七十三 ダウン
結局、地上に上がってきたのは落とされた日の翌日だった。あの後もあれこれ高額素材の魔物を見つけたので狩りたかったのだが、ティザーベルの魔力切れが間近で、泣く泣く見逃した形だ。
地下大空洞からの出口付近に辿り着いた時にはもう足下が怪しく、宿まではヤードに抱えられて戻ってきた。
現在は昼少し前。窓の外には北の夏の日差しが溢れている。
「もうちょっと……あともうちょっとだけ狩りたかった……」
「随分と狩っただろうが」
「でもー」
「嬢ちゃん、欲はかきすぎると身を滅ぼすぞ?」
「うー……」
地上に戻ってすぐギルド支部に向かうはずが、魔力枯渇寸前のティザーベルが動けなくなってきたので、先に彼女だけ宿で休ませる事になった。この後、ヤード達は支部でハドザイドと合流する手筈になっている。
泊まっている部屋のベッドに寝るティザーベルを見下ろしながら、ヤードは溜息を吐く。彼だけではなく、レモも呆れた様子だ。
「大体、どうしてそんなに素材に執着するんだ?」
ヤードからの質問に、ティザーベルは軽く目を見張る。今まで、そんな事を聞いてきた人はいなかったからだ。セロアはもちろん、冒険者になってからは一緒に組んでいたユッヒですら疑問に思った事はないだろう。
冒険者は基本守銭奴。それはラザトークスでは当たり前の事だった。
「……冒険者がお金に汚いのは、当たり前じゃない」
「いや、嬢ちゃんの場合、汚い訳じゃあないだろうが」
「それでも。いつまでも出来る仕事じゃないし、動けるうちになるべく稼ごうって思うのは、当然だと思ってた」
幸い、ティザーベルは魔法が使える。拡張鞄だって自作出来るし、それを元に移動倉庫を作ったから金庫代わりに現金を手元に置けた。
ユッヒに貸していた分が帰ってきて、ヨストに行く途中で狩った魔物素材の売却金額もかなりになっている。
「ゲシインで仕留めた魔物も、帝都で換金すれば結構な額になるだろうけどさ、それで一生食べていける訳でもないじゃない? お金はいくらあっても邪魔にはならないし」
「そんなもんかねえ?」
「だからといって、体調を崩していては本末転倒だろうが」
レモとヤードの言葉ももっともだ。生きる為に金を稼ぐはずが、それが原因で死んでしまっては元も子もない。
「とりあえず、嬢ちゃんは目を離すと危なっかしいからな。ヤード、悪いがここで嬢ちゃんの事を見張っててくれ。支部には俺だけで行ってくらあ」
「わかった」
どうやら、ヤードの監視付きは決定事項らしい。不満はあるけれど、実際宿まで抱えられて戻ってきたので、あまり言えないのだ。
魔力の枯渇は急に来る。なので、常日頃気を付けてはいるのだけれど、今回は高額素材に目がくらんだ結果だった。
「魔力を数値化出来ればいいのに」
「何だ? 急に」
考えていた事が、口から出ていたらしい。ベッドの側から離れないヤードが不思議そうな顔でこちらを覗きこんでいる。
「今の自分の魔力が数値で目に見えれば、枯渇寸前なのかどうかが一発でわかるじゃない?」
いわゆるMP表記だ。全体量と現在使用済みの量がわかれば、とても便利だと思う。とはいえ、魔法士で冒険者などをやっている人間自体が少ないので、需要は少ないかもしれない。
魔力が枯渇するまで使う魔法士など、冒険者くらいだろう。魔法薬師でも魔法道具を作る魔法職人でも、枯渇するまで使う事はない。
唯一冒険者以外でありそうなのは魔法士部隊だろうが、あそこなら枯渇する前に仲間の手を借りられる。
需要があるのに、なり手がいないのが魔法士の冒険者だ。そんな数が少ない魔法士冒険者の為に、誰が魔力を数値化する研究をするというのか。
――誰もやらないか……
自分で出来ればいいのだろうが、きちんとした魔法教育を受けていないティザーベルでは無理がある。
「せめて、もうちょっと魔力が増えればなあ……」
「増やす方法なんて、あるのか?」
