三十七 執着

 今日も帝都はいい天気だ。窓から差し込む日の光に、ティザーベルは大きく伸びをした。


 いつものように身支度を終えて階下に下りると、今朝はイェーサとは別に先客がいた。隣の住人、冒険者のザミだ。彼女は昨日強引な勧誘を行ったエルードと同じパーティー「メルキドン」に所属している。普段は鋭い感覚と軽い身ごなしで斥候役を務める事が多いという。


 快活な印象を受けるはねまくっている赤毛と、深い緑の瞳が特徴的だ。愛嬌のある顔立ちに、今は申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「あ、おはよう! 本当、昨日はごめんね」

「おはよう。ザミのせいじゃないから、もういいよ」


 ザミは挨拶もそこそこに、昨日のエルードの強引な勧誘を謝ってきた。実は、夕べも謝罪はしっかりしてくれていたのだ。その際に、例の勧誘の裏事情も教えてもらった。


 何て事はない、エルードとやらの焦りが原因だ。メルキドンは少し前まで帝都ではなくもう少し南にいった街を拠点にしていたという。そこである程度等級が上がったので、帝都で一旗揚げようとやってきたそうだ。


 でも、帝都にはそういった冒険者は掃いて捨てる程いる。その中で頭角を現すのは、本当に実力を持った者だけらしい。


 残念ながら、メルキドンにそれだけの実力はない、というのがザミの見立てだ。それはエルードも感じているらしく、彼は自分達の地力を上げるのではなく、もっと簡単な手段に飛びつこうとしていた。


 つまり、能力の高いメンバーの獲得である。


「夕べも言ったけどさあ、正直最近のエルードにはついて行けないものを感じるんだよね……私だけじゃなく、シャキトもそうだって」


 シャキトというのはメルキドンにもう一人いる女性で、正式にはシャキトゼリナというそうだ。シャキトは彼女の愛称で、弓士なのだとか。シャキトゼリナは親戚が帝都にいるらしく、そちらに厄介になっているらしい。


 ザミのぼやきを聞いていたイェーサが口を挟む。


「脳天気なあんたがそんなに悩むなんて、随分と深刻だねえ」

「ちょっとイェーサ、脳天気はないでしょ脳天気は」

「本当の事だろうに」


 イェーサの言葉に、ザミが一人駆けソファの上でむくれた。ティザーベルには複数人でのパーティーを常時組んだ経験はないが、いくらリーダーとはいえ一人に振りまわされている現状は問題だろう。


 なので、お節介とは知りつつも聞いてみた。


「あのエルードって人、皆の言葉には耳を貸さないの?」

「前はそんな事なかったんだけどねえ……帝都に出てきて現実突きつけられてからは、こっちの話なんて全然聞いちゃいない」


 ザミは溜息を吐きながら答える。どうやら、エルードの焦りは大分酷いようだ。それでもメンバーが彼を見捨てないのは、全員幼馴染みで付き合いが長いからだとか。


 ――どこも幼馴染みに振りまわされてるねえ……


 余所の人間であるティザーベルがくちばしを突っ込むのは筋違いだからやらないが、ザミとは隣人同士というよしみから、相談されたら話を聞くくらいはするつもりだ。同じ幼馴染みに振りまわされた経験が、少しは役に立つかもしれない。


 他の子と朝食をとる約束をしているザミを残して、ティザーベルはその場を立ち去る。今日の朝食はどの店にしようか。そろそろ近場の店は一巡するので、少し遠くまで遠征するか、それとももう一巡するか。


 そんな事を考えながら下宿屋の門を潜ると、今一番会いたくない顔があった。


「やあ、君は昨日の」

「……どーも」


 エルードである。噂をすれば何とやらなのだろうか。こんな事なら彼の話題など、出すのではなかった。もっとも、先に昨日の事を話題に出したのはザミだけど。


 ティザーベルの内心には気付かないのか、それとも気付かないふりか、エルードは人好きのする笑顔を浮かべて近づいてきた。


「奇遇だね。そうだ、ここで会ったのも何かの縁だから、一緒に朝食でも――」

「あ、ごめんなさあい。私、人と待ち合わせしてるのお」


 食い気味に、しかも普段はやらない語尾伸ばしな言い方で速攻断る。この男と一緒に食べたら、どんなおいしい朝食も味がしなくなりそうだ。


 だが、敵も然る者でめげない、諦めない。


「あ、じゃあ俺も――」

「じゃあねえ」


 逃げるが勝ちとばかりに、ティザーベルはその場をとっとと立ち去った。しっかり魔力の糸での探索も仕掛けておく。


「げ」


 何と、エルードはこちらを追ってきているようだ。あのしつこさは何なのか。ティザーベルは、以前ゴーゼとの待ち合わせの時に使った裏技を使う。何の事はない、魔力の糸を使って自分の体を浮かせ、街中を縦横無尽に走っている水路にかかっている橋の下に身を隠したのだ。前回はこれを使って水路の上を異動したから待ち合わせ時間に間に合っている。


 水路を行き交う船に乗る人達には不思議そうな顔で見られたが、エルードの事は無事にまけたので問題ない。一度橋の上に上がって、エルードが走って行ったのとは反対方向に歩き出す。


