七十二 露見

 支部長室に置いてある愛用の椅子に腰掛けながら、ホワックは物思いに耽っていた。帝都から来たという「オダイカンサマ」。彼等は、本当に何かを探っていたのだろうか。


 その割には、彼等は最初から目立っていた。帝都ならいざ知らず、こんな北の果てのような街では女連れの冒険者は珍しい。


 それだけでも目立つのに、彼等はギルド支部内で早々に問題を起こした。それだけでなく、翌日には引き取り所の責任者とも問題を起こしている。


 もっとも、どちらも支部の職員の方に問題があるのだが。彼等二人は支部の中でも、冒険者との問題を起こした件数が多い事で知られている。


 そんな人材を何故いつまでも使っているのかと聞かれた事もある程だ。とはいえ、所詮余所者にはこの街の事情などわかる訳がない。


 ホワックは机に向かって大きな溜息を吐いた。ちょうどその時、部屋の扉が開かれた。入ってきたのは、ルーヴォだ。


「支部長、そろそろ時間です」

「わかった」


 これから、死んだ二人の葬儀がある。支部長として出席しない訳にはいかなかった。


 二人の死体には、明確な切り傷が残っている。それが致命傷だと街の医者の証言もあるから、オダイカンサマの背の高い男が犯人で通るだろう。


 何より、ギルド支部をまとめる支部長のホワックがそう言えば、まかり通るのだ。


 ある意味、彼等はいい時期に来てくれた。これ以上あの二人を放っておけば、支部への苦情が見逃せない量になっただろう。そうなれば、なにかしらの対処をしなければならない所だった。


 それをせずに、最も簡単な方法で処分出来たのだから、彼等には感謝しかない。だからこそ、苦痛も恐怖も感じない殺し方を選んだのだ。


 あの地下の訓練場の下に大穴が開いたのは、ホワックがまだ支部長になる前、一冒険者としてあの訓練場を使っていた頃だ。珍しい魔法士の冒険者があの場でちょっと大きめの術式を使ったところ、床に大穴が開いたのだ。


 どうやら、元々地下に空洞が開いていて、そこに最後の一押しとばかりに魔法を撃った為に空洞へ通じてしまったらしい。


 その事故で、少なくない人間が死亡している。間抜けな話だが、件の魔法士は自分が開けた穴に落ちて命を落としたのだ。


 それから、あの地下の訓練場は穴を簡単に塞いでそのまま放置されていた。それを改造して開閉できるようにしたのは、支部長に就いたホワックだ。


 その為の費用はかなり痛かったが、あれがあるおかげで色々と仕事が捗っているのだから、必要な事だったのだと今でも思う。




 葬儀会場には、人がまばらだった。死んだ二人は支部内でも人望がなかったから、この結果は当然だろう。


 出席している人達は、誰も悲しんでいる素振りすら見せない。これが人の最期かと思うと少し寂しく感じるけれど、生前の行いの結果と思えば納得も出来る。


 ホワックは神妙な様子で葬儀に参列した。


 ――安らかに眠れ。


 ホワックは死者の呪いなど信じてはいない。だが、さすがに自分が命じて殺させた人間の葬儀では、犠牲者の冥福を祈らずにはいられなかったのだ。


 実際に手を掛けたグザーの方は、姿を見せていない。自分が斬り殺した相手の葬儀には出る気にならなかったのだ。


 葬儀が終了して、支部に戻る馬車の中でルーヴォが呟いた。


「随分、あっさりした葬儀でしたね」

「仕方ない。身内は全員帝都周辺の街だというから、葬儀を報せても出席が間に合わん」


 死んだ二人はゲシインの出身ではない。ゲシインのギルド支部で働く者の半数以上がそうだった。その多くは、帝都周辺出身だから、今回のような事はこれからもあるかもしれない。


「……彼等も、まさか故郷から遠く離れた場所で命を落とすとは思っていなかったでしょうね」

「生きていたかったら、もう少し己の行動を省みるべきだったな」

「そうですね……」


 周囲との軋轢がなければ、あるいは死ななかったかもしれない。とはいえ、オダイカンサマを陥れるには、やはり多少の犠牲は必要だっただろう。


「支部に戻ったら、彼等が牢屋破りをして逃げ出したと周知させる」

「はい」


 牢破りは重罪だし、冒険者が街の外で消息不明になるのはよくある事だ。彼等の失踪も、他の冒険者同様仕事中に魔物にでも襲われたのだと思われるだろう。生きていたとしても、重罪人として再び牢屋に繋ぐ事が出来る。


