三十三 腹が減っては戦は出来ぬ

 シギルがようやく止まったのは、開けた場所に到着してからだ。綺麗に調えられた円形の場所で、中央には噴水がある。


 ――広場かな。確かに、屋台が並んでるなー。


 円形の淵に沿うように、いくつもの屋台が出ていて人で賑わっていた。いい匂いに、空腹が刺激される。


 結構な速さで走った割に、シギルの息は上がっていない。ティザーベルも、魔力で補正を入れているので、汗一つかいていなかった。


 止まってからも掴みっぱなしだった手に気付き、シギルが慌ててティザーベルの手を放す。


「わ! 悪かった! ……でも、あのままギルドにいたら、すぐに囲まれてたと思うから」


 確かに、魔法士で冒険者をやるのはかなり珍しい事なのは自覚している。そして、実際に攻撃が使える魔法士が少ない事も。


 一人で依頼達成報告に来て、しかもそれが東の辺境から来た冒険者となれば、依頼内容は護衛とわかる。一人、ないし魔法士でも護衛の仕事が出来る程の腕があるとわかれば、我先にとパーティーへの加入合戦が始まるだろう。実際、あの場で数人こちらに興味を示した人間がいたのを感じていた。 


 もっとも、帝都で仕事をし始めればティザーベルが魔法士だとすぐにバレる事だし、何よりティザーベル自身に隠しておこうという気がない。


 そんなこちら側の事情を知らないシギルは、大きな体を小さくして謝罪してきた。


「本当、悪い! つい、あんな大声で言っちまって……もし、この事で不都合があったら、俺に言ってくれ。何でもする!」

「構いませんよ。これから帝都で仕事をするつもりだから、知れ渡るのもすぐだったでしょうし。第一、魔法士だって事は隠してません」


 ティザーベルの言葉を聞いて、一瞬嬉しそうにしたシギルは、次の瞬間には首を思いきり振っている。


「いやいやいや、それでも俺が悪い事には変わりない。あんな場所で大声で言うべき事じゃなかった」


 どうやら、このシギルという男はかなり義理堅い人物のようだ。ここでもういいと言っても、簡単には引き下がらないだろう。


 ではどうするか。こういう手合いには、軽い頼み事をしてチャラにしてしまうのが一番だと、いつか誰かに聞いた気がする。


 既にギルドで親切にしてもらった分で相殺されていると思うのだが、相手はそう思っていないのだろう。ティザーベルは、ちらりと周囲の屋台を見た。


「あー、じゃあ、屋台で何か驕ってもらっていいですか? お腹空いちゃって……」


 苦笑しながらそう言うと、ぽかんとした顔を見せたシギルは、すぐに満面の笑みを浮かべる。


「よし! 任しておけ!!」


 そう言うと、ティザーベルを近場のベンチに座らせて、自分は屋台に買い物に走って行った。


 ややして、シギルは両手で籠を抱えて戻り、その中にぎっしり詰められた食べ物を見せてくる。


「どれでも好きなもの、食ってくれ」


 大きな葉を編んだ籠に入れられていたのは、いい匂いのする炊き込みご飯のような代物に、魚介のスープ、果物、肉の串焼き、果物に焼き菓子まであった。どれもラザトークスでは見た事のない料理だから、帝都の名物かもしれない。


「凄いですね……」

「いやあ、見ていたら俺が食べたくなって……」


 どうやら、彼も空腹に堪えかねたようだ。籠の中から、炊き込みご飯のようなものを取る。大きな葉を三角錐に巻いて、その中に盛られていた。薄くて小さい木べらのようなものがついていて、これですくって食べるらしい。アイスについている木のスプーンのようだ。


 しげしげと見ていると、シギルがきょとんとこちらを見ている。


「何か?」

「いや、へらをそんなに見てどうしたのかと思ったんだよ」

「ああ……故郷では、もっとしっかりした木のさじがつくんですよ。入れ物も、木をくりぬいたお椀なりお皿だし」


 使い終わったら、店に戻すのだ。木材が豊富なラザトークスならではだったのかもしれない。


 ティザーベルの言葉に、シギルは感心したように頷いた。


「へえー、地方によって色々だなあ。帝都じゃあ、こういった葉に包むか、こっちみたいに木の実の殻に入れてくれるんだよ。食い終わったら、あのデカいゴミ箱に捨てればいい」

