六十八 罠
ギルド支部から宿に戻る。支部からの戻る最中も宿に戻ってからも、鬱陶しい視線が絡んできた。そういえば、この宿にも冒険者が多く逗留していると聞いた。見た目に反して宿泊費が安いのは、ギルドと提携しているからかもしれない。
こうした提携があるのは、背後にそれぞれのメリットがあるからだとセロアに聞いた事がある。宿屋に関して言えば、提携により宿泊客の確保が出来る。ギルド側のメリットとしては、冒険者に格安で宿を紹介出来るという具合だ。
三人は早々に部屋に引き上げると、ティザーベルがヤード達の部屋へとお邪魔している。
「やっぱり、ここの支部って変」
部屋に入って防音結界を張ってすぐ、ティザーベルがこぼす。ヤード達も無言で頷いているところを見ると、同じ思いのようだ。
「知れば知る程、ホワックって支部長も何だかわからねえ男だしな」
「後手後手に回りすぎている」
レモとヤードの意見に、ティザーベルも同意した。多分、ホワックに支部をまとめる力がない訳ではないのだろう。だが、どうにも職員に酷いのが多すぎる。
支部の人事権は支部長にある。もちろん、直属の上長にもあるが、最終決定権は支部長にあるのだ。ここゲシインで言うのなら、ホワックが使えないと判断した職員なら、誰にも文句を言われずにクビにする事が出来る。
ティザーベルは、支部での事を思いだしつつぼやいた。
「初日に当たった受付といい、今日の引き取り所のじじいといい、何だってあんな問題のある職員を放っておくのかな……」
「どちらも、ここを拠点にする冒険者……特に男には問題なく仕事をするんじゃねえか?」
「それでも、酷すぎるよ」
正直、地元を拠点にする顔なじみの冒険者と、余所から来た流れの冒険者への対応が同じでない事などよくある事だ。
だが、依頼票の処理を渋ったり、狩ってきた魔物の引き取りに文句を言う職員など聞いた事がない。
やはり、ここでは何かおかしな事が起こっているのではないだろうか。考え込むティザーベルの耳に、ヤードの声が響いた。
「あの場で、よく我慢したな」
一瞬何の事を言われているのかわからなかったが、すぐに引き取り所での女性蔑視発言の事だと思い至る。
「冒険者なんて商売やってると、大なり小なりあの手のはいるからね」
それでも、職員から面と向かって男女差別を受ける事など、今まではなかったが。故郷のラザトークスですらなかった。もっとも、あそこは支部長のリサントがぎっちり締め上げていたので、表に出ていなかっただけかもしれない。
そう考えると、やはりここの支部は支部長ホワックがまとめきれていないという事か。
それにしても、ギルド支部のおかしな部分は見えてきたが、肝心の不正に関しては全く見えてこない。
それどころか、職員の質の悪さに目をつぶれば、採取にせよ狩りにせよ稼げる場所だ。職員にしても、一部に使えないのがいるだけで、全体がそうという訳でもない。
何となくヤード達からの可哀想なものを見る視線を居心地悪く感じたので、話題を少し逸らす。
「それにしても、不正を見るだけでいいって話だけどさあ。それが案外難しいのかも」
「だな」
思わずお互いに顔を見合わせて軽い溜息を付いていると、レモが明るい声で言ってきた。
「まあ、普通不正なんてものは隠すと相場が決まってらあ。期日は特にないんだから、のんびり行こうや」
「えー? でも、とっとと終わらせて帝都に帰りたいんだけど」
偽らざるティザーベルの本音だ。だからこそ、支部では殊更煽るような態度を取っている。不正をしている連中に「要注意人物」と思われれば、何か仕掛けてくるかもしれない。
そう口にすれば、ヤード達は何やら顔を見合わせている。
「何?」
「いや……」
「あれが嬢ちゃんの素だと思ってた」
その後、二人には乙女の肘鉄(身体強化中付き)をお見舞いしておいた。
