四十三 巻き込まれたから見届ける
廊下に出た途端、ティザーベルは小さな溜息を吐いた。自分に出来るのはここまでだ。後はザミ達に頑張ってもらうしかない。
ふいに視線を感じたので顔を上げると、女性職員と目が合う。何だか、面白いもので見るような目つきだ。
何か用かと聞こうとしたのと同じタイミングで、相手が口を開いた。
「自己紹介もまだだったわね。私はギルド本部で業務長を勤めるルールシルよ。よろしくね」
「ティザーベルです。七等冒険者です」
ティザーベルの名乗りに満足そうに頷くルールシルは、ちらりと男性職員を見た。お前も名乗れという事らしい。
「カウンターで受け付け業務をしています、キルイドと申します」
「ちゃんと受付業務主任って言いなさいよ」
混ぜっ返すルールシルに、キルイドは小声で文句を言っている。業務長とは会社組織でいう課長職くらいだと、以前セロアに聞いた事がある。キルイドの主任は、カウンターに出ている受付をまとめる役職だ。まだ若いのに、さすがはエリートといったところか。
――あ。だから、あの時女性職員を下がらせたのか。
それだけの職権を持っているという事だ。そういえば、あの女性職員はその後カウンターで見かけないけれど、どうなったのやら。
らちもないことを考えていると、再びルールシルに話しかけられる。
「それにしても、あなたが七等とはちょっと意外ね」
「そうですか?」
「やっぱり、あなたも幼馴染みに足を引っ張られた口?」
訳知り顔のルールシルに、ティザーベルはにわかに警戒し始めた。ギルド内部の情報がダダ漏れなのはセロアに聞いて知っているが、どうして辺境のラザトークスの一冒険者同士の話が帝都に届いているのか。
ティザーベルの様子が変わったのを見て、ルールシルは苦く笑った。
「警戒しないでちょうだい。私は、セロアの出した情報共有網を支持している一人なのよ。その繋がりで、ラザトークスの情報には気を付けていたの」
「セロアの?」
そういえば帝都に出てくるきっかけは、彼女が帝都のギルド本部に栄転が決まった事だ。ギルド内部の情報を全ての支部で共有出来るように、と提案した共有ネットワークが本部に採用された結果、本人も本部に行くことになったという。
その話を聞いた席で、自分が帝都に出るんだからあんたも出てこい、と言われたのだ。丁度ユッヒとの事があったし、あの街に未練など欠片もなかったからセロアの申し出に乗っかった形である。
結局自分が先に帝都に到着して、言い出しっぺはまだ帝都に来ていない。引き継ぎに時間がかかっているのだろうか。
「ちなみに、このキルイドも支持している一人よ」
「……合理的な提案だと思ったからです。受付としましても、各支部の情報が手元で見られるようになれば便利ですから」
現在、支部から冒険者が移ってくる時の情報の受け渡しは、紹介状頼りだ。それだって支部の方で手心を加えられたら事実とは異なる内容になる。
それに、冒険者の等級も各支部によって基準がまちまちなのだ。セロアはこの辺りも一本化するべきだと息巻いていた。
その為にも、今回の情報共有化はいい機会になるだろう。どんな仕組みになるのかはしらないが、ギルドにはぜひ頑張ってもらいたい。
そんな事を考えていたティザーベルの耳に、ルールシルの声が響く。
「もうじきセロアも帝都に来るし、本格的に動き出すわよ」
やっとか、と思いつつも、ティザーベルはルールシルに尋ねた。
「セロア、いつ頃帝都に到着するんですか?」
「予定では、十日後って聞いているわ」
十日後には、セロアに会える。このところメルキドンの件であれこれあったから、彼女に会ってこれまでの事を話したい。自分がパーティーを組んだと聞いたら驚くだろうか。何より、パーティー名を聞いた時の彼女の反応を想像するだけで楽しい。
その様子が顔に出たのか、ルールシルが聞いてきた。
「本当にセロアと仲がいいのね」
「……同じ街出身ですから」
「本当に、それだけ?」
実際にはそれだけではない。が、それを今ここで言う訳にもいかなかった。ルールシルには適当に誤魔化しておこうと口を開こうとした時、廊下の奥から階段の下から何やら話し声が聞こえてくる。誰か上がってきたようだ。
「やあ! 君か」
エルードである。彼の背後には同じパーティーメンバーの男子も揃っていた。大柄な方がトワソン、その隣の細身の方がルーグだろう。ティザーベルが思わずルールシル達の顔を見ると、彼女達も驚いていた。
そして、エルード達の後ろからは見知った顔がやってくる。
「いた」
「おう」
ヤードとレモだ。ティザーベルも手を上げて彼等に挨拶するついでに、そっとエルードの方を窺って見る。確かに、ヤードを意識しているのが丸わかりだ。これなら、また勧誘してきた時の断り文句が効果を上げるだろう。
それにしても、何故彼等がここにいるのか。二階以上は基本的に職員に案内されない限り立ち入りは禁じられているはずだ。
「どうしたの? あなた達。この階に来るなんて、誰が案内したの?」
「いや、下の受付でザミ達がこっちに来ているって聞いたものだから。案内はいないよ。受付の子は行っていいって言ってたけど?」
エルードの答えに、ルールシルが視線だけでキルイドに詰問しているのがわかった。誰だ、ここに彼等を通した受付は。ティザーベルも同じ思いだ。
ヤード達の方はといえば、この階はただの通過地点だったらしい。レモが階段の上を指さす。
「俺等はここの上に用事だよ。受付からは、そのまま行っていいって言われたぜ」
三階から上といえば、本部長の部屋がある区域だ。レモの言葉に、エルードがぎらりと彼等を睨む。おそらく、本部長から直接依頼を受けると思ったのだ。
――依頼なら、私もそっちに同席するんじゃないのかな?
まだエルード達には教えていないが、昨日付でレモ達とはパーティーを組んでいる。依頼受注にはメンバーの一人がいれば事足りるから問題はないけれど、つまはじきにされるのは何だか嫌だ。
呑気なヤード達と彼等を睨むエルード達。そして仲介役のギルド職員とおまけのティザーベル。何ともカオスな廊下だ。
そんな場に、扉を開けてザミの元気な声が響いた。
「えっと、決まりまし……って、エルード!? なんでここに……」
「ザミ達がいるって聞いたから来たんだよ」
満面の笑みのエルードに対し、ザミは浮かない表情だ。エルードの背後にいる男子二人も、ばつが悪そうだった。
それはそうだろう、ザミが後を付けているとわかっていて三人揃って娼婦の元へ行ったのだから。しかも、トワソンの方はザミの気持ちを知っていて、だ。質が悪いにも程がある。同じ振るでも、もう少しやり方があっただろうに。
それに、トワソンがザミに言ったという「いい気になるな」という言葉には、殺意が湧いた。お前こそ何様だ、いい気になるなと言いたい。
そう思っても、ティザーベルは部外者なので黙っている。トワソンのやり方に文句を言えるのは、当事者のザミだけだ。次点でザミともトワソンとも付き合いの長いシャキトゼリナだろうか。
そのシャキトゼリナは、ザミの後ろから刺すような視線を向けている。多分、トワソンにだ。
それに気付いたのか、エルードが苦笑いを浮かべている。
「おいおいシャキト、そんな怖い目で睨むなよ」
「睨まれるような事をする方が悪い」
「そうは言っても……なあ? 男には男だけの付き合いってもんがあるんだよ。シャキトにはわからないだろうけど」
薄ら笑いでそんな事を言うエルードを、シャキトゼリナは汚いものでも見るような目で見た。
そんな彼女を横目で見ながら、ザミはルールシルに言う。
「ルールシルさん、調度いいからこのまま、仲介お願いします」
「わかりました。書類は書けた?」
「はい」
ザミとルールシルのやり取りに、エルード達はお互いに顔を見合わせている。何が行われるのか、受付に聞いてこなかったようだ。
そんな彼等をルールシルが室内に誘導する。
「はい、あなた達も入って。あなたは……どうする?」
ルールシルにティザーベルを同席させるのかどうか聞かれたザミは、シャキトゼリナとうなずき合ってから返答した。
「一緒にいてほしい。いいかな?」
「いいよ」
乗りかかった船だ。こうなったら最後の最後まで見届けようではないか。
ふと視線を感じると、ヤードとレモがこちらを見ている。彼等は三階に用があると言っていたが、そちらはいいのだろうか。
ふいに、服の袖を引っ張られた。ザミだ。
「あのね、出来たらあの二人にも同席してほしいんだ」
「……いいの?」
「うん。証人として」
パーティー脱退にここまで手を掛ける冒険者も珍しいが、実は第三者を脱退の証人に立てる冒険者は少なくない。事情を知っている人間を増やしておくと、後で言った言わないの騒動の際に口添えしてもらえるからだ。もっとも、ギルドの仲介があるので、今回は証人はいらないのだけれど。
でも、ザミの願いでもあるので、二人に確認してみた。
「二人とも、ちょっとこっちに付き合ってほしいんだけど、いいかな?」
「構わん」
「俺等はいいが……そっちはいいのかい?」
「ザミがいいってさ」
ティザーベルの言葉に、ザミとシャキトゼリナが無言で頷く。これに待ったをかけたのはエルードだった。
「ちょっと待てよ。ザミ達は俺等の仲間だ。話の内容は知らないけど、なんでその二人が関わるんだよ?」
これに答えたのはルールシルだ。
「ザミが望んだからって言ったでしょう? さあ、全員室内に入って。ちょっと狭いけど、我慢してちょうだい。話を始めるわよ」
彼女の言葉で、その場の全員が部屋に入った。
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