入った。
室内には、ハドザイドとテーブルを挟んで座る支部長の姿がある。それを見た時に、ティザーベルはやっと今回の仕事が終わったのだと実感した。
扉警備の兵士が出て行き扉が閉まったのを確認してから、ハドザイドが室内に防音の結界を張る。
「さて、これでいいだろう。では、続きを聞こうか。何故、横領などしたんだ?」
どうやら、支部長の尋問中に来てしまったらしい。この場に自分達がいてもいいのかと思ったが、この場を仕切るハドザイドが何も言わないのでいいのだろう。
三人はそっと移動して、部屋の隅にあった椅子に腰を下ろす。視線をそっと支部長達の方へ向けると、俯いていたホワック支部長が口の端を釣り上げて笑った。
「何故、か。確かに、中央のお偉いさんには理解出来ねえだろうなあ」
その声には、目の前にいるハドザイドに対する嫌味がたっぷり詰まっている。
「辺境がどれだけ困窮していても、中央は何も助けちゃくれねえ。それなのに、税の取り立てだけはきっちりやっていきやがる。実情なんぞ、何も調べもせずにな」
そうしてホワックが語り始めたのは、北の街ゲシインの現状だった。
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