翌日も、ギルド支部にて植物採取の依頼を受けて森に向かう。昨日の今日で何か言われるかと思ったが、同業者にも職員にも何も言われなかった。少し肩すかしを食らった気分だ。
森の外縁部は、昨日同様人で溢れかえっている。あれで連中は仕事になるんだろうか、と思いつつ、ティザーベルが先導して森に入っていった。
途中、見知った顔と行き会う。
「ん? あ、あれ? あんたら……」
「あ! 昨日の」
森の奥の方が素材が取れると教えてくれた冒険者だ。彼等は何やらひどく驚いた顔をしている。その様子にぴんときたが、何食わぬ顔でいい狩り場を教えてくれた事に感謝の言葉を述べておいた。
「昨日はありがとうございました。おかげで四つ目熊やらコブイノシシまで狩れて、助かりましたよー」
「そ、そうかい。それは良かった。あ、俺等はもう行くから」
「そうですか? じゃあ、また」
そそくさと逃げるように走り去る冒険者達を見送り、ティザーベルはヤード達を振り返る。
「気付いたよね?」
「ああ」
「俺等が戻ったのは計算違いだったって訳かい」
彼等が昨日森の奥へ行くよう薦めたのは、下心があっての事だった訳だ。彼等だけの考えなのか、それとも裏に誰か他にいるのかは知らないが、こちらの戦闘力を大分侮っているらしい。
「余程の大物でも出ない限り、魔物に私達を始末させるのは無理なのにねえ」
「そうは思わなかったんだろう」
「昨日の引き取り所のヤツといい、さっきの連中といい、ゲシインには男尊女卑の考えが根付いているのかね?」
レモの言葉に、ティザーベルは軽く首を傾げる。辺境に行けば行くほど男尊女卑の傾向があるのは確かだろう。ラザトークスもそうだった。
ゲシインも、十分辺境だ。
「そうだとしても、冒険者が見た目で相手の力量判断しちゃだめでしょ。痛い目見るって」
「ここの奴らは外を知らないんだろう」
ヤードの言葉に、なるほどと納得する。常連しかいないような街で冒険者をやっていると、余所にはどんな強者がいるかを知る機会はない。
ラザトークスで外の冒険者を知っていたティザーベルでも、帝都で知った冒険者達には驚かされる事も多いのだ。
「とりあえず、あの連中も要注意って事で」
「了解」
「さて、じゃあもうちっと奥まで行ってみるか」
その日も、森の奥で心ゆくまで狩りと採取に勤しむ三人だった。
本日の結果は植物採取が五本二千五百メローのものが六十本、五本二千七百メローのものが八十本、それに穴狐が十匹と満足のいくものだ。
採取の方は普通に依頼料がもらえるので、カウンターに持っていく。
「これ、お願いしまーす」
植物の束をカウンターに置くと、受付が驚いた顔をしている。そのまま「少しお待ちください」と言い残して、その場を走り去ってしまった。
常にない状況に、ティザーベルはぽかんとその背中を見送り、後ろの二人を振り返る。
「何あれ?」
「さあ?」
「嬢ちゃん、また何かやったか?」
「またとは何よ? またとは」
そんな言い合いをしていると、カウンターの奥からホワック支部長が、そして背後からは武装した兵士が出てきた。
「……本当に、何事?」
兵士達は、こちらに槍の穂先を向けている。確実に、こちらが「悪者」のようだ。
ヤードが剣に手を伸ばすが、レモによって阻まれる。そうこうしているうちに、カウンターから出てきたホワックが三人の前に立った。
「悪いが、あんたらを拘束させてもらう」
「理由は?」
レモの問いに、ホワックは一瞬黙ったが、すぐに口を開いた。
「殺人の嫌疑が掛けられているんだ。死んだのは、あんたらともめた受付と、引き取り所の責任者だ」
ホワックの言葉に、ティザーベルの目が見開かれる。ホワックの指示により、三人には縄が掛けられ、ギルド支部の地下へと連行されていった。
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