二十九 軍監察官

 いよいよ謎集団が近づいてくるという時になって、ティザーベルはダメ元で索敵網を使い相手の情報を取ってみようと試みた。


 相手の人数、構成人員、持っている武器など外的な情報なら索敵網に鳥の目をプラスさせれば何とかいける。


 そう思って魔力の糸を蹄の音の方へ向かわせると、途中で何かに阻まれた。


「! 弾かれた……」


 という事は、あの集団には魔法士がいるという事だ、しかも、下手をすればティザーベル以上の使い手かもしれない。


 ティザーベルがいきなり叫んだ事で訝しんだ二人だが、彼女からの報告を受けると二人して渋い表情になった。これまでの事で、ティザーベルの魔法の力を嫌と言う程実感している二人だ。相手に彼女と同程度の魔法士がいた場合の厄介さにすぐ気付いたのだろう。


「……こちらに向かってきてるな」


 部屋の窓から外を見るヤードの言葉に、音から判断したのかレモが頷く。


「だな。嬢ちゃんの索敵網が徒になったかな?」

「えー? 私のせいなの?」


 幾分おどけた様子でそう言うティザーベルに、ヤードが冷静に答えた。


「いや、この場ではいい判断だった。それに、責任は全員にある」


 彼の言った内容に、ティザーベルは言葉に詰まる。こんな対応をされるのは、初めてかもしれない。


 孤児院にいた頃から気味が悪い子と周囲の子供達からも煙たがられ、お試しで預けられた家庭でも同様に奇異な目で見られた。


 唯一そういった目で見なかったユッヒは、仕事でヘマをした時には全てティザーベルのせいにしていた。そしてうまくいくと全部自分の手柄だと言う。今にして思えば、あの時彼が他の女と結婚すると言い出してくれて良かった。そうでなければ、今頃まだ彼に甘え倒されていたかもしれない。


 そんな経験ばかりだったからか、ヤードの責任云々の一言は嬉しかったのだ。対等に扱ってくれた事と、自分一人に責任を押しつけなかった事が、とても染みる。


 そうこうしているうちに、宿の外で馬のいななきが響いた。どうやら、ぐるりと囲まれているらしい。


 毒を食らわば皿まで。追加の襲撃者が来るのなら、そいつらもまとめて意識を刈り取ってやればいい。


 ――今度こそ、自分も矢面に立たないとね。向こうの魔法士がどれくらいの腕前か、まだわかんないし。


 索敵網に使っている魔力の糸は細く弱い。だからこそ弾くのは簡単だ。だが、逆にそれだけ見つかりにくいという事でもある。


 その索敵網を見つけて弾いたのか、それとも全てを弾く結界を張っていたのか。そこら辺が勝つか負けるかの分かれ道か。


 ――見つけてたならヤバい。そうでないなら、何とかなる!


 初めての魔法士との戦闘が、こんなぶっつけ本番になるとは。だが、予想しない戦闘に巻き込まれるのは、冒険者をやっているとよくある事だ。もっとも、その相手はこれまで魔物だったのだが。


 身構えていると、外から声が響いた。


「こちらはヤサグラン家私兵団である。デロル商会のゴーゼはこちらにいるか?」


 ティザーベル達は、またしても顔を見合わせた。だが、今度は全員の顔に喜びの表情が浮かんでいる。


「一だ!」


 そんな声までぴたりと合わさるなど、自分達は意外と息が合っているのかもしれないな、とティザーベルは思った。




 そこからは早かった。ゴーゼのいるオテロップ支店まで、私兵団のうちから七人程が向かう事をあちら側が決定し、ティザーベル達は道案内という形で彼等に同行する事になったのだ。


 七人の内訳はよくわからないが、内一人が私兵団長ではなかろうか。立派な体躯に一人鎧の仕様が違う。そんな事を横目で見ながら、ティザーベルは夜更けの大通りを無言で歩いた。


