六十二 女子会再び
ウィカーの店は、そろそろ夕食時という事もあって、それなりに混んでいた。
「さて、まずは無事の帰還おめでとー」
「ありがとー」
店の二階の小部屋で、ティザーベルはセロアと乾杯している。お互いに仕事終わりなので、どちらも手にしているのはアルコールだ。
どちらも果実から作られたもので、ティザーベルがモーネ、セロアがプコシラという桃に似た果実から作った酒だった。
乾杯が終わると、早速セロアが聞いてくる。
「で? 向こうで何かあった?」
「何故そう思う?」
「単純に仕事が終わったからご飯、て感じでもなかったじゃない」
本当に彼女相手には隠し事が出来ない。もっとも、隠す気もないのでいいのだが。ティザーベルはあっさり口にした。
「転生者を見つけた」
「マジで!?」
つまみの一口芋のフライを口に放り込みかけていたセロアが驚いている。それはそうだろう、探すと決めたとはいえ、そう簡単に見つかるものでもないとお互い思っていたのだから。
もっとも、今回の相手を転生者と言っていいのかどうかは謎だった。ティザーベルもつまみの中から燻製肉の炙りを手にしつつ首を傾げる。
「転生……なのかな。もしかしたら、単純な憑依の方だったのかも」
「日本人?」
「うん。パーティー名に反応してた」
「ああ」
ティザーベルは、ヨストであった事を全部話した。彼女はギルド職員なので、依頼の内容を知る事が出来る。これは守秘義務には引っかからないだろう。さすがに海賊達や海賊船を一本釣りした事を話した時は呆れられたが。
「あんた何やってんのよ」
「海賊退治?」
「海賊退治が、なんで一本釣り?」
怪訝な表情のセロアに、ティザーベルは現場を思い出してうんざりした表情になった。セロアは目の前で葉物野菜の和え物を楽しんでいる。
「言ったじゃん、海賊に加わってる魔法士を捕まえる必要があったって。で、三人までは甲板に出てたからどうにか出来たけど、最後の一人が船室から出てこなかったから、船ごと釣り上げる事になったのよ」
「なったのよ、って……普通は船を一本釣りなんて、しないし出来ないからね?」
「……出来たし」
「あんた普通じゃないし」
燻製肉の炙りをかじったセロアからの容赦のない言葉に、ティザーベルが視線を反らす。
確かに前世の記憶を持っているし、それを応用に使っているから術式の組み立て方が一風変わっているのは自覚している。
大体、自分以外の魔法士に出会った事はあるが、魔力を糸のように伸ばして使う人など見たことがない。
そんな彼女に構わず、セロアは続けた。
「それにしても、そのビナーだっけ? 魔法士。彼に憑依していたらしき人物は、どうなったのよ?」
「わからん。何かね、憑依が解けた後は元の人格に戻ったみたいで、憑依人格がどこいったかさっぱり」
「……そんな簡単に解けるもんなの?」
「さあ?」
正直、ティザーベルにも憑依の仕組みはわからないので返答しようがない。だが、ビナーの憑依が解けたのは、確実に彼女の攻撃のせいだ。
――あの後、気を失って目を覚ましたら元に戻っていたんだもんなあ……ショック与えると治るとか?
「叩いて直す大昔のテレビかよ」
「何が?」
「何でもない」
心の声が漏れ出ていたらしい。とりあえず、セロアに伝えるべき事は全て伝えた。今回は結果的に逃した形だし助力が必要とも思えなかったけれど、この調子で探し続ければ、第二第三の「転生者」が見つかるのではないか。
それにしても、あの憑依型転生者もそうだが、今のところ前世日本人にしか出会っていない。他の国、もしかしたら他の世界の人とかもいるのだろうか。
自分の考えにはまり込んでいたらしい。セロアから声がかかった。
「どうしたの? 黙り込んで」
「ん……ちょっとね。ねえ、前世日本人以外の転生者って、いると思う?」
「そりゃいるんじゃない? ただし、どうやって探せばいいのかはわからないけど」
それはそうだ。オダイカンサマも、日本人なら引っかかってくれる可能性が高いが、他国の人間が気付く可能性は低い。引っかかるとしたら、よっぽどの時代劇マニアとかではないだろうか。
セロアが続けた。
「まあ、前世日本人以外を見つける必要性はないんじゃない? 元々探そうってなったのも、困っていたら出来る範囲で助ける、って県人会的考えからだもの」
お説ごもっとも。他国からの転生者は、同じ国から転生した者同士でどうにかしてもらえばいい。短い間とはいえ、あれこれ悩んで損した気分だった。本来なら、考えなければいけない事は他にあるというのに。
「そう、目下の悩みはもっと別」
「何よ?」
「技術と知識の少なさ」
「はあ?」
セロアは首を傾げているが、ヤード達とパーティーを組んで以来……いや、もっというと帝都に出てきてからこっち、ずっと頭の片隅に引っかかっている問題だ。
魔法が効く相手なら問題ない。自分の魔力がある限り対処出来るから。問題は、魔法が効かない相手、もしくは自分の魔力が切れた時だ。その時に必要な技術や知識が自分は絶対的に欠けていた。
