六十五 ゲシイン支部長

 ゲシインには宿がいくつかあり、どこも清潔で過ごしやすいと聞いた。


「うーん、確かに綺麗かも」


 宿は木造で、民芸風なのがどこかかわいらしい。部屋の小物も凝っていて、さりげない部分がおしゃれだ。


 部屋は二人部屋を二つ取り、ティザーベルとヤード達で別れている。部屋に入ってすぐ、扉から声がかかった。


「嬢ちゃん、いいか?」

「あ、うん。そっちに行く」

「わかった」


 ティザーベル自身の荷物は全て移動倉庫に入っているが、遠出をする際の二人の荷物も、預かって彼女が持っていた。これに加え、今回は現金で依頼料を預かっている。これも渡しておかなくては。


 ――はやくセロアのシステム、稼働しないかなあ……


 少し怖い面もあるが、やはり帝都の外に出ると便利さを感じそうだ。拠点を移さずとも、こうして帝都以外の街で仕事をする可能性を考えると、やはり早く稼働して欲しい。


 そういえば、各地方と帝都を結ぶケーブルで躓いていると言っていた。そこまで考えて何かが引っかかったが、今はヤード達の部屋へ行くのが先だ。


 彼等はいる隣の部屋は、基本ティザーベルが入った部屋と造りは同じだった。


「そりゃ宿屋の部屋なんだから、当たり前か」

「何をぶつぶつと言ってるんだ?」

「何でもない」


 寝台に腰掛ける二人に対し、ティザーベルは椅子を引っ張ってきて腰掛ける。話し合う前には、音が漏れないよう結界を張るのを忘れない。


 全てが終わったのを見計らって、レモが口を開いた。


「さて、ざっと街も見たし、支部も見たし、ついでに支部長の顔も拝めたな」

「そうだねえ。こっちにも、ダメな職員がいるのには驚いたけど」

「あれか……」


 ティザーベルの言葉に、ヤードとレモが揃って唸る。帝都のギルド本部にも、少し前まであの手の職員はいたのだ。だが、例のインテリヤクザな統括長官が就いてすぐ、大規模なリストラが行われた為に本部の受付は大分改善された。


 リストラ話を聞いた時、セロアは地方では無能な職員がいる事は少ないと言っていたのだが。


「ここだけが特別?」

「そうだなあ……いくつか辺境と呼ばれる地方も回ったが、ここ程受付が酷いのは他になかったんじゃねえか?」

「帝都の本部の方が余程悪かった」


 レモとヤードも、ティザーベルと同意見らしい。というか、そこまで本部の受付は酷かったのか。


 ひとしきりこれまで出会った酷いギルド職員の話で花が咲いたところで、レモが切り出した。


「で、あの支部長を見てどう思うよ?」

「うーん……本当に横領なんてやってるの?」

「同感だ」

「そうなんだよなあ……余程外面がいいのか、それとも中央政府の間違いか。どっちにしても、ぱっと見た感じ横領するような人間にゃあ、見えねえわな」


 レモの言葉に、ティザーベルとヤードは無言のまま頷く。支部長というのは、その支部の性格を表す事が多いと聞く。ラザトークスも、支部長であるリサントの性格が出ていて、大雑把だがしめるところをはしめる支部だった。


