五十二 筋書き

「よし、これで終わり!」


 ティザーベルは三つ目の魔法道具に魔力を充填し終わって、その場で立ち上がった。結構魔力を持っていかれた観じがするが、面白いものも見られたし、何より盗賊の裏事情らしきものが見えてきたので良しとする。


「本当に、全部使えるようになったのか?」

「試してみてよ」


 半信半疑のパッツに、ティザーベルは試運転を薦める。今なら不具合があってもいくらかは対処出来る。まかり間違ってコンロが爆発しても、店にいる人間くらいは守れる自信があった。


 ――バッテリーが外部からの魔力補充に対応していて、本当に良かったわー。


 ポケットを介した結晶からの補充以外、受け付けない仕様になっている場合もあったのだ。そうならティザーベルにはお手上げだったので、これを作った職人には感謝してもし足りない。これで念願の、自分専用カレーを作ってもらえるのだ。


 パッツはおそるおそるといった様子で、今まで止めていたコンロに火を入れた。


「! 使える!!」

「本当に!?」

「ああ、これなら、前と同じだけ作れるぞ!」

「良かった!!」

「店の経営も何とかなる。随分待たせたけど……」

「パッツ……」


 きちんと火がつく事を確認したパッツは、嬉しさからか大声で女性従業員と喜び合っている。ちなみに、彼女はシーユという名で、パッツの幼馴染みなのだそうだ。ティザーベルがこっそり「また幼馴染みかよ……」と毒づいた事に、二人は気付いていない。


「これなら、私のお願いも聞いてもらえるよね?」


 まだ盛り上がっている二人に、ティザーベルは顔だけ笑顔で確認する。この場に二人だけでない事にようやく気付いたらしく、二人は瞬時に顔を真っ赤に染めた。


 照れ隠しなのか、シーユと抱き合わんばかりの至近距離にいたのを、ティザーベルに向き直ったパッツはまだ赤い顔で答える。


「も、もちろんだ。ただ、今日はもう仕入れが間に合わないので、出来るのは明後日以降になるんだが」

「構わないよ。鍋はこっちで用意した方がいい?」

「本気で鍋ごと持っていく気かい? かなりの重量になるんだぞ?」

「大丈夫よ。さっきも見てたでしょ? 私、魔法士だから」


 ティザーベルの言葉に、パッツはなるほどと納得したらしい。魔法士ならば、拡張鞄を作るのくらい訳ないとでも思ったのだろう。


 本当は、魔法道具作りには特別な知識が必要だから、どの魔法士でも簡単に作れるものではないのだけれど。ティザーベルは既に移動倉庫を持っているので問題ない。


 ティザーベルの返答を聞いたパッツは、すぐに手近にある紙に何かを書き付けた。


「なら、うちが扱ってる鍋と同じものを買ってきてくれ。この店に行って、俺の名前を出せばどの鍋か教えてくれるから」

「ありがとう。じゃあ、早速行ってみるわ」

「買ったらうちに持ってきてくれ。仕入れも多めにしておくよ」

「お願いね」


 パッツからメモを受け取ったティザーベルは、ヤード達と一緒に店を出た。鍋を扱っている店はパッツの店からすぐの場所にあり、そこで彼の店で使っているのと同サイズ、同タイプの鍋を二つ購入して再びパッツの店に戻る。


 鍋を二つ購入してきた事に彼は笑ったが、二つ分仕込んでおくと約束してくれた。 宿に戻ると、もうじき夕方の鐘の時間帯だ。


「ちょいと、情報を整理しておこうじゃねえか」


 レモの一言で、部屋へ戻ったティザーベルは部屋全体に外に音が漏れないように結界を張った。これで話が外部に漏れる心配はない。


「まず、盗賊が俺等を狙わなかった理由は、魔力結晶とやらを扱っていないからと見ていいな?」

「多分ね」


 盗賊がティザーベル達を襲わなかったのは、おそらくメドーに魔力結晶を持ち込む商人ではないからだ。


 運ぶ荷の内容は、商人組合でわかる。どこからどこへ何を運んで売るか、組合に参加している商人は全て届け出る義務があるという。つまり、盗賊はこの情報を入手する事が出来るという訳だ。十中八九、背後にいる貴族経由だろう。


「それにしても、これまで襲われた商人に共通する事を調べなかったのかしら?」

「調べても、小粒の魔法結晶を狙ったとは思わなかったんじゃねえか」

「なるほど……」


 小粒の魔法結晶程度なら、もしかしたら届けに記載していない事もあるか。あれは一センチ四方の八面体だから、個数によっては服のポケットにも忍ばせる事が出来る。


「でも、小粒程度の結晶が品薄になったって、そう簡単に庶民の生活に影響が出るとは思えないのよねえ。それに、盗賊が襲った商人の持ち込む量なんて、たかが知れてるじゃない? 盗賊のせいだけで、小粒の結晶だけ品薄になるのかなあ?」


 確かに一般の家庭で一番使用頻度が高いのは小粒の結晶だろう。明かりや水道、トイレなどにも使っている。炊事や洗濯は、メドーくらいの街なら専門の店に頼んだ方が安上がりになる為各家庭で行う事はない。


「その辺りは、他の商人に別の圧力をかける誰かさんがいるのかもしれないぜ?」

「でも、そんな事したらすぐに知られるんじゃないの? 相手ってそこまで馬鹿なのかな」

「うーん」


 ティザーベルとレモばかりが発言し、ヤードは寝台に腰を下ろしてぼんやりこちらを見ている。


「ヤードは何かないの?」

「よくわからん」

「あそ……」


 気の抜ける返答に、ティザーベルは何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。例え盗賊にどんな黒幕がいようとも、その黒幕がメドーに対して何か仕掛けていたとしても、一冒険者である自分達が首を突っ込む問題ではない。その辺りは、ハドザイドやヤサグラン侯の仕事だ。


「とにかく、試してみるのはいいんじゃない? 帝都から小粒の魔力結晶を、多めに仕入れてくる商人を装ってみるってのはどう?」

「そりゃ構わんが、また往復するって事か?」

「帝都には水路でこっそり戻ればいいじゃない。今夜、依頼人からの連絡が来るのよね? その時に提案してみようよ」


 二人からの反対はなく、ティザーベルの案が採用された。




 依頼主の連絡役が宿に来たのは、夜九時の鐘が鳴り終わる頃だった。


「遅くなった」


 ティザーベル達の部屋に入って外套を脱いだのは、なんとハドザイド本人である。


「え……代理の人が来るんじゃ……?」


 思わずレモに聞いてみるが、彼もハドザイドが来るとは思っていなかったらしく、無言で首を横に振っている。ヤードは特に驚いた様子ではないが、多分彼の場合は何も考えていないだけだ。少しの付き合いで何となくわかってきた。


 ティザーベルの呟きが聞こえたのか、ハドザイドは眉間に皺を寄せる。


「人任せなどにする訳なかろう。この仕事は重要なものなのだ」

「それにしたって、依頼主本人が来るとは思いませんぜ。侯爵様のお供で忙しいんじゃあねえんですかい?」


 レモの言葉に、ハドザイドは軽く頷いた。


「無論だ。だからこそ、この時間になってしまった。それで、盗賊に関して何か掴めたか?」


 真面目なハドザイドに嫌味は通じなかったらしい。レモが軽い溜息を吐いてから、今日わかった事を報告する。


「まだ確定じゃあねえんですが、例の三十八号盗賊団……ですかい? 連中は帝都から小粒の魔力結晶を運ぶ商人を選んで襲ってる可能性がありやすぜ」

「小粒の魔力結晶……」

「そのおかげで、メドーじゃあ、小粒のみ品薄状態なんだとか」

「何?」


 レモの情報に、ハドザイドが顔色を変えた。小粒の魔法結晶に、何かあるのだろうか。


「どうかしたんで?」

「……街中で足りなくなっているという事は、周囲の村ではさらに足りない状況になっているはずだ」

「周囲の村ってえと、香辛料を作る農家の?」


 レモの確認に、ハドザイドが頷く。ここでようやく、ティザーベルにも話が見えてきた。


「ハドザイド様、三十八号盗賊団って、後ろに貴族がいますよね? もしかして、このメドーを狙ってる?」


 ティザーベルの質問に、ハドザイドは答えない。だが、彼の表情が全てを語っていた。


 三十八号盗賊団のバックは近隣領主の貴族だ。彼は現メドー領主を陥れて、自分がその後釜に座ろうとしているのだろう。


 メドーは帝国内でも香辛料都市として名高く、それを支えているのはメドーの街よりも周辺に固まっている香辛料農家である。


 領主にとって領民は、皇帝陛下から預かった大事な存在だ。その領民達が困窮する状況を領主が作ったとなれば、皇帝陛下から領地を取り上げられかねない。意外と、貴族もうかうかしていられないのだ。


 ハドザイドからの返答がない事に、ティザーベルは特に何も言わなかった。


「とりあえず、もう一度私達が囮になるので、情報を流してほしいんです。帝都から小粒の魔力結晶を多めに運ぶ商人がいるって」


 ヤサグラン侯が動いている事に向こうが気付いていないのなら、まだこの手は有効だ。一度帝都に戻ってもう一度街道を通ってメドーまで来る必要があるが、闇雲に盗賊を探すよりは楽だった。


 ティザーベルの申し出に、ハドザイドは深いため息を吐いてから了承する。


「わかった。明日の朝一番の直通便を用意するから、それで帝都戻れ。馬車と馬は置いていっていい。こちらで手配しておく。帝都では、新しい馬車と馬も用意しておこう」

「あ、野暮用で明明後日までこの街にいたいので、それ以降でお願いします!」


 ハドザイドの申し出に、ティザーベルは手を上げて発言した。明日の朝一番など冗談ではない。既に鍋二杯分のカレーを注文しているのだから、それを受け取ってからでなくては。


 さっさと帝都にもどってすぐにとんぼ返りし、そのついでに盗賊を一網打尽にすればあるいは間に合うかもしれないが、時間がタイト過ぎる。ここはやはり、受け取ってから帝都に戻った方がいい。


 ティザーベルの言葉に、ハドザイドは再び眉間に皺を寄せた。


「一体何の用事だ。仕事だとわかって言っているのだろうな?」


 じろりと睨まれたが、その程度でカレーを逃す気にはなれない。


「今回の盗賊達の狙いを突き止めるのに手を貸してくれた人がいるんです。その人の為に……」


 嘘は言っていないが、真実も言っていない。ヤード達はティザーベルの目的を知っているので微妙な顔だが、ハドザイドの方はうまく騙されてくれたらしい。盗賊の情報提供者とでも勘違いしてくれればめっけものだ。


 もっとも、情報提供という意味ではあながち間違ってはいないのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る