五十五 圧勝

 のんびりと進む街道の先には、人影どころか馬車一台見えない。


「いい天気だけど、何だかなあ……」


 そう呟くのは、御者台に座ったティザーベルだ。彼女は先程からずっと魔力の糸を伸ばして、索敵に励んでいる。


 彼女の隣に腰を下ろして馬車を操っているのは、ヤードだ。レモは荷台に隠れて盗賊に備えている。


 盗賊の気配はしている。こんな真っ昼間に襲撃するのか、と思うが、よく考えれば誰もいない街道など悪事を目撃される心配がないのだから、夜陰に紛れる必要などないのだ。


 昼の日中から商人を襲っては殺害してきた三十八号盗賊団が、今日に限っては明るい日の光の下自分達が狩られる側に回る。彼等は夢にも思っていないだろう。


「それにしても、魔法道具の情報は間違っていなかったみたい」

「どういう事だ?」

「確かに、こっちの位置を正確に把握しているのよ」


 おそらく、詳細な地図情報と併せて道具を使い、こちらの居場所を探っているのだ。先程から探索には、こちらに向かってくる一団が引っかかっていた。


「前から騎馬、右に十五、左に十五、後ろから騎馬四十、計七十」

「大所帯だな」

「そうね……」


 いくら帝国が広く、街と街の間が空いているとはいえ、七十人からの人間が生活した跡を残さず移動出来るものだろうか。


 ――見つかっていないだけで、本当は拠点がある?


 その辺りは、実際に盗賊達を捕らえてみればわかる。今回の盗賊討伐に関して、ティザーベルは後方支援に徹する、という事で話がまとまっている。散々人外専門と言ったのが功を奏したのか、事前打ち合わせの段階でレモからそう言い渡された。


 今回ティザーベルがやるべき事は、馬車の保護、ヤードとレモに対魔対物完全遮断の結界を張る、盗賊達の足を奪うの三つだ。最後の足は、盗賊本人の足ではなく、馬や馬車などの乗り物の事である。


 具体的には、盗賊を馬から落とす役割を担う。落とすついでに意識を刈り取った方がいいか聞いたところ、今回は自分達でやるとレモに言われた。


 彼曰く「いつまでも嬢ちゃんにおんぶに抱っこじゃ格好つかねえからな」だそうだ。これにはヤードも賛成らしく、レモの隣で頷いていた。


 別に二人の腕がいい事は知っているので、そんな風には思わないのだけれど、これは男のプライドというものなのだろう。それに、ティザーベルは人外専門を看板に掲げているので、対人は二人に丸投げしてもいいらしい。


 それにしても、盗賊達の足に関して少し気になる事があった。探索の魔力の糸に引っかかる、四人で移動する乗り物。最初は馬車かと思ったのだが、それにしては馬の気配を感じない。魔力の糸は、生物も感じ取る事が出来るのだ。


 なのに、この乗り物には盗賊以外の生物の気配が一切感じられない。一瞬頭をよぎったのは、魔力を使った自動車もどきだ。正直、魔法道具を作る技術があれば、真っ先に試したい道具である。


 それを、盗賊達が持っているかもしれない。ただの盗賊なら「まさか」と思うが、彼等のバックには高確率で貴族がいる。彼等の財力と人脈を甘く見てはいけない、とティザーベルに教えたのは誰だったか。


 とにかく、余程没落でもしていない限り、貴族相手に喧嘩はするなと言っていた。彼等は庶民では考えもつかない程の金とコネを持っているのだ。それらを使って、見た事もない魔法道具を入手し盗賊達に与えていたとしたら。


「厄介この上なし」

「いきなり何だ?」

「何でもない」


 ヤードへの態度が悪いのは自覚している。このキケンブツは、宿屋での一件をまだ謝罪してこないのだ。


 いくらこれまではレモと二人での行動だったから問題なかったとはいえ、パーティーに異性が入ったのだからそれなりに気遣えと言っているだけなのに。思い返すと、また腹が立つ。


 そんなティザーベルの内心を知らずにか、ヤードがぼそりとこぼした。


「顔が怖いぞ」

「やかましい」


 誰のせいだと思っているんだ、このキケンブツ。そう叫びたかったが、既に盗賊達が迫っている。そろそろ視認出来る距離だ。


 ヤードの雰囲気も先程までのだらけたものからがらりと変わり、研ぎ澄まされた刃のようだった。荷台にいるレモも同様だろう。


 今回の討伐は楽でいい。ティザーベルはとっとと二人と馬車に結界を張ると、盗賊が近寄ってくるのを待ち構えた。近くに来れば、乗り物の謎も解けるだろう。さて、何が来るのやら。




 最初に接触したのは、後方からの一団だ。荒々しい蹄の音を立てながら、全員騎馬での登場である。


「嬢ちゃん、打ち合わせ通りに頼むぜ」

「了解」


 打ち合わせ時、レモからは馬をなるべく傷つけないようにしてほしいと言われていた。盗賊の持ち物は、全て討伐した人間に所有権が移る。馬も立派な財産で、売ればいい値段になるとの事だ。


 そうと聞いては、傷つける訳にもいくまい。ティザーベルは索敵の間、盗賊達と馬に対してそれぞれ別々に魔力の糸を絡ませておいた。


 そんな事とは知らない盗賊達は、獲物を求めてこちらに迫ってくる。程よい距離で、盗賊に絡ませた糸を引っ張り馬上から引きずり下ろした。馬の方は糸を操って街道の脇に誘導し、そこで待機させる。


 四十人からいた盗賊は、一人残らず馬上から消えた。今回は落とす以上の事をしないように言われているので、怪我などしないよう優しく下ろすアフターケア付きだ。


 これから切ったはったをやる相手に悠長な事をと思わないでもないが、実際戦闘する二人からのリクエストなので問題ない。


 馬上から引きずり落とされた盗賊達は困惑しながらも、こちらに向かってくる。その姿を見て、荷台の二人はやる気満々だ。


「こっからは俺等の出番だな」

「先に行く!」


 レモがのんびり荷台から出ようとしているのに対し、気が急いたのかヤードは獲物を構えて飛び出していた。


 その姿を眺めながら、レモはよっこらしょと声を出しながら下りる。


「やれやれ、焦らんでもいいだろうに」


 そんな彼の背後から、ティザーベルが新しい情報を伝えた。


「おじさん、前方からも追加が来るよ」

「おう。そっちも同様に落としてくれるか?」

「任せて」


 既に仕掛けはしてある。問題は、例の生物が関わらない乗り物だけだ。とはいえ、乗り物自体と中の人間にはしっかり魔力の糸を絡ませてあるが。


「さて、どんな形の何が出てくるのかな?」


 実は楽しみでもあった。魔法士という職業からか、ティザーベルは魔法道具が好きだ。


 さすがに高価だからか、故郷のラザトークスで見かけたのは古ぼけたものが多かったけれど、魔力充填の密かなバイトの為に呼ばれてそれらを見るのは楽しみでもあった。


 進行方向から来る敵に集中していると、背後から叫び声やうめき声が聞こえてくる。ちらりと見た一瞬だけで、人の体の一部が吹き飛んでいた。


 慌てて見なかった事にして、前に視線を戻す。魔物ならいくらでも切り刻むが、人が切り刻まれるところは見たくないのだ。


 頑なに背後を振り返らないティザーベルに、レモが叫ぶ。


「追加の方は!?」

「もうじき来る。……見えた!」


 ティザーベルが言うが早いか、街道の向こう側から左右に分かれた騎馬の群がやってくる姿があった。衛兵やメドーの領主の私兵などでない証拠に、全員ばらばらの装備で手に獲物を持っている。


 馬車の隣でその姿を確認したレモは、いそいそと馬車の前に出た。


「こっちは俺が相手だな」

「後ろは?」

「ヤード一人で十分だ」


 確か、怪我一つしていない盗賊が四十人いるはずなのだが。それを一人で対応するとは、彼等の実力はティザーベルが思っているよりも上かもしれない。


 どんどん近づいてくる前方からの追加組は、肉眼で見える程狼狽えていた。


「おー、慌ててる慌ててる」


 ティザーベルの言葉通り、盗賊達はこちらに近づいてきつつも、隣り合う仲間と大声で何やら怒鳴り合っているのだ。


 馬車一台、しかも護衛らしき姿もない商人相手に、総勢七十人で襲撃したというのに、先発組は既に壊滅状態である。追加組が驚くのも無理はない。


 そんな追加組の中に、ティザーベルのお目当ての連中がいた。


「見つけた……って、あれは……」


 前方左からくる追加組、その先頭を走るのはどう見ても装甲車だ。材質まではわからないが、角張った外観、タイヤの数や大きさなど、前世に画像で見たものと似ていた。


「作ったの、誰よ……」


 まず間違いなく、地球世界を知っている人間だ。自分とセロア以外、初めて会う同じ境遇の人かもしれない。もっとも、転生なのか転移なのかまではわからないし、相手がどこの国出身かもわからないけれど。


 装甲車もどきは、おあつらえ向きにオープンタイプだ。ティザーベルは装甲車もどきに絡ませた糸を操って宙に浮かせると、ひっくり返して中に乗っていた盗賊達を振り落とす。


 他の騎乗した盗賊達も同様に、馬には傷を付けないよう、盗賊だけを引きずり落とした。追加組は全部で三十人、先発組に比べると十人程少ないが、戦力としては十分だろう。


 追加組の相手はレモだ。彼は普段ののんびりした様子からは想像出来ない程の俊敏さで、落とされた盗賊に近づき次々と屠(ほふ)っていく。


 本来人殺しの現場など見たくないティザーベルだが、レモの動きはあまりにも綺麗で、つい見入ってしまった。その跡に転がる屍を見てやはり気分が悪くなるのだが。


 二人が盗賊に襲いかかってから、まだそれ程時間は経っていないが、全て終わったようだ。装甲車もどきに乗っていたのが盗賊の頭だったらしく、同乗していた幹部達と共に生かしておくらしい。


 あっという間に七十人いた盗賊が、頭を含めてたったの四人になったのだ。あまりの事に、頭も幹部も呆然としている。小さく「そんなばかな」とか「どうしてこんな」などと呟いているが、知った事ではない。


「さて、こいつらは馬車で運ぶとして、あっちはどうするかねえ?」


 レモがいう「あっち」とは、二人が始末した盗賊達のなれの果てだ。半分近くはまだ生きているが、あちこち欠損している者ばかりである。あまり見たくない光景だった。


 そこでヤードが嫌な提案をしてくる。


「これ、拡張鞄に入らないか?」

「やだ。汚れるし、何か嫌。大体、生き物は入れられないよ」


 率直な返答をしたティザーベルを、ヤードが見下ろす。


「じゃあ、こいつらはここに置いていくのか?」

「まさか。こいつら突き出さないと、報酬もらい損ねるじゃん」


 せっかく人外専門の自分も手伝って討伐したのだ。あくまで今回の依頼は三十八号盗賊団と呼ばれるこいつらの討伐なのだ。ちなみに、討伐の場合は生死は問われない。


 盗賊が死んだ場合は死体を、生きているなら身柄を渡すか、ギルドからの検分役に確認してもらわなければ、討伐完了とはみなされないのだ。


 今回の依頼は帝都のギルド本部で受けているので、検分役は同行していない。よって、ここにいる盗賊全てを突き出す必要があった。


 ティザーベルの言葉に、ヤードが眉間に皺を寄せる。


「じゃあどうするんだ? 全部馬車にくくりつけて街まで引きずるとでも?」

「やだなあ、そんな事しないよ」


 そう言うと、ティザーベルは地面に向かって手をかざした。これはラザトークス時代にもよく使っていた術式で、本来は防御用の術式だ。それの応用で、しかもちょっとした手を入れている。


 ティザーベルの手の先にあった地面から、土が盛り上がったと思ったらあっという間に丸い大きな鳥かごのようなものが表れた。街道脇の土を使って、簡易のケージを作ったのだ。ケージには車輪がついていて、このまま引っ張っていける。


「この中に詰め込めばいいよ。あとは馬車で引っ張っていけばいいんじゃない?」


 出来上がったケージを見て、ヤードだけでなくレモも口を開けて見上げていた。やがて、レモの口からぽつりと漏れる。


「……魔法士ってなあ、とんでもねえんだな」


 何がとんでもないのかとても知りたいところだが、彼等にはまだこれからやってもらう事がある。死体の詰め込みだ。


 問いただしたい思いをぐっとこらえて、ティザーベルはヤード達に微笑む。


「じゃ、詰め込み作業、頑張ってね」


 嫌そうな顔を向けてきたが、さすがに手伝えとは言ってこなかった。盗賊達の足止め、頭の捕縛、運搬手段の構築と、今回の討伐でティザーベルがこなした役割は結構大きい。


 ――あ、それに全員の安全確保か。


 馬上から落とした時点で、盗賊達の攻撃力はかなり落ちていただろうけど、多勢に無勢だ。結界がなければ怪我くらいはしていただろう。それがないのだから、肉体労働は免除されてもいいと思う。


 二人がケージに盗賊達の死体を放り込んでいる間、ティザーベルは捕縛した頭達に詰め寄る。


「ねえ、あなた達に聞きたい事があるんだけど」


 優しく微笑みながら聞いたはずなのに、何故か彼等はひどく怖いものでも見たような顔で怯えていた。

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