三十六 勧誘
ティザーベルが帝都へ出てきてやっと十日程が経つ。その間、毎日同じスケジュールをこなしていた。
朝起きると下宿屋を出て、近くの定食屋で朝食をとる。その後午前中は帝都の散策に当てて、昼過ぎから残り物の依頼を受けるのだ。彼女のおかげで長く放置されていた塩漬け依頼が完了していくので、ギルドでの評判も上がっているらしい。これは、顔見知りになった受付から聞いた話である。
今日も同じスケジュールをこなそうとギルドに来ると、少し雰囲気が違っていた。何だか、皆が浮き足立っている。
――何かあったのかな?
構わず掲示板にいくと、塩漬け依頼が粗方片付いてしまったせいか、残り物の依頼がない。今日はこのまま下宿屋に戻る事になりそうだ。
ギルドを出ようとした時、二階に続く階段から下りてきた人物とかち合う。
「あ」
お互いに声を出してしまった。帝都に来る際に一緒になった冒険者、ヤードとレモである。
「久しぶり……って程でもないかな」
「元気そうだな」
そう言うヤードの方も、変わりなさそうだ。レモも呑気そうに聞いてくる。
「帝都はどうだ? 嬢ちゃん」
「うん、まあ何とか生活してるって感じ?」
階段の下でそんなやり取りをしていたら、彼等以外にも下りてきた人達がいた。男性三名、女性二名。珍しい男女混合のパーティーらしい。
「レモさん、その子は?」
「ああ、ほら、話したろ? 帝都に戻ってくる時に一緒になった子だよ」
「ああ、魔法士だっていう……」
レモに話しかけてきたのは、パーティーの中心人物らしき若い男だ。彼の「魔法士」という言葉に、仲間がざわつく。大方、魔法士なのに冒険者をやるなんて、と言い合っているのだろう。よく見る光景だ。
それにしても、やはり帝都でも魔法士の冒険者は珍しいのか。初日にシギルが慌てた訳だ。でも、あれ以降妙な絡まれ方をした事はなかった。翌日に妙な受付には当たったが。
そういえば、あれ以来あの受付を見た事がない。当たらないようギルドが配慮してくれているのか、それとも受付業務を外されたのか。
――どっちでもいいか。
煩わしい思いをしないで済むのだから問題ない。ティザーベルがそんな事を思っていると、先程のパーティーの男性から再び声を掛けられた。
「君は帝都に出てきてまだ一人なんだろう? 俺等のパーティーに入らないか? レモさんから、とても優秀な魔法士だと聞いてるよ」
いきなりの勧誘だった。隣でレモが「おい」と止めようとしているが、男の方は止める気はないらしい。
「俺たちは『メルキドン』ってパーティーだ。これでも、帝都ではちょっと名の知れたパーティーなんだぜ」
男は誇らしげに言った。メルキドンとは、古い言葉で「最強」を意味する。聞きようによっては、随分と驕った名だ。
ティザーベルはちらりと彼の背後を見た。彼のお仲間は頭を抱えている。どうやらこの勧誘は彼の独断で、しかもパーティーのメンバーは彼に意見出来ないでいるらしい。
それは、パーティーとしてどうなのだろう。とはいえ、ティザーベルの返答は決まっていた。
「ごめんなさい、私、まだ帝都には出てきたばかりだから、しばらくは一人で気ままに動きたいの」
「ええ? それはダメだよ。最初からきちんとしたパーティーに所属しておかないと。冒険者なんて荒くれ共ばかりなんだから、騙されて大変な目に遭いかねない」
この物言いには、さすがにレモも頭を抱えている。そう言う男も、荒くれ共ばかりの冒険者の一員だろうに。
さすがに言い返そうかと思ったら、先に口を出した者がいた。
「それぐらいにしておけ。本人の意思を尊重しろ」
ヤードだ。相手も、彼には反論出来ないのか、何か言いかけてやめている。その顔には、悔しさがにじみ出ていた。
――何だろ……ヤードにコンプレックスでも持ってるとか?
