五十九 不穏な情報
レモが以前連れてきてくれた店は「ウィカーの店」というらしい。店主ウィカーが独断で仕入れる酒を楽しむ店、らしいが、なんともひねりのない店名である。
「雰囲気のいい店ね」
例の二階の個室に入ったセロアの第一声だ。ヤードとレモは店まで同行してくれて、店主に話を通すとすぐに帰ってしまった。
どうやら鍛冶屋に武器の手入れを頼むらしい。確かに、あれだけの人数を斬ったのだから、メンテナンスは必要だろう。
最初の飲物が届いて、お互いにグラスを掲げる。
「再会を祝して」
「お互いの帝都での新生活に」
「あんたはもう一月くらいこっちにいるでしょうが」
「いいじゃん、改めてって事で」
しばしお互いに顔を見合わせて、同時に吹き出した。こうした気の置けないやり取りが懐かしい。そんなに長く離れていた訳ではないのに、セロアのいない帝都は、やはり味気ないものだったのだと今更気付かされる。
ザミやシャキトゼリナ、薄い関係だがモファレナ、大家のイェーサなどと交流を持ったが、やはりセロアとの繋がりは特別だった。
――何せ、前世が同じ日本人だもんね。
おかげでお互いでしか通じない言い回しなども多い。ちなみに、ヤード達が入っていないのは、異性だからだ。同性とは、やはり付き合い方が違う。
そんな事をしんみり感じていると、セロアの興味津々な声が聞こえてきた。
「それで? 何がどうしたらあのイケメンとパーティー組む事になる訳?」
「そこかよ」
「そこだよ。ってか、それ以外に何があるのさ。あんたが私の立場だったら、同じ事聞くでしょ?」
「もちろん」
「よし。じゃあ、さっさと話せ」
セロアににこやかに言われて、ティザーベルは小さく溜息を一つ吐いてから、ラザトークスからの道中や、帝都に着いてからの事、メルキドン、ザミとシャキトゼリナ、モファレナ、そしてメドーでの一件までを全て話した。
セロアは途中で余計な茶々を入れず、相づちを打つ程度で静かに話を聞いている。こういうところが、彼女の得がたいところだ。
話すだけ話し終わると、ティザーベルは一息入れて飲物を口にした。大分喉が渇いている。それだけ、話し続けていたという事か。
同じように飲物を口にしたセロアは、ぽつりと呟いた。
「なかなか大変だったのう。その魔法道具の件はちょっと引っかかるけど、あれ系は作成したのが転生者でも既に亡くなってる場合があるから何とも……。それより、帝都なら『余り者』扱いで白い目で見られる事もないってわかって、ちょっとほっとした」
小さく笑うセロアに、彼女なりに自分の事を心配してくれていたのだと知る。確かに、あの辺境の街は偏見に満ちた土地だった。
それが全て悪いとも言わないが、やはりティザーベルにとっては住みづらい場所だった事に変わりはない。
ちょっと胸の辺りが温かくなった彼女に、セロアが真剣な表情で言った。
「そんなあんたに、これから私が言うことはショッキングかもしれない。でも、知っておいた方がいいと思うから」
彼女はそう言い置くと、ティザーベルを真正面から見据える。
「ユッヒの相手ね、ナナミって名前は偽名だった。本当はヴァシールっていうらしい。やっぱり、北方の出身だって」
まさか、ユッヒの相手が偽名を使っていたとは。それに、北方出身なら、どうして西出身なんて嘘を吐いたのだろう。しかも偽名まで使って。
第一、確かに驚くがショッキングという程だろうか。
「なんでそんな」
「帝都で犯罪に荷担したらしいよ」
セロアの言葉に、なるほどとティザーベルも納得する。街から街へ移動するのに、特に面倒な手続き等はいらない。そして違う街に移動する際に、偽造の身分証でも作ってしまえば、名前など簡単に変えることが出来るのだ。
それもどうかとは思うが、偽造防止の技術は全て魔法が使われるせいか値段が張るので、身分証程度には使えないと中央政府が考えているのだろう。そこにこそ金を掛けるべきでは、とも思うが、一庶民の意見など中央政府に届く訳がない。
ナナミ改めヴァシールが荷担した犯罪の内容まではわからないが、セロアがあの街を出る時は、まだ巡回衛兵隊に捕縛されていたそうだ。おそらく、頃合いを見て帝都に移送されるのではないか。
「彼女が捕縛された時、街中で結構な大騒ぎになったのよね。おかげでユッヒが青い顔してギルド支部に駆け込んできたわよ」
「で、なんて?」
「もちろん、『ベルはどこ~?』って哀れっぽく泣きべそかいてたわ。あんたとの事は街中の人が知っていたから、あいつ、いい笑いものになってるわよ。まあ、笑ってる連中もどうかと思うけどさ」
セロアの言葉の棘に気付き、ティザーベルは苦笑するしかない。ティザーベルがユッヒに二股掛けられて捨てられた方だと知った時、彼等が笑っていたのはティザーベルの方だったのだ。それが簡単に手のひらを返して、今度はユッヒを笑っている。
人の不幸は蜜の味を体現するあの街の人達は、何かの拍子で自分が不幸に陥った時、一緒に他人を笑っていた隣人が今度は自分を笑うようになると気付いているだろうか。
もっとも、そんな事を心配する必要などないし、する気もないのだけれど。そんな事を考えていると、セロアが声のトーンを少し落として言ってきた。
「で、本題はここから。ヴァシールがどうしてナナミって名前を名乗っていたのかなんだけど、帝都で聞いた名前だからなんだって。その名前は、ナナミ・フジサワ」
ティザーベルの目が見開かれる。どう聞いても、日本人の名前だ。という事は、ナナミ・フジサワ……フジサワナナミという人は、転生者ではなく転移者という事になる。
「その、ナナミって人の外見は……」
「それは知らないそうよ。ヴァシールは単に耳にした名前を使っただけみたい」
「帝都にいる時に、名前を聞いただけなの? 会った事はないって?」
「多分」
名前を聞いた場所が帝都というだけでは、ナナミという女性の居場所のヒントにすらならない。だが、どう聞いても日本人という名前の女性が、この世界にいる事だけは確かなようだ。
ナナミという女性が、問題を抱えていないといいのだけれど。もし困っている事があるのなら、手を差し伸べたいところだけれど、相手の居場所も状況もわからないのでは何もしようがない。
それに、こちらがアクションを起こす事を、相手は望まない事もあり得る。今まであまりそこのところを考えずに来たけれど、いざ現実として同じ日本人がこの国にいるかもしれないとなったら、あれこれ考えてしまう。
セロアと二人、腕を組んで唸るけれど、解決策は見つからなかった。
「よし、この話は一端棚上げ! 相手がどこにいるかもわからないんじゃ、どうしようもないもんね」
「そうね。お互いに仕事もあるし」
日本であれ帝国であれ、生活の為に稼がなくてはならないのは変わらない。社会保障という意味では日本の方が上だが、「生き抜く」という点に絞れば実は帝国の方が上ではないかとティザーベルは思う。
社会でつまはじきにされるような人間でも、「冒険者」という受け皿があるし、努力次第では上り詰める事も可能なのだ。
しかも、値段は張るが魔法薬で治らない怪我や病気はないと言われている。何せ、欠損した部位ですら再生させる事が出来るのだから。その代わり、魔法薬は目が飛び出る程高い。
ふと、ティザーベルは先程見たギルド内部の妙な雰囲気を思い出した。
「そういえばさ、さっきのギルド内部……というか、受付? 何か変な感じだったね」
「ああ、大規模リストラが発表されたからでしょ」
「リストラあ?」
まさか、異世界に来てまでそんな単語を聞く事になるとは。驚くティザーベルに、セロアはしれっと答える。
「別に、リストラって言われた訳じゃなく、解雇通知されただけよ。私が提案した情報共有システム導入に際して、口の軽すぎる職員や勤務態度の悪かった連中を一掃するんだって」
「へー……ギルドも思い切った事、するんだね」
てっきり、公務員状態だからクビにはならないものとばかり思っていた。正直、態度の悪い受付はいるし、カウンターの奥でおしゃべりしてばかりの職員も見かけた事がある。どちらも帝都の本部での事だ。
続くセロアの言葉に、思わず内心を読まれたのかと焦った。
「といっても、これって本部だけの話だから」
「……何で?」
「本部の職員ってね、コネで入った連中が多いのよ。しかも、大抵下級貴族繋がり。まれに上級貴族繋がりで入ってくる人もいるらしいけど、そっちは優秀だからリストラ対象には入っていないみたい」
