五十八 再会

 帝都に戻ってギルド本部に向かうと、昼時だというのに人が多かった。


「今日って何かあったっけ?」

「さあ?」

「そんな日もあるんじゃねえか?」


 ティザーベルの質問に、ヤードとレモは気のない返事だ。特に気にせず依頼完了を告げにカウンターに向かうと、そちらも内側で職員が固まってなにやら話し合っている。


「すいませーん。依頼終わったんですけどー」


 カウンターに人がいない状態になっていたので、奥に固まっている集団に声を掛けた。何人かはちらりとこちらを見たが、カウンターに出てこようともしない。


 確かにカウンターにいるのはティザーベル達だけだが、人がいるのだから出てこなくてはいけないのではないか。


 その態度にイラっとしたところで、やっと奥の扉から人が出てきて慌てた様子でカウンターまで来た。


「お待たせしました……ああ、オダイカンサマでしたか」


 毎度おなじみ、受付業務主任のキルイドである。カウンター越しにサイン入りの依頼票を私ながら、ティザーベルは小声で囁いた。


「いくら私達だけとはいえ、カウンター空っぽにしている受付って、職務放棄なんじゃないですかねえ?」

「それに関しては、もうじき改善されると思います。……はい、依頼完了ですね。こちら、依頼料は三等分にしますか?」

「はい」

「では、これより先当本部で支払いを行う場合は依頼料は三等分で計算します。分配率が変更になる場合は申し出てください。ティザーベルさんは現金で、ヤードさんとレモさんは預託金口座への入金ですね? 証明書にはその旨記載しておきます」

「お願いします」


 出来る受付は楽でいい。パーティーによっては報酬の分割方法を依頼への貢献度で決めるところもあるそうだけれど、オダイカンサマは常に三分割すると決めてある。これはつい先程決まった事だ。


 意外にもヤード達から文句が出たが、依頼で命を張るのは三人同じという理屈でティザーベルが押し通している。本音は、依頼ごとにいちいち計算するのが面倒というだけだった。大体、依頼への貢献度など、誰が測るというのだ。


 ――同じ依頼に携わっている者として、報酬を頭割りするのは当たり前。


 これで二人がまったく仕事をしていないのなら文句も言うが、きちんとやる事をやっているのだから問題ない。こちらも、出来るメンバーと組むのは楽でいい。


 受け取った現金を移動倉庫に移すと、キルイドがこっそり耳打ちしてきた。


「これから少し、お時間いただけますか?」

「何かありましたか?」


 ティザーベルの返答に、キルイドはちらりと背後に固まる受付達を見てから、そっと囁く。


「実は、お待ちかねの人が今日到着したんです。今、二階の会議室にいますよ」


 一瞬誰の事かわからなかったが、すぐに気がついた。とうとう、セロアが帝都に到着したのだ。


 会いたい。後ろを振り返ると、キルイドとの会話が聞こえていたのか、ヤードもレモも無言で頷いている。行ってこいという事か。


「二階ですね?」

「ええ、このまま向かってください」

「ありがとうございます!!」


 言うが早いか、ティザーベルはダッシュで二階へ向かった。階段を駆け上ると、何やら話し声が聞こえてくる。


 二階に到着したティザーベルの視界に、ルールシルと何やら談笑するセロアの姿が映った。


「セロア!!」

「ベル!!」


 名を呼ぶと、こちらを見たセロアが満面の笑みを浮かべる。随分と会っていなかった気がするけれど、実質一月も離れていた訳ではない。なのに、とても懐かしく感じる。


「やっと来たわね」

「ごめんごめん、思っていたより引き継ぎが伸びちゃってさあ。まったく、支部長ってばあれこれ理由付けて引き延ばすんだもん」

「よし、支部長の事は呪っておこう」

「やめて。あんたがやると実害が出そう」


 そこまでのやり取りで、とうとう側にいたルールシルが吹き出した。そういえば、ラザトークスにいる頃も、余所からきた冒険者に二人の会話を笑われた事がある。そんなにおかしな事を言っている覚えはないのだが。


 ティザーベル達の視線に気付いたのか、ルールシルは笑いながら言った。


「ああ、ごめんなさいね。噂通りだったものだから。とりあえず、ティザーベルにはリサント支部長を呪うのはやめてと、私からもお願いするわ」

「いや、冗談ですから」

「本当に、やめてね?」

「やめようね?」

「……わかりました」


 セロアとルールシルの二人からいい笑顔でそう言われては、頷くしかない。もっとも、いくら魔法士だからといって、呪いが実現するとも思えないのだが。


 とはいえ、ここは魔法が存在する世界だ。呪いも存在しないとは限らない。その前に、冗談なので実行しようとは思わないだけれど。


 ――案外あの支部長なら、呪いくらい跳ね返しそう。


 何せ魔力が見える人なのだから。それなのに本人は魔法士ではないというのだから変な人だ。本人曰く、「力の流れが見えるだけ。魔力も同じ」という事らしい。


 いや、今は遠く離れた支部長より、目の前のセロアだ。


「そういえば帝都での暮らす場所、決まってるの?」

「ギルド職員には独身寮があるのよ」

「そっか」


 冒険者組合、通称ギルドは国の機関だから、職員は公務員である。だからなのか、福利厚生が行き届いているのだ。寮があるのもその一環だった。


「そういうベルは?」

「ゴーゼさんに紹介してもらった下宿屋。ラザトークスに比べると家賃は高いけど、環境としては雲泥の差よ」

「ほほう、さすが大店の支店長」


 そんな近況報告をしていたら、またしてもルールシルから声がかかる。


「さあさあ、雑談したければ場所を変えなさい。セロア、今日の手続きはこれで終了だから、もう寮の方に帰っていいわよ。荷物の整理、まだでしょ?」

「まだ挨拶回りがあるんじゃ……」

「それは明日でいいわ。今日はもう帰りなさい。どのみち、下は使い物にならない状態だろうし」


 ルールシルの言葉に、先程のカウンター周りを思い出す。そういえば、奥で固まってひそひそしているばかりで、職務放棄している受付ばかりだった。キルイドが出てきてくれなければ、依頼完了の手続きが出来ないままだっただろう。


 何かあったのか聞きたいところだが、ギルド内部の事は教えてもらえまい。セロアからの情報漏洩を待とう。何せこの国には個人情報保護法はないのだから。


 ――あれ? でもギルド内部の事って、守秘義務に引っかかるのかな?


 個人情報保護は緩くても、守秘義務には厳しいのだ。冒険者が受ける依頼には、他者には絶対秘密と言われる依頼もあったりする。その内容を余所で喋る冒険者は、二度とそうした依頼を受けることは出来なくなるそうだ。


 ギルド職員の情報収集能力は、かなりいいらしい。セロアを見ていればわかる事だった。


 そのセロアは、これからの予定を聞いてきた。


「ベル、仕事は?」

「一件終わって戻ってきたところ。依頼料もしっかり受け取ったしね」

「よし。じゃあそろそろ昼時だから、お昼一緒に食べよ。帝都でいい店、紹介してちょうだい」

「お、おう……」


 どうしよう。セロアに紹介できるようなしゃれた店など、まだ見つけていない。帝都に出てきてそろそろ一月が経とうとしているのに、いつも入るのは財布に優しい定食屋ばかりだ。


 ――そうか……まだ一月だったか……


 ザミ達との一件があったからか、随分と濃い時間を過ごした気がする。その時、不意に閃いた。レモが連れていってくれたあの店、あそこの二階を借りられないだろうか。確か、常連に貸しているという話だった。


「ちょっと待ってて」


 セロアをその場に残し、ティザーベルは階段を駆け下りる。一階には、まだヤード達がいた。


「おじさん、おじさん。この間三人でご飯食べた店、紹介してくれない?」

「はあ? どういうこった?」

「故郷から友達が帝都に来たんだ。で、お昼一緒に食べようって事になったんだけど、私定食屋しか知らないんだよね」


 ティザーベルの言葉に、レモは仰のく。


「おいおいおい。嬢ちゃん女だろ? 女ってなあ、小洒落た店を探すのが得意なんじゃなかったのかよ」

「しょうがないじゃない。日々濃い毎日を送ってたんだから」

「ああ……なるほどな」


 濃い毎日の内容に、レモも思い当たったらしい。メルキドンのリーダー、エルードからの執拗な勧誘に辟易していたのは、ついこの間の事だ。


 ザミ達がメルキドンから抜け、ティザーベルも目の前のヤードとレモの二人とパーティーを組む事で難を逃れた。


 ティザーベルは手を胸元で組んでレモに言い募る。


「あの店の個室なら、周囲を気にせず友達と話せるしさ。店長さんに許可もらえないかなあ?」

「そのくらいなら、問題ねえだろうよ。嬢ちゃんの事も、前回で顔は覚えただろうし」

「本当?」

「心配なら、店まで一緒に行って店長に一言入れてやるよ」

「ありがとう! おじさん」


 喜んで二階に駆け出すティザーベルの後ろで、レモが溜息を吐いていたのだが、当然彼女は知らなかった。

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