四十四 毒
現在、ギルド二階のこの部屋には、ザミとシャキトゼリナ、ギルド側からの立会人であるルールシルとキルイド、ザミ達に頼まれて同席しているティザーベル達オダイカンサマの三人、それに問題のメルキドンの男子三人の合計十人がいる。
五人の時はがらんとした部屋というイメージだったが、人数が倍になった今は少し窮屈だ。
全員が着席したのを確認して、ルールシルが口を開いた。
「では、始めましょうか。エルード、ザミとシャキトゼリナ両名はパーティーメルキドンから脱退します」
「な!」
「嘘だろ!? そんな……」
ルーグ、トワソンはそれぞれの反応を見せたが、意外にもエルードは黙ったままだ。腕を組んで座ったまま、何も言わない。
比べて、トワソンとルーグの二人は失笑ものだ。前日に手ひどい対応をしたくせに、ザミがこれまでと同じ態度で自分達に接してくれるとでも思っていたのだろうか。
「ちったあ、ありがたみを感じやがれってんだ……」
いやに静かになった室内に、ティザーベルが視線を上げると、何故か全員の目がこちらに向いている。どうやら、先程の呟きは口をついて出ていたようだ。
「……失礼」
咳払いをして誤魔化しておく。笑いを堪えるヤードやザミ、無言で頷くシャキトゼリナ、苦笑を隠さないレモとギルド勢。居心地悪そうにしているのはメルキドンのメンバーだけだ。
――ま、いっか。
ザミ達が嫌な思いをしなければいいのだ。
ルールシルが話を進める。
「さて、二人の脱退について、あなた方から何かありますか?」
「別に。抜けるのは二人の自由だ。ギルドの規約にもそうありますよね?」
エルードの冷静な返答に、トワソンとルーグがおろおろとしている。「でも」とか「それじゃあ」とか小声で言い募ってはいるが、エルードは彼等の意見を聞き入れる気はないらしい。
正直、ティザーベルとしては拍子抜けだ。それはザミ達も一緒のようで、あまりにも簡単にいきすぎて肩すかしをくらった様子でいる。
「パーティーの出入りなんて、よくある事でしょ? うちも、新しい人員を入れる予定だし」
エルードはそう言いながらこちらを見ている。まだ諦めていないらしい。ティザーベルはとっくにヤード達とパーティーを組んだというのに。
そこまで考えて、それがつい昨日の事だったのを思い出す。
――あれ? って事は、エルードはその事を知らない?
思わず、ティザーベルはルールシルの方を見る。彼女も同じ事を考えたらしく、軽く首を横に振った。この場でオダイカンサマの事を口にするなという事か。下手に言えば、ザミ達の脱退に関してごねてくる可能性がある。
ティザーベルはおとなしく口を噤む事にした。場を収めたのはルールシルだ。
「では、これにてパーティー脱退の件は終了します。皆さん、お疲れ様でした」
にっこりと微笑んだルールシルに追い立てられるように、まずメルキドンが部屋から出され、ついで自分達オダイカンサマかと思いきや、「ちょっと」と言われて引き留められた。
「彼等がギルドから出るまで、ここにいた方がいいんじゃない?」
「でも……」
ティザーベルはヤード達を見る。彼等は三階の本部長に用があったのではなかろうか。
視線の意味を正しく理解したのか、レモが鷹揚に答えた。
「こっちは別に問題ないぜ。急ぎとは聞いていないしな」
「多分、あなた達がパーティーを組んだから、面倒な指名依頼をしたいんじゃないかしら?」
「勘弁してくれ……」
ルールシルのからかうような言葉に、レモはげんなりした様子で返す。それが面白くて笑っていると、じろりと睨まれてしまった。
「嬢ちゃん、言っとくが面倒な依頼はパーティーで受けるんだからな?」
「あ、そっか」
「? どういう事?」
ティザーベルとレモのやり取りを見ていたザミが、首を傾げている。そういえば、二人に教えるのをすっかり忘れていた。
夕べはザミが飛び出したり帰ってきて泣き続けたりだったし、今朝は今朝ですっきりした顔で脱退を決めていた。ティザーベルが言う余裕がなくとも不思議はない……はずだ。
改めて報告するのは少し気恥ずかしいが、ティザーベルは二人に向き直って伝えた。
「えっとね、昨日この三人でパーティーを組んだんだ」
「本当に!?」
「おめでとう……って、言っていいのかな」
驚きつつも喜んでくれるザミに対して、シャキトゼリナは戸惑いが強い。おそらく、パーティー結成の裏にエルードの執拗な勧誘が絡んでいると考えているのだろう。まったくないとは言わないが、ヤード達同様、ティザーベルもそれだけでパーティーを組んだ訳ではない。
その事を説明すると、シャキトゼリナはほっとした顔を見せた。ザミはよくわかっていなかったらしく、シャキトゼリナから話を聞いてやっと合点がいったようだ。
「本当に本当にエルードが原因じゃないんだね?」
「きっかけではあるけど、それだけでパーティー組むのを決めたりしないって」
苦笑い混じりに答えるティザーベルに、ザミは弱い笑みを浮かべている。そんな彼女に活を入れたのは、ルールシルだ。
「ザミ、いつまでも抜けたパーティーの事を引きずっちゃダメよ」
「ルールシルさん……」
「まだ若いんだから、先を見ないとね」
そう言って笑うルールシルに釣られるように、ザミも笑った。先程よりも幾分笑みが柔らかい。
ルールシルが続ける。
「そういえば、これからどうするの? しばらくは二人でやっていくのかしら?」
「あー、それは……」
「次のパーティーは決まってる。モファレナ」
「ああ」
言い淀んだザミの代わりにシャキトゼリナが答える。その名前を聞いて、ルールシルが納得したように頷いた。
「確かに、あなた達には向いているわね。向こうにとってもちょうどいいんじゃないかしら」
モファレナを寿脱退したメンバーは揃って後衛職だったそうだから、弓士のシャキトゼリナは歓迎されるし、ザミは持ち前の感覚の鋭さと運動能力で斥候を担っていたそうだから、これもパーティーには歓迎される。何より、モファレナのメンバーがこの二人の能力を高く買っているのだから、大丈夫だ。
パーティー加入の届け出は、他のメンバー全員の立ち会いが必要になる。届け出はモファレナのメンバーと話し合って日にちを決める事になった。
「出来るだけ早く出したいな」
「うん。長くお休みすると勘が鈍る」
モファレナがどんな依頼を中心に受けているのかしらないが、あのトロシアナがいる以上採集ではなく魔物や盗賊の討伐中心ではなかろうか。そうなれば戦闘が多くなるので、腕が鈍るのは死活問題になる。シャキトゼリナの心配は、冒険者なら誰でも感じるものだった。
「これから日取りの相談に行く? 彼女達の住んでいる場所はわかるかしら?」
「前に聞いた」
「そう。なら、問題ないわね。そろそろ出ましょうか」
ルールシルの言葉に全員が頷き、部屋を出る。先頭にいたのはザミだったが、扉から一歩踏み出したところで固まった。どうしたのかと肩越しに廊下を見れば、いて欲しくない連中がいる。エルード達メルキドンだ。
ザミをやんわり押しのけて、ルールシルが前に出た。
「そんなところで何をしているの? 暇があるなら一つでも多く依頼を受けていらっしゃい」
「彼女を待っていたんですよ。俺たちのパーティーに入ってもらおうと思って」
エルードの視線はティザーベルに向いている。呆れたしつこさだ。ルールシルも同様に感じたようで、重めの溜息を吐いている。
「あのねえ。ティザーベルならもう――」
「自分で言いますよ。もう別の人達とパーティー組んだから、あなた達とは組めません。さようなら」
ルールシルの言葉を遮り、にっこり笑って魔法の言葉を口にしたティザーベルを、エルードは睨み付けてきた。
「組んだ相手って、そいつら?」
顎をしゃくるように指したのは、ティザーベルの後ろに立つヤードとレモだ。
「そうだけど?」
「おい、どういう事だよ? 彼女に声を掛けたのは俺たちが先のはずだぞ」
ティザーベルの返答を聞くやいなや、エルードはヤード達に食って掛かった。それを体を張って止めたのは、キルイドである。
「やめなさい! 冒険者同士の争いは禁じられている!」
「でも! こいつらが――」
「そもそも、パーティー加入に関しては個人の意思が優先される。勧誘されたからといって、必ずしもそのパーティーに加入しなくてはならないという規約はない。逆に、加入を強制した場合罰する規約はある」
キルイドの毅然とした態度に、エルードは舌打ちをしたがそれ以上は言う気はないらしい。おとなしく引き下がるかと思ったが、去り際「覚えてろよ」と小声で毒を吐く事を忘れなかった。
メルキドンが去った後には、微妙な空気だけが残っている。
「なんか、本当にごめんなさい……」
「私達にとっても恥」
ザミとシャキトゼリナが頭を下げるが、彼女達が謝る筋ではない。それはもう何回となく言っているのだが、やはり昔からの付き合いで同じパーティーだったというだけで居たたまれないのだろう。
「二人が謝る事じゃないよ」
「そうね。もうパーティーからも抜けたんだから、彼等がやらかしたとしても、あなた達には関係ないのよ」
「というか、彼等の情報を耳に入れないようにした方がいいですね」
ティザーベルに加えて、ルールシルとキルイドにも言われたからか、ザミ達が小さく笑った。
そのまま二人とは別れ、ルールシル達も持ち場に戻るという。残されたのは、オダイカンサマのメンバーだけだ。
「で? 上には私も行かなきゃダメ?」
「パーティーで来てくれと言われたぞ」
「そういう事だな」
最初は二人だけで行くはずじゃなかったのか、と突っ込みたかったが、やめておいた。ティザーベルが見つからなかったから、と言われたら言い返せない。藪をつついて蛇を出すのは避けたかった。
「んじゃ、行きましょうか」
本部の三階など、初めて足を踏み入れる。さて、ギルドの本部長とは一体どんな人物なのやら。
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