四十五 ギルド本部長

 ギルド本部の造りは、ラザトークス支部のそれとよく似ている。規模は本部の方が三倍近く大きいが、基本的な部分は変わらない。支部でも、三階は支部長の部屋だった。


 もっとも、ラザトークス支部長リサントは部屋でじっとしているタイプではないので、しょっちゅう一階に出てきては他の職員に注意されていたが。


 ギルド本部の三階には、部屋がいくつかあったが、一番奥の部屋だけ、他の部屋とは扉が違った。そこにかけられたプレートには「本部長室」とある。


「さすが本部長室。扉が違うわー」

「わかりやすくていい」


 ティザーベルとヤードが言い合うのを放置して、レモが扉の脇に下げられている紐を引っ張った。遠くで鈴の音が響くと、扉の向こうからくぐもった声で「どうぞ」と告げられる。紐は呼び鈴だったようだ。


 重厚な扉の向こうには、広々とした部屋があった。天井まで届く本棚、ローテーブルとソファのセット、そして窓を背に大きな机が置いてあり、その横に小柄な老人が書類を手に立っていた。


「やあ、よく来たね」


 老人は柔和な表情でそう言うと、ティザーベル達をソファの方へと促す。全員が着席したところで、ティザーベルに向き直った。


「君は初めましてだね。私がギルド本部長を務めるポッツだ。よろしく」

「七等冒険者のティザーベルです」


 穏やかな本部長の様子に、何だかこちらの肩の力も抜ける。簡単な自己紹介の後、ポッツ本部長はすぐ本題に入った。


「さて、君達がパーティーを組んだのには驚いたが、正直こちらとしては歓迎するよ。特にティザーベル、君の事はリサントからも聞いていてね。貴重な魔法職冒険者だから、常々帝都に出てきてほしいと思っていたんだ」


 どうやら、ラザトークス支部長からティザーベルの情報が流れていたようだ。こういう時、個人情報保護を訴えたくなる。


 それにしても、魔法職だとどうして帝都に出てほしいと上に思われるのやら。それが顔に出ていたのか、本部長は丁寧に説明してくれた。


「君はラザトークスから出た事がなかったんだったね。なら知らないだろうけど、優秀な冒険者は帝都に集まっているんだよ」


 冒険者の仕事は辺境の方が多そうだが、実は帝都の方が依頼数が多いというのは、実際に帝都に来てみて初めて知った事だ。


 考えてみれば、有名な大店はどこも本店を帝都に置く。そうした大店が魔物素材を必要とした場合、わざわざ辺境の冒険者に頼むより、同じ帝都で活動する信用度の高い冒険者を探した方がいい。ギルドに頼めば、達成率の高い冒険者を紹介してくれる。


 そうした中央から派遣されてくる冒険者は、ラザトークスにも多くいた。彼等は狩りの届け出だけ提出して支部での依頼を受けないから、すぐにわかるのだ。


 メルキドンも、帝都で一旗揚げようと地方から出てきたと言っていたではないか。


 ――私の場合は違うけどね……でも、帝都に来て数日だけど、やぱり出てきて良かったって思うもんなあ。


 何より、ラザトークスのような息苦しさがない。人の多い帝都は人間関係が希薄で寂しい思いをするかと思ったが、イェーサがいたりザミやシャキトゼリナと顔見知りになったり、単純な知り合いというだけならモファレナの面子もいる。


 それに何より、ヤードとレモという新しい仲間にも出会えた。彼等とはオテロップの件で組んだだけだったけれど、確実にユッヒと組んでいた時より楽に動けたのだ。それだけでも、出てきた甲斐があった。


 そんな事を考えているティザーベルを余所に、ポッツは話を進める。


「さて、君らに来てもらったのは、当然ながら依頼の件なんだけどね」

「昨日結成したばかりのパーティーに、指名依頼かい?」


 レモが眉間に皺を寄せている。確かに、組んだばかりのパーティーでは信用度も等級もまだ低いはずだ。いくらこれまで個人の等級と信用度を上げていようと、それとこれは別問題である。


 だが、続くポッツの言葉に、思わず三人とも納得するのだった。


「実は、軍監察のヤサグラン侯から君達にぜひ受けてもらいたい、と言ってきてね。いやはや、あの御仁は耳が早い」


 そう言って笑うポッツは、何だかタヌキオヤジに見える。多分、ギルドの方からオダイカンサマの情報を流したのだろう。オテロップにて、侯爵と接触した事は知っているのだから。


 それを踏まえて、ヤサグラン侯がオダイカンサマに依頼を出すのは頷ける。どちらが言い出した事にせよ、貴族からの依頼ではどのみち断れない。


 ポッツは柔和な笑みを浮かべて続けた。


「といっても、今日はとりあえずこういう依頼があるよ、という話だけだよ。詳しくは君達の都合を聞いてから、と仰っていてね」

「急ぎじゃないのかい?」

「一刻を争う、という訳ではないらしい。で? いつ頃ならいいかな?」


 ポッツ本部長の言葉に、ティザーベル達はお互いに顔を見合わせた。昨日組んだばかりのパーティーなので、まだ依頼は受けていない。なんなら、今日この後何か受けてもいいのだが、本部長直々の依頼がある以上やめておいた方がいいだろう。


「私は今のとこ何も受けていないけど」

「俺達もだ」

「んじゃあ、明日辺りでいいか?」

「了解」


 その場であっという間に予定が決まり、明日の午後、再びここで話を聞くという事になった。


 今日は本当にそれだけだったらしく、これでオダイカンサマは帰っていいと言われて廊下に出る。


「……明日もここって、本部長の部屋で話を聞くの?」

「相手が侯爵閣下だからじゃねえか?」


 ティザーベルの呟きに、レモが返す。確かに相手が貴族、しかも爵位がかなり上となれば、ギルドとしても気を遣うだろう。


 でも、本当の問題は話をする場所ではなく、内容の方だ。


「でも、ヤサグラン侯からの依頼って、何?」

「さあな」


 つれないヤードの言葉に、ティザーベルは天井を仰ぎ見た。確かに今の時点では、推測などしようがない。


 ――それにしても、いきなり貴族相手の仕事かあ……ついてるの? ついていないの? どっちだろう?


 どちらにしても、面倒くさそうなのは変わりない。あの侯爵自身は豪快な性格で好感が持てるが、オテロップの事件に絡んで侯爵が語った帝国貴族の内情はちょっと遠慮したい世界だ。特に魔法士部隊とは。そう考えるのは、ティザーベルが魔法士だからだろう。


 何はともあれ、詳しい話は明日だ。ヤード達が送ってくれるというので、昼食を一緒に取った後に下宿屋まで送ってもらった。

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