 先程会ったばかりのゲシイン支部長ホワックは、とても横領をするような人間には見えない。とはいえ、人は見かけによらないという事を三人はよく知っている。


 ティザーベルがぽつりと呟いた。


「普通に仕事して過ごせばいいんじゃない?」


 ヤード達の視線を感じたので、そのまま続ける。


「それで何も出てこなければ、それはそれって事で。ないものを見つけろなんて依頼は受けていないんだし、不正をでっち上げる訳にもいかないでしょ?」


 ティザーベルの言葉を聞いて、二人はお互いに視線を合わせた。ほんの一瞬だけで、考えは決まったらしい。


「それ以外ないな」

「だあな。んじゃまあ、今日はこのまま休んで、明日の朝一で支部に行くか」


 話は決まった。そのついでに二人に荷物と依頼料を渡そうとしたのだが、金の方は断られてしまった。


「現金持ち歩くのは危険だから」

「街の治安がどれくらいかわからねえからよ。しばらく嬢ちゃんが預かっててくれ」

「いいけど……全額でなくとも、必要な分くらいは持っててよ」


 移動するにしても物を買ったり食べたりするのにも金はかかる。三人で移動する時にはティザーベルが会計をすればいいが、個人で動く事もあるだろう。


 結局二人にはそれぞれ三万メローずつ持たせた。今回の依頼料の半額にも満たない。小遣いとしても微妙な額だが、足りなくなったら残りの分を渡せばいいのだから問題ない。


 ――……何だか子供に小遣い渡す母親みたい。


 この中では、一番年下は自分なのに。少し腑に落ちない思いを抱えつつ、ティザーベルは用が済んだので部屋に戻った。




 宿屋から支部まで、三人で歩く。宿の朝食はおいしかった。ゲシインは北に小さいながらも漁港を持つ街らしく、海の幸が朝から出たのだ。


「おいしかったなあ、あの焼き魚」


 白身のあっさりした魚を、香草と一緒にオーブンで焼いたものがメインで出た。これがおいしかったので、ティザーベルは朝から上機嫌である。


 支部に入ると、やはり朝のギルドだけあって混雑していた。受付カウンターには長蛇の列が出来、奥の依頼を張り出す掲示板の前にも人だかりが出来ている。


「うへえ……」

「俺等はここじゃあ余所者だから、掲示板行きだな」


 人の多さにうんざりしたティザーベルに、背後からレモが声を掛ける。彼の隣では、ヤードも渋い顔をしていた。彼も人混みは嫌いなのだ。


 余所からきて馴染みの受付がいない冒険者は依頼紹介を受けられないので、掲示板から自力で依頼をゲットしなくてはならないのだ。


 その観点から見ると、ここの支部には余所者半分、常連半分といったところか。これは辺境の支部ではよくある光景である。逆に人の流れが多い帝都では、常連が三分の一を割る事もあるという。


 憧れて帝都に出てくるも、常連になる前に故郷に戻るか、もしくは冒険者すら出来なくなるか。依頼量も多く冒険者も多い帝都は、生存競争が激しいのだ。


 掲示板を見ると、採取関連の依頼が目を引く。


「えーと、シュゾフの花五輪一組二千メロー、ヒーズバルの茎と花部分五輪二千五百メロー」


 聞いた事のない植物の名前だ。ヤード達を振り返って視線で問いかけるが、二人とも知らないという。北特有の植物だろうか。


「採取の依頼が多いから、先に採取物を調べる方がいいかな?」

「だな」

「北ってえのは、帝都辺りとは随分違うんだなあ」


 そんな事を小声で言い合いながら、三人はカウンターの端で職員に採取用の図鑑の閲覧申込みをした。


 ギルドでは、近場で採取出来る全てのものを記載した図鑑を用意しているのだ。それらは貸し出しはしてくれないけれど、ギルド内部で閲覧する分には無料である。


 カウンターに置かれた分厚い図鑑をめくり、目当ての植物の項目を見る。シュゾフは地面に這うように育つ植物で、花はシロツメクサに似ていた。


 ヒーズバルの方は丁度ティザーベルの膝くらいの高さの植物で、こちらは猫じゃらしに似ていた。どちらも魔法薬の材料になるそうで、常に依頼が出ている。


 他にも近場で採取出来そうな植物は一通り見ておいた。行った先で見つけたら採取しおくと、後で依頼を受けても達成した事になる。


 ついでに、この辺りに出る魔物も確認しておく。ティザーベルとしては、こちらの方が本命だ。植物採取も仕事になるが、やはり魔物素材の方が単価が高い。どうせやるなら実入りのいい仕事の方がいいではないか。


「お、角ウサギ」


 中型犬くらいの大きさのウサギに角が生えているのが角ウサギだ。ラザトークスではよく狩っていたものだが、ゲシインにもいるとは。


 他にもコブイノシシやら四つ目熊、尾長サル、穴狐などがいるらしい。ありがたい事に、図鑑にはこれらの素材の買い取り代金も記載されていた。それによると、やはり一番高価なのは四つ目熊だそうだ。


「よし、熊狙いで」

「嬢ちゃん、嫌な笑顔になってんぞ?」


 レモの呆れた声が聞こえる気がするが、気にしない。冒険者としてこの街に来た以上、滞在しつづけるのは依頼を受けた方が自然だ。どうせ依頼を受けるのなら、単価の高い魔物素材を狙っても罰は当たらない。


 図鑑で魔物の生息域と、採取植物の分布図を頭に叩き込み、ティザーベルは図鑑を閉じた。ちなみに、男達は最初から図鑑を見る気すらなかったらしい。最初からティザーベルに任せるつもりなら、余計な事を言わなければいいのに。


 そう思いつつも、まずは掲示板から依頼票を取ってこなくては。それからこのカウンターの列に並ぶのかと思うと、少し嫌気が差してくるが仕方ない。


 ティザーベルは二人をその場に置いて、掲示板へと向かって行った。

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