六十九 ギミック
どこのギルド支部にも、地下には牢屋が設置されている。ここはギルドだけでなく、街でも犯罪者の収容に使う為大きく作られている所が殆どだ。
どうやら、ゲシインの牢屋も同様らしい。
「ひねりがないなあ」
「まあ、そう言うなって」
牢屋に放り込まれたティザーベルのぼやきに、レモが返す。一応房は違うが、隣同士なので簡単に声が通るのだ。
もっとも、やろうと思えばすぐに脱獄出来るのだが。
「ともかく、これで依頼は完了だな」
ヤードの気のない言葉に、ティザーベルも脱力した様子で答える。
「そうだねえ。無実の罪で牢屋に入れられました、ってのは一応不正……になるのかな?」
「無実の罪というより、罪をなすりつけられたって感じじゃねえか?」
「やっぱり?」
レモの言葉に、ティザーベルの眉尻が下がる。まさか、あの二人を殺してその罪をこちらに被せてくるとは。
「本当に二人は死んだのか?」
ヤードのもっともな疑問に、レモは軽く返す。
「さあな。その辺りを調べるのは、俺等じゃあねえよ」
調べるのは帝都に鎮座ましましているインテリヤクザなメラック子爵閣下の仕事だ。もっと言うと、彼に命令された配下の仕事だろう。この街に来ている彼の仕事が増えた訳だ。
心の中で彼に幸あれと祈りつつ、魔力の糸を伸ばす。牢屋全体をくまなく探った結果は、特に何もないという事だ。表向きは。
広さも普通程度だし、現在牢屋にいるのはオダイカンサマのメンバーだけだ。牢屋が機能していないのか、それともここに人を入れる程街で問題が発生しないのか。
そんな事を考えつつ糸を伸ばしていると、下の方に妙な感触がある。もう少し詳しく調べてみようかと思っていると、人が来た。
ホワック支部長だ。彼の背後には、森で出会った冒険者もいる。どうやら、彼等の背後にいたのはホワックだったらしい。
「……森でおとなしく消えてくれていれば、良かったんだけどな」
「それがお前さんの本音か」
ホワックの言葉に、レモが静かに問う。それに対する答えはない。逆に、ホワックから質問された。
「お前達は、何をしにこの街に来たんだ?」
おかしな質問だ。冒険者が仕事で街を訪れる事など、いくらでもあるだろうに。現に、オダイカンサマも護衛依頼でこの街を訪れている。表向きは。
なので、レモが表向きの事を口にする。
「何しにも何も、依頼票を出しただろうが。商人の護衛だよ」
「護衛なら、何故仕事が終わってすぐに帝都に戻らないんだ?」
「あんた、本当に依頼票ちゃんと確かめたか? 護衛依頼は往復なんだ。文句があるなら、俺等に依頼した商人のレットって人に確認してくれや」
レモの言葉に、ティザーベルはあの商人の名前を初めて知った。別に知らなくとも問題はないので、覚えていなかったのだ。
レモに言い負かされた形のホワックは、一瞬怯んだもののすぐに調子を取り戻した。
「いいだろう。後で確認する。それとは別に、お前達には人殺しの容疑がかけられている。これから調べさせてもらうぞ」
ホワックの言葉に、彼の背後にいた冒険者達が牢屋の鍵を開ける。先程の本音を聞いた後では、取り調べとは名ばかりでこちらを「消す」のが目的だとしか思えなかった。
とはいえ、ヤード達はもちろん、ティザーベルもこんなところで死ぬつもりはない。いざとなったらここにいる連中を全部吹っ飛ばしてでも逃げる予定だ。
――さて、敵はどう出るかな?
後ろ手に縄で腕を縛られ、ティザーベル達は牢屋の通路を歩かされる。糸で間取りは全て把握しているので、この先にあるものが何かは知っていた。
さらに下に下る為の階段だ。果たして、ホワックは三人を牢屋の更に下の階へと追い立てた。
地下空間は暗闇が支配する場所だ。光源は先導する冒険者の一人が持つたいまつだけである。
しめった空気が充満する牢屋の下は、意外にも大きな一間だ。
「ここは、その昔冒険者達の訓練場として使われていたんだ。ちょっとした事故が起こって以来、閉鎖されているがな」
その事故に心当たりがあるのは、オダイカンサマの中でティザーベルだけだった。糸で探った際に、おかしな感触があったのはここなのだ。
それにしても、いくら広くて他に影響が出ない場所とはいえ、こんな地下の暗い場所を訓練場にするとは。
ギルドの各支部では、新人育成の名目で訓練場を持っている事が多い。唯一持たないのは帝都の本部くらいなものだろう。
あそこは新人育成など考えておらず、地方で育った優秀な冒険者を呼び寄せる方式を採っていると聞いた。なので、新人で帝都の本部に登録するのは余程の命知らずと言われるらしい。
その地下訓練場の真ん中まで、オダイカンサマは誘導された。
「で? こんなだだっ広い場所で取り調べかい?」
レモの言葉に、ホワックは苦い笑みを浮かべる。
「余計な事に首を突っ込まなければ、こんな事にはならなかったんだ。悪く思わんでくれ」
そう言った途端、オダイカンサマの足下の床が崩れた。まさかのギミックだ。こんな場所に、こんな大がかりな仕掛けが施されているなんて。
オダイカンサマの三人は悲鳴を上げる間もなく、暗い地下の底へと落ちていった。
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