男性、特に冒険者をやっている連中は、強い事が全てになりやすい。自分よりも強者の言う事なら素直に聞くが、そうでない相手の言葉などゴミ同然とする者も多いのだ。
おそらく、目の前の男も剣士であり、剣の腕でヤードに勝てないのだ。男はしばらくヤードとにらみ合っていたが、やがてふっと笑った。
「まあいい。君、その気になったらいつでも言ってくるといい。俺たちはいつでも歓迎するよ」
そう言い残すと、微妙な表情の仲間を率いてパーティーメルキドンは去って行った。
「……何あれ?」
ついティザーベルの口から出た言葉に、レモががしがしと頭をかく。
「いや、まあ、そんなに悪い連中じゃないんだが……すまん、嬢ちゃん」
「レモが謝る筋じゃないでしょうに」
「まあ、そうなんだが。連中が帝都に来た頃からの顔見知りだし、しばらく一緒に行動していたんでな」
彼が言うには、帝都に戻ってすぐに彼等と合同の依頼を受けて、帝都を留守にしていたのだそうだ。あのメルキドンのリーダー、名をエルードというらしいが、彼は何事も独断で決めてしまい、パーティーのメンバーが彼に従うのが当たり前という考えらしい。
――ワンマンリーダーか……厄介だなあ。
どうにもティザーベルをパーティーに入れる事を諦めた訳じゃないようだし、ヤード達がいない時を狙って強引な勧誘をされるかもしれない。
冒険者同士の諍いに、ギルドは口を差し挟まない方針だが、過ぎれば双方にペナルティが科せられる。穏便に断る術を見つけるか、逃げ回るかのどちらかを選ぶのが無難か。
「大丈夫か?」
気遣わしげなヤードの言葉に、ティザーベルはにっこり笑う。
「んー……何とかなる……かも?」
いざとなったら実力行使をする以外にあるまい。敵わない相手と知れば、あの手のタイプは退散するはずだ。
ティザーベルの曖昧な物言いに、レモも心配そうである。
「困ったら、俺たちの名前を出しな。何なら声をかけてくれりゃあ、手助けするぜ。何せ、嬢ちゃんにはでかい借りがあるからな」
オテロップでの件だ。そこまで恩に着てもらう事でもないのだが、冒険者は義理堅い人間が多い。というより、借りっぱなしだと返済に困る時が来るというのが、この職業の鉄則だ。そう考えると、やはりユッヒは大分ティザーベルに甘えていたのだと知れる。
そんな苦い過去はおくびにも出さず、ティザーベルは素直に答えた。
「ありがと。もしもの時は、頼らせてもらうね」
ヤードとレモがしっかり頷くのを見て、ほんの少し胸の奥が暖かくなる気がする。
その後、ギルド近くの店で三人で少し話した。近況報告のようなもので、二人が行っていた依頼先の話を聞いていたのだ。
二人がメルキドンと一緒に受けた依頼は、帝都から片道四日かかる街の近くでの魔物狩りだった。本来なら近くの街のギルド支部が受ける依頼だが、近辺の支部には受けられる階級の冒険者がいなかったらしい。それで帝都本部まで依頼が回ってきたのだそうだ。
今回の依頼は魔物の大量繁殖が原因のものだった。魔物討伐の依頼の中には、特定の素材確保の為の依頼もある。そういった場合、大抵依頼を出すのは魔法薬の薬師か魔法道具の職人だそうだ。まれに商人が素材の一括仕入れの為に依頼を出す事もあるという。
「それで? どんな魔物だったか聞いていい?」
ティザーベルの問いに、ヤードもレモも顔を顰めた。そんなに嫌な魔物だったのだろうか。二人の返答で、ティザーベルも納得する。
「沼地にいるでかいカエルだ……」
「これが刃の通りが悪くてなあ……参ったぜ」
「あれかー。魔法職がいると、割と簡単に仕留められるんだけどねー」
カエルタイプは乾燥に弱いので、水場から引き離した後火力強めであぶるとあっという間に絶命する。それを説明したら、二人ともやさぐれてしまった。
「俺等の苦労は一体……」
「今度カエル退治の依頼が回ってきたら、絶対嬢ちゃんに声を掛けるからな」
二人の様子に、大分難儀したのが窺える。思わずティザーベルは笑ってしまって、二人から批難の視線を受けてしまった。
結局二人と夕食も一緒にとり、日もとっぷりと暮れた頃に解散となった。
