五十一 魔法道具
渋る従業員の少女を丸め込み、話を聞ける事になった。店が開いてる間は無理という事なので、閉店した後にもう一度足を運ぶ事になっている。昼過ぎの鐘、三時を回ってから来てくれと言われた。
例のカレー店、店名は「パッツの店」というらしい。店名も確かめずに入ったのは、それだけ余裕がなかった証拠か。
ちなみに、一度宿に戻ったところ伝言が残されていた。今夜、宿に行くと記されている。どうやら、ハドザイドの使いの者がこちらに来るらしい。メドーは深夜を回っても宿屋酒を出す店が開いているので、夜に出歩いても目立たないようだ。
宿で一休みし、三時の鐘を聞いてから店に向かう。到着すると、ちょうど看板をしまう従業員の少女の姿があった。
「こんにちは」
「あ、いらっしゃい」
微笑むティザーベルとは対照的に、従業員の少女の笑顔は少しぎこちない。昼時の事があるからか。
そんな彼女に促されるまま、店内に入る。既に店じまいは終わっていて、椅子もテーブルの上に上げられていた。
「パッツ! 来たよ!」
従業員の少女が店の奥に声を掛けると、背の高いひょろりとした若い男性が出てきた。店の名前にあるように、このパッツという男性が店主なのだろう。 店の一角のテーブルを使って、話を聞く事になった。
「で、単刀直入に聞くけど、どうして盗賊のせいでカレーが作れなくなったの?」
ティザーベルの言葉に、パッツと従業員は顔を見合わせた。困っている、というより言ってもいいのか、と迷っている様子だ。
ここで助け船を出したのは、レモだった。
「俺たちは冒険者だ。盗賊相手の捕縛にも手を貸す事がある。面倒でなきゃあ、訳くらい聞かしちゃあくれねえか?」
結局、この一言がだめ押しとなって、パッツが口を開く。
「実は……盗賊が商人を襲うようになって、うちで使っている魔力結晶が入って来なくなっちまったんです」
「魔力結晶?」
ティザーベルの確認に、パッツは頷いた。魔力結晶というのは、文字通り魔力を封じた結晶の事で、魔法道具に取り付けて魔力源とする事が出来る。
結晶は帝都の中央政府が全て製作、管理していて規格が決められている為、勝手に作る事も流通させる事も禁じられていた。
結晶そのものは、水晶に似た結晶体に特殊な方法で魔法回路を記述、それにより魔力を保持させる事が出来るようになっている。いわば、魔力結晶そのものが魔法道具なのだ。ちなみに、保持している魔力がなくなったら、回収してまた魔力を補充して流通経路に乗せるという。丸きり充電池的な扱いである。
彼の話では、この店では火力に魔法道具を使っている。主に料理に使っていて、魔法結晶が入って来ないと店としては死活問題なのだそうだ。
「本当ならもう二つは火を使えるのに、手持ちの魔力結晶が少なくなってるから、今は三つあるうちの一つしか火を入れていないんだ……」
それもこれも、盗賊が魔力結晶を運ぶ商人を襲うからだという。悔しそうにしているパッツを見て、ティザーベルは何かが引っかかった。
そんな彼女を置いて、レモが何でもない事のように口にする。
「魔力結晶なら、この街の大店に行きゃあ扱ってるだろうに」
「そういう大きいところで扱ってる結晶は、うちの道具には大きすぎるんだ……何しろ、うちのはじいちゃんの代から使ってる古い代物なんでね」
普通、魔法道具は新しいものであればあるほど、使用結晶は小さく数が少なくなる。言ってみれば省エネタイプというやつだ。そう考えると、今のパッツの言葉は少しおかしい。彼が言う程古い道具なら、使用する結晶は中級クラスのものだ。
興味を引かれたティザーベルは、パッツに向かった。
「その魔法道具とやら、見せてくれない?」
通された店の奥は、厨房だ。店同様かなり狭い。五人全員入ったら身動き取れない程だ。だからか、従業員の少女とヤードは店側で待つと言っていた。
