七十 地下
床が一気に消えた為、どんどん落下していく。この縦穴は、相当深いようだ。
「うおおおおおおお!?」
ヤードとレモのうなり声が聞こえる。そういえば、彼等には結界を張っている事を教えていなかった。牢屋を出た瞬間に、対物対魔完全遮断の結界を三人まとめて張ってあるのだ。
なので、どんな高所から落とされても怪我一つするはずはないのだが、知らなければこの高さから落とされるのだから悲鳴の一つもあげたくなるだろう。
――紐なしバンジーだもんねえ。
ティザーベルが平気な顔をしていられるのは、ひとえに心構えが出来ていたのと、慣れているからだ。
自身が作った結界がどれだけの強度か、魔物相手だけでなく高所からの落下という手段で試していた。その経験から、この程度の落下には耐えられると知っていたのだ。
今回の場合、ヤード達にとって唯一の救いは周囲が見えない事か。見えていたら、あまりの落下距離に悲鳴を上げる間もなく意識を失うかもしれない。
とはいえ、見えないからこその恐怖もある。ティザーベルはある程度慣れているので、自由落下を楽しむ余裕すらあった。絶対に怪我をしない、危険はないとわかっているのは、精神に余裕をもたらす。
やがて、穴の底に到着した。結界の外側はある程度潰れる事で落下時の衝撃を吸収するよう作ってあるので、結界がはずむような事はない。
また、結界内に衝撃が通らないようにもなっているので、中にいる人間には怪我がないように作ってあった。
奇妙な感触があって落下が収まったので、底に到着した事がわかる。腰の辺りから落ちたので、ティザーベルはその場で立ち上がった。結界内にいれば、周囲の足場が悪くとも影響を受けない。
「見事に真っ暗」
「……嬢ちゃん、無事なのか?」
「もちろん。おじさん達も、怪我はないでしょ?」
「あ、ああ……」
声が若干震えているのは、気付かないふりをしておこう。ヤードに至っては声すら出せないらしい。絶叫系は、男性でも苦手な人はいる。二人が落ち着くまで、しばらくそのままでいた。
とりあえず、このままでは脱出も困難なので、周囲が見えるように明かりをつける事にする。魔法の明かりで辺りを照らすと、ここが大空洞なのがわかった。
天然の大空洞は、見上げる程の高さの天井と、果てが見えない程の幅を誇る。こんなものがギルド支部の地下にあったとは。
「これはまた……」
「凄いね」
ヤードとレモも、状況を忘れて周囲の景色に見入っている。これだけの自然の洞窟を見る機会など、冒険者といえどもそうはあるまい。
いつまでも見ていたい神秘の景色ではあるけれど、今は目先の問題を片付けなくてはならなかった。
「で、ここからどうやって脱出するかが問題だよね。いっそ、上に向かって攻撃魔法でもぶちかまそうかな」
「やめろ。シャレにならん」
「ちぇー」
「本当にやめろよ?」
半分以上本気の発言だったからか、ヤードから重ねてやめるよう言われてしまった。
再度の確認には答えず、ティザーベルは周囲を窺う。岩だらけの洞窟内は、静かだ。生き物の気配すら感じないが、こういう所でも魔物は生息している。
ティザーベルは、意識を集中して魔力の糸を伸ばした。その時、不意に引っかかるものを感じる。
すわ、魔物か? と思ったが、これは違うようだ。他者が伸ばした魔力の糸である。その魔力の持ち主は、オダイカンサマと面識があった。というより、知り合いだからこそ、糸の使い方をティザーベルが教えたのだ。
『もしもーし、こちら地底のオダイカンサマでーす』
『……無事のようだな』
呆れたような思念を送ってきたのは、帝国軍観察官ヤサグラン侯爵配下のハドザイドだ。何故、今彼から連絡が来たのかは知らないが、おそらくはギルド統括長官であるインテリヤクザなメラック子爵から情報を得たのだろう。
『もちろんですよー。ちょっと、仕事中にへまをしまして』
『ゲシインの支部長にやられたな。これで、奴の不正が明らかになった訳だ』
はて、何故ハドザイドが今回の仕事の内容を知っているのか。首を傾げるティザーベルに、ヤード達が視線で問うてきた。それには小声で糸を使った連絡だとだけ答える。
ハドザイドからは、続いて驚く内容が伝えられた。
『支部の方はこちらに任せてもらう。お前達は、無事にそこから脱出するように。……出来るよな?』
『出来ますけど、どうしてあなたが出てくるんですか?』
『ギルドは軍の下部組織だ。こちらが担当するのは当然だろう』
「はあ!?」
