五十六 優しさ

 街道をひた走りながら、ティザーベルは御者台でぶつぶつ文句を言っていた。


「自分達で使ってる道具なんだから、ちゃんと知っておきなさいよね」


 捕らえた盗賊の頭に、乗っていた装甲車もどきの出所を問い詰めたのだが、頭も幹部も口を揃えて知らないと言うのだ。


 知らないはずがないだろう、と思うが、尋問はティザーベル達の仕事ではない。多分、ハドザイドがどうにかして聞き出すのだろう。


 もっとも、彼の方は盗賊の背後にいる貴族に、心当たりがあるようだ。


 ――だからこそ、ヤサグラン侯が動いたんでしょうけどね。でも、あの侯爵様って、軍の監察官じゃなかったっけ?


 黒幕の貴族が、軍に所属しているとでもいうのだろうか。もっとも、その辺りもティザーベルが知らなくていい事なのだけれど。


 馬車の荷台にいる盗賊達はひどくおとなしい。捕まってからこちら、ティザーベルの質問に答えた時以外、何もしゃべっていない。無口な盗賊……という訳でもないだろうに。


 これはあれか、目の前で仲間が短時間で全滅させられたからショックを受けているという事か。自分達は散々人を殺してきておいて、いざ自分達がやられる番になったらショックを受けるとかどうなのだ。


「覚悟が足らん」

「何だ? 急に」


 隣で馬車を操っているレモが、訝しげに聞いてきた。何でもないと誤魔化しつつ、背後の荷台をちらりと覗く。


 後ろ手に両手両足を拘束されている頭達は、まだ呆然とした様子だ。これならもうじき着くメドーでも、暴れたりしないだろう。それでも一応、ヤードが荷台で見張りをしている。


 ハドザイドには、討伐が完了した時点で私信を送った。これは帝都で用意されていたこの馬車に置かれていたもので、盗賊との戦闘が終わったら報せるようにと言われていたものだ。今頃メドーで手ぐすね引いて待っているのではないか。


 これで依頼は達成出来た。問題は、盗賊討伐の報奨金は依頼料に含まれているのか、それともメドーから別途もらえるのかだ。


 これだけメドー周辺を荒らし回っていた盗賊なのだから、おそらくメドーのギルド支部でも討伐依頼が出されていたと思われる。討伐の場合は、依頼を事前に受けていなくとも証拠さえ提出すれば依頼完了として依頼料が支払われるのだ。


 ただ、三十八号盗賊団に関しては、先に帝都でハドザイドが討伐の依頼をオダイカンサマに出している。別の支部で依頼が重なった場合はどうなるのか、ティザーベルは知らないのだ。


 ――まあ、いざとなったらメドー支部で聞けばいっか。


 それに、もう一つの問題がある。盗賊が持っていた魔法道具だ。頭達を捕縛したついでに、身体検査で装甲車もどき以外に二つ出てきている。


 一つは話に聞いていたレーダーのような道具だ。使い方はティザーベルの鳥の目改良版に似ていて、一定範囲の対象の位置を知る事が出来る。


 ただし、人と動物の区別はなく、また植物や岩なども情報として表示してしまう為、読み取る側に慣れが必要なのだとか。


 装甲車は言うに及ばず、魔力で走る車だった。といっても、サスペンションはおろかタイヤすらないので、乗り心地はあまりよくなさそうだ。


 動力源はやはり魔力結晶で、しかも小粒を使っている。街道を行く商人を狙ったのは、結晶狙いもかねていたのだろう。


 そして最後に出た魔法道具が凄かった。頭は「携帯要塞」と言っていたが、まさしく携帯する要塞だ。


 込める魔力によって大きさも内装も変える事が出来る、完全に魔力を物質化した貴重な代物だった。展開前の大きさは、手のひらに乗る程度の、コンパクトケースのような形状だ。蓋を明ける事で、術式が展開される仕組みだった。


 一度その場で展開させたが、確かにあれは要塞だ。石作りの強固な壁と塔、それらに護られた建物が瞬時に出現したのだから驚く。ティザーベルだけでなく、ヤード達も驚いていた。


 当然使用魔力はかなりの量になったが、それでも何もない所にこれだけの建物をあっという間に出現させるのは凄い。しかも、魔力の供給は小粒の魔力結晶でも可能なのだ。


 ――まー、その代わりとんでもない量の結晶が必要になるけどねー。


 もう一つ驚いた事に、パッツの店にあったコンロと同じく、結晶から魔力を引き出し貯めておくための内部バッテリーがあった。さすがにコンロよりも大型の結晶だったが、あれは一般で出回っているような結晶ではない。


 魔力結晶のレシピは、帝都の中央政府が抱え込んでいる極秘技術だ。だとすると、この携帯要塞を作ったのは中央政府なのだろうか。


 ――そんなもんをどうして盗賊なんかが持っているんだろう。バックにいる貴族が盗んだのかなあ……もしそうなら、もらえないだろうなあ……


 盗賊の持ち物は、全て討伐した者に所有権が移る。これは討伐した者の当然の権利だ。つまり、盗賊が持つこれらの魔法道具も、オダイカンサマに所有権が移っているはずなのだ。


 もっとも、ものがものなので、今回は接収される確率が高い。ならば、せめて作製者だけでも知りたいものだ。


 ティザーベル達の馬車の後ろからは、残りの盗賊達を乗せたケージと共に、盗賊達の馬もついてきている。馬には一頭一頭魔力の糸を絡めていて、それにより誘導しているのだ。


 ケージは、車輪がついただけの入れ物なので自走出来ないから、こちらもティザーベルが魔力の糸を使って引っ張っている。結構な重量になっているからか、使用魔力が重くのしかかっていた。おかげで、メドーに着いた途端へたり込んだ程だ。


「おい!?」


 倒れる寸前、ヤードが抱えてくれたおかげで助かった。


「大丈夫か?」


 焦った様子のヤードに、ティザーベルは作り笑いを浮かべる。


「へ、平気。ちょっと休めば……」

「いや、顔色悪いから。大分悪いから」


 レモの言葉にヤードも頷いている。結局、彼等に言われるまま、ティザーベルは取った宿の一室で寝かされる事になった。今回は二人と別の部屋らしい。


 正直助かった。やせ我慢をしていたが、あのまま起きているのは酷く辛かったのだ。故郷でも一度経験した事があるが、魔力が枯渇寸前だったのだろう。二度とするまいと誓っていたのに、気が緩んだのだろうか。


 ――……違う。

 故郷のラザトークスで枯渇寸前になった時、側にいたのはユッヒだった。でも、彼はヤード達のようにティザーベルを気遣うでなく、魔法士が魔力の残量を考えずに行動するなんてと責め立ててきたのだ。


 それ以来、魔力の残量には気を付けるようになったからいいものの、具合の悪い相手に言う言葉ではないと今なら思える。


「本当……あの時はどうかしていたとしか」


 別に孤独が怖いと思った事はなかったはずなのだけど、無意識のうちに独りになるのを避けようとしていたのだろうか。だからユッヒにすら依存したのかもしれない。それも二股かけられた怒りで吹っ飛んだのだけれど。


 一人部屋で横になっているうちに、段々魔力が回復してきたのか大分楽になってきた。今回の運搬方法は魔力消費が大きすぎるので、近いうちに別の方法を考えた方がいいかもしれない。


 こんな時に、魔法道具作製の技術があればいいのに。魔法道具に関しては、特許の考え方が帝国にない為、各工房から外に出さないものとなっている。


 下積みから十年以上修行をして、やっと親方から肝心な部分の技術を教えてもらえるのだそうだ。


 その点、拡張鞄の技術は帝国お抱えの魔法士が開発したらしく、魔法書にも作り方が詳しく書いてあったので助かった。


 基本は同じそうだが、やはり効率のいい触媒の組み合わせなどはわからない。いっそ国で研究して公表してほしいものだが、研究する機関が例の魔法士部隊ではあまり期待出来そうにないのが問題か。


「何にしても、またこんな事あったら困るから、どうにかしないとね……」


 これが人外相手なら、容量の小さい拡張鞄を自作してしのげるのに。やはり対人はティザーベルにとって鬼門のようだ。




 気付かぬうちに寝ていたらしく、扉を叩く音で目が覚めたティザーベルは、寝台から下りて部屋の扉を開けた。いたのはヤード一人である。


「具合はどうだ?」

「ん、もう平気。迷惑かけてごめん」

「いや。食えるようなら腹に入れておいた方がいい」


 気付けば、外は既に日が暮れている。倒れた関係で昼食を食べ損ねたからか、一挙に空腹感が押し寄せてきた。


「そういえば、お腹空いた」

「元気になった証拠だな」


 軽く笑いながらそう言うヤードについて、階段を下りていく。こういう気遣いは出来るのに、何故浴室から何も身に着けず出てくるような事をするのやら。しかも何が悪いのか、まだ理解していないときた。


 ティザーベルが思わず重い溜息を吐くと、前を行くヤードが不思議そうな顔で振り返る。


「どうかしたか?」

「何でもない」


 まさか「あんたのせいだ」とも言えず、ティザーベルは黙って食堂へ向かった。

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