物理攻撃が効く相手なら、ヤード達が対処してくれる。その際には、怪我などしないよう万全の対策をしているが、その辺りも少し考えたいところだ。
「メドーの件と今回の件の貸し、まとめて返してもらいたいんだよなあ」
「ねえ、頼むからわかるように話して」
「魔法道具と魔法薬、その作製方法を覚えたいのよ」
「ああ」
これまでのあれこれは、セロアと情報共有している。特にメドーで見た魔法道具の事だ。魔法薬に関しても、一般常識程度の事ならセロアも知っている。
「かすり傷程度ならその場で私が対処出来るけど、大怪我したらやばいでしょ?」
「あんたがいる限り、その可能性は低いんじゃない?」
セロアの言にも一理ある。常に対物対魔完全遮断の結界を張っていれば、まず怪我をする事はない。とはいえ、世の中何が起こるかわからないのだ。
「何事も、備えあれば憂いなし」
「まあ、確かに」
魔法薬も上級なものになると、身体欠損を回復させられる。極端な事を言うと、どんな重傷を負っても生きてさえいれば何とかなるのだ。
別に自分が完全に後衛、補助に回るとは思わないが、そうせざるを得ない状況が来るかもしれない。その時に、今のままでは万全とは言い難かった。
セロアは腕を組んで天井を見上げている。
「それはわかったけど、どうやって覚えるの? その貸しとやらで、手引き書でも手に入れるとか?」
「うーん……魔法道具も魔法薬も、組合で検査して一定の基準を保っていればいいっていうんで、各工房で技術とかレシピが異なるんだよね。そしてそれは門外不出」
「じゃあ、誰かのところに弟子入り?」
「それも無理。弟子入りは、大体成人前までだから」
特に規定がある訳ではないが、これは業界のジンクスらしく、成人を越えて弟子入りしたものは大成しないというのだ。こちらは大成など望んでおらず、基準を満たす代物が作れるようになれればいい。
だが、受け入れる工房や店は違う。特に魔法道具や魔法薬を扱う人達は何故か迷信を信じやすい。冒険者に験を担ぐ者が多いのと似ているのだろうか。
それらを説明し、ティザーベルは溜息を吐いた。
「そういう訳で、工房や親方に直接弟子入りはまず無理。それ以外で技術やレシピを覚える方法があるかどうかも謎。その辺りは、向こうに丸投げしてしまおうかと」
「それで無理って言われたら?」
「諦めるしかないかなあ……」
魔法道具も魔法薬も、売っているものを買うという手がある。とはいえ、どちらも高額になりやすく、特に魔法道具はこちらの要望通りのものが売っているとも限らず、その場合はオーダーメイドになるのだ。当然、店先で売っているものよりも値が張る。
ティザーベルは行儀悪くテーブルに肘を突いて、手のひらに顎を乗せた。
「私の移動倉庫も、きちんと技術を学べばもっと効率よく出来るはずなんだよね……これ、完全独学で作ってるから、すごく効率悪いのよ」
「それで?」
「ラザトークスにいた時に、自分で採取出来るからって本来なら高額になる材料を惜しみなく突っ込んでいるからね……きちんとした技術が身につけば、もっと安価に作れるはず」
実はこの移動倉庫、いい触媒を大量に使ってかなり無理をして作っているのだ。これもきちんと最新の技術を学んで作り直せば、大分効率がよくなるだろうに。
安価という言葉に、セロアが食いついた。
「その時は私にも一つ作って」
「高いよ」
「友達価格で!」
彼女には以前から移動倉庫を羨ましがられていたのだ。確かに、これがあると部屋が散らからないし、引っ越しも楽である。料理や食材も、買った時のままの状態で保存出来るので便利この上ない。
とはいえ、今のままではティザーベルが持っている移動倉庫と同じものを作ろうとしたら、もう一度ラザトークスに行ってあれこれ取ってこなくてはならない。
行って帰ってくるだけでも船賃だけで結構な出費だ。いくらセロアの頼みでも、簡単に引き受ける訳にはいかなかった。
「まあ、それもこれも無事魔法道具の技術と魔法薬のレシピを手に入れられたら、だね」
「無事手に入れられるよう祈っておくわ」
「……移動倉庫の為?」
「うん、もちろん!」
清々しいまでの答えだった。まあ、仕事でもギルド職員のセロアには色々便宜を図ってもらう事も多いので、本当に技術を習得出来た暁には、移動倉庫くらい作ってもいい。素材代くらいは徴収するが。
残り少なくなったグラスの中身を一気に飲み干し、ティザーベルがセロアに聞いた。
「それはそうと、そっちの情報共有システムの方は進んでいるの?」
「大筋は固まったけど、肝心の各地方とどうやって結ぶかで頓挫してる」
そう言ったセロアのグラスも空だ。この部屋から注文を頼む時は、部屋に備え付けられた伝声管を使う。ちょっと古い船に搭載されいていたあれだ。
メニューは手元にあるので、無言でセロアに差し出すと、ネーシルの果汁が入ったものを指さした。
同じものを二つ注文し、席に戻るとセロアが両手で顎を支えている。
「帝都内は皇宮とギルド本部を結ぶ程度で済むから問題ないんだけど、帝都と各都市を結ぶケーブルをどうするかってね」
情報共有システムは、言わばネットワークシステムだ。物理的に各都市にあるギルド支部と帝都の本部をケーブルで繋ぐ必要がある。
「ケーブルの素材って、もう出たんだっけ?」
「今のところ、高価だけど魔法銀が一番有力みたい。あれは魔力をよく通すから」
魔剣素材としても知られる魔法銀は、魔力をよく通す事で知られている。魔法道具の回路を刻印するのにも使われるのだが、高価なので重要な一部分だけにしか使わない道具が多いという。大体、一グラム程度で百万メローしたはずだ。
その値段を思い出し、ティザーベルはうへえと声を出した。
「さすがギルド、金持ってるねえ」
「今回はギルドとしても、予算ぎりぎりみたいよ。それと、これは他言無用で」
セロアはそう言うと、声を潜めた。
「実は、ギルドだけじゃなく、地方行政との情報共有も同じケーブルでやろうって言って、中央政府を巻き込んでいるみたい。そっちからの予算が出れば、うちとしても大分楽なのよ」
つまり、余所も引っ張り込んでケーブル使わせるから、その分金も出せよという事か。
「誰よ? そんな事考えついたの」
「うちの統括長官」
「ああ、あの……」
ティザーベルは、セロアが帝都に到着した頃にあったギルド本部のリストラ騒ぎを思い出した。あれで問題ありだけどコネで入った職員が大量にクビになったと聞いている。
その後彼等をギルド本部に押し込んだ貴族達が抗議に来たそうだが、全て統括長官が追い払ったそうだ。
セロアも「やり手」と評価する統括長官が、今回の巻き込みの首謀者だという。
皿に残った一口芋のフライを口に放り込みつつ、セロアが愚痴る。
「ケーブル問題が片付かないと、システムの話が先に進まなくて。最近じゃあ、本部長まで眉間に皺を寄せてる日が多いって聞くわよ」
「へー」
「そんな他人事みたいに」
「いや、他人事だし」
「システムが稼働すれば、冒険者であるあんた達にも恩恵あるのよ?」
「それって帝都以外に本拠地移す場合だけでしょ?」
「あんた……」
ティザーベルの返答に、セロアが頭を抱えた。
「私の話、ちゃんと聞いてなかったでしょ! いい? この情報共有システムはねえ」
そう言って、セロアによる冒険者組合情報共有システムの有り難い講座が始まった。正直、言っている内容は理解出来ても、やはり今現在ティザーベルに必要な内容とは思えない。
そんな彼女にはお構いなしに、セロアは続ける。
「つまり、冒険者の全データは全ての支部で共有されるのよ。預託金口座の情報も、経歴も、もちろん等級もぜーんぶ」
「いくら情報共有出来ていてもさあ、個人認証が出来なきゃ意味ないんじゃない? 有名パーティを騙る連中なんて、辺境じゃ珍しくもないし」
冒険者パーティーなど、名乗るだけならいくらでも出来る。一応、現在は本拠地にしているギルド支部から出してもらう紹介状で個人やパーティーの認証を行っている状態だ。
ティザーベルの言葉に、セロアは不敵な笑みを返した。
「ふっふっふ。私がそんな穴を見落とすとお思い?」
「何かやんの?」
ティザーベルからの問いに、何故かセロアは勢いよく立ち上がる。頬が赤くなっているので、程よくアルコールが回ってきているらしい。
セロアは立った状態で左手を腰、右手人差し指を伸ばして天井を指した。
「冒険者ギルドと言えば! お約束のギルドカード!」
「ああ、そういえば物語にはよく出てくるね。でも、うちのギルドにカードなんてないじゃん」
「だから、作るのよ! まあ、カード型じゃないみたいだけど」
後半は酔った勢いが段々消えたのか、セロアは続ける。
「今のとこ、候補に挙がっているのはドッグタグタイプか腕輪タイプみたい。冒険者は大半武器を振るうから、多分ドッグタグタイプで落ち着くんじゃないかなあ」
セロアの説明では、そのドッグタグに魔法処理した番号を付与し、その番号で冒険者の情報を管理するらしい。何だか、どこぞの国民に番号を振った話しに似ている。こちらは冒険者に限定しているが。
そこまで考えて、この情報共有システムに中央政府も乗っかるという話を思い出した。
「……その番号管理、中央政府も乗っかるんだっけ?」
「んー? そんな話は聞いてないなあ。あくまで、地方と中央の通信をケーブルで出来るようにするって話じゃなかったっけ……」
酔った頭で思い出すのが難しくなっているのか、セロアが眉間に皺を寄せながら答える。
何にしても、冒険者であるティザーベルは、これで番号による管理を受け入れざるを得なくなる訳だ。
「メリットデメリット、どっちが大きいのかね?」
ぽつりとこぼした言葉は、セロアには届かなかったようだ。
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