セロア曰く、貴族も下級の方が厄介な連中が多いらしい。決して上級貴族に面倒な奴がいないという訳ではないが、割合は下級の方が多いのだとか。
「で、上級貴族の繋がりだと、下手な仕事して紹介してくれた貴族の顔に泥を塗るような真似は出来ないってんで、頑張る人が多いそうよ。下級は逆に、貴族の紹介なんだから優遇しろ、って態度になりがちなんだって」
ギルド側も、そういった職員には頭を悩ませていたようだが、今回思い切って面倒な職員を一掃する事にしたのだという。
セロアは個室だというのに、声を潜めて囁いた。
「これには、新しく着任した統括長官の意向が働いているそうよ」
「統括長官?」
「中央政府が送り込んでくる、ギルドのトップ。支部長や本部長はこの下にいるの。統括官は十六人いて、その一番上が統括長官って訳」
現場の冒険者はあまり知らない事だけど、と前置きをして、セロアが教えて暮れた。
ギルドの方針を決めるのは、基本的にこの統括官達で行う統括会議で決められるそうだ。とはいえ、余程の事がない限り、統括官は各支部長から上がってくる報告書に目を通すだけで大した仕事はしないらしい。貴族の名誉職の一つのようなものだ。
セロアによれば、今回新しく就いた統括長官はやり手らしく、セロアの提案を取り上げたのも、この人だという。着任して最初に決めたのが、例の情報共有システムなのだそうだ。
「で、次に手を付けたのが、ギルド内部の人員整理……という名のいらない子外しって訳。多分、これから貴族達の不満が押し寄せてくるわよー。やり手のお手並み拝見ね」
これから起こるであろうゴタゴタを、高みの見物とばかりに楽しみにしているセロアに、ティザーベルは苦笑しかない。こちらとしては、きちんとカウンター業務をしてくれれば、何も問題はないのだ。
その後も、ラザトークスの話、預託金口座の残高を知った時のユッヒの様子、支部長の様子などを教えてくれた。
ティザーベルからはメドーで鍋ごと買ったカレーの話や、女性好みに特化したヨルカ浴場の話などをする。カレーには、さすがにセロアも食いついてきた。
「食べたい!」
「高いよ?」
「友達価格で!」
結局セロアの押しに負けて、次回カレーパーティーを催すことになった。場所はセロアの寮の部屋だそうだ。
「片付けが終わったら速攻連絡するから」
「いつになるやら」
「すぐにやるわよ! 待ってらっしゃい、私のカレー!」
「いや、私のだから」
そんな事を言い合いながら、呑んで食べてまた喋る。昼間だというのに、既に二人はアルコールにも手を出していた。
一息吐いたところで、セロアがぽつりと呟く。
「とりあえず、ユッヒが帝都まで追っかけてくる可能性は低いから安心して。何せ所持金がその日生きるぎりぎりだからね。帝都までの交通費も出せないわよ」
「護衛依頼でも受ければ、交通費無料になるけどねー」
「無理無理。私が出立する時にもなんだかんだ泣き落としかけてきたけど、支部長が追っ払ってくれたくらいだし。あいつ、自分で依頼受けるって基本的な事も出来るかどうか怪しいってさ」
そういえば、故郷にいた頃は、依頼を受けるのも完了報告も素材の売却も、全部ティザーベルがやっていた。面倒と感じた事はなかったからいいけど、着実にユッヒを「ダメな子」にする一助になっていたらしい。
黙ってしまったティザーベルに、セロアが「どうした?」と聞いてきたので、先程の考えを口にしたら、軽く笑い飛ばされてしまった。
「もしそうだとしても、ユッヒも成人した男なんだから、あんたが責任を感じる必要なんかないわよ。他人に依存しなきゃ生きていけないっていうのなら、どうにかして新しい依存先を見つければいいんだから」
セロアの、特に最後の一言に、思わず納得してしまう。そうか、新しい依存先を見つけるのも、本人の生き残る為の知恵なのか。それが出来ないなら、自力で生き残るしかない。そこに、ティザーベルが責任を感じなくてもいいのだ。
何だか、目の前が一挙に明るくなった気がする。まだ問題はいくつかあるのだけれど、それは追々目の前に来た時に考えればいい。
ティザーベルは、セロアとの楽しい一時を満喫する事にした。
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