四十八 香辛料都市

 結局、オダイカンサマ一行は無事メドーに到着してしまった。普通なら喜ぶべき事だが、今回は違う。盗賊が襲撃してこなければ、こちらから探しに行かなくてはならない。


「もー、盗賊どこ行った?」

「さあな」


 街の入り口で行列をなす人々に並び、入門審査を待っている間にこぼしたティザーベルのぼやきに、ヤードが律儀に答えた。彼が言うとおり、三十八号盗賊団がどの街道に出たかは、まだわからない。情報がリアルタイムで拡散される世界ではないのだ。しかも、盗賊が出る街道には監視カメラがある訳でもないので、襲撃されていたとしてもそれがわかるのは大分先になる。


 ――今度セロアに、街道における機械監視の必要性でも提案してもらおう。


 一冒険者が言うべき事ではないので、ギルド職員であり情報共有構想で出世するはずのセロアを頼るのだ。防犯カメラくらいつけておけば、犯罪抑止になるし証拠にもなる。盗賊を捕まえるのに苦労する一つに、盗賊達の顔がわからないという事もあるそうだから。


 そんな事を考えていたら、あっという間にティザーベル達の番になった。門番にハドザイドから渡された商人組合の許可証を見せると、すんなりと街に晴れる。あの待ち時間は何だったのか。


 だが、そんな思いもいっぺんに吹き飛ぶ。


「うわあ……」


 馬車の御者台に座ったままのティザーベルは、香ってきた香辛料の香りに目を見開く。門から伸びる大通りにまで漂ってくるとは、さすが香辛料都市だ。


 改めて周囲を見回すと、帝都以上の人通りだった。街の人口は普通の地方都市並と聞いているので、その何倍もの人間が街に来ているのだろう。


「こんだけ人が多かったら、そりゃ門も行列になるよね」


 いいながら振り返ると、門の向こうに長い列が見える。彼女達の後ろにも、多くの人達が並んでいたらしい。




 一度宿屋に馬車を預けて、街を見て回ろうという事になった。正直、ここに来るまでに盗賊が釣れなかったのは痛い。帰りの道中で釣れる可能性もあるが、それも外した場合一番面倒な手を使わなくてはならなくなる。そうなる前に、少しでも楽しもうという腹だ。


 それはいいのだが。


「なんで宿屋が一室だけなのかな?」


 なんと、オダイカンサマ用に押さえてもらった宿屋が、一室だけしかなかったのだ。四人部屋なので三人でも問題はないが、男女混合のパーティーである事を考えればおかしいだろう。


 それ以外は、値段から見れば破格と言っていい設えだ。室内に専用の風呂場とトイレ、洗面台がある。全て一緒の三点ユニットバスだが、かなり広いので窮屈さは感じない。


 不機嫌なティザーベルに、レモはしれっと答えた。


「しょうがないだろう? どこも一杯だってえんだから」


 彼の言葉は正論だが、だからといってこれはいいのか。声を大にして言いたいが、言ったところで意味がないのもわかっている。


 ティザーベルは盛大な溜息を吐いて現実を受け入れた。


「しょうがない。じゃあ、少し手を入れますか」


 そう言うと、彼女は自前の拡張鞄……に見せかけた移動倉庫から、二つ折りの衝立を四つ取り出す。衝立は二枚を蝶番で繋いだ簡単なもので、直角に開いて寝台の角に置いている。一台の寝台の周囲に置く事で、ちょっとした個室の出来上がりだ。


「へえ、便利なもんだなあ」

「覗かないでよ?」

「するか!」


 レモと軽口のやり取りをしながら、衝立に結界の術式を施していく。これで中にはティザーベル以外入る事は出来ない。


 その様子を見ていたレモから声がかかった。


「ところで嬢ちゃんよ」

「何?」

「今のは何かの魔法だよな?」

「うん、衝立を使った結界。あ、対侵入者用だから、二人を信じていない訳じゃないよ?」

「それなら部屋丸ごと掛けりゃいいんじゃねえのか?」

「あ」


 言われてみればそうだ。ラザトークスにいる頃は、宿屋など使う事がなかったし、街の外で野営する事もなかった。


「ごめん、つい癖で」

「癖ねえ……」


 レモは何か言いたそうにヤードと視線を合わせている。何か問題でもあっただろうか。


「せっかくパーティー組んだんだ。ちょいと聞いておこうか」

「何を?」


 話が長くなるのか、二人がそれぞれの寝台に腰を下ろしたので、ティザーベルも空いてる寝台に腰を下ろした。


「嬢ちゃん、これまでは一人で活動していたんだよな?」

「一応、二人。ラザトークスでは、同じ孤児院出身の幼馴染みと活動していたのよ」

「んじゃあ、その幼馴染みとやらに、何かされたのか?」


 ここまで来て、やっとレモの質問の意味がわかった。自分の身を守る為の結界を張り慣れている、それが癖になっているという事は、そうなるきっかけがあったのではないかと思ったのだ。


