二十七 黒い噂
デロル商会オテロップ支店は、他の辺境支店同様幅広い品を扱っている。特に帝都からの品は人気で、仕入れが追いつかない程だそうだ。
「ですが、今ではそれらの品も売れ残る有様でして……」
そう言って肩を落とすのは、オテロップ支店長ベンジントである。あの後、結局支店の奥へ三人とも招き入れられ、オテロップの現状を教えてもらう事になった。
どうやらこの街がおかしくなったのは、例の問題児隊長が着任した三年前からだという。
彼は中央貴族の出身で、それを笠に着てやりたい放題なのだとか。本来なら街のまとめ役が諫めるところだが、今の隊が着任する丁度同じ頃に新しいまとめ役に交代したという。このまとめ役も厄介だそうだ。
「まとめ役は街の住人側に立つべき存在なんですが、新しいまとめ役はすっかり衛兵隊長の言いなりで……」
「どうしてそんな奴がまとめ役に就いたんだ?」
ヤードのもっともな質問に、ベンジントは俯いた。どうやら、このまとめ役就任にも色々とあったらしい。
まとめ役とは、街や村などを文字通りまとめるのが仕事で、住民同士のもめ事や、冠婚葬祭でのしきり役、街全体で決めなくてはならない事柄が出た時の最終決定権を持つなど、領主から預かる自治体をきちんと回していくのが仕事だ。
領主は税さえ納めていれば、街の自治にまで首を突っ込んでくる事はない。もちろん、街側からの要請で領主の裁可を仰ぐ時はあるけれど。
オテロップのまとめ役の決め方は、専任者が指名する形だそうだ。ただ、今回の事は、どうにもおかしいとベンジントは言う。
「そもそも、今のまとめ役……ボツロスの就任には、黒い噂があるんだ」
「黒い噂?」
ベンジント以外の声が綺麗に合わさった。先代のまとめ役であるザトムが身罷る直前に、ボツロスを次のまとめ役に指名したそうだが、その現場を誰も見ていなかったという。
「つまり、そのザトム氏の最期に立ち会ったのはボツロス氏のみ、という事なのかい?」
ゴーゼが確認すると、ベンジントは無言のまま頷いた。何でもザトム氏は生涯独身だったそうで、家族はいなかったらしい。
その状況で何故ボツロスが最期に立ち会ったのかといえば、ボツロスはザトムの遠い親戚なのだそうだ。彼は長くオテロップを離れていて、つい三年前にふらりと戻ったかと思ったら、年で寝付いてしまっていたザトム氏の元に住み込んでしまったのだという。
「追い出せ、そんな奴」
呆れた口調のヤードの言葉に、ベンジントは力なく笑った。
「ボツロスがザトムさんの身内でなければ、俺たちもそうしたさ。でも、曲がりなりにも親族じゃあ、こっちは手の打ちようがない」
ザトムがボツロスを指名した証拠はないが、逆に指名していない証拠もない。これでボツロスをまとめ役から引きずり下ろすには、領主に掛け合わないとならないそうだが、現在この周辺の領主は帝都に行ったままで、あと半年は戻れないそうだ。
「この辺りの領主というと、ヘナゼイ子爵か」
「そりゃ戻れねえだろうなあ」
「何か知ってるの?」
ヤードとレモの言葉に、ティザーベルが尋ねる。オテロップの領主がそんな名前だという事も、彼女は知らなかった。
二人はしっかりと答えてくれる。
「ヘナゼイ子爵は年の割に有能な人物らしく、ここ数年は帝都の魔法士部隊の再編成にかかりきりだという噂だ」
「大分がたついているって事で、皇帝陛下肝いりでの再編成だってよ」
「まほうしぶたい? がたついてる?」
始めて聞く名だ。そのものずばりなら、魔法士で編成された部隊という事になるが。それに、がたついているというのも気になる。
二人の説明は、ティザーベルの予想とは違っていた。
「帝国の魔法士の中でも、選りすぐりの連中が所属する部隊だそうだ」
「もっとも、実情は御貴族様の坊ちゃん嬢ちゃんが幅を利かせていて、下手に平民が選ばれようものなら、手柄を全部横取りされるってえ話だ」
「うわサイテー」
そんな事なら、最初から貴族のみで構成された部隊を作ればいいのに。そんなティザーベルの言葉に、ヤードが呆れを隠さずに言い放った。
「貴族共の腕前が確かならな。もっとも、そうなら平民の手柄を横取りする必要もないし、再編成も必要なかろう」