驚きの内容に、思わず口から声が出る。その様子にヤード達が驚いているのがわかるが、それどころではなかった。
「ちょ! ギルドが軍の下部組織って……あ」
言ってる最中で、声に出しても糸には通じないと気がつく。ティザーベルは、心を落ち着けてから改めて糸に思念を乗せる。
『ギルドが軍の下部組織だなんて、聞いた事ないですよ』
『そうだろうな。一介の冒険者は知らずとも問題ない。だが、これは本当の事だ』
『でしょうね……』
ハドザイドは融通の利かない堅物だ。そんな彼が、こんな冗談を口にするとは思えない。という事は、本当にギルドは軍の下部組織だったのか。
冒険者になってまだ三年経っていないが、登録の際にも聞いた事がない。意図的に教えていないのか、教える必要がないと上が判断しているのか。
――後者っぽいんだよなあ……
例えそうだとしても、これ以上はティザーベルが口を出す問題ではない。ハドザイドが来たという事は、支部長の件は既に彼の手に渡ったとみていいだろう。オダイカンサマとしては、そちらの方が重要な情報だ。
『では、私達はここから出たら帝都に戻ってもいいですか?』
『いや、証人としてこちらに合流してくれ』
『……わかりました』
まだゲシインの問題に関わらなくてはならないらしい、早く帝都に帰って、移動倉庫内の魔物を売り払いたいのだが。これがいくらに化けるか、想像しただけで顔がにやけるというのに。
「とりあえず、とっととここから出よっか?」
若干テンションを落とした様子でそう言うと、ヤード達が不審な目を向けてくる。そういえば、先程までのハドザイドとのやりとりは、全て魔力の糸を介したもので二人には伝わっていなかった。
「えっとね、ゲシインの支部長のとこには、ヤサグラン候のところのハドザイドさんが行ってるんだって。で、あとは向こうでやってくれるそうだけど、私達は証人として立ち会う必要があるみたい」
「なるほど」
「ってえと、今回は裏に帝国軍がいたって事かい」
納得するヤードと、これだけの言葉で裏に軍の存在をかぎ取ったレモ。そのレモに、ギルドの親分が帝国軍でしたと言っていいものか。
――案外、知っていたりして。
そうだとするなら、逆に確認する体で話してもいいのではないか。そう思い至ったティザーベルは、レモに聞いてみた。
「実は、ハドザイドさんから『ギルドは軍の下部組織だ』って言われたんだけど、知ってた?」
「いや?」
「そうであっても、不思議はないわな」
ティザーベルは聞いた時に驚いた話だというのに、二人にはそんな様子がまるでないのがなんだか悔しい。
「大体、冒険者なんぞと言っちゃいるが、要は国で手が回せない分の下働きみたいなもんだろうが。そりゃあどこかの下部組織に納めておいた方が国としちゃ都合がいいだろうよ。そうなると、荒事もこなす以上、軍の下に置くのが一番さ」
レモの見解には、いちいち納得させられる。つまりは、この内容で驚くティザーベルの方が色々わかっていなかったという事か。何となくがっくりくる結果に、こっそりため息を吐いてみる。
とはいえ、それでこの状況が変わる訳でもない。何とか脱出口を見つけるか、適当な場所に作って脱出するかのどちらかだろう。
ティザーベルは、改めて魔力の糸を伸ばす。索敵以外にも、色々と便利な機能が盛り込まれている糸は、周囲の地形や空気の流れまで感知する優れものだ。
その糸に、引っかかる反応があった。生体反応だ。
「……生き物がいる」
「俺たち以外にか?」
「そう」
ヤードからの質問に簡潔に答えるティザーベルは、反応のあった箇所に意識を集中させた。
「これ……魔物だね」
そう言った彼女の口元は、端がつり上がっている。返ってきた反応は、かなりの数だ。しかも、この魔物には覚えがある。故郷のラザトークスで何度か狩った事があるのだ。
「うふふふふ、よもや落とされた先にこんなお宝がいるなんて……」
ツチドクツノガエル。名前通り、地中深くに生息し、頭から生えた二本の触覚のような角から毒液を飛ばす蛙だ。
しかも大きい。こいつの素材は角と皮、それに口の奥に隠し持つ牙だ。毒腺も素材ではあるのだけれど、他のものに比べるとやや値段が下がる。
なので、狙うなら皮と角と牙だ。皮を狙う以上、首を落とすやり方はよくない。なので、このカエルの魔物も窒息させる。
自分にとっての宝の山を前にして笑うティザーベルを、ヤード達が気味が悪いもののように見ていた。
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