「ユッヒ……ああ、その幼馴染みね。彼は何もしていないよ。癖がついたのは、孤児院にいる時だから」

「孤児院に? それは、大人が相手か?」


 ヤードが眉間に皺を寄せる。確かに、こちらの世界でも子供相手にあれこれやる変態がいる事は聞いたことがあるけれど、孤児院にいた大人は院長と世話役のおばちゃんの二人くらいだ。どちらも女性でまっとうな感性の持ち主だったので、子供相手にどうこうしようとした事はない。


 ティザーベルは、苦笑しつつ答えた。


「違う。最初は十歳の頃。それくらいって、二、三歳でも体格や腕力の差って大きいでしょ?」


 しかも、男子の十二、三歳となれば、体も出来上がってくる。しかも周囲には同じような年代の異性がいるのだ。当然、彼等の性的興味は同じ院にいる女子達に向けられた。


「同い年の子で襲われた子がいてね。その子は怖くて院長先生には言えなかったけど、女子の間では話が回っていたの。そのくらいの年齢になると、残っている人数も少ないしね。実際、男の子で年上は四人しかいなかった」


 ちなみに、女子は年上は一人も残っておらず、同い年もティザーベルの他に二人しかいなかった。


「私は魔法の勉強をしているのが知られていたから、連中も手は出さなかったみたい。……日中はね」


 襲われた子の話を聞いてから、ティザーベルは同年代の子と自分の寝台の周辺に衝立を使った結界を張るようにしていた。衝立そのものは、孤児院への寄付にあったものだ。


「他はどうか知らないけど、うちの院は八歳までの子達と、それ以上の子達は違う部屋なんだけど、どちらも大部屋なの。年齢が上がると色々とあるから、上の年齢の部屋に移ると寝台の周囲を衝立で囲っていい事になっていたのよ」


 だから、衝立を使った結界を使うようになったのだ。そして、ある夜に年長の部屋に例の男子達が忍び込んできた。彼等はティザーベルの張った結界に阻まれて目的を果たせず、しかも攻撃型の術式も含んであった為、四人が四人とも悲鳴を上げてその場で昏倒していたのだ。


 騒ぎを聞きつけて院長先生と世話役のおばちゃんが部屋に飛んできて、全てバレた。もちろん男子達はこっぴどく叱られたけれど、何故かティザーベルも怒られたのは未だに腑に落ちない。


「それで、自分の部屋もしくは寝台の周囲に結界を張る癖がついた訳」


 前世の記憶があるティザーベルだからこそ、この程度で済んだのだ。いくら魔法を習っているとはいえ、本による独学、しかもまだ数年程度だった。普通なら、あの時点で結界は張れない。しかも、結界に攻撃用の術式を施すなど、まず無理だっただろう。


 正直、あの時使った攻撃術式はかなり強力なものだ。死にはしなかったけど、下手をすれば後遺症が残っただろう。


 話を聞いた二人は何とも言えない表情をしている。少しして、ヤードが口を開いた。


「で? その悪ガキ共はどうなったんだ?」

「……わかんない」


 これは本当の事だ。事件があった翌日には、既に男子達は孤児院から姿を消していた。おそらく、余所の街の施設に移されたか、成人を待たずにギルドに強制加入させられたかだと思う。冒険者組合――ギルドは、そうした人間達の受け皿でもある。


 それを口にすると、ヤードとレモはまた顔を見合わせた。


「その辺りが無難な結果か」

「まあ、そんなぼんくらが生き残れるかどうかは、知らんがな」


 ヤード達の辛辣な意見には、愛想笑いで誤魔化しておいた。あの男子達がその後どうなろうと、ティザーベルには関係がない。


 結局、衝立の結界は解除して改めて部屋全体に結界を貼り直した。この後、街を見て回る予定なのだ。


「ちょっと楽しみ」


 多くの香辛料を扱う市場があるそうで、ティザーベルの目当てはそれだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る