七十一 高額素材

 オダイカンサマ一行は、ティザーベルによる対物対魔完全遮断結界を張ったまま移動していた。この地下大空洞は、足下もかなり危険な場所だ。大きな岩がごろごろと転がっている為、本来なら普通に歩くだけでも困難を極める。


 だが、三人は何の問題もなく進んでいた。ティザーベルの張る結界は、足下の障害物にも有効である。おかげで大岩も難なく飛び越え、先のとがった石だらけの道も街中を歩くように進む事が出来た。


 地下の真っ暗な空洞を、魔法の明かりを頼りに進む彼等の後ろには、奇妙なものがついてきている。ティザーベルの魔力の糸で作られた網に入れられた、ツチドクツノガエルだ。


 ついでとばかりに刈り取ったツチドクツノガエルの数は、既に三桁に達しようとしている。こいつらは物理攻撃で仕留めようとすると酷く困難な相手だが、魔法を使えば簡単に仕留められるのだ。


 ちなみに、方法は空中に放り上げて水場から引き離す事である。わずか四、五分程度で体表面が乾き、死に至るのだった。


「……結構な数だな」


 嫌そうに顔を歪めて言うヤードの様子にはお構いなく、ティザーベルは満面の笑みである。


「でしょー!? もう、こんなお宝滅多にないわよ。こいつら、普段はかなり深い地下に隠れてるから、そうそう狩れないし。今回も、帝都に戻って依頼見たら高額で出されてるかもね」


 ツチドクツノガエルの素材を欲しがるのは、魔法薬屋か装備を作る防具関連の職人が多い。角と牙は魔法薬の素材に、皮は防具の素材にするそうだ。


 特に皮を使用した防具は、水に強く汚れをはじき、また魔物の魔法攻撃にもある程度の耐性がある為高額商品なのだという。


 そのお高い素材が、これだけまとまって手に入る事などそうそうない。おそらく、帝都のギルド本部でも喜ばれる事だろう。


「他にもいないかなあ? 高額素材」


 既に、ティザーベルにとってここで出る魔物は素材でしかないらしい。もしかしたら、素材さえ飛ばして現金に見えていても不思議はなかった。


 そんな彼女を、後ろからついていく二人は微妙な表情で見ている。


「これ以上魔物に出てほしくはないんだが……」

「嬢ちゃん一人で浮かれてるよなあ」


 背後からのそんなつぶやきなど気にもせず、ティザーベルは魔力の糸による探索を続けた。


 先程の自信の発言がフラグだったのか、程なくしてまた別の魔物の気配をつかんだ。


「おおおおお!? これはまた深い場所にいかなきゃお目にかかれないツチドクオオマイマイじゃないの!!」


 そう叫んだティザーベルの視線の先には、先程まで狩っていたツチドクツノガエルといい勝負の大きさをしたカタツムリの集団がある。


 通常のカタツムリよりも毒々しい色の大きなカタツムリは、ティザーベルの声に反応するようにこちらに向かってきた。


「嬢ちゃんが大声出すから、寄ってきたじゃねえか!」

「はあ? あの連中ならとっくにこっちに気がついてるっての。足音……のわけないから、温度センサーかなあ……」


 ぶつぶつと呟きながらも、ティザーベルはツチドクオオマイマイを狩る準備に入っていた。


 このツチドクオオマイマイもツチドクツノガエル同様角部分から毒液を飛ばしてくる。これで獲物を弱らせた後に捕食するのだ。魔物に分類されるオオマイマイは、総じて雑食なので人間も捕食対象だ。


 そんなツチドクオオマイマイの素材は、なんと言っても背中の殻だ。魔法薬の材料にもなるのだが、磨くと七色に光る事から装飾品としての人気がある。


 特に富裕層が自身のステータスとして欲しがる傾向がある為、高額になりがちな素材なのだ。


 そのツチドクオオマイマイの大群が、今目の前にいる。ティザーベルのテンションは上がりっぱなしだった。


「ひゃっはー!!」


 奇声を発しながら、魔力の糸を使ってオオマイマイを狩っていく。捕まえたオオマイマイは、速攻首を切り落として拡張鞄と化したずだ袋行きだ。何せ、オオマイマイの素材は殻だけなので、首は必要ない。


 一匹から取れる素材としてはツチドクツノガエルには劣るが、素材の値段という意味では同等だった。


 首を刈り取った後は、胴体部分から殻だけを剥ぎ取る。オオマイマイの殻は、こうしておかないと色がくすんでしまって素材価値が落ちるのだとか。


 故郷にいた時に、それで痛い目を見たので、以降ティザーベルはオオマイマイを狩るときには忘れずに殻を剥ぎ取るようにしている。


 それら一連の動作を、ハイテンションのままやっていたら背後からレモの声がかかった。


「おおい、嬢ちゃん。気分のいいとこ悪いんだが、この洞窟はいつになったら出られるんだ?」

「えー? うーん、いつだろうねえ?」

「だめだこりゃ……」


 いつになく曖昧なティザーベルの返答に、レモも頭を抱えているが言った当人は気にしていない。今もオオマイマイを仕留めてはひゃはひゃはとおかしな声を上げて笑っている。


 ハイテンションのティザーベルだが、周囲への警戒は怠らない。何かが猛スピードで飛来したと思ったら、オダイカンサマの結界にぶち当たった。


「何!?」

「暗くてよく見えん」

「嬢ちゃん! 明かり!」


 レモの言葉に、進行方向を照らすようにしていた魔法の光を、飛来物が見えるように調整する。結界にぶち当たって転がっているのは、魚のような形の生き物だった。


「何じゃ? こりゃ」


 魚モドキを見下ろしながらのレモの言葉に、ティザーベルもよく見てみる。


「……空を飛ぶ魚、ソラウオみたいだけど、ちょと違うみたい。亜種かな?」


 ソラウオとは、空中を泳ぐように飛ぶ魚型の魔物だ。魚のように見えるが、立派に陸上動物なので水中では溺れる。ソラウオの鱗は軽くて頑丈な為、鎧に使われるのだ。


 転がっているソラウオモドキはまだ生きているようで、陸に上げられた魚のようにびちびちともんどり打っている。


「本来、ソラウオって高い所に生息しているんだよねえ」


 ラザトークスの大森林でも、背の高い木のてっぺんに巣を作っていた。その高さから、地上にいる生物めがけて体当たりをかますのが、このソラウオの特徴である。だからか、ソラウオは殆ど鼻っ面に鋭い角状の突起を持つ。


 だが、今転がっているソラウオモドキを見てみると、その突起がない。鼻っ面はつるんと丸く、これで突撃をかましても相手にダメージを与えられないのではなかろうか。


 ティザーベルは、試しにと魔力の糸でモドキの鼻っ面を探ってみた。丸い箇所は、思っていたよりも硬い。どうやら、ここのソラウオモドキは突起で突き刺すのではなく、硬い箇所を打撃武器として使うようだ。


 それにしても、このモドキはどうしたものか。もちろん仕留めて持って帰るのは決定だが、どこが素材なのかわからないので仕留め方がわからない。


「うーん」

「どうした?」


 急に唸りだしたティザーベルに、ヤードが声を掛けてきた。


「いや、このソラウオモドキの仕留め方をね、どうしたものかなあって」

「……普通に首でも落とせばいいんじゃないのか?」


 彼の言葉ももっともだが、もし首の辺りが高額素材だった場合、買い取り金額が下がる可能性があるのだ。


 それを説明し、ティザーベルは最期に付け加える。


「そんなの、人外専門としては許されないのよ!」

「はあ……」


 いまいちな反応を見せるヤードは放って置いて、ティザーベルはソラウオモドキに向き直った。


「まあ、今回は一番簡単な方法を取る事にしようっと」

「簡単な方法?」

「そう。こいつら、魚の癖して水に弱いのよ。簡単に溺れるの」


 実は、ソラウオ退治もこの水を使うと簡単にいく。魔法士でなくとも、なんと水鉄砲で体を濡らすだけで落とす事が可能なのだ。それなりの精度は求められるけれど、剣で切り裂くよりは余程楽に仕留められる。


 このモドキも同様かどうかはわかならいが、試してみる価値はあるだろう。


「んで、ソラウオって群で行動する魔物なのよ。このモドキも、同様の習性を持っていても、不思議はないよねー」


 そう言ったティザーベルの索敵網には、岩だらけ場所で瀕死のソラウオモドキと同じ反応があった。その数、ざっと三百。


「ほーっほっほっほっほ! かかってきなさーい!」


 ティザーベルは魔力で網を作ってソラウオモドキの進路に設置し、そのすぐ横にいけすのような水場を作る。


 洞窟内を猛スピードですっ飛んできたソラウオモドキは網に引っかかった後、もれなく水場に落とされていく。


 どうやら、このモドキも水に弱いらしい。水場に放り込まれた端からもんどり打つもモドキ共は、あっという間に水に沈んでいく。


 沈んだモドキは、魔物収納用の拡張鞄に魔力の糸で放り込んでいった。ソラウオモドキ達は学習能力がないのか、次から次へと網に向かって突っ込んできては水に落とされて絶命していく。ツノガエルやオオマイマイの時同様まるで流れ作業だ。


 そんなティザーベルに、魔力の糸を使った通信が入る。


『こちらハドザイド。いつ頃地上に戻ってくるんだ?』

『アヒャヒャヒャヒャ。いつでしょーねー?』

『おい?』


 つい、目の前の高額素材達を前にして、ねじがまとめて何本も飛んだ状態で返事をしてしまった。通信の向こう側にいるハドザイドが困惑しているのがわかって、ティザーベルは少しだけ落ち着きを取り戻す。


『えーと、ここ、高額素材の宝庫なんですよ。なので、もう少し狩ってからってあー! あれはムラサキオオトカゲ!! あんな希少なのがこんなにたくさん!!』


 報告している間にも、ティザーベルの目の前には紫色をしたオオトカゲの大群が来た。ムラサキオオトカゲはその皮が一番の素材であり、こちらも観賞用として剥製にされる事が多い。


 オオマイマイ同様、数が少ないので高額になりがちな素材である。そんなトカゲが大挙してやってきたのだ。興奮するなという方が無理だろう。


 通信のハドザイドから、確認の思念が飛んで来る。


『おい! 大丈夫なんだろうな!?』

『ああ、大丈夫大丈夫。こいつら狩り終わったら、速攻地上に出ますんで!』

『……本当に、大丈夫なんだろうな? 地上に出たら、ギルド支部まで来るように』

『了解でーす』


 通信が終わると、オダイカンサマの結界の周囲にはムラサキオオトカゲだらけになっている。無論、全て仕留め終わっているので問題ない。


「さー、これもちゃんと収納したら、とっとと地上を目指しますか!」


 魔力の糸を使ってずだ袋型の拡張鞄に魔物を放り込んでいくティザーベルを見て、ヤード達は深いため息を吐いていた。

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