「初っぱなから色々とやばい……」


 やはり、最後の強硬手段に出た方がいいのだろうか。とはいえ、それにはヤードとレモ二人の承認が必要なのだけど。


 そもそも、二人にどうやって連絡をつければいいのか。ヤードには下宿屋前まで送ってもらったけど、ティザーベルは二人が住んでいるところも知らない。


「……こんな時、携帯があればなあ」


 番号を聞いておかなければ意味がないけれど、あるとないとでは大分違う。文明の利器は偉大だ。




 結局、朝食は適当に見つけた店に入って済ませ、帝都の散策は休んで広場で時間を潰した。依頼を受けようにも、この間まで受けていた塩漬け依頼が綺麗になくなってしまったので、今から行っても受けられる依頼がない。


 それに、下手にギルドに行ってエルードがいたら厄介だ。大分こちらに執着しているようなので、しばらくは顔を合わせない方がいい。


 依頼を受けてもいないのに妙に疲れた感じがあるティザーベルは、重い足取りで下宿屋に戻った。


 居間にいるだろうイェーサに帰宅の挨拶をしようと覗いたところ、ザミともう一人、彼女のパーティー仲間の女性シャキトゼリナがいる。色味が濃いめのザミと比べると、彼女は北方の出身ではないかと思う程色素が薄い。白っぽいストレートの金髪に、薄い水色の瞳であまり表情がない様子はまるで人形のようにも見える。


 振り返ったザミがこちらを見た途端、泣きべそをかいて突進してきた。


「ああああ! 帰ってきたああああ!!」

「わあ! ちょ、ちょっと!」


 あっという間に捕まって、がっしりとホールドされる。一体、これはどういう事なのか。よく聞くと、ザミは小声でごめんなさいと繰り返していた。


 もしかしなくても、朝のエルードとの事を知っているのだろうか。ティザーベルはそっとシャキトゼリナを見る。


「エルードが迷惑かけた」

「ああ、やっぱり……」


 この二人がティザーベルに謝るなど、パーティー「メルキドン」絡み以外にない。昨日の強引な勧誘の件だ。


「私からも謝る。ごめんなさい」

「いや、あんた達が謝る筋じゃないってば……」


 頭を下げるシャキトゼリナに、ティザーベルの方が困ってしまう。罪があるとすればエルード単体であって、同じパーティーにいるからといって目の前の彼女達にまで波及するのはおかしい。


 でも、ザミ達は気が済まないようだ。


「本当、何度も何度も迷惑かけて……今朝だって……」

「え? 今朝の事、もう知ってるの?」


 ティザーベルの言葉に、二人は頷いた。


「エルードがここに来たんだ。あいつ、まったく懲りてなくてさあ」

「あなたに会った事も聞いた。逃げられて良かった」

「ああ……うん……」


 ザミとシャキトゼリナの言葉に、ティザーベルはちょっと遠い目になりかけた。ここに下宿している事がバレたという事は、明日は待ち伏せされる事を警戒するべきか。


 ――考えすぎかな……


 ちらりとそんな事を考えていると、ザミが真剣な顔で言ってきた。


「あいつ、これからここの前で待ち伏せするかもしれないから、気を付けて」

「……やっぱり?」


 ティザーベルの問いに、ザミだけでなくシャキトゼリナも頷く。同じパーティーメンバーで幼馴染みの二人がそう考えるのなら、明日の待ち伏せはまず間違いないと思っていい。


 幸い、しばらく依頼を受けなくても生活出来るだけの持ち合わせはあるけれど、やはり部屋に閉じこもりきりは精神衛生上よくない。


 どうしたものかと悩んでいると、ザミとシャキトゼリナが何やら顔を見合わせている。


「どうかしたの?」

「それが……」

「ザミ、やっぱりもう限界だと思う。一緒にメルキドン、抜けよう?」


 どうやら、シャキトゼリナの方が先にギブアップ状態のようだ。


「帝都に出てきた頃から、エルードの態度は目に余る。それでも残ったのは、ザミが心配だったから。でも、もうザミもエルードはダメだって、わかったでしょ?」

「それは……そうだけど……」


 シャキトゼリナの言葉に、ザミは揺れているようだ。でも、どうやら決心するには何かが足りないらしい。


 シャキトゼリナは続けた。


「言っとくけど、トワソンとルーグは抜けない。多分、最後までエルードと一緒にいると思う」

「そ! それは、そうかも知れないけど!」


 ザミは真っ赤に頬を染めながらもシャキトゼリナに言い返す。その様子を見たティザーベルは、思わずイェーサと顔を見合わせた。


 もしかして、ザミはパーティーの中に気になる相手がいて、その相手と離れるのが嫌で抜けるのを戸惑っているのだろうか。トワソンとルーグというのは、あの時いたメンバーの男子だろう。そのどちらか、らしい。


 メルキドンは幼馴染みで組んだというから、相手の事は子供の頃から知っている訳だ。何だか、どこかで聞いたような話に思えるのは、気のせいだろうか。


 まだ迷うザミに、シャキトゼリナは静かに最後の爆弾を投下する。


「それに、そろそろメルキドンは危険。多分、近く身の丈に合わない依頼を受けて自滅する」


 シャキトゼリナの一言に、室内はしんと静まりかえった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る