確かに。魔法士の才能は貴族に出やすいとは聞いた事があるし、高名な魔法士は全て貴族出身だとも言われている。だが、真実は平民出身の魔法士から手柄を横取りしていたのだとしたら、魔法士部隊の面目は丸つぶれだ。これもまた、皇帝陛下の財産である臣民を損なう事態なのだろうから。
「それで再編成が皇帝の肝いりで行われる事になり、その責任者がここの領主様って訳?」
「そういう事だな」
頷くヤードを見ながら、見た事もないヘナゼイ子爵とやらにお疲れ様とエールを送りたくなったティザーベルだった。
「その再編成も、貴族の邪魔にあってなかなか進んでいないと聞いています」
そう言ったのは、ゴーゼだ。彼は総本店のある帝都との連絡を密に取っているそうで、向こうの事情にも明るい。
彼によれば、魔法士部隊に親族を送り込んでいる貴族家が特に反発しているらしく、また、子爵の爵位が低いのを理由に妨害工作も大っぴらに行っているという。
皇帝肝いりの再編成に、そこまで邪魔をして問題はないのだろうか。さすがにここで口にする事ではないと判断し、ティザーベルは黙っていた。
そんな彼女の前で、ゴーゼが溜息を吐く。
「それにしても、衛兵隊長が好き勝手したからといって、街全体がこんなに不景気なるとも思えないのだが……ベンジント、他に何かないのかい?」
彼の言い分ももっともだ。いくら衛兵隊が警察的な役割を担っていると言っても、言ってしまえばたかが衛兵隊である。街の経済にまで打撃を与えるような事にはならないのでは、というのがゴーゼの意見だった。
だが、やはりここでも例の問題児はやらかしているらしい。各商店でツケとは名ばかりの商品の強奪、仕入れの妨害、果てには自分達がこの街の治安を維持しているのだからと、金までせびりに来るという。
「どこのヤクザよ、それ」
「何だ? そのヤクザというのは」
「こっちの事。で? お金って、払っちゃったんですか?」
ちゃちゃを入れてきたレモは放って置いて、ティザーベルはベンジントに聞いてみた。
「最初は払わなかったんだ。中にはこの街を出ると言った商人もいて……でも……」
言葉に詰まるベンジントを何とかなだめすかしながら聞き出すと、街を出た人間は全て盗賊に襲われたと問題児隊長からの発表があったそうだ。
口先だけではないのかと思ったが、実際に何人かが死体で戻ってきてるという。
盗賊は街中にも出て、金を払わなかった店を狙って襲っていくそうだ。
「それってさあ……」
「間違いなく、あの衛兵隊長が裏で糸を引いてるだろ」
ティザーベルとヤードの言葉に、ベンジントは堰を切ったようにしゃべり出した。
「わかってる! 俺等だってどうにかしようと冒険者を雇おうとしたさ! でもあいつ等は先回りして冒険者に金を渡し、この街から追い払ってしまったんだ! 荒事なんて縁のない俺等にどうしろっていうんだよ! 街にいても殺される! 外に出ても殺される! 今じゃ皆家の外に殆ど出てこなくなっちまった。もうこの街はおしまいだ……それでも各停船が止まるので、街に関係ない人間が時折訪れるが、そういった者達に街の外への言伝を頼んでも、船毎襲われて台無しになる。こんな辺境じゃ中央である帝都の目も届かないから、連中のやりたい放題なんだ」
誰も何も言えなかった。ベンジント達も手をこまねいていただけではないのだ。おそらくは、船を襲った盗賊もあの問題児隊長の手の者だろう。ティザーベル達が捕まえた盗賊もだ。だから報奨金を出し渋ったり、支払い証明書を書かなかったりしたのではないか。
それにしても、故郷から近いこの街でそんな事が起こっていたなんて。衛兵隊の情報統制は行き届いているのか、それともこの国の情報伝達手段が人づてしかないからか、ラザトークスにはこの街の騒動など、全く届いていなかった。
――お気楽に過ごしていたもんなあ。
辺境で魔物の多い大森林がすぐ側にあったから、命の危険という意味では他の街よりも住みづらい街のはずだが、ティザーベルもセロアものんびりとした生活をしていたのだ。
まさか魔物の脅威がない街で、人の脅威度が上がっていたとは。
「衛兵隊って、追い出す訳にはいかないの?」
「あれは中央から派遣されているから、下手に追い出すと中央から敵認定されるぞ」
思わずこぼれたティザーベルの本音に、ヤードが答えた。この国で中央とは、帝都及びそこの政府を指す。
彼の言葉に、理不尽さを感じてつい言い返してしまった。
「隊長が好き放題やってