六十四 北の街

 帝都からゲシインまでは、水路を使って行き来出来る。船上から流れる景色を眺めつつ、ティザーベルは何度目かの溜息を吐いた。


「溜息ばっか吐いてっと、嫁のもらい手がなくなるぞ」

「何それ。どこの迷信よ。幸せが逃げるっていうのなら知ってるけど」

「それこそ、どこの迷信だよ」


 苦い顔をするレモとのやり取りに、ティザーベルはまたしても溜息を吐く。


 ギルド本部で統括長官直々の指名依頼を受けてから、帝都を出発するまで実に半日しかなかった。ティザーベルはまだしも、ヤード達は武器をメンテナンスに出していたから大変だったようだ。


 もっとも、鍛冶屋の方にも子爵の手の者が行っていて、急いでメンテナンスを終わらせるようにしてあったらしい。急ぎの場合は特別料金が加算されるのだが、それは子爵の方で持ってくれたそうだ。


 ――至れり尽くせり……さすが仕事の出来る人間は違うねー。


 今回のゲシイン行きも、表向きは商人の護衛依頼となっている。不正をしているのがギルド支部だから、冒険者が単独で行くより目くらましになるだろうとの事だ。


 その商人は子爵の配下の者だという事だが、本当に商人でもあるらしい。何でも、メラック子爵家で扱う品は全て彼が仕入れているのだそうだ。いわゆるお抱え商人である。そのついでに、こういった仕事もこなすのだそうだ。


 船は直通でゲシインまで行く。ゲシインの主な産業は林業だそうだ。寒冷地で育つ大木は、ラザトークスの大森林から産出する木材とは違い、硬く耐久性が高い。その分加工がしづらいそうだが、ゲシインには木材の加工技術もあるそうだ。


 それと、木が育つ山には寒冷地特有の植物も多く、それらが目的の商人彼等に雇われた冒険者も多くいる街なのだとか。


 ティザーベルは知らなかったが、ゲシイン産の魔法植物は高値で取引されるそうだ。帝国内でもここにしかない植物が多いので、値段がつり上がる傾向にあるという。


 当然、それら植物採取の管理をしているのは冒険者ギルドだ。という事は、ゲシインの支部はかなり潤っているとみていい。


 ――だから横領なんかするんだろうなー。


 やらない人間が大部分だが、やっはり一部には大量の現金を目の前にすると魔が差す者がいるのだ。


 またゲシインの支部長のいやらしいところは、外から一時的に来た冒険者には本性を見せないところだ。外から来て素材を手に入れたらすぐ出て行くタイプの冒険者は、地元の同業者ともあまり交流しない。


 だから、彼等から支部長の横行を聞く事もないのだ。拠点を決めた冒険者は、あまり他の街に移動しないので、支部長のやりたい放題に出来るという訳である。


「頭がいいんだか悪いんだか」

「何だ急に」

「何でもない」


 レモはまだ側にいたらしい。一応、水路にも賊が出る場合があるので、警戒しているという体を装っている。実際はティザーベルがずっと先まで魔力の糸を伸ばして索敵しているので、警戒はいらないのだが。


 彼女の糸には、賊らしき存在は引っかからない。たまに反応があっても、水路の脇をのんびり行く荷馬車くらいのものだ。


 帝国も、帝都を一歩出てしまえばのんびりとした風景が広がる。見ているとそれなり癒やされるのだが、この先に待ち構えているものを考えると気が滅入るのだ。




 ゲシインの船着き場は活気に溢れていた。どこの街もそうだが、人と物が行き来する場所はこうなる。そうならないという事は、どこかがおかしいという事なのだろう。オテロップしかり、ヨストしかり。


 その点、ゲシインは表向き普通に見えた。


「では、私は荷物を商業組合に届けてきますので。ちなみに、商業組合はギルド支部の並びにあります。何かあったら来てくださいね」

「あ、はい」


 ギルドの依頼票にはサインをもらっているので、後はここの支部に提出すれば依頼料がもらえる。


 片道護衛の場合でも、受けた街に戻って依頼票を提出する冒険者は多い。行った先の支部に提出するのは、しばらくそこで活動をするという意味もあるのだとか。


 ティザーベルは手にした依頼票をひらつかせながら、ヤード達に声をかけた。


「んじゃ、とりあえずギルド支部を覗いてきますか」

「だな」

「誰かに道を聞いとくか」


 レモがそこらにいる人足を捕まえ、ギルド支部の場所を聞く。どうやら、この船着き場から支部までは少し道順が入り組んでいるらしい。


「初めてなら、乗り合い馬車に乗った方が確実だぜ。支部の前で下りられるから便利なんだ」

「そうかい。ありがとよ」


 レモと軽い挨拶を交わした人足は、再び仕事へ戻っていった。辺りを見回すと、船着き場の近くに乗合馬車の乗り場がある。


「あれに乗ればいいのかな?」

「至れり尽くせりだな」

「本当に、聞いたような事があるのかねえ?」


 レモの言葉に、ティザーベルはヤードと共に頷いた。こうした街中の利便性が高い場所は、領主が領地経営の手腕に長けている場合が多い。そうした領主の元では、不正は行われにくいのだ。


 ともあれ、まずは支部に行くのが先決となる。ほとんど待たずにやってきた乗合馬車に乗り込み、オダイカンサマ一行はギルド支部を目指した。


 馬車は荷台部分に長椅子が向かい合うように作られたもので、乗り心地よりは運搬人数を多くする方にふられている。幌もないので、北の少し冷たい風に煽られながら、ティザーベルは街並みを見ていた。


 木材が主な産業である街は、街の建物も木造が多い。ラザトークスがそうだった。ここゲシインもそうかと思いきや、意外と石作りが多いようだ。


 ――木材は輸出用で、街作りには使っていないのかな?


