六十 それも日常
帝都は、そろそろ初夏を迎えようとしていた。帝国でも南に位置する帝都ナザーブイは、夏の暑さがラザトークスの比ではないという。
「……涼しく過ごせる術式でも、考えようかな」
結界をいじれば、何とかなりそうだ。夏本番前には、使えるようにしておこう。
香辛料都市メドーでの一件が終わって二日、ティザーベルは次の依頼を受ける為にギルドでヤード達を待っていた。奥の飲食スペースで、定番になったネーシルのジュースを飲んでいる。
ちらりと見たカウンター内は、今日も殺伐としていた。セロアが到着した日の午後には、冒険者連中にもギルドの人員整理の情報が流れたらしい。
昨日などは、ギルドのカウンターにまで貴族が押しかけたという。自らのコネを使って入れた人員をクビにする事に対する抗議だったらしい。それら全て、統括長官が捌いたというのだから驚きだ。
事前に貴族連中が押しかけると予測していたのか、帝国陸軍所属の帝都治安部隊のギルドへの派遣を要請したそうで、押しかけた貴族達は全員捕縛されたという。
下級とはいえ、貴族を敵に回して大丈夫なのかと思ったが、統括長官も貴族であり、しかも今回捕縛された下級貴族達は中央政府でも鼻つまみ者だったそうで、統括長官はお咎めなしどころか感謝状まで出されたそうだ。
そんな連中、最初から放っておくなよと言いたいが、貴族の世界もなかなか面倒だそうで、鼻つまみ程度の連中まで全て捕縛するのは大変なんだとか。
今回のギルドで暴れた連中に関しては、やっと処分出来ると中央政府の特に上の方々が喜んでいるらしい。それで感謝状が出されたのだとか。
「近寄るもんじゃないわよね……」
そう呟くティザーベルだったが、既にどこぞの軍監察官様とは妙に近寄ってしまってる。この先も、関係なしで通せるものかどうか。
出来てしまった縁をぶった切る方法を考えるティザーベルの背後から、声がかかった。
「おう」
「待たせたか? 嬢ちゃん」
「そうでもないよ」
丁度ジュースを飲み終わるタイミングだ。わずかに残った氷が、グラスの底でからんと軽い音を立てた。
受付は職員人数が減った影響か、大変な混雑振りだ。朝は一番混む時間帯とはいえ、これは酷い。
「えれえ騒動だな」
「でも、これを乗り越えれば少しは楽になるんじゃないかなあ」
人員を整理した後は、能力重視で補充を考えているそうだ。「辺境に比べると、帝都の方がお気楽な経営なのよね」とは、セロアの言である。
確かに、辺境の方が危険な仕事が多いからか、ギルド職員の質も上がらざるを得ないのだろう。無能な受付のせいで事故でも起こったら、冒険者達が処罰覚悟で暴動を起こしかねない。
そういえば、ティザーベルもこのギルド帝都本部でダメな受付に当たった事がある。やたらと高圧的で、こちらの話を聞こうともしなかった。あの時はまだ名前や役職を知らなかったキルイドが交代してくれなければ、どうなっていた事か。
そういえば、あれ以来あの受付の顔を見ていない。多分だけれど、彼女もリストラリストに名前が挙がったのではないか。
――まあ、不愉快な受付がいなくなるのはいい事だ。
建前として、ギルド職員と冒険者は対等な立場となっている。冒険者が職員を軽んじる事があってはならないし、逆も然り。あの受付はその基本がわかっていなかった。
混雑する受付前を見て、ちょっと腰が引けている三人だったが、二日も休んだのだから新たな依頼を受けるべきだ。
向こう三ヶ月くらい休んでいても問題ないくらいに稼いだが、ザミ達が言っていたように、休みすぎると体や勘が鈍る。それは冒険者として致命的な事なのだ。
パニック状態の受付を眺めながら、ティザーベルが提案する。
「とりあえず、掲示板にいい依頼がないかどうか、見に行こうか?」
「……だな」
レモは短く返し、ヤードは無言のまま頷く。これだけ冒険者が押し寄せているのだから、いい依頼は既にないと見ていい。
そういう場合、顔見知りの受付がいると掲示板に出していない依頼を斡旋してくれる事がある。そうした依頼を「お抱え」と呼ぶそうだ。ラザトークスでも、セロアがよくこのお抱えを出してくれたものだ。
そんな事を懐かしく思いながら掲示板に向かう途中でカウンターを見ると、セロアも受付業務をこなしていた。
さすがに仕事の早い彼女だ、前に出来た列がどんどんと消えていっている。その消えた分だけ、新たに人が並ぶので列自体がなくなる事はないのだが。
いくらセロアでも、帝都のギルド本部に来たばかりではお抱えは持っていないだろう。ティザーベルは心の中で「頑張れ」とエールを送って、ヤード達と共に掲示板へ向かった。
掲示板の前も大混雑だ。いくら朝は混むとはいえ、これは少し異常ではないか。
そんな事を考えていると、隣でレモが同じ事を口にする。
「ちいとばかし、浮かされてる感じだな」
もしかして、職員のリストラ情報が出回ったからだろうか。即冒険者側に何かしらの不利益が出るとは思えないが、そこは噂に敏感な冒険者、わずかな違いでも「今のうちに」と動く習性があるのだ。
何せ、保証というものが一切ない仕事だから、些細な変化にも敏感に対応出来ないと生き残れない。よく言えば臨機応変、悪く言えば情報に踊らされやすいのだ。
今回は、そんな冒険者気質が悪い方に働いた結果か。
「……二、三日待つ?」
「そうするか……」
そのままギルドを後にする三人だった。
結局、その騒動が収まるのに十日近くかかったという。ティザーベルはセロアから話を聞いていたので、ヤード達とも情報を共有し、騒ぎが収まってからギルドへ行く事にした。
この後、戻ってきたモファレナと合同で依頼を受けたり、西の果てにある港街で海の魔物退治のついでに山間部に出た盗賊団を始末したりするのだが、それはまた別のお話。
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