「送っていく」
「いいよ。これでも腕に覚えはあるんだから」
ヤードの紳士な申し出を、ティザーベルは断る。慣れていないのもあるが、帝都の中でヤードに頼らなければならない程危険な事など、そうそう起こるものではない。それに、起こったとしても、一人で対処出来る自信もあった。
だが、レモ達はそう思わないらしい。
「いいから、おとなしく送られておけ。ヤード、頼んだぞ」
「ああ」
結局、ティザーベルの意思は関係なく、ヤードに送られる事になった。夕食をとったのがギルドの側の店だったので、下宿屋に戻るには歩いても少しかかる。
帝都の通りは外灯が照らしていて明るい。ラザトークスも辺境にしては夜が明るい街だったが、帝都はその比ではなかった。
「あの外灯も、全部魔法なんだね」
「帝都には腕のいい魔法士が多く集まるからな」
「なるほど……」
そういえば、帝都には魔法士のエリート集団である魔法士部隊がいるんだった。でも、あの軍監察官を務める侯爵様の言葉によれば、魔法士部隊はとんでもない場所だという事になる。
――エリート様が集う場所は魔窟か……まあ、私には縁のない話だからいいけど。
ティザーベルは魔法職とはいえ、独学の為魔法の使い方が大分変わっている上に、孤児出身の冒険者だ。エリートとは程遠い場所にいる。
空を見上げると、ラザトークスよりも星の数が少なく見えた。帝都が明るいせいか、それともこちらの方が空気が澱んでいるのか。
「やっぱり違う……」
「何がだ?」
「……故郷で見る空と、違うなあって」
「ああ。帝都の夜空は、あまり星が見えないな」
それでも、日本の都会で見るよりよく見える。あの時は、有名な星座の星がほんの少し見えればいい方だった。
見上げる空は、記憶にある日本で見たものとは違う。この世界に生まれて十年以上夜の星を見てきたけれど、どうしても比べてしまう癖が抜けなかった。
これはセロアも同じだというから、転生者特有のものなのかもしれない。
細かいところで、前世と比べる。料理の味や、食器、生活用品、寝具、日々目に映る全てのもの。わかっているはずなのに、やめられないのだ。そしてこんな事を考えるのは、決まって夜だった。
普段は一人の時にあれこれ考えるのだけど、今はヤードが隣にいるのに。
――何だか不思議。
知り合ったのはつい数日前なのに、もう何年も一緒にいるような錯覚を覚える。側にいて緊張しないのがいい証拠だ。
ふと、昼間のメルキドンの言葉を思い出した。パーティーへの勧誘だ。もう一つ、勧誘を躱す手がある。他のパーティーに所属する事だ。
ティザーベルは、ちらりと横目でヤードを見た。彼とレモは一緒に行動しているようだが、パーティーを組んでいるのだろうか。二人だけだとパーティーというよりは、コンビと言った方がいいかもしれない。
――もしもの時は、提案してみようか……
三人でパーティーを組まないか。何だか、口に出すのは非常に気恥ずかしい気がした。
程なく下宿屋の前に到着した。
「ここが下宿屋。ここまで、ありがとうね」
「いや、じゃあな」
「うん、おやすみ」
門の中に入り、振り返るとヤードの背中が見える。ほんの少しだけ見送った後、鍵を開けて中に入った。
階段に向かう途中、居間に明かりが灯っているのが見える。イェーサがまだ起きているようだ。
「ただいま」
「ああ、おかえり。ちょうど良かった。あんたの隣の部屋の子も帰ってきたから、挨拶しておくといい」
帰宅の挨拶をすると、イェーサに手招きされた。隣の部屋の子は、お茶を淹れに台所に行ってるらしい。ちなみに、イェーサに頼まれて台所に入る場合は、料金はかからないのだそうだ。
座って待っていると、台所の方から声が聞こえてくる。
「イェーサ、このお茶だけど――」
「あ!」
「え?」
茶器が載ったワゴンを押して居間に入ってきたのは、昼間出会ったパーティー、メルキドンに所属している女性冒険者だった。
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