過去 香辛料都市編
四十七 寂れた街道
帝都からメドーまでは、水路で約半日、陸路だと徒歩で十日、馬車で約三日の距離だ。水路に比べて陸路がやたらと時間がかかるのは、街道が遠回りに通っているからだった。
今回オダイカンサマが討伐を請け負った盗賊は、この陸路に出るという。
「実入りを考えたら、水路を狙った方が大きいでしょうに」
「だから陸路を選んでるのかも知れん」
ティザーベルの意見に返してきたのは、同じ御者台に座るヤードだ。彼はトレードマークの大剣を外し、今は丸腰である。ちなみに、レモは荷台で昼寝中だった。
ティザーベルは隣のヤードに向き直って聞く。
「それ、どういう意味?」
「水路は実入りがいいかもしれんが、その分警備が厳重で見つかりやすい。陸路は実入りはそこそこだが警備は手薄だ。実際、連中はまだ捕まっていない」
ハイリスクを嫌ってローリターンでも陸路を選んだ結果という事か。彼等の慎重さは、ハドザイドからもらった資料にも現れている。
何某かの、相手の動きを知る事が出来る魔法道具の使用、襲った相手を一人残らず殺している事、そして同じ街道で襲撃を重ねない事。
メドーは香辛料都市として有名だからか、水路だけでも三つ、街道なら大きなもので四つ、小さいものも五つは通るという。九つある街道で襲撃を重ねているが、同じ街道を連続して襲う事はないそうだ。
現在、ティザーベル達が帝都からの移動に使っているこのヘベード街道は、小さいもので人通りも少ない。沿道にも大した街はなく、寂れた宿場街をかねた村がある程度だ。メドーからの重要な荷は全て水路で運ばれる為、街道の整備がおざなりになるのは仕方ないのかもしれない。御者台から見える景色も、代わり映えのしないものだった。
「それにしても、凄いわよねえ。こんなものまでぱっと用意しちゃうなんて。さすがお貴族様」
そう言ってティザーベルが手にしたのは、今回の為にハドザイドが用意した商人組合の許可証だ。これによると、ティザーベル達の店「オダイカンサマ」は帝都の外れに店舗を構えているらしい。
商人に化けてメドー入りする為に、ハドザイドがよこしたのだ。記載内容は嘘だらけだが、許可証としては本物だという。
「嘘だらけなのに本物とはこれ如何に」
「それが貴族というものだ。味方のうちはいいが、敵に回すと厄介になる」
商人組合からこんな許可証まで簡単にもぎ取ってくる相手を、「敵に回すと厄介」程度の扱いとは。まじまじとヤードの横顔を眺めていると、眉間に皺を寄せた彼に問われた。
「……何だ?」
「いや、凄い自信だなと思って」
「何が?」
「自覚なしかい。もういいわ」
権力者を敵に回しても生き残れるとは。そしてそれを無自覚に口にしているのも、自信の現れかもしれない。
――もしかして、とんでもない相手と組んじゃったかも?
そうは思うも、実力さえあればやっていけるのも冒険者のいいところだ。ティザーベルは真っ直ぐに伸びる街道を眺めながら、今回の依頼がうまくいくよう祈った。
メドー周辺に出没する盗賊団を、三十八号盗賊団と呼んでいる。これは中央政府における正式名称で、首謀者の名を取った一家といった呼称はただの通称なのだという。
この三十八号盗賊団は、これまで判明しているだけで六十を超える商人を襲ったらしい。はっきりした数でないのは、残されたものから個人が特定出来た数が六十以上というだけで、メドー周辺で消息を絶った商人の数はそれ以上だそうだ。
あまりにも道中暇なので、ティザーベルはハドザイドに渡された資料を読み込んでいる最中だ。本来なら出発前に読んでおかなくてはならなかったのだが、仕度時間が短かった為ヤード達が先に読み、ティザーベルの手元に来た時には出発間際だった。
読み進めて被害者の数まで至った途端、彼女は眉間に皺を寄せる。
「……こんな大量の被害が出ていて、なんで今まで放っていた訳?」
「基本的に、領内で出る盗賊討伐に関しては、領主にその責任がある」
「つまり、メドーの近辺の領主がサボ……怠けてたって事?」
「とも言えない。資料の先を読んでみろ」
ヤードに促されて先を読むと、確かに領主として出来る範囲の事はやっている。領主軍を投入、それで成果が上げられないと悟ると、すぐに中央政府に軍の派遣を要請したようだ。
つまり、領主軍でも国軍でも捕まえられない、神出鬼没の盗賊団という事ではないか。
「そんな盗賊団、私達だけで捕まえられるの?」
「生死は問わないと言われているぞ?」
「個人的に生け捕りで」
人の死体など、見たいものではない。トラウマになったらどうしてくれるのか。
ティザーベルは軽い溜息を吐くと、空を見上げた。青い空にはぽっかりと白い雲が浮かんでいる。なんとものどかな光景だ。これから盗賊達と血なまぐさい争いをするようには思えない。
そんな空を眺めながら、ティザーベルはぽつりと呟いた。
「それにしても、本当に引っかかるのかな……」
「さあな」
今回、彼女達がわざわざ偽の許可証まで用立ててもらって商人の振りをしているのは、盗賊共をおびき出すための餌だからだ。食いついてくれればいいが、そうでない場合、もっと面倒くさい手を使わなくてはならない。
「周囲にそれらしき気配は?」
「ない。盗賊どころか魔物一匹引っかからないよ」
魔物が出てくれば、自分が討伐するのに。そうぼやくティザーベルの隣で、今度はヤードが溜息を吐いていた。
依頼を受けていなくとも、魔物の討伐や各種採取物は見かけたらやっておく、というのが冒険者の鉄則だ。ギルドへ持ち込めば、依頼を受けていようがいなかろうが金は払ってくれるし等級査定にも加算してくれる。
討伐系や採取系の依頼票は、ある意味目安のようなものだと言われている。もちろん、それらの依頼をきちんと受けてから討伐、採取に向かっても何も問題はない。
ティザーベルは、改めて進行方向を見る。ヘベード街道は閑散としていて、すれ違う者も追い越す者もいない。この街道はかなり古いもので、今では主要街道から外れているので当然かもしれない。
この街道を通るよう指示してきたのも、ハドザイドだ。依頼主が彼の上司に当たるヤサグラン侯なので、軍が絡んでいるのは当たり前なのだが、何故軍監察のヤサグラン侯がこんな依頼を持ってきたのかも、不思議と言えば不思議だ。
「ま、いっか」
「何がだ?」
「何でもない」
誰が依頼してきたものであっても、盗賊討伐なのは変わりない。対人は極力避けたいけど、仕事である以上ある程度は目をつぶらなくては。
――いざとなったら、二人に頑張ってもらおう。
二人が怪我などしないよう、しっかり対物対魔完全防御の結界は張っておく。盗賊の居場所も探れるだけ探るので、戦闘になったら安全な場所に逃げていようと思う。
――別に、サボる訳じゃないからいいよね。
そう勝手に決めつけたティザーベルは、相変わらず魔力の糸を伸ばして周囲の索敵に励むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます