過去 帝都編

三十一 帝都ナザーブイ

 パズパシャ帝国帝都、ナザーブイは巨大な街だ。各地方と帝都を結ぶ水路が幾筋も整然と流れ込んでいて、街中にもいくつも運河が網の目のように張り巡らされているらしい。それらから、ナザーブイは水の都とも呼ばれるのだとか。


「うわあ……」


 ティザーベルが、今生で初めて目にする大都市である。まさしくおのぼりさん状態で、見るもの全てに感心していた。


 ラザトークスは東に大森林を擁する関係上、建物は安価に手に入れられる木材で作られていたが、ナザーブイは違う。街中が石で出来ているようだ。


 建物や街をぐるりと囲む高い壁はもちろん、道も全て石敷きだった。逆に土が剥き出しの部分を見つける方が苦労するだろう。


 街中の主要な運搬手段は運河を使った水運だそうだが、道もきちんと整備されている。とはいえ、運河を使う方が早く到着するらしい。


 実際、今も運河を行く小舟に乗っている。


「デロル商会の本店って、帝都のど真ん中にあるんですか?」

「ええ、初代が店を開いたのは、丁度この帝都が造られた頃だそうですよ」


 という事は、二百年は前という事だ。デロル商会が大店であり老舗と言われるには、それなりの理由があった。これから向かうデロル商会本店を見るのが、少し楽しみになったティザーベルである。




 オテロップから帝都まで、問題らしい問題は何も起こらなかった。これが本来の姿なのだろうけれど、ラザトークスを出ていきなりあの騒動だったから、その後が平和すぎると感じても誰にも責められまい。


 水路の旅では、ずっとレモとヤードが一緒だった。やはりあちらも帝都までずっと各停船を使う移動で、滞在する街のギルドの視察を行っていたらしい。


 その視察組とも、いつの間にか話す仲になっていた。こちらが冒険者だとわかると、やはり同じギルド所属という事で気安くなったようだ。


 視察組の二人は夕食時の酒が入ると、なかなか口が軽くなるタイプだったらしく、面白い裏話も多く聞けたので楽しかった。


 もっとも、これは余所では話せない内容になりそうだったので、自主的に口外しないように自分を戒めておこうと思う。


 逆に、こちらのあれこれを詮索される事が一切なかったのは、彼等全員が冒険者というものをよく知っているからだろう。


 誰でもなれる冒険者は、すねに傷を持つ者が多い。従って、大半が探られたくない過去を持っているのだ。そうした事から、ギルドでは冒険者同士はもちろん、ギルド職員すらも冒険者の過去を詮索してはならないという不文律がある。彼等は全員、それをきちんと理解しているのだ。


 もっとも、ティザーベルに探られて痛い腹はない。単純に、他に就ける職がなかったから冒険者をやっているだけなのだから。


 聞かれたら軽く言おうと思っていたのに、誰からも聞かれなかったので、ちょっと肩すかしを食らった気分になったのは内緒だ。


 帝都に着いてすぐ、ギルド本部に直行する視察組とは別れた。無論、レモとヤードともだ。


 二人に関しては、帝都で仕事をしていれば会う機会も多いだろうと言われたので、寂しいとは思わない。きっと、ギルド本部で依頼を受ければ顔を合わせる事もあるだろう。


 とりあえず、目の前の問題としては帝都で暮らす部屋をどうにかする事だ。


 これに関しては、ギルドが仲介してくれるので、そちらで探そうと思う。ラザトークスのように、部屋を借りるにも保証人が必要になると困るけど。


 ――こっちには知り合い、一人もいないからなあ……


 ついそんな事を考えて、水路の水面を見ながら黄昏れてしまった。


「どうかしましたか? ティザーベルさん」

「え? ああ、何でもないです。初めてこんな大きな都に来たから、気後れしてるのかな?」


 ゴーゼに聞かれたので、適当に誤魔化しておいた。田舎娘が都会に出てきて圧倒されるなんていうのは、よく聞く話である。


 ゴーゼも誤魔化されてくれたようだ。


「そうでしたか。人は多いですが、意外と暮らしやすい場所ですよ、帝都は」「そうなんですか? ちょっと気が楽になりました」


 そんな他愛のない事を話していると、小舟は目的地に到着していた。


「さあ、到着しましたよ。ここが我がデロル商会のナザーブイ総本店です」


 そう言うゴーゼの背後には、実に巨大な建物が建っている。前世で見た大聖堂くらいの大きさではないだろうか。


 ナザーブイ総本店は白い石材で出来た重厚な作りで、店の前には広場まである。縦にも横にも大きく、そこに入っていく人の数がまた凄い。


 ぽかんと総本店を見上げるティザーベルを、ゴーゼは温かい笑顔で見ていた。


「いらっしゃいませ。ようこそ、デロル商会総本店へ」


 入り口を潜ると、ドアの両脇にいる店員に出迎えられる。彼等彼女等は、訪れる客を出迎え、店内の案内をする為にいるそうだ。


 総本店は一人で回っても問題ないが、探している品がある、総本店に来るのが初めてで売り場がよくわからない、そういった客には先程の店員が案内役を務めるという。


 ――コンシェルジュ?


 誰が取り入れた方法かは知らないが、このやり方でデロル商会総本店は、他の追随を許さない存在になっているのだとか。


 ゴーゼは近くにいた店員を捕まえて、総本店長へ連絡を付けてほしいと頼む。


「ラザトークス支店長、ゴーゼが来たと言えばわかります」

「! わ、わかりました! ただいま案内の者が参りますので、少々お待ちくださいませ」


 言うが早いか、店員は近くにいる別の店員の耳に何事か囁くと、その場を走り去っていった。客の前で店内を走るのは、マナーとしていいのだろうかと思いつつ、店員の背中を見送るティザーベルの耳に、ゴーゼの嘆きが入った。


「ああ、あのように慌てて……あれでは修行のやり直しですね」


 走り去った店員の未来は、明るくはないようだ。




 走り去った店員とは別の人に案内され、ティザーベルはゴーゼと共に店の裏に入った。多分、普通なら入れない区域だ。


 ――デパートなんかのバックヤード的な? の割には綺麗な廊下だけど。


 裏は裏でも、来客に見せてもいい裏の部分なのかもしれない。通されたのは、小綺麗な部屋だった。


「こちらで、もう少々お待ちください」


 そう言うと、案内してくれた人は部屋を去って行く。残されたのは、ぽかんとしっぱなしのティザーベルと、にこにことしているゴーゼの二人だ。


「……ゴーゼさんが、どうしてヤサグラン侯爵様とお知り合いなのか、わかった気がします」


 これだけの巨大な商会なら、皇宮に出入りして皇帝とも直接取引をしています、と言われても信じられる。


 少し遠い目になっているティザーベルに、ゴーゼは苦笑した。


「まあ、総本店は帝都にある分、貴族の方々にもご愛用いただいていますから。置いている品も、帝国中から集めている逸品なので、良かったら後で売り場を見てみませんか?」

「いいんですか? 楽しみです」


 正直、店内を回る程精神力がもつかどうかは謎だが、せっかく厚意で言ってくれているのだ、無碍にするのも憚られる。


 それに、帝国中から集めた品というのに興味があるのも、本当の事だ。何せ生まれてこの方、ラザトークスから出た事がない身である。他の地域にどんな品があるか、知りようがなかった。


 やはりセロアの情報共有システムの構築が待ち遠しい。前世のインターネットのように普及してくれれば、遠い場所の事でも簡単に知る事が出来るだろう。


 その部屋で待つ事しばし。出されたお茶と茶菓子を堪能し終わる頃に、再び案内の人員が来た。


 彼についていくと、狭い部屋に通される。何かと思ったら、エレベータだった。


 ――エレベーター……あるんだ……


 古風な外見に似つかわしく、レトロなタイプのエレベーターだ。階数表示を見ると、最上階まで行くらしい。


 コンシェルジュといいエレベーターといい、もしやデロル商会の初代は転生者もしくは転移者だったのではないか。


 そんな疑惑を持ちつつも、最上階の部屋に通された。


「おお、ゴーゼ。久しぶりだな」

「お久しぶりです、ザハー兄さん」


 ここでも、兄弟弟子の再会のようだ。二人はお互いに肩を軽くたたき合いながら笑い合い、当たり障りのない挨拶を交わしている。


 それらが一段落して、ザハーと呼ばれた人物がティザーベルに向き合った。


「ところでゴーゼ。こちらのお嬢さんはどなたかな?」

「ああ、ラザトークスからナザーブイまで、私を護衛してくれた冒険者でティザーベルさんといいます。ティザーベルさん、こちらは私の兄弟子で、総本店長及び商会長を努めるザハーです」


 いきなりもの凄い人物を紹介されてしまった。


「は、初めまして、ティザーベルです」


 慌てたティザーベルは、何とか名乗る事は出来たけれど、作法的にこれで良かったのかどうかがわからない。そっと相手の様子を窺うと、ザハーは不機嫌そうには見えなかった。それどころか、何か興味深いものでも見るような目になっているのは、何故だろう。


「お見知りおきを。それにしても、こんなお若いお嬢さんが、しかも一人でゴーゼを護衛してきたとはね……」


 そういう事か、とティザーベルは納得する。普通、デロル商会程の大店相手の護衛依頼なら、高位の冒険者が複数所属するパーティーで受けるものだ。ソロで受けるにしても、ベテランがあたるべきというのが一般的な考え方だった。


 ザハーは、ティザーベルを疑っている訳でも、ゴーゼの依頼を受けるに相応しくないと思っている訳でもないようだ。だが、では何を考えているのかと言われれば、見当がつかない。


 ――大商会の長って、こういうものなの?


 日本で言うなら、大企業の社長や会長といったところだ。それこそそんな雲の上の人達の考え方など、前世も一般庶民でしかなかったティザーベルには理解出来なかった。


 そんなティザーベルの考えなど知るよしもないゴーゼは、声のトーンを落としてザハーに告げる。

 

「それに関しては、兄さんの耳に入れておきたい事があります」

「……ここでいいのか?」

「ええ、ティザーベルさんは知っていますから。というか、彼女も巻き込まれました」


 ゴーゼのこの言葉で、話す内容がオテロップの件だと知れる。確かにあれにはがっつり関わってしまっているので、ここで席を外したところであまり意味はない。


 ――軍の裏事情まで聞いちゃったしねえ……


 あれに関しては、口外すれば間違いなく、ティザーベルの首が物理的に飛ぶだろう。国家組織を甘く見てはいけないのだ。


 果たして、ゴーゼが語り出したのはオテロップでの出来事だった。


「オテロップで起こった巡回衛兵隊による事件は、聞き及んでいますか?」

「ああ、何でも、隊長が好き放題に暴れていたそうだな。ベンジントは無事だったと聞いてるのだが……」

「ええ、命は無事です。ですが、支店の方にはかなりの打撃があります」

「そうか……概算は出ているか?」

「おおよそ、八千万メローです」


 椅子の端でおとなしく座っていたティザーベルが、驚きで一瞬腰を上げそうになった。八千万とは、穏やかじゃない。


 とはいえ、辺境の支店でもデロル商会に置いてある品だ。ラザトークスでもいい品を買いたければデロル商会に行けと言われていた程なのだから、オテロップにもそれなりの品が置いてあったのだろう。


 ――単価のお高い品とかね……それに、あの問題児隊長には金も要求されていたみたいだし。


 そんな事を考えていると、ザハーは顎に手を当てて考え込んでいる。


「その程度で済んでましだったと思うべきかな?」

「とはいえ、ベンジントはかなり疲弊していますから、少し休みを与えた方がいいのではないでしょうか?」

「いや、今奴から仕事を取り上げれば、自信そのものを失ってしまう。金も人も、援助はいくらでもしてやる。だが、支店の建て直しはベンジント本人にやらせるんだ。大丈夫、我々の弟弟子はそこまで柔じゃないさ」


 ザハーはそう言って笑った。ゴーゼも、どこかほっとした様子だ。おそらく、彼もベンジントから仕事を奪う事の危険性を考えていたのではないか。


 だが、それ以上にベンジントの疲労度合いが大きいと判断したのだと思う。だからこそ、一度休ませてはどうかと提案したのだ。本人の責任ではないのに、任された支店に大損害を与えたのだから、ストレスも相当だろう。


 ザハーは、それらも踏まえて今が踏ん張り時だと判断した。それもやはり、ベンジントを信頼していればこそだ。


 お互いに強い絆で結ばれる仲間がいるというのは、こんなにも心強いものなのか。これからソロでやっていこうとしているティザーベルには、彼等の姿が眩しくも羨ましく感じられた。


 そんな感動を押し隠すティザーベルの前で、ゴーゼがザハーに囁く。


「実はですね、マヤロス様から補償はするとお約束いただいておりまして……」

「ほほう、ではせいぜいふっかけておくとするか。どうせケーワミフ家の没収財産が財源だろうからな」

「もうそこまで知っているとは。さすがザハー兄さん、耳がお早い事で」

「このくらい、商人なら当然よ」


 低い声で笑い合う二人に、先程の感動を返せと言いたくなったティザーベルだった。


 ――というか、リアル悪代官と越後屋……いや、どっちも商人だから、札差と廻船問屋とかか?


 まったくその場とはかけ離れた事で首を傾げるティザーベルの前で、ゴーゼとザハーは次々と話し合っては決めて行く。すっかりその場は商売の場と化していた。

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