世直し編

六十一 帰還

 時間は再び現在へ……




 ヨストでの海賊退治を終えたオダイカンサマ一行は、依頼元であるヤサグラン侯配下ハドザイドの厚意で、帝国海軍の軍艦に乗せてもらい、帝都へと帰ってきた。


 商業用の港は帝都の南西にあるが、軍関係は北東にある。どちらも海から運河を使うのだ。帝国の水路網は各地に伸びており、人も物も活発に行き来が出来るようになっていた。


「そろそろ帝都が見えてくるぞ」


 甲板でのんびり風景を眺めていたティザーベルの背後から、声がかかる。帝国海軍将校、ギザウィックだ。彼はヨストにおける盗賊討伐の海軍側の責任者でもある。


「やっぱり、軍艦って速いんですね」

「帝国海軍が誇る艦船だからな」


 誇らしげに言うギザウィックを見て、ティザーベルは笑みを浮かべた。彼もヤサグラン侯と同類の人間らしく、帝国貴族であり帝国軍人である事に誇りを持ち、決して居丈高な様子を見せない。


 ――だからあの人も、私達をこの人の船に乗せたのかな?


 なんだかんだとヤサグラン侯配下のハドザイドとは縁がある。おかげで、彼にもティザーベルの貴族嫌いが伝わっていた。


 確かにヤサグラン侯やこのギザウィックのようにいい人もいるが、関わった貴族はどうしようもない連中が多すぎる。いつぞや、故郷であるラザトークスから帝都へ出る途中のオテロップで出会った巡回衛兵隊の隊長も、そんな貴族だった。


 思えば、あの一件以来ヤサグラン侯との縁が出来たのだ。それが悪い事とは言わないが、どうにもあれ以来貴族絡みの依頼が多くなっている気がする。


 基本、ティザーベルは人外専門だ。とはいえ、襲撃されたら対人でも対応はするけれど、好んで盗賊討伐や違法役人の摘発の手伝いなどしたいとは思わない。


 冒険者の中には、盗賊討伐を専門で請け負う者達もいるという。ティザーベルは、未だに人を殺すという一線だけは越えられずにいた。


 この辺りは、前世が平和な日本で生活していた経験が関係していると思う。同じ境遇のセロアに聞いたところ、やはり彼女も同じような事を口にしていた。


 大体、魔物の方が高額素材を狙えておいしいのに。今回の依頼でも、行きに黒小鬼と彼等を率いていた二本角も退治出来たので、素材の売却額には期待したいところだ。


 特に小鬼の上位個体である鬼が狩れたのは大きい。何せ滅多に素材が出回らないので、高額で引き取ってもらえる可能性が高いのだ。


 今回倒したのは鬼の中でも下級の二本角だが、それでもいい値段になるだろう。帝都のギルド本部で売却するのが楽しみだ。


 軍艦は無事軍港に入港し、ティザーベル達も下船する。軍の関連施設は非公開の箇所が多いそうで、窓のない箱馬車で外まで送られる事になった。


「ありがたいんだけど、面倒くさい」


 ぼやくティザーベルに、レモが返す。


「まあそう言うなって。楽でいいじゃねえか」

「それに、下手に見た事が外に漏れると、そちらの方が面倒だ」


 続くヤードの言葉に、それもそうかと納得する。見ていなければ、聞かれても話しようがない。この馬車もまた、ギザウィックの心遣いの一つなのだろう。


 ――そう考えると、なかなか気配りが出来る人物って事か。やるな、海軍将校。


 実はティザーベル、ギザウィックの名前を覚えていなかった。




 馬車で軍港の外まで送られるだけかと思ったら、ご丁寧にギルド本部まで送り届けてくれた。何だか本部が懐かしく感じる。


 そういえば、ヨストに行ったのは帝都を一月半近く開ける依頼が終わってすぐだった。本当なら、少し長めに休みを取ろうとヤード達と話していたというのに。


「今度こそ、休みをもぎ取る!」

「だな」

「いや、もぎ取るも何も、依頼を受けなきゃいいだけだろうが」


 ティザーベル達の言葉に、レモが突っ込みを入れた。確かに、冒険者の休みなど自分で調節するものだ。依頼を受けるも受けないも、冒険者側の自由となっているので、休みたければ依頼を受けなければいい。


 その分収入が減るので、考えながら休まないと生活出来なくなるけれど。


 とりあえず、ヨストでの依頼完了をギルドに届け出なくてはならない。そうしないと、依頼料が支払われないからだ。もっとも、今回は現地で特別報酬をもらっているので、焦る必要はない。


「たっだいまー」


 自分の家でもないのに、そう言いつつギルド本部に入ると、昼近くだからか人が少ない。とはいえ、他の街のギルド支部に比べれば十分多い人数だ。


「ベル! お帰り」

「ただいまセロア」


 カウンターには友達のセロアが出ていた。彼女は故郷のラザトークスにいた頃に提案した情報共有システム構想が上部に認められた為、辺境の支部から本部へ栄転したのだ。彼女の栄転に併せて、ティザーベルも活動拠点を帝都に変えている。


「はい、これ依頼票」

「はい、確かに。今回はまた、長かったわねえ」

「まあ、殆ど移動時間だけどねー。行きは長かったけど、帰りは早かった」

「ふうん。水路でも使ったの?」

「船は使ったな。軍の」

「え?」


 話ながらも手元に視線を落として依頼票を処理していたセロアが、ティザーベルの一言で顔を上げた。どういう事だ、と顔に書いてある。ティザーベルは彼女の耳元でこそっと囁いた。


「それも含めて、今夜ウィカーの店、どう?」

「OK」

「よし」

「しっかり聞かせてもらうわよ。はい、手続き終了。依頼料は、いつも通り?」

「うん。あ、今回は素材売却もあるんだった」

「そっちも均等割?」

「ううん、こっちは私だけ。で、いいんだよね?」


 ティザーベルは後ろを振り返ってヤード達に確認すると、二人とも無言で頷く。魔物討伐依頼の結果魔物素材を買い取りに出す場合と、依頼以外で買い取りに出す場合で受付の手続きが少々異なる。


 今回は依頼なしの魔物素材なので、受付を通さずとも構わないのだ。


「はい、じゃあこれがあんたの取り分。後ろのお二人さんの分はいつも通り口座にいれておきました。あとこれが支払い証明書。なくさないでね」

「OK。じゃあ、後は引き取り所か」


 相変わらず仕事の速いセロアが処理を終えた書類を手渡してきた。それを受け取り、次は素材売却である。魔物素材は需要によって相場が変わるのから、値段によってはしばらく移動倉庫で塩漬けだ。


 ティザーベルは、ヤード達と別れて引き取り所へと向かった。




 本部の引き取り所は、閑散としていた。帝都周辺には魔物が住み着く環境がない為、引き取り所に持ち込まれる数が少ないとは聞いた事がある。ここに持ち込まれるのは、主に帝都周辺で狩られた動物か害獣だという。


 ――そういえば、以前ここに来たのは下水道の害獣を退治した時だっけ……


 人外専門の自分が、帝都の引き取り所をあまり利用出来ないとは。もっとも、これまでにも魔物討伐はしているけれど、大体地方へ出向く依頼だったから、ここを使っていないというだけの話だ。


「すいませーん」


 引き取り所のカウンターで声を掛けると、奥から担当者が顔を出した。以前、下水道の害獣を引き取ってもらった時と同じ人物だ。


「おお、久しぶりだな」

「本当に。今日は依頼先で討伐したやつ持ってきたんだけど」

「ほう? 今日は何を持ち込んだんだ?」

「黒小鬼複数と二本角一匹」

「はあ!? 黒小鬼はまだしも、二本角だってえ!?」


 さすがに珍しい魔物の名前に、担当者が驚いている。


「またとんでもねえのを持ってきやがって……」

「とりあえず、出していい?」

「ああ、じゃあこっちに……待て、黒小鬼が複数とか言っていたな?」


 何だかぎらりとした目で聞かれたので、ティザーベルは素直に頷いておいた。正直、あの黒小鬼の数は全て数えてはいないのだ。


「前回の件があるからなあ。奥の方がいいか」


 そう言うと、担当者はカウンターから出てきて脇の扉を開ける。引き取り所の奥、解体作業場への入り口だ。


「こっちに来てくれ」

「了解」


 初めて通された引き取り所の奥は、ひんやりとしていた。よく見ると、壁際にずらりと氷柱が立っている。


「素材を傷める訳にもいかねえからな。特注で作ってもらってんだよ」

「へえ」


 氷柱で温度を下げ、素材の劣化をなるべく抑えるのだそうだ。素材が入る事はあまりないのでは、と思って聞いてみると、カウンターを通さない入荷が結構あるという。


「商会や個人商店からの依頼を受けて、地方で狩った魔物をそのまま持って帰ってくる連中がいるんだよ。依頼主から拡張鞄を預かってな。うちの解体職人は腕利きだから、地方で解体するよりここまで持ってくる方が質が上がるってんで、利用する依頼主も多いんだ。それに、技術的に辺境では解体出来ないってうちに持ち込む支部もいるしよ」


 なるほど、解体職人にも本部と支部で技術に差があるのか。確かに、魔物の種類が豊富だったラザトークスでも、度々解体を断られるケースがあった。職人が解体出来ない魔物だったらしい。


 それでも買い取ってはくれたので気にもしていなかったが、もしかしてああいった魔物もそのまま帝都に送られていたのかもしれない。


 作業場には今も数人の職人がいる。今は暇なのか、手持ちぶさただ。担当者は彼等を呼び寄せ、ティザーベルに向き直る。


「よし、じゃあこの台に出してくれ」

「はーい」


 移動倉庫から黒小鬼の首を入れたずだ袋を取り出し、それを逆さまにして台の上に転がせる。袋の大きさよりも明らかに多い首に、周囲から「おお」という声が上がった。


 担当者は、台の上を見てにやりと笑う。


「ほう、首ごと持ってくるとは、わかってるじゃねえか」

「まあね」


 黒小鬼の角の薬効成分は、その根元が一番高いのだ。なので、自分で解体しない場合は首ごと持ち込むのが高値で引き取ってもらえるコツである。


 ずだ袋一つに、大体首が三十程度入っていたようだ。それですら滅多に出ない素材に、職人達の目が輝いている。


 彼等の様子を眺めながら、ティザーベルは爆弾を投下した。


「これ、あと黒小鬼だけで袋七つ分あるよ」

「これがあと七つ!?」

「それから、ここまで珍しくはないけど、他にもいくつか素材になるのがあるから。あと、二本角は首と胴体に分けちゃったけど、丸ごとあるから」


 ティザーベルの言葉に、その場はしんと静まりかえった。周囲では職人達が何やら囁きあっている。


「おい、今日集められるのって、何人だ?」

「休みの奴でも、呼び出せるのがいます」

「呼び出しとけ。あと、今日仕事の入ってるやつは時間に関係なく全員引っ張ってこい」


 どうやら、素材が多いので職人総出で解体するらしい。それを横目で見ていたティザーベルに、担当者から声がかかる。


「こっちの台はもう満杯だから、次の袋はあっちで出してくれ」


 指示された場所には、前回の害獣退治の際に見た樽が置いてある。その中に詰め込めという事らしい。




 結局、その日中には素材数の集計が間に合いそうにないので、買い取り代金の支払いは明日以降になるという事だった。作業場では、職人達がやる気を出していて何だか活気に満ちあふれている。


 そんな様子を眺めながら、ティザーベルは引き取り所を後にした。

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