五十四 出直し
帝都へ戻る日の朝、朝食を宿でとってから引き払い、今日も街を回ってみる。そこかしこで聞こえてくるのは、盗賊の話題だ。馴染みの客や取引のあった商人が襲われているのだ、話題にも上るだろう。
それと、小粒の魔力結晶が品薄というパッツの言葉は本当のようだ。よく注意して聞いていると、その話題もいくつか耳に入ってくる。
中でも、香辛料農家が困っているという話が多かった。ハドザイドが言ったように、メドーそのものより周囲の村の方が深刻な状態らしい。香辛料農家があるのは、こうした村なのだ。
多分、一番困るのは日々の食事だろう。ラザトークス周辺でもそうだったが、村くらいの規模だと一箇所に共同の炊事場あって、そこで食事を作る。
そこに置いてあるのが、魔法道具のコンロなのだ。その燃料である小粒の魔力結晶が手に入らなくなれば、火を使う料理が一切出来なくなる。確かに、庶民の生活を直撃だ。
周囲から聞こえてくる話に耳を傾けながら、ティザーベルが呟いた。
「……そろそろ問題になり始めてるんだね」
「だからこそ、俺等にこの依頼が来たんだろうよ」
「うん」
ヤードの返答に、ティザーベルはそう返した。まだ大きな問題になっていない今だからこそ、意味がある。
黒幕捕縛の為の囮とはいえ、盗賊討伐も大事な事だ。何より、これ以上街道を使う商人が襲われ続けては、街道の信用そのものが落ちてしまう。それは中央政府にとっても痛手だった。
途中で休憩したり、商人らしく見せかける為に市場を見回したり、あれこれ動いていたらあっという間に夕方の鐘が鳴る。そろそろ、パッツの店に行ってもいい頃だ。
パッツの店は相変わらず繁盛しているようで、夕食時を前にしてもまだ店先に並ぶ人が絶えない。使えるコンロが増えたので、今まで昼営業のみにしていたのを、夜も営業するようすると言っていたが、それが既に客にも知れ渡っているのだろう。
忙しそうな店内に入るのも気が引ける。どうしたものかと思っていると、表に並んでいた客を案内する為にシーユが出てきた。
「あ!」
「えーと、お疲れ様?」
何と挨拶するべきか一瞬迷い、何だか前世の仕事場での挨拶のようになってしまう。
「いらっしゃい! あ、ごめんね、裏に回ってもらってもいいかな? こっちの路地に入ってすぐの扉だから」
「わかった」
それだけ言うと、シーユは再び接客に戻っていった。そんな彼女の背中を見送って、ティザーベル達は店の脇の路地に入る。建物に挟まれた薄暗い路地に入ってすぐ、裏口の扉はあった。
シーユが教えたのか、扉は内側から開いてパッツが顔を出す。
「やあ、待ってたよ」
満面の笑みだ。持っているコンロの全てを使えるのが、そんなに嬉しいのか。とはいえ、そのおかげでこちらも望みの品を手に入れられるのだ。頑張って魔力補充をした甲斐があるというものだった。
「用意は出来ているよ。こっちだ」
パッツの案内に従って厨房に入るのは、ティザーベルだけだ。今回は鍋の受け渡しだけなので、ヤード達は外で待っている。
あの日渡した鍋には、たっぷりのカレーが出来上がっていた。
「おお……」
「気持ち、多めにしておいたよ」
「ありがとう!! で、これいくら?」
「今回はただでいいよ。何せ、あんたがいてくれなければ、コンロが使えない状態だったんだから。あれ、三台とも魔力を入れてくれたんだろう?」
パッツの言葉に、こっそりやっていた事がバレた後ろめたさを感じる。でも、悪い事をした訳ではないので、よしとした。
それよりも、彼の申し出の方が問題だ。
「本当にいいの?」
「ああ。カレーって、あんたらが思う程原材料は高くないんだよ。特にここ、メドーではね」
カレーで一番高値がつくのはスパイスという事か。確かに、帝国内でもこれだけ多種多様な香辛料が集まる街など、メドー以外にないだろう。
「そういう事なら、ありがたくもらっていくわね」
「ああ。なくなったら、また鍋を持ってきな。たっぷり作るから。その時は金をもらうけどね」
「了解」
鍋を二つ一瞬で移動倉庫に移すと、背後でパッツが息を呑んだのがわかった。拡張鞄も見た事がないのかもしれない。あれは容量が少ないものでも、目玉が飛び出る程高価なのだ。
店内の接客が一段落したシーユも来て、パッツと一緒に裏口から見送ってくれた。今度カレーを頼みに来る時には、二人は夫婦になっているかもしれない。そうなったら、少し羨ましいと思いつつも精一杯祝福しよう。
無事カレーを受け取ったティザーベル達は、このまま船着き場に向かう予定だ。そこから夜の直通便で帝都へと戻る。
さすがは香辛料都市として有名なメドー、帝都と往復する便が直通で日に三度もあるのだ。ラザトークスでは直通と各停が日に一度だけである。
もっとも、あちらは辺境中の辺境だが、メドーは辺境ではなく地方都市だから、その違いもあるのだろう。
このまま帝都に戻り、馬車を整えて再びメドーを目指す。ハドザイドがうまくやってくれれば、今度こそ盗賊が引っかかってくれるだろう。一度目は失敗したが、二度目はない。
「ふっふっふ、待ってなさいよ、盗賊共。一網打尽にしてやんよ!」
拳を握ってそう宣言するティザーベルを、背後からヤードとレモが生温い視線で見つめていた。
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