六十三 ギルド統括長官
引き取り所に預けた素材の買い取り代金を受け取りに、翌日の昼頃に引き取り所に出向いた。今日はティザーベル一人である。
「すいませーん」
今日もカウンターに人がいなかったので、奥に向けて声をかける。しばらくすると、例の担当者が出てきた。
「おう、待たせたな」
「いえいえ」
どれだけ待たされても、今回のティザーベルは機嫌が悪くなる事はない。何せ、単純計算でも百五十万メロー以上の素材なのだ。しかも、一人でもらっていいときている。これで機嫌が悪くなるはずがなかった。
担当者は一度裏に引っ込み、戻ってきた時には書類の束と袋を手にしている。
「こっちが今回の素材の一覧だ。いや、久々に二本角なんか出たもんだから、裏の連中張り切っちまってなあ」
「はあ」
別に説明はいらないから、結果と金だけくれないものだろうか。そんなティザーベルの内心が伝わったのか、担当者は咳払いを一つして、手元の一覧をティザーベルに差し出す。
「今回単体で高値が付いたのは、やっぱり二本角だ。こいつの心臓はかなり上等の魔法薬の素材でな。もう数ヶ月以上入荷待ちの品だったんだよ」
そう言って担当者が指し示した一覧の項目には、「二本角の心臓 二百万メロー」と書いてある。思わず二度見した。
「……二百万メロー? 心臓だけで?」
ティザーベルの呻くような声に、担当者はからからと笑う。
「すげえだろ? さすがは入荷待ちの素材だよなあ。以前、指名依頼で素材狩りにいったパーティーが全滅してな。それ以降、指名依頼に応じようというパーティーはなかったんだよ。おかげで入荷待ちになってた訳だ」
その指名依頼が失敗してから、素材としての二本角の心臓の単価が倍近く跳ね上がったそうだ。それもあって、この値段だという。
他にも、二本角の素材はどれも高価だ。黒小鬼の角が霞む。
「肺が六十万メローに、胃が三十万メロー、肝臓、腎臓がそれぞれ七十万メロー……」
他にも腸や大腸、膵臓に脾臓、胆嚢なども素材としてリストアップされている。二本角の素材の中で、一番安価なのが爪の十万メローだ。
他にも、黒小鬼は全部で二百八匹いたらしく、その角の代金が入っている。
「ん? 黒小鬼の角の単価、四万メローになってるけど……」
「ああ、今回のは首ごと持ち込んでくれただろ? 素材の状態がいいんで、すこしばかり買い取り価格が上がったんだ」
どうやら、黒小鬼の角の三万メローというのは、最低価格だったらしい。
「で、全部計算すると、この金額になる」
そう言って担当者の指し示した金額を見て、ティザーベルは目を剥いた。
「一千五百二十二万メロー……」
「一財産だな!」
そう言って担当者が差し出した袋の中には、大銀貨十五枚と銀貨二枚小銀貨二枚が入っている。
「小金貨を入れても良かったんだが、こっちの方が使いやすいかと思ってな」
「ありがとう」
正直、小金貨なんて使い道がないから、大銀貨の方が助かる。しかも、いつぞやセロアがやったような、小銀貨の山でない分持ち運びも便利だ。大銀貨を崩すのが、大変ではあるけれど。
ともかく、これで一気に大金が手に入った。パーティーとして次の依頼を受けるのは少し先になると思うけど、その間の生活費としても十分過ぎておつりが来る。
――さすがにこれを独り占めは気が引けるから、今度二人に酒でも奢ろうっと。
確かに魔物を倒したのはティザーベルだが、二人の協力があってこそと思っている。何より、あの依頼を受けられたのは、二人の実績あっての事だ。
いつどこで奢るか。そんなことを考えながら、ティザーベルは下宿への道を辿った。
「……しばらく休みって、言ったよね?」
「そうだな」
「今日って、ヨストから帝都に戻って何日目?」
「二日目だ」
「……何で、ギルドに呼び出されてる訳?」
「知らん」
帝都ギルド本部の三階、待合室にて待たされているティザーベルは、ヤード相手に愚痴をこぼしていた。
ヨストから戻って二日目、本来ならまだ休みを取っているはずなのに、下宿先までギルドからの使いの者が来て呼び出されたのだ。しかも気持ちよく寝ている最中に。これで怒らない人間などいないだろう。
呼び出されたのはヤード達も同じだが、愚痴を言う相手が他にいない。おそらく緊急の指名依頼なのだろうが、依頼主にぼやく事は許されるだろうか。
そんな事を考えていると、部屋の扉が開いた。
「お待たせしました。ご案内します」
緊張した様子で顔を見せたのは、受付で世話になる事が多いキルイドだ。リストラが行われた後はまともな受付ばかりになったが、たまに仕事の遅い子に当たるので、セロアが見当たらない時は逆指名とばかりに彼に受け付けてもらう。
そのキルイドの案内でてっきり本部長室に行くのだと思っていたのだが、行き先はさらに上だそうだ。ちらりとヤード達を見るが、彼等も驚いている。本部長室よりも上となると、嫌な予感しかない。
小声でキルイドに聞いてみた。
「四階にも部屋があったんですね」
「普段は使われていないんですが……」
語尾を濁したのは、何か言えない理由があるのだろうか。四階に到着すると、わずかなスペースの先に扉が二つあるだけだ。建物の大きさから考えると、大きな部屋がワンフロアに二つしかないというのも凄い。
二つ並ぶ扉の右側に向かって、キルイドが入室の許可を得た。
「キルイドです。オダイカンサマをお連れしました」
『入りなさい』
「失礼します」
開かれた先には、広々とした部屋がある。その中央にはこれまた大きなテーブルがあった。ドーナツを引き延ばしたような楕円形のテーブルの奥に、見知らぬ人物が座っていた。彼の隣にいるのは、本部長ポッツだ。
「よく来てくれたね」
ポッツの言葉に、ティザーベル達は誰も何も答えない。これは、一体どういう状況なのだろう。
奥の見知らぬ人物は、襟の立ったマントを羽織り、片眼鏡をかけている。この世界に転生して、初めて見るモノクルだ。
薄い茶褐色の髪を後ろになでつけてモノクルをつけた人物は、いささか酷薄に見える。眼鏡キャラにありがちなS属性っぽい。しかも、その眼光の鋭さはとても堅気の人間とは思えない。あれだ、インテリヤクザというイメージだ。
――いやいやいや、人を見た目で判断してはいかん。しかも前世の属性カテゴライズを当てはめるなど。
既に前世は薄い記憶になりがちだが、ふとした時に強烈に蘇ってくる。ティザーベルの前世はオタクという程ではないが、それなりにマンガもゲームも好きだったのだ。
そのインテリヤクザが声を掛けてきた。
「まずは座りたまえ」
話し方までSっぽい、とは思いつつ、この広いテーブルのどこに座ればいいのやら。ヤード達を見ると、手近の席に座ろうとしていた。ティザーベルもそれに倣おうとしたら、インテリヤクザから声がかかる。
「離れていては、話も出来まい。もう少しこちらに来るといい」
そう言われては行かざるを得ない。おそらく、彼がこの場で一番高位の人物だ。
その時、ふと脳裏によぎった役職名がある。彼が、噂の統括長官なのではないだろうか。だとしたら、彼は貴族だ。あまりお近づきにはなりたくない。
三人は、とりあえずポッツ本部長の並びに腰を下ろした。キルイドは案内終了で仕事は終わりとばかりに、とっととこの部屋から退散している。
内心「逃げたな」と思わなくもないが、彼の立場ではこれからの話を聞いてはいけないのだろう。職務に忠実な受付業務主任を恨むのはやめておいた。
三人が席に着くのを確認してから、ポッツが口を開く。
「君達は初めて顔を合わせるね。こちらはギルドの統括長官を務めておられるメラック子爵閣下だ。閣下、こちらがお話ししたパーティー、オダイカンサマの面々です」
軽く紹介されたので、無言で頭を下げておく。生まれてこの方ずっと庶民暮らしだったので、貴族のマナーなど知るよしもない。
さすがにそれは相手の子爵にもわかっているようで、特に何も言われずに本題に入った。口を開いたのは、ポッツではなくメラック子爵の方だ。
「さて、ここに呼ばれた理由は察していると思うが、君らに依頼を受けてもらいたい」
