五十七 大きい貸し

 食堂には、レモとハドザイドの姿が見える。入り口から奥に入ったテーブル席にいた。


 レモが先にこちらに気付く。


「お、目が覚めたか?」

「心配掛けてごめん」

「大事にならなくて良かった。具合悪い時は、我慢するもんじゃねえぞ?」

「うん」


 単に魔力の残量確認ミスで枯渇状態に陥っただけなのだが、あれも過ぎると死に至ると言われているから、確かに具合が悪かったとも言える。


 ヤードと一緒に席に着くと、ハドザイドが口を開いた。


「今回の件、よくやってくれた。閣下もお喜びだろう」


 ほくほく顔で言うハドザイドとは対照的に、ティザーベル達は誰も嬉しそうにはしていない。冒険者にとって大事なのは貴族に喜んでもらう事ではなく、報酬がどれだけいいかだ。


 ――侯爵様はいい人っぽいけどね。


 貴族の方も、冒険者など使い捨てと考えている者が多い。これも仕方のない事だった。冒険者は、ある意味「便利屋」だ。面倒事は頼むけれど、信頼はしない。仕事が終わればさようならだ。そのくらい、ハドザイドもよくわかっているだろうに。


 一通り今回の仕事に関するお褒めの言葉を聞いた後、レモが大事な事を聞く。


「それで、盗賊団の報奨金や装備類の売却金はこっちにもらえるんですかい?」

「あ、ああ。それは構わない。ただし、魔法道具だけはこちらに渡してもらう」

「えー?」


 ハドザイドの言い分に不服を唱えたのはティザーベルだ。多分無理だろうとは思っていても、いざ言われるとなるとやはり不満が出る。


「盗賊の持ち物って、討伐した人間に所有権があるんですよねえ? だったら、あの魔法道具も私達に所有権があると思うんですけどお?」


 わざとらしく語尾を伸ばしながら言うと、ハドザイドは目に見えて慌てだした。


「い、いや、それはわかっているのだが――」

「わかっているんなら、私達のものにしていいんですよねえ?」

「その……それは出来ない」

「どうしてですかあ?」


 段々態度が悪くなっている自覚はあるが、はっきり言わないハドザイドに怒りが溜まっているので致し方ない。貴族なら貴族らしく、上から命令すればいいものを。


 そんなティザーベルの内心を知らないハドザイドは、真摯な態度で説明し始めた。


「あの魔法道具は、さる貴族家の家宝だったのだ。それをあの盗賊団に盗まれていてな。盗難届が中央政府に出されているので、見つかった以上返却しなくてはならん」

「あの程度の盗賊に盗まれる程、管理がずさんな家宝ねえ……」


 おそらく、家宝やら盗難届やらは嘘だろう。ハドザイドの目がわずかに揺らいでいた。あの魔法道具なら、軍が欲しがる。


 今は一つずつしかないけれど、魔法士部隊で複製出来れば、量産が可能になるのだ。もっとも、問題の多い魔法士部隊が複製品を作れるかどうかは、また別の話になるが。


 ――魔法道具の複製は、かなり難しいっていうしね……


 記述される術式は、当然のように暗号化されているそうだ。しかも、その暗号化方法が工房によって違う為、星の数程暗号方法があるらしい。なので、余程でない限り魔法道具に記述された術式の解読はされないそうだ。


 ティザーベルの毒のある発言にも、ハドザイドは揺るがない。


「なんと言われようとも、貴族家の持ち物である以上こちらに優先権がある」

「そうですねー」


 所詮底辺職である冒険者、末端とはいえお貴族様に逆らう事など出来ないのだ。今回の場合はそれに加えて国も関わっている為、魔法道具の所有権は諦めざるを得ない。


 それにしても、あの装甲車もどきと携帯要塞は惜しかった。いっそハドザイドに提出しなければ、バレなかったのではないか。


 ――……無理だな。


 相手も魔法士だし、何より盗賊のバックの貴族から、既に魔法道具の情報を得ていたとしてもおかしくはない。


 はっきり聞いてはいないが、おそらく盗賊達を捕縛したのと同時期にバックの貴族も捕らえているのだろう。盗賊討伐は必要な事だけれど、今回に限ってはこちらは囮なのだから。