 確か、ここの木材は堅くて耐久性が高いのが売りだったはず。その加工技術もこの街には独自のものがあるというから、加工出来ずに使えない訳でもあるまいに。


 そこまで考えて、ティザーベルは軽く頭を振った。悪い癖で、ついあれこれ考えてしまう。一般庶民で冒険者の自分が考える事じゃない。


 馬車に揺られること約十五分少々、ギルド支部に着いた。本当に真ん前に乗り場があるので、少しだけ笑いそうになった。


 こちらの乗り合い馬車の乗り場には、特に名前はついていないらしい。下りる人間は周囲の建物からどこで下りるか判断するのだそうだ。アバウトさは、異世界ならではか、それとも辺境故か。


 乗合馬車から降りて目の前の支部は、街の大きさに比べるとやや小ぶりか。石作りの三階建てだが、幅が少し狭く感じる。


 そんな支部に入り、依頼票をカウンターに出して受け付けてもらうと、男性職員が嫌そうな顔をした。


「これ、帝都で依頼を受けてますよね? なら帝都の方へ出してもらえますか?」


 出した依頼票を突っ返された事に対し、ティザーベルの頭の中でバトル開始のゴングが鳴る。


「依頼票はどこの支部でも受け付けるものでしょう? それとも、この支部の受付は職務怠慢ですって言いたい訳?」

「な!?」

「言われたくなきゃ規約に従って依頼票受け付けて、記載されてる依頼料払いなさいよね。それとも、依頼票の処理の仕方、忘れちゃったのかなあ?」

「何だと!? 貴様、黙って聞いていれば――」

「黙ってないでしょ? さっきから何なのよあんた。あんたじゃ話にならないから、他の受付呼んできて。それとも、この支部ってあんたみたいに使えない受付しかいない訳?」

「おい!」


 とうとう受付が椅子から立ち上がりかけた時、奥から怒号が響いた。


「いい加減にしないか!!」


 見ると、筋骨隆々の大柄な男性がこちらを睨み付けている。制服を着用していないところを見ると、彼がここの支部長かもしれない。


 ギルドの職員は制服を着用するが、冒険者上がりが多い部長などは嫌って制服を着たがらないのだ。おかげで、部長クラスの制服が撤廃されたくらいだ、というのはセロアからの情報である。


 奥から出てきた大柄な男性は、カウンターまで来るといきなり受け付けの男性の脳天に拳を落とした。かなりいい音がしたし、受付男性の方は声もなく沈んだので、相当痛かったのだろう。


「うちの職員がすまんな。依頼票はきちんと受け付けるから、少し待ってほしい」

「了解」


 大柄な男性はカウンターに乗せられたままの依頼票を手に取ると、後ろの職員に手渡し処理するよう命じている。その様子をこちら側から冷めた目で見つめていたティザーベルに、大柄な男性が振り返った。


「それにしても、帝都の冒険者にこんな若い女の子がいるとはな」

「冒険者やるのに、年齢制限があるとは聞いた事がないけど?」


 とはいえ、表向き成人していないとギルドに登録出来ない事になっている。それでも、セーフティーネットであるギルドでは、家庭の事情により働かざるを得ない未成年も、危なくない仕事に限って使う事があるのだ。いわゆる、お目こぼしである。


 なので、規約にも年齢に関する制限は記載されていない。


 ティザーベルの言葉に苦笑いする大柄な男性の背後から、職員が処理が終わった事を小声で伝えている。それを聞いて、彼がこちらに向き直った。


「処理が終わったようだ。依頼料はどうするんだ?」

「三等分。支払い証明書にも記載して。現金はまとめて私が受け取るから」

「わかった」


 男性は背後を振り返って軽く頷いた。この距離だ、背後の職員にもティザーベルの声は届いている。


 さほど待つ事もなく、三等分された依頼料と支払い証明書がカウンターに置かれた。


「これで処理は終わりだ。あんたら、この街で仕事を探す気か?」

「ええそう。ちょっと、帝都にいたくなくてね」

「ほう……俺はこの支部の支部長をやってる、ホワックってもんだ。わが支部は、あんたらを歓迎するぜ」

「歓迎……ねえ?」


 ティザーベルの視線は、カウンターの下に沈んだ職員に向けられている。それに気付いたのか、ホワックが苦い笑みを浮かべた。


「まあ、心得違いな奴はどこにでもいるさ。そうだろう?」

「そうねえ。まあ、どのみちこの街にはしばらく滞在するから、お世話になります」

「ああ。そうだ、あんたら、宿は決めたのか? 何なら紹介するぜ?」


 ホワックの言葉に、ティザーベルは背後を振り返ってヤード達を見る。一瞬で、ホワックの対応をレモが交代してくれた。


「悪いがやめとくわ。ここまで帝都で馴染みの商人の護衛をしてきたんでね。そいつに聞く事にしとく」

「そうか、残念だよ」


 ホワックがすぐに引いたので、ティザーベル達はそのまま支部を出る。背後から複雑な視線が絡んできたが、こんなところで相手にする訳にもいかない。


「……あの人、商業組合に行くって言っていたよね? 組合って、この近くだっけ?」


 ここまで護衛という名でオダイカンサマを連れてきてくれた、統括長官の手の者の事だ。


「じゃあ、これから商業組合か。この並びだっけ?」

「そうだな。いい宿が見つかるといいんだが」

「同じ部屋はもう嫌だからね」

「はいはい」


 軽口を躱しつつ、三人は商業組合へと向かった。

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