 もっとも、あの地下大空洞から生きて帰る事はない。何人たりとも生還出来ないのが、あの大空洞なのだ。


 地下訓練場よりさらに深い穴の底に落ちて無事でいられる者などいないし、何よりあの大空洞は天然の地下迷宮なのだ。何とか穴の底まで無事にたどり着けたとしても、そこから脱出する事はまず不可能である。


 しかも、あの大空洞には大量の魔物が生息していると言われていた。誰が、いつ、どうやって調べたのかは知らないが、実際そこから持ってきたと思われる魔物の素材が引き取り所に持ち込まれた記録もあるのだ。


 罪をなすりつけたオダイカンサマは、もう生きてはいない。後はいつも通り、仕事をこなすだけだ。


 馬車はいつの間にか支部の前に到着していた。ルーヴォに続いて下りたホワックの姿を見たギルド支部職員が、慌てて寄ってくる。


「支部長!」

「どうした?」

「それが……」


 職員が言うには、帝都からの客人が来ているという。今は応接室に通しているそうだ。


 この時期に、帝都から誰が来たというのか。ホワックは警戒しながら応接室に入る。


 そこにいたのは、見知らぬ人物だった。


「私がこの支部を預かるホワックだ。失礼だが、あなたは?」

「申し遅れた。私は帝都軍監察役ヤサグラン侯配下、ユッツ家のハドザイドという」


 ホワックは目を見張った。軍監察役という役職よりも、今言われた家名の方が問題だ。


 ヤサグラン侯爵。帝都にあってこれ程厄介な人物はいないと領主ワーツアス伯爵から聞いた事がある。不正を許さず、四角四面で融通が利かない。そんな人物の配下、しかも家名持ちの人物だ。一筋縄ではいくまい。


「その、ヤサグラン侯爵閣下配下の方が、我がギルド支部に何用で?」

「数日前に、オダイカンサマという冒険者パーティーがこの街に入ったはずだ。今、どこにいるか把握しているか?」


 何故、今ここでその名が出てくるのか。危うく声を上げそうになったホワックは、気力だけで押さえ込んだ。


「彼等の事は、我々もこれから探そうと思っていたところです」

「ほう?」

「実は、昨日支部の職員二人が何ものかに斬り殺されまして。オダイカンサマにはその二人の殺人容疑がかけられています」


 ホワックの言葉に、ハドザイドは一瞬驚愕の表情をしたが、すぐにそれを押し隠す。声にも、平穏さ以外のものは感じられない。


「斬り殺した? 職員を?」

「ええ。実は、殺された職員二人とオダイカンサマは騒動を起こしていまして」

「それだけで、彼等を犯人だと?」

「も、目撃者もおります」

「それはどこの誰か? よもや、このギルドの冒険者や職員だとは言うまいな」


 ハドザイドの言葉に、ホワックは返す事が出来なかった。目撃者に仕立てたのはルーヴォだ。彼はずっとこの街を拠点に動く冒険者で、支部の常連でもある。


 ホワックは、喉をゴクリと鳴らしてからやっと声を絞り出す。


「……それに、何か問題が?」

「大ありだ。まあ、それはいい。彼等が戻ったら聞くとしよう」

「は?」


 ホワックは、ハドザイドが何を言っているのかがわからなかった。彼等が戻ったら? 一体、誰が戻ってくるというのか。


 驚きを隠せないホワックに、ハドザイドはにやりと笑う。


「オダイカンサマだ。彼等はもうじき、こちらに戻ってくるらしい……いや、何やら興奮しているようだな」


 そう言うと、ハドザイドは何やら右耳を仕切りに気にしている様子を見せた。ややして、彼はとても重い溜息を吐いた。


「どうやら、お前が落とした穴で大量の魔物を狩っている最中らしい。それが一段落してから戻るそうだ」


 ホワックは、目の前にいるハドザイドが何を言ったのか、理解出来なかった。あの高さから落ちて、三人ともが無事? しかも、穴の底で魔物を狩ってる最中だと? しかも、それが一段落したら、こちらに戻るという。


「そんな……ばかな……」

「相手の力量を見誤ったな、ホワック。既に支部は包囲している。中央政府からの逮捕状もある。逃れられると思うな」


 ハドザイドの言葉に、ホワックは椅子の上でがっくりとうなだれた。

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