 この街に外灯はない。人は皆朝日と共に起きて、夕暮れと共に就寝する。明かり一つでも馬鹿に出来ないコストになるので、辺境であればある程夜更かしはしないのだと流れの冒険者に聞いた。そういえば、ラザトークスでも夜遅くまで開いている店は冒険者相手の店ばかりだ。


 背後では、小声で団員同士が何やら話し合っている。切れっ端に聞こえてくる内容から推察すると、軍規がどうのこうのと聞こえてくるので、ゴーゼから聞いた話を思い出した。


 彼が助けを求めたマヤロス侯爵家当主は、現在軍の監察役についているそうだ。特に辺境では軍規が乱れる事が多いので、監察役は辺境を巡る事が多いという。


 ――……でも、糸で測った限りでは、結構離れていたはずなんだけど。何か秘策があったとか?


 内心首を傾げつつも、表には出さないティザーベルだった。彼女でも、こうした腹芸くらいは出来るのだ。


 支店へ向かうと、ゴーゼもベンジントもまだ起きていたようだ。奥の手であるヤサグラン侯爵家の私兵団が来た事を告げると、ゴーゼは驚いて店先に出てきた。


 そして、ティザーベル達の背後を見て二度驚いている。


「何と! マヤロス様ではありませんか!!」

「おお、久しいな、ゴーゼ。息災なようで何よりだ」


 二人のやり取りに、ティザーベル達も驚き表情で背後の人物を見た。てっきり私兵団長だとばかり思っていた人物は、ヤサグラン侯爵家当主マヤロスその人だったようだ。


 ゴーゼは驚きと同時に、とても嬉しそうにしている。


「ご無沙汰いたしておりますのに、このような不躾な願いを急にしてしまい、お詫びのしようもございません。それにしても、まさかご自身がおいでになるとは。ああ、こんなところではなんですから、狭苦しい場所ですが中にお入りください。ベンジント、構わないかい?」

「も、もちろんです!」


 話の流れについていけず、その場に立ち尽くしていたベンジントは、ゴーゼの言葉にどもりながらも了承した。


 通されたのは、先日もお邪魔した部屋だ。どうもこの支店で客をもてなす時専用の部屋らしい。


「す、すぐに何かお飲み物を――」

「ああ、よいよい。こんな夜更けに押しかけたこちらが悪いのだ。もてなさずとも構わぬ」


 軍人だという侯爵は、見たままの豪快な性格のようだ。筋骨隆々、まさしく剣を振りまわすのが似つかわしい御仁である。だからこそ、ティザーベル達も私兵団の人間と思い込んだ訳だが。


 侯爵の申し出に、ゴーゼが茶化すような声を出した。


「そういう訳にも参りませんよ、マヤロス様。侯爵閣下をもてなしたとなれば、この支店の誉れになります」

「はっはっは。相変わらず口がうまいなゴーゼ。何、そういう事なら茶でも一杯馳走になろうか」

「た、ただいま!」


 そう言うと、ベンジントはあっという間に部屋からいなくなってしまう。残されたのはティザーベルとヤード、レモの冒険者組と、ゴーゼ、それにヤサグラン侯爵とお付きの者五名だ。


 先に口を開いたのはゴーゼである。


「改めまして、ご無沙汰いたしておりました、マヤロス様。ご健勝そうで何よりです」

「お前もな。まったく、辺境に引っ込んだと思ったら便り一つよこさん。何の為に私信をお前に渡したと思っているんだ」

「それも今回、このような形で使わせていただきました。本当にありがとうございます。それにしても、随分とお早かったですね?」


 ゴーゼの疑問に、ヤサグラン侯爵はにやりと笑った。それだけで、何やらゴーゼは納得したらしく、満足そうに頷いている。


 ――……何がどうなってんの?


 試しにそっとヤードとレモの様子を窺うが、二人とも理解出来ていない様子だ。おそらく、あの二人の間でのみ通じる何かがあるのだろう。


 そう納得していると、今度は侯爵が聞いてきた。


「さて、ゴーゼよ、手紙にしたためてあった事は、真実か?」


 先程までの豪快さはどこへやら、獰猛な雰囲気を醸し出している。こちらが、侯爵の真の姿なのだろうか。まるで森の奥でヤバい魔物に出会ったような気分だ。


 内心冷や汗をかいていると、ゴーゼは冷静な声で答えた。


「ご自身の目で、確かめられたのではありませんか?」


 侯爵は、軽く片眉を上げる。確かに、あの宿屋の惨状をこの人物は目撃している。その場で、レモが簡単な説明もしていた。襲撃してきた彼等が、この街にいる巡回衛兵隊である可能性が高い事も、その場で伝えてある。


 この場での交渉に、この街の未来がかかっていると言ってもいい。ここで行われていた衛兵隊長による専横が事実と認められれば、侯爵から中央へ直接報告してもらえるとゴーゼは言っていた。


 だが、認めてもらえなければ、下手をするとティザーベル達の命がなくなる。


 ――権力者なんてものは、庶民を平気で切り捨てるものね。


 ラザトークスはそうでもないが、流れの冒険者に聞く限り酷い地方もあるという。彼等はそうした土地から逃げる為に、冒険者になったのだと言っていた。


 果たして、ゴーゼが頼るこの侯爵様は、真の貴族か、それとも横暴な独裁者か。

 ティザーベルが見つめる先で、ゴーゼの言葉を聞いた侯爵は背後のお付きの者を振り返った。


「確認してあるな?」

「中に数名、見知った者がいました。他の者達も、盗賊と言うには身綺麗過ぎます。おそらく、彼等が言ったように全員巡回衛兵隊員かと」

「そうか……」


 お付きの者の報告を受けた侯爵は、そう言うと組んだ手をぎりぎりと言わせている。その表情は怒りを抑え込んでいるものだった。


「痴れ者共が。民を護るべき衛兵隊員が皇帝陛下の民を虐げるなど、もっての外である。軍監察役の儂自ら引導を渡してくれるわ!」

「閣下、お待ちを」


 いきり立つ侯爵を止めたのは、お付きの者の一人だ。


「彼等は衛兵隊長の不正の生き証人です。ここで首をはねられては困ります。隊長の罪を全て明らかにするまでは、生かしておくべきかと。これも軍監察である閣下のお役目にございます」

「むう……そうか。残念だが、連中の罪を全て白日の下にさらす方が先だな」


 理屈の通った言葉だったからか、侯爵はお付きの言葉を受け入れた。それでこそ、生きたまま捕らえた意味があるというものだ。


 もっとも、ティザーベル的には死体を見たくないという、とても個人的な理由からいつものスタイルを選択したに過ぎないのだが。


 とりあえず、目の前であの大人数が処刑される事は免れたようだ。内心ほっと胸をなで下ろしていると、侯爵が沈痛な表情をしていた。


「子爵には悪い事をした。彼が領地の状況に目を配れる状態なら、こんな事にはならなかっただろうに」


 侯爵の言う子爵とは、オテロップ地方を治めるヘナゼイ子爵の事か。確か、帝都で魔法士部隊の再編成に関わっているという。


 その子爵に、何故軍のヤサグラン侯爵が「悪い事をした」と言わなければなならないのか。


 首を傾げていると、不意に侯爵がにやりと笑った。


「オテロップの不祥事に首を突っ込んだ以上、ここで見聞きした事は他言無用だ。覚悟はしているな?」


 大型の肉食獣のような様子でそんな事を言われれば、黙って頷く以外に手はない。もとより、ギルド辺りにでも聞かれなければ、外で吹聴したりはしなかった。


 ――あ、セロアくらいには話したかも。


 とはいえ、耳の早い彼女の事だ。どこかから詳細な情報を仕入れる事だろう。

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