「よくわかんない」
「何だそりゃ」
魔法書には、使い続けていれば一定の量までは上がると書いてあった。実際、ティザーベルも孤児院時代にこっそり訓練して使える魔力の量を上げている。
だが、劇的に上がった時期があった。冒険者になって、魔物を狩り始めた頃だ。特に手こずる魔物を倒した数日後には、自覚出来る程増えていたのを覚えている。
魔物を倒すと魔力が上がる。この説が正しいなら、冒険者をやっている魔法士は全員その事に気付いているはずではないか。
冒険者だけではない。帝都の魔法士部隊でも魔物狩りはやるというから、そこでも何かしらの結果が出ていなくてはならない。
自分がおかしいのか、それともこの事に誰も気付いていないだけなのか。あれこれ考えているうちに、ティザーベルの意識は睡魔に駆逐されていた。
目が覚めると、既に外は夕日に染まっていた。宿に戻ったのが午前中だったので、随分と寝ていたらしい。そのおかげか、だるさも抜けて気分は爽快だ。
「んー、よく寝たー」
「大丈夫そうだな」
思いきり伸びをしたら、隣から声を掛けられた。ヤードだ。
「ん? あれ? いたの?」
「いちゃ悪いか」
てっきり一人だと思っていたのだが、律儀にあのまま側についてくれていたらしい。
そのヤードに「いたの?」はないだろう。反省して謝罪する。
「えーと、ごめんなさい。側にいてくれてありがとう……あ、体調は万全。もう平気。おじさんは、まだ帰ってきてないの?」
「まだだな。話が長引いてるのか……」
自分達がやるべき事は、ヨストの時同様不正の生き証人だ。ちょっと証言すれば終わりだと思っていたのだけれど、時間がかかっているという事は、面倒な事が起こっているのかもしれない。
――魔力切れで仕方なかったとはいえ、おじさん一人に押しつけて悪い事しちゃったわ。
とはいえ、回復するまで待ってもらうのも、それはそれで無理だったと思う。ハドザイドは既に支部長を捕縛寸前だったし、あれ以上待たせるとぶち切れていたのではなかろうか。
とりあえず行き違いになっても困るので、このままレモが戻ってくるのを待つ事にした。
既に日は暮れて既に夜が近い。思えば地下大空洞で移動しながら朝食のパンをかじった程度で、昼食は寝ていたのでとっていなかった。そろそろお腹が鳴りそうだ。
目が覚めてもヤードに言われてベッドに寝転んでいる。確かに起き上がっているよりはエネルギーを使わない。
「おじさん、早く帰ってこないかなあ」
「どうした?」
「お腹空いた」
正直に答えたら、ヤードから呆れた様な空気が流れてきた。仕方ないではないか。
「食堂から何かもらってくるか?」
「そのくらいなら食べにいく」
「大丈夫か?」
「もう平気だってば」
今日に限って、ヤードが過保護だ。
――まあ、倒れた……というか、歩けなくなったのは二回目だからねー。
以前もメドーで魔力の使いすぎでふらふらになった事がある。あれ以降気を付けていたのだが、目の前の魔物に目がくらんだ結果、限度を忘れて魔力を使いすぎてしまった。
もう一度同じ状況になったら、使用魔力をセーブ出来る自信はない。
――お金はいくらあっても邪魔にはならないもんね。
特に社会保障が何もない国では、最後に頼れるのは財力だ。冒険者などいつ何時働けなくなるかわからないのだから、稼げる時に稼いでおかなくては。
とりあえず、これからもしっかり働く為にも、夕飯をしっかり食べなくては。夕飯には少し早い時間ではあるけれど、宿の食堂ならもうやっているだろう。
「じゃあ、ちょっと食堂まで行ってくる」
「一緒に行く」
「そう?」
宿の食堂なら、レモが戻ってきてもすぐにわかる。部屋に誰か残っていなくとも問題ない。
二人は部屋を後にして、一階にある食堂へ向かった。
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