 おいしい獲物をかっさらわれて気分が下がっているティザーベルに、ハドザイドはとんでもない提案をしてきた。


「話は変わるが、実は君にいい話を持ってきたんだ」

「……いい話?」


 訝しむティザーベルとは対照的に、ハドザイドは満面の笑みだ。


「実は、魔法士部隊の再編成がもうじき終わりそうでね。そちらに君を推薦してはどうかと侯爵閣下が仰っているんだ」

「はあ!?」


 思いも寄らない言葉に、ティザーベルはつい素で返してしまった。それにも気付かず、ハドザイドは続ける。


「いや、以前から実力はあるのに冒険者などをやっていて不憫に思っていたのだ。それは閣下も同様だったようで、今回の報酬の一部として提示してはどうかと仰ってな。魔法士部隊編成に尽力なさったヘナゼイ子爵は、君も知っての通りオテロップの領主でもある。あの街での一件を耳にされて、いたく感動されていたよ。それもあって、今回閣下からの推薦もすんなり通ったと――」

「ちょっと待ってください」


 気分良く喋るハドザイドに、ティザーベルがストップをかけた。黙って聞いていれば、何を勝手な事をほざくのか。一瞬身分差を忘れて怒鳴るところだった。


 話を遮られた事が意外だったのか、ぽかんとした表情のハドザイドを前に一つ深呼吸して感情を抑えると、ティザーベルは自分の考えを口にする。


「まず、推薦いただいた事はありがたい事だと思います、ありがとうございます。でも、申し訳ありませんが、それはお断りさせていただきます」


 ぺこりと頭を下げたティザーベルを見るハドザイドの表情は、まさしく信じられないものを見た人間のものだ。


 多分、拒否される可能性など少しも考えていなかったのだろう。全ての冒険者は嫌々今の職に就いているだけで、チャンスさえあればもっと「上」の職に就きたいと思っているはず。


 魔法士部隊は魔法士にとって「最上位の職」なのだから、喜んで受け入れるだろう、とでも思っていたのではないか。


 驚きのあまりか、言葉が出てこないハドザイドに、ティザーベルは続ける。


「最初こそ他に出来る仕事がなかったので冒険者になりましたが、今では自分の天職だと思っています。辞めるつもりはありません。それに、彼等とパーティーを組んだばかりなんです。それを解消してまで魔法士部隊に行きたいとも思いません」


 彼等を捨ててまで魔法士部隊に行く気にはなれない。大体、いくら再編成が終わりそうだと言われても、魔法士部隊そのもののイメージが悪すぎてありがたいとも思えないのだ。貴族が行う再編成に、期待も信頼もないという面もある。


 ――魔法士部隊でのさばっていたのって、貴族出身の使えない魔法士だっていうしね。


 実際に部隊を見た事はないが、容易に想像出来てしまうのだ。ラザトークスは辺境だったけれど、だからこそ身分差が厳しい。そんな街だからこそ「余り者」の考え方がはびこったのではないか。


 ティザーベルは、だめ押ししておいた。


「そういう訳ですので、魔法士部隊に行く気はありません。追加報酬をいただけるのなら、ぜひ別の形でお願いします」


 ちゃっかりおねだりするのを忘れない。あれだけ珍しい魔法道具の所有権を持っていくのだ、代わりにちょっとした融通くらいしてくれてもいいはずだ。


 とはいえ、おねだりの具体的な内容はここでは口にしない。貸しは返してもらう時にこそその内容を決めるべきだ。


 ――効果的な時に、相応しい内容を、ね。


 そういえば、ティザーベルはザミとシャキトゼリナにも貸しがある。モファレナに無事加入出来た二人は、慌ただしく新規依頼を受けて仕事に向かってしまったので、「貸しにしておいて!」という一言でお預け状態になっていた。


 もっとも、二人への貸しなど今回の魔法道具の件に比べればどうという事はない。

 笑顔で言い切ったティザーベルに、ハドザイドは気圧され気味だ。でもそこは腐っても貴族、すぐに立て直してきた。


 咳払い一つをしてから、ハドザイドは口を開く。


「わかった。その件に関しては、私から閣下に伝えておこう。別の形との事だが、何か希望はあるか?」

「それはその時に、という事で」

「……そうか」


 いらない推薦は、うまく取り消す事が出来たようだ。その後はハドザイドから依頼票へのサインをもらい、これにてこの依頼は終了となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る