「なるほど」


 手渡された丸い木の実の殻の中には、熱々のスープが入っている。具も大きくてたくさん入っていて、これだけでお腹いっぱいになりそうだ。


 葉に包まれた炊き込みご飯は、米ではなく何かの雑穀のようだ。もっちりとした食感は楽しく、味付けも濃いめだけれど複雑な味が絡んでなかなかおいしい。少し辛目なのは、香辛料を多めに使っている証拠か。


 帝国では、南方で香辛料の栽培が盛んな為、国内には香辛料が行き渡っている。地方によって使い方は異なるが、庶民でも安価に手に入れることが出来るのだ。


 魚介のスープも、白身の魚の身がほろほろと崩れておいしい。こちらは魚の出汁がよく出ていて、優しい味だ。それらを平らげて、やっと満足感を得られる事が出来た。


「おいしかったです、ごちそうさまでした」

「何だ、それっぽっちでいいのか? ほら、果物はどうだ? 焼き菓子もあるぞ?」

「……いただきます」


 甘い物は別腹なのだ。桃によく似た果物であるネーシルを一つ手に取る。これはラザトークスでは高価で、あまり食べられなかったのだ。帝都の周辺で作っている果物だから、ここだと安く手に入るのだろう。


 薄い皮ごといけるこの果物は、果汁が多く甘みが強い事で知られている。下手な食べ方をすると、手も口周りも果汁でべとべとになるのだ。ティザーベルは、ここでもこっそり魔力を使って、果汁を手や口周り、服などに落とさないようにしている。魔力万歳だ。


 久しぶりに食べたネーシルは、とても甘くておいしかった。ティザーベルが果物を食べている間に、シギルは残った料理を全て食べたようだ。大した食欲である。


 ――これだけ大きな体を維持するには、これくらい必要なのかもね。


 ぼんやり眺めるティザーベルの前で、シギルは最後の串焼きを口に放り込む。


「ん? 欲しかったか?」

「いいえ。よく食べるなあって思って」

「そうか? このくらい、普通だろう?」


 一体どこの普通なのか。突っ込むのはやめて、代わりに一番小さい焼き菓子を手にとる。


 ラザトークスでも見かけた素朴な菓子は、前世で食べたスコーンに似ている。ドライフルーツ入りのそれは、ほのかな甘さでおいしかった。


 三口ばかりで食べ終わる大きさもいい。別腹と言いつつつい食べ過ぎてしまったので、少し動いて腹ごなしをしなくては。


 ゴーゼとの待ち合わせまで少しある。初めての帝都なのだから、少し自分の足で歩いてみるべきではないか。


 そう決めると、ティザーベルはベンチから立ち上がった。


「本当に、ありがとうございました。最後にお菓子までいただいてしまって」


 改めてシギルに礼を言うと、彼は顔の前で手を振る。


「いいって。それよりもこれ、残った分は持っていってくれ」

「でも……」

「実を言うと、甘い物は苦手なんだ」


 ぼそりと呟く彼の様子がおかしくて、ティザーベルが笑うとシギルも釣られたのか笑った。ひとしきり笑った後、結局焼き菓子をもらう事にする。


「これ、遠慮なくいただいていきますね」

「ああ、たらふく食ってくれ」


 そんなに食べたら太りそうだな、と思いつつ、表には出さずにおいた。シギルはこのままギルドに戻るそうなので、ここでお別れだ。礼を言うと、彼はぽかんとした後にがしがしと頭をかく。


「礼を言われるような事はしてねえよ。まあ、その……なんだ。困った事があったら、いつでも相談に乗るから」

「ありがとうございます。じゃあ、これで」

「ああ、気を付けてな」


 広場でシギルと別れた後、魔力の糸を伸ばして周辺を探った。正直、帝都には着いたばかりでまだここがどこかもよくわかっていない。


「とりあえず、ゴーゼさんと落ち合わなきゃ」


 糸に引っかかったゴーゼの気配に、もらった焼き菓子を移動倉庫にしまいながらティザーベルは歩き出した。

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