六十七 損と得

 ゲシイン西の森は、素材が豊富だった。三頭の四つ目熊を仕留めた後、通りがかったコブイノシシ二匹も仕留めたティザーベルは、そのままヤード達の元へ戻り、再び索敵に戻った。


 もちろん、戻った時に二人から小言を言われたが、右から左へ聞き流す姿に、二人とも大きな溜息を吐いて諦めたようだ。


 それでも、とレモから一言もらっている。


「いいか、嬢ちゃん。俺たちはパーティーだ。いくら魔物の討伐で俺等の力がいらなくとも、一人で突っ走るのは今後なしだ。いいな?」

「えー?」


 不満げな声を上げると、普段とは違う真剣な表情で、もう一度念押しされた。


「なしだ」

「……はい」


 これはさすがに了承せざるを得ない。意地を張り続けたら、多分パーティー解散の危機だろう。二人と行動する事の楽さを知った今、もう一度ソロに戻れる気がしない。なので、ここはおとなしく従う事にした。


 その後も、森の奥では大小の魔物の反応があった。入り口からは体感で大体二時間半程度の距離だ。これより奥に行くと、森を抜けて山に入る。その境目辺りが一番魔物の数が多いようだった。


「ここから先は大分数が多いけど、帰りが大変になるかも」

「そうか……なら、もう戻るか? 一応、依頼にあった植物は採取出来たし」


 ヤード達は、ティザーベルを待っている間に近場で見つけた植物を採取していたという。それらを移動倉庫に預かり、集計したところそれぞれ八束ずつあった。


 これだけで三万六千メローだから、宿代は楽に出せる。もう少し植物採取をしたいところだが、これ以上森の中にいると、街に戻るのが昼を過ぎてしまう。昼食を持ってきていないので、早めに戻りたいところだ。


 それを二人に進言すると、何とも微妙な反応が返ってきた。


「嬢ちゃんて …大変になるってなあ、昼飯の事か?」

「もちろんそうよ。お腹が空いたら動けないでしょうが」

「確かにそうだが……」


 レモだけでなく、ヤードも何やら含みのある言い方だ。


「今回は採取場所が街から近いから、お昼用意してこなかったのよ。これだけ奥にこなきゃダメってわかってたら、ちゃんと最初からお弁当でも買ってきてたっての」


 その気になれば、移動倉庫内にある材料で何か作れる気がするが、こんな森の中で煮炊きはごめんだ。それくらいなら、街まで戻る間空腹を我慢した方がいい。


 結局、今日はもう上がろうという事で、街に戻る事になった。




 ギルド支部に向かうと、時間が時間だからか人が少ない。朝とは随分な差だ。


「これ、お願いします」


 依頼票と一緒に、束にした採取済みの植物を出す。支部にもよるが、このくらいの量の採取物なら、カウンターで引き取ってくれるところが殆どだ。


 ここも同様で、特に問題もなく手続きが終わる。そういえば、あの失礼な受付の顔が見えない。


 ――こんな事、帝都でもあったなあ……


 あの時当たった失礼な受付は、その後に行われたリストラでクビになったという話だ。なら、ここの受付にも何らかの処分が下っていても不思議はない。


 もしそうなら、やはりこの支部は健全と言わざるを得ないのだが。


「こちらが依頼料になります。支払いはどうなさいますか?」

「三分割で支払い証明書をお願いします。受け取りは現金で」

「わかりました」


 何事もなくスムーズに進むのは、いいことだ。現金の額を確かめ、証明書にこちらのサインを入れて控えを受け取り、カウンターを後にする。次は森で仕留めた魔物を引き取り所へ出すのだ。


「二人はどこかで待ってる?」

「いや、同行する」

「嬢ちゃんは目を離すとヤバいからな」

「どういう意味よ、それ」


 答えずに肩をすくめるヤードとレモを睨み、ティザーベルは支部の裏側にある引き取り所へと向かう。


 どこの支部も、魔物の解体を行う引き取り所は裏にあるものだ。大量の血が出るし、臭いもある為表に出すのが憚られるのだろう。ここで解体された魔物の肉は、大概が街中の肉屋に卸される。


 ものよっては、街の輸出品として取り扱われるそうだ。地方の特産品になるのは、それなりに美味なものだけだそうだが。


 ゲシインの引き取り所も、余所のそれとあまり変わらない。狭いカウンターと、その奥に広がる解体所だ。カウンターには、やせっぽちの男性が座っている。手にしているのは、地方新聞か。


「すいません、引き取りをお願いします」

「あいよ」


 男が新聞から顔を上げ、こちらを見た途端顔をしかめた。小さい声で「女かよ」と言っているのが聞こえたが、あえて聞こえない振りをして話を続ける。


「四つ目熊とコブイノシシなんだけど」

「はあ? あんなもん、お前さんがどうやって仕留めたっていうんだよ……ああ、後ろの兄ちゃん達か。兄ちゃん、悪い事は言わねえから、自分が仕留めた獲物は自分で引き取りに出しな。ギルドの評価に繋がるって、知らねえのかい?」


 男の言葉に、ヤード達が首を傾げていた。


「仕留めたのはこいつだが?」

「俺達ぁ手伝ってもいねえよ。置いてけぼりだもんなあ?」

「うるさいよ」


 にやにやしながら言うレモに、ティザーベルが小さく返す。こちらのどこかのんびりしたやり取りを見て、何故か引き取り所の男は大きな溜息を吐いた。


「はあ……あのな? 兄ちゃんらがこの女に手柄を譲ってやりてえってのはよくわかったが、そいつはギルド的にはやっちゃいけねえ事なんだよ。俺が上に報告すりゃあ、この女だけでなく兄ちゃんらの評価まで落ちるぜ?」


 あくまでも、魔物を仕留めたのは後ろの二人だと言い張る男に、ティザーベルは軽い溜息を吐く。これ以上、問答しても意味はない。


「もういいや。行こう」

「いいのか?」

「うん。ここであのじじい相手にあれこれ言ったところで始まらないし。魔物は帝都に戻ってから引き取り所に出すよ。帝都の方が腕のいい職人が揃ってるっていうから」


 そう言い捨てて出て行こうとしたティザーベルの背後から、引き取り所の男が怒鳴った。


「待てこら! じじいたあ何だじじいたあ! しかもてめえ、聞いてりゃ何だ? 女の癖に俺等の腕が悪いみてえな事抜かしやがって!!」


 その声に、ティザーベルは殊更ゆっくりと振り返る。それが危険な兆候だと気付いたヤードとレモは、いつでも彼女を押さえられるように準備した。


「人の言ってる言葉が聞こえないんだから、耳の遠いじじいで十分だよ。腕の悪さも、あんたの態度見てりゃわかるわ。大丈夫、こんな辺鄙な田舎もんの集まりである支部より、帝都本部の職人の腕が上なのは誰でもわかる事だから。あんたはここらの田舎もんが持ち込むちんけな獲物をちびちび捌いてりゃいいわよ。どうせ私が言った魔物も、解体する自信がないから難癖つけて引き受けようとしなかったんでしょ? わかってるから気にすんな、じじい。ああ、でもはやいとこ引退した方が、周囲の為かもね」


 じゃあね、と言い残し、ティザーベルはその場を去った。立て板に水のごとく言われた内容を引き取り所の男が理解して後を追って出てきたが、気にせず歩く速度も変えない。向こうから手を出してきたら。こちらも応戦するまでだ。


「てめえ! 待ちやがれ!!」


 男が伸ばした手は、ティザーベルの肩に届く前にヤードによってひねり上げられた。


「おいおい、冒険者に手を上げようってのか? そいつはちょいと、無謀ってもんだぜ?」


 呑気に言ったレモの言葉に、男が喚く。


「そっちが先にあれこれ言いやがったんだろうが!!」

「言っただけで手は出しちゃいねえぞ。何かい? ここらじゃあ、本当の事を言った相手には手ぇ出していいって決まりでもあんのかい?」


 先程とは違い、剣呑なレモの声と言い方に、引き取り所の男が青くなった。ちなみに、ヤードがひねり上げた手はそのままだ。


「お、俺は本当の事を言っただけじゃねえか!!」

「こっちも本当の事しか言ってねえっての」


 そんなやり取りをしていると、誰かが報せたのか表のギルドから人がやってきた。遠巻きにしている職員や冒険者の背後から、大柄な人影が出てくる。


「何をしている!!」


 支部長ホワックだ。彼は足早にこちらに来ると、男の腕をひねり上げているヤードを睨み付ける。


「冒険者による職員への暴行は犯罪だぞ」

「職員による冒険者への暴言や暴行は許されるのか?」

「何?」


 ヤードに言い返されるとは思っていなかったホワックは、驚いた後に腕をひねり上げられている男を問いただした。


「お前、彼等に何を言ったんだ?」

「お、俺は何も悪い事はしちゃいねえよ! 助けてくれ、支部長」

「そいつは、うちの嬢ちゃんが持ち込もうとした魔物を引き取り拒絶しただけでなく、嬢ちゃんを随分と侮辱しやがったんだよ。女が、とか女のくせにとかな」


 男とレモの言葉を聞いて、ホワックは信じられないものを見るような目で男を見た。


「お前……本当にそんな事を言ったのか?」

「そ、それがどうした! 大体、こんな小娘一人で四つ目熊やコブイノシシを狩れる訳がねえ。それなのに、こいつら俺の腕が悪いのなんのと言いやがって」


 男の言葉に、冒険者集団の方からは失笑が漏れる。「腕が悪いのは本当の事じゃん」という言葉まで聞こえた。


 それらはホワックにも聞こえたようで、彼は一瞬渋い顔をしたが、すぐに真顔になってレモに向き直る。


「とにかく、その程度で暴力を振るうのは――」

「この男が先に嬢ちゃんに手を出そうとしたんでな。ヤードは仲間を守っただけだよ」


 冒険者にとって、パーティーメンバーは何より大事な存在だ。それはギルド職員もよく知っている事であり、通常ならメンバーを侮辱すればそのパーティーから恨まれても文句は言えない。


 ――やっぱり、ここの支部は何かおかしい。


 それが直接横領に繋がるかどうかは謎だが、どうにもちぐはぐに感じるのだ。ギルド支部のイメージはいいのに、職員にどうしようもないのがいる。またそれに遭遇する率が高い。


 仕事はあるし冒険者の数も多いけど、森の奥までいけるだけの実力のある連中が少ない。


 ゲシインに来てから他の冒険者に話を聞こうとも思っていたけれど、思っていた以上にここを拠点とする冒険者ばかりで、今回の自分達のように余所から流れてきた者達がいないのも驚きだ。


 これだけ素材が豊富な森があるのだから、余所からいくらで冒険者が来そうなものなのに。


 ティザーベルが考え込んでいる間に、事態は治まりを見せた。支部長が全て預かる事になったのだ。そうなれば、さすがにこちらも引かざるを得ない。


 最後に、ホワックに尋ねられた。


「ちなみにだが、四つ目熊とコブイノシシはどうする? こちらで引き取るが」

「やめとく」


 これで引き取りに出したとしても、素材を手荒に扱われて引き取り金額に響きそうだ、とはさすがに言わなかった。男の方は、ホワックの影で舌打ちをしていたけれど。


「でも、あれだけの大物だと収納も大変だろう。そういえば、どこに置いてあるんだ?」


 続けてホワックに聞かれたので、ティザーベルは「ここに」といって移動倉庫から三体の四つ目熊、二体のコブイノシシを取り出した。地面に落とした際、軽い地響きがしたのはご愛敬である。


 その魔物の大きさ、数に周囲も言葉をなくしていた。いち早く立ち直ったホワックが、獲物を見下ろしながら呟く。


「こいつは……随分な大物だな……」

「森の奥で狩ったんだ。ここ、いい森ね」


 そう言ってにっこりと笑ったティザーベルを、ホワックは恐ろしい者を見るような目で凝視していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る