「これが、うちの魔法道具だ」
「でか!」
三つというから、てっきりコンロ部分が三つあるのかと思ったら、いわゆるレンジ台が三つ並んでいる。一台にコンロは四つ。合計十二口のコンロがある訳だ。
「これ、三つ全部使えれば……」
「今よりもっと多く料理が作れる。もちろん、あんたの分の鍋くらい訳ないよ」
「よし!」
思わずガッツポーズを取ったティザーベルを、レモが残念な子を見るような目で見てくるが気にしない。今はカレーが一番大事だ。
ティザーベルは許可を取ってからコンロをくまなく調べた。魔法道具に詳しい訳ではないが、確かにこれはかなり古いタイプのものらしい。あちこちにがたがきていた。その中で彼女が探しているのは、魔法回路が刻まれた箇所である。魔法回路は、いわば魔法道具の心臓部分だった。
触媒を用いた溶液を使い魔法回路で術式を刻む事によって、魔法士なしで術式を発動出来るように作られているのが魔法道具だ。この場合、術式発動に関わる魔力は全て外部から取り込む。
難点は刻み込んだ術式しか発動させられない事と、魔力結晶の消費があるという点である。もっとも、魔力結晶は帝国の方針として安く市場に出回るよう調整されているので問題にはならないが。
とはいえ、現在この店においては問題になっている。それもこれも、この魔法道具にあう小粒の魔法結晶が入ってこないからだ。
再び、何かが引っかかった。魔法道具を調べながらその「何か」に集中する。一体、何に引っかかったのか。
その時、背後からパッツの声が聞こえた。
「本当に、こんな事になるなんて思わなかった……他にも小粒の結晶が品薄になって困ってる連中はいる――」
「待って!!」
今、何かをつかみかけた気がする。ティザーベルはパッツの言葉を遮って目を閉じた。小粒の結晶が品薄、盗賊が商人を襲ったから、盗賊は街道を使うような規模の小さい商人を襲う……
「どうして盗賊が商人を襲うと、この街全体で魔力結晶が不足するの……?」
「嬢ちゃん、何言って――」
途中まで言いかけたレモが、はっとした顔でこちらを見る。彼も気付いたのだ。
「盗賊が街道を行く商人を襲ったくらいで、どうして街全体から一定の大きさの結晶がなくなるんだ? 足りないとわかった時点で、水路を使う大商人に依頼すればいい」
「誰かが裏で糸を引いているから。盗賊は表の敵で、裏には違う誰かがいる。その誰かは、この街で小粒の魔力結晶が品薄になる事を望んでいる。……小粒も、かな?」
ティザーベルが引っかかっていたのは、まさにこれだ。帝国の中央政府がしっかり管理している魔力結晶が足りなくなっている現状は、かなりおかしい。
ティザーベルは、レモと顔を見合わせた。
「……領主が気付いていないとか?」
「どうだかな……」
結晶不足にメドーを収める領主が気付いていれば、レモが言ったように水路を使う商人に依頼して小粒の魔力結晶も仕入れるよう動くはずだ。それがなく、街で普通に使われる結晶が不足しているという事は、まだ気付いていないか、領主がぼんくらかのどちらかである。
「パッツ、変な事聞くけど、この街の領主様の評判ってどう?」
「ご領主様? いい人だよ。今のご領主様のひい爺さんだかの代に、メドーの周辺で香辛料を作る農家を増やして、今の香辛料都市と呼ばれるメドーに造り替えたって聞いてる。今のご領主様も、街のためによくしてくださってるって言うぜ」
パッツから聞く限り、ぼんくらという線は消えた。だとするなら、まだ気付いていないという事か。多分、小粒の結晶が足りないとはいえ、すぐに市民生活に影響が出る程じゃないのだ。
メドーへ来る商人の中で街道を使う者がどれだけいるか知らないが、盗賊はその全てを襲っている訳ではない。それでも彼等が襲った分、小粒の結晶のみ品薄になっていくのだ。
今はまだ店舗での品薄だが、これがこのまま続けば、やがて各家庭でも魔力結晶が手に入らないという事になる。
これは、本当に偶然の産物だろうか。
「おじさん」
「言うな。俺も嫌な予感がするぜ」
今回の盗賊の話を聞いた時から感じていた嫌な感じが、ここで確定に変わった。市民生活を脅かす必要があるのは、単純に市民を苦しめたい歪んだ人間か、もしくはその苦しみを利用したい人間のどちらかだ。
彼等の後ろには、十中八九権力者がいる。大商人なのか、貴族なのか。おそらく後者だろう。だからヤサグラン侯がわざわざ冒険者に依頼を出したのだ。
「本部長も一枚噛んでる……よね?」
「多分な」
あの人の良さそうな好々爺然とした裏で、今回の件の真実を全て知っていたのかと思うと腹が立つ。さすがは元一流冒険者というべきか。
おそらく、問題の貴族の方はヤサグラン侯なりなんなりが動いている。盗賊討伐をこちらに振ったのは、本丸の意識をこちらに向けさせる陽動か、それとも単純に兵力を割けない理由があるのか。
いずれにしても、今自分達が考える事ではない。そして、こちらがそう考える事も、多分計算に入っている。
「何か相手の手のひらの上で転がされてる気分」
「まあそう言いなさんな。この依頼は最初から断れるもんじゃねえくらい、嬢ちゃんでもわかるだろうが」
「まあねえ……」
思いがけず本人と知り合ってしまったが、本来なら侯爵などという身分の大貴族からの指名依頼など、天地がひっくり返っても断れない。あちらとこちらでは、それこそ天と地程も身分が違うのだ。
「身分社会が憎い」
「何妙な事言ってんだ?」
怪訝な表情のレモを放って、ティザーベルは再び目の前の魔法道具を調べ始める。見れば見る程古い代物だ。パッツも祖父の代から使っていると言っていたから、相当だろう。
そして、やっと目当ての箇所を見つけ、あまりの事に大声を上げた。
「な! 何これ!?」
「どうした!?」
見つけた箇所は、コンロの下、物入れになっている一角にある魔力補充用の場所だ。だが、そこにあったのはこれまで見たどの魔法道具とも違っている。
こんな道具、見た事がない。呆然と道具の魔力供給部分を見つめていると、背後から声がかかった。
「何があった?」
ヤードである。どうやら、先程の悲鳴のような声を聞いて厨房に来たらしい。だが、今のティザーベルに彼に構っている余裕はなかった。立ち上がるとパッツにまくし立てる。
「これ、あなたのお祖父さんの代から使ってるって言ってたよね? お祖父さんが手に入れたの? どこで? 作った人は誰?」
「おい」
「落ち着け、嬢ちゃん」
「落ち着いてる場合じゃないわよ!」
宥めにかかるヤード達に、ティザーベルは再び叫んだ。これまで魔法道具では見た事のないものだが、前世でなら近いものがいくらでもあった。
魔力を電気、結晶を電力コードと考えれば、目の前にあるのは充電式電気コンロ……いや、電磁調理器か。
魔法道具の回路を見た数は少ないけれど、バッテリー内蔵の魔法道具など見た事もなければ聞いた事もない。
「魔力結晶を電池扱いするんじゃなく、単純に魔力供給源とみなせば、道具側にバッテリーを内蔵しないと……だったらこれに直接――」
ティザーベルは、ものは試しとポケットに直接魔力を注いでみた。すると、きちんと回路を通じて内部バッテリーにあたる魔力結晶に充填されていく。
「途中のどこかに、魔力を均一化する術式も記述されてるんだ……これ作ったの、本当に誰よ?」
ここまで細かい仕掛けの魔法道具など、おそらく貴族の家にでも行かなければ見られないだろう。それが何故、地方都市の小さい店に伝わっているのか。
「あんたのお祖父さんって、一体何者?」
思わず振り返ってパッツに問うと、彼は目を白黒させるだけで答えてはくれなかった。
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