六十六 採取

 ゲシインの北は海だが、西には連なる山とその裾に森が広がっている。採取の中心はこの森だそうだ。


 ゲシインの街を出て歩く事約三十分。森の入り口に到着した三人は呆然と目の前の光景を眺めていた。


「何これ」

「参ったな」

「まあ、支部の混雑振りを考えりゃあ、当然か……」


 目の前の森は、採取にやってきた冒険者で溢れかえっている。入り口でこれなのだ、奥へ行ってもやはり人ばかりだろう。これでは採取どころではない。


「どうする?」


 ティザーベルがヤード達と今後の対策を話し合おうとしたちょうどその時、森の少し奥からレモと同年代くらいの男性三人が出てきた。装備その他から見て、同業者だ。


 彼等は話しながら歩いていたが、こちらに気付いた途端声を掛けてきた。


「よう、この辺りじゃ見かけない顔だな」

「昨日、帝都から来たばかりでね」


 答えたのはレモだ。こういう場合、彼が表に出た方がいいという事は、ティザーベルもいやという程知っている。相手が若い女性なら自分が出るが、同業者の場合はレモの方がいい。ちなみに、誰が相手でもヤードが前に出される事はなかった。


 レモの返答に、相手は少し驚いた様子を見せている。


「ほう、帝都。帝都で活動している冒険者が、何だってこんな北の果てに?」

「馴染みの商人の護衛でね。帰りの護衛も任されてるんだが、ちっとばかし滞在が長引きそうだってんで、その間ここで仕事をしておこうかと思ったんだよ。宿代だって馬鹿にならねえしな」

「はっはっは、そういう事か。それなら、依頼主に滞在費もふっかければいいじゃねえか」

「馴染みだって言っただろ。察してくんな」


 そんな気安いやり取りをしていると、相手が少し声を落とす。


「お前さん達、帝都で仕事をしていたんなら、腕に覚えがあるんだよな?」

「……まあな」


 レモの言葉に、相手は仲間と目線を交わし会った。他二人が頷いたのを確認して、レモに囁く。


「なら、森の奥へ行くといい。この辺りにいる連中は、戦闘に慣れていない連中ばっかりなんだ。奥へ行けば危険度は上がるが、採取は出来る」


 今度は、ティザーベル達が顔を見合わせる番だった。




 森の奥に行くのに、特別許可などはいらないらしい。何せ、奥は魔物が出没する区域だからだ。


 ギルドとしても、出来れば厄介な魔物を間引いてほしいし素材も欲しいが、どういう訳かゲシインに集まる冒険者は森の入り口で採取をするような連中が多く集まるのだという。


「もったいない話よね。魔物がいるなら、どんどん狩って素材で儲ければいいのに」

「そんな事出来るのは、嬢ちゃんくらいだろうよ」


 ティザーベルのぼやきに反応したのはレモだ。彼がうんざりした様子なのは、あの後ティザーベルに押されて森の奥へ来る事になったからだろう。とはいえ、他に手段もないのだから、いい加減諦めればいいのに。


 ティザーベルは魔力の糸で索敵しながら奥へと足を進める。


「ラザトークスにだってそういう冒険者は多かったんだから。もっとも、あっちは大森林のおかげでこことは素材の種類が段違いだけど」


 ラザトークスの東に広がる大森林は、植物や鉱物のみならず、魔物素材も豊富だった。それらを目当てに、あの街には腕利きの冒険者が集まったものだ。


 それもあって、孤児院出身の子だけでなく一般家庭の子供でも、冒険者に憧れる子供は多かった。大概は親に諭されて諦めるのだが。


 ティザーベルは話ながらも周囲を確認する。さすがに大森林ほど広い森ではないが、この森も十分豊かだ。奥までいかなくては出くわさないようだが、魔物の数が少ないという訳でもない。だからこそ、疑問に思うのだ。


 何故ゲシインの支部は、積極的に冒険者を呼び込まないのか。確かにギルドは国の機関だから、商会のように売り上げ重視という事はない。


 だが、それだけに街周辺の魔物被害に関しては責任を持つ。魔物討伐はギルドに一任されているからだ。それに、売り上げが良くて困る組織などどこにもない。


 あのホワック支部長にギルド運営の腕がない、とも思えない。あの時の受付はダメダメな存在だが、その受付の対処は良かったし、何よりギルド全体を見ても運営に失敗しているようには見えない。


 第一、森の奥の事を教えてくれた冒険者の存在がある。支部長の性格がギルドの性格を決めるなら、ギルドの性格が集う冒険者の質を決めるのだ。


 支部に入った時にも掲示板の側でも、若い女だからとティザーベルに絡んできた冒険者はいない。それどころか、掲示板ではわざわざスペースを空けてくれた人達ばかりだ。


 そんな冒険者が集うギルドの支部長だ、やり手でないはずがない。


「何か違和感」

「何か出たか?」

「違う。ギルドの方」

「ああ」


 ティザーベルの独り言に反応したヤードと、短いやり取りをする。返してきた言葉を考えるに、ヤードも似たような感想を持っているのだろう。


 彼等はティザーベルよりも長く冒険者稼業をやっている。見えてくるものも、彼女より多くても不思議はあるまい。


 ティザーベル達のやり取りを聞いていたレモも、軽い溜息の後に口を開いた。


「確かに、ここの支部は何か妙な感じだな。依頼の件がなきゃ放って置いてもいいんだけどよ」

「ボロがあるなら、とっとと出してほしいよね」

「果たして、本当にボロがあるのかどうかも謎だぜ?」

「だよねー」


 その時、ティザーベルの索敵に引っかかるものがあった。反応の具合から見て魔物だ。しかもでかい。


「大きいのが引っかかった。もしかして、四つ目熊かなあ?」

「本当にいたのか……」

「いきなり熊かよ……」


 うきうきとした様子のティザーベルに対し、ヤードとレモの反応はいまいちだ。


「文句あるなら私だけでやるよ?」

「いやいや」

「さすがに熊相手に嬢ちゃん一人で行かせられないだろう」


 熊どころか、つい最近は討伐が困難と言われる鬼の二本角も単独で倒しているのだが。


「人外は私の専門。おじさん達には対人で頑張ってもらうから」


 そう言って、ティザーベルは一人走り出した。ちなみに、森に入って人目がなくなった時点で三人まとめて対物対魔完全遮断結界を張っている。


「あ、おい!」

「嬢ちゃん!」

「二人はそこにいて! 下手に動くと迷子になるからねー!」


 そう言い置いて、速度を上げる。本来人の手が入っていない森など歩くだけでも困難な場所だが、今は結界を張っている。


 これで足下の草や石、凹凸なども関係なく走る事が出来るのだ。それに加えて、足に多めに魔力を流す事によって身体強化になる。


 既にヤード達の姿はティザーベルの後方の遙か彼方で姿が見えなくなりそうだった。


 索敵結果に従い、標的に向かっていく。何が出るかはわからないが、索敵で得た情報では魔法は普通に通りそうだ。


 たまに魔物の中には魔法が全く効かないものがいる。そうした場合の備えもあるにはあるが、やはり効くなら魔法の方が楽だ。


 後もう少しで対象と接するという時点で、速度を落とした。木の陰に隠れながら近づくと、かなり大きな熊が三頭いる。どの熊も通常の目とは別に、額の辺りにもう一対目があった。四つ目熊で間違いない。


「こいつは上の目と胃と肝、あとは毛皮と爪、肉も素材扱いだっけ」


 脳内で支部内で見た図鑑を思い出す。丸ごと素材という訳ではないが、さすがに個体が大きいせいか取れる素材も多いようだ。


 特に上の目と毛皮は高額素材だ。上の目は魔法薬の素材や魔法道具の触媒に、毛皮は北特有の寒さへの対策として重宝するらしい。


 毛皮が素材になる魔物の場合、注意が必要だ。急所を一撃しても毛皮に傷が残り、買い取り金額が落ちる場合がある。目も、傷を付けると買い取り値段が下がるし、傷が酷いと買い取り拒否されるのだ。


 なので、毛皮狙いの魔物の場合、ティザーベルは魔力の糸で拘束した後に窒息させる事にしている。鼻と口を完全遮断タイプの結界で覆ってしまえば、ものの数分で仕留める事が出来るのだ。


 視認出来る距離ならまず外さない。ティザーベルは魔力の糸を伸ばした。

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