ギルドの四階にまで呼びつけて、お使いを頼む事もないだろう。当然、指名依頼の話だ。それはいいのだが、何故こうも仰々しい話ばかりオダイカンサマには舞い込むのやら。もしかして、付けた名前が悪かったのだろうか。
そんなティザーベルの内心など知らぬ子爵は、話を続ける。
「これまでの君らの活動履歴も見せてもらった。大したものだな。特に悪名高い盗賊団を三つ……いや、今回のヨスト関連の盗賊団と海賊も含めれば賊を五つも潰している。それに、本部に持ち込んだ魔物素材もなかなかのものだ。おかげで本部が潤っているそうだよ。そうだったな? 本部長」
「ええ、本当に喜ばしい事で」
気のせいか、ポッツ本部長の笑顔が貼り付けたもののように感じた。もしかして、本部長もこの子爵が苦手なのだろうか。
どんよりとしている場の空気を、読めないのか読む気がないのか、子爵は続ける。
「さて、君達に頼みたい依頼なのだが、依頼主は中央政府となる」
「はえ?」
さすがの内容に、ティザーベルの口からおかしな声が出た。それには構わず、メラック子爵は話を進める。
「ヨストの例を見てもわかるように、昨今辺境と呼ばれる地域のギルドや公的機関の腐敗が進んでいる。中央政府としても視察などして摘発を目指しているが、連中も知恵がついたのか視察をくぐり抜けるようになった。抜き打ちで視察しようにも、どうやら不正をやらかす連中は中央から情報を得ているようでね」
つまり、中央政府内にも腐敗が広がっているという事だ。そんな事を、一介の冒険者ごときに話していいのか。貴族という連中は、冒険者など物も言わぬ道具とでも思っているのではないか。
――一応、考える頭も喋る口も持ってるんだけどね。下手な事言いふらせば、いくらでもどうでにも出来ると思ってるのかな……
悲しいかな、貴族という身分はそれを可能にする。いくら腕が立ってもたかが冒険者、闇から闇へ始末する事など簡単なのだろう。
権力者が厄介なのは、彼等に追われると国にいられなくなる事だ。大陸の東には帝国とは違う国があるけれど、あまりいい話は聞かないし、何より帝国から言われれば、人間の一人や二人簡単に差し出す。
いくら腕立とうが魔法が使えようが、山奥で人知れず生きるのでもなければ国に逆らってもいい事は何もない。つまり、この依頼も受けるしか手はないのだ。そして余計な事は口にしないのが生き残る術である。
メラック子爵は手元にある書類をこちらに差し出してきた。
「君達がまず向かうのは、北の辺境ゲシインだ」
北と聞いて、セロアに聞いた偽ナナミの事を思い出す。結局、彼女は西ではなく北の出身だった。その北に、自分が行く事になるとは。
ティザーベルがぼんやりしている間にも、話は進んでいた。
「ゲシインでは、数年前からギルド支部長による横行が続いていてね。それに領主が乗る形で事態は悪化の一途を辿っているらしい。この情報が中央にもたらされたのも、実は偶然によるものだったのだ」
どんな偶然が街の惨状を中央政府に報せたのかまでは教えてもらえなかったが、オダイカンサマがやるべき事は教えてもらえるようだ。
「君達にやってほしいのは、ヨストでやったようにギルドの不正が行われている現場を見る事だ」
「見る事……ですか?」
レモが怪訝な様子で確認している。それはそうだろう、ヨストでの一件は、その後に行われる海賊討伐にオダイカンサマを使う予定があればこそ、不正の生き証人になるという依頼が来たのだ。
でも、今回は見るだけでいいという。ならば何故自分達に依頼するのか。他にも、冒険者などいくらでもいるし、何なら等級の高い信頼出来るパーティーもいくつかある。
ティザーベル達の反応は想定内だったのか、メラック子爵はにやりと笑う。
「そう、見る事だ。ただし、君が中心となって……な」
子爵の視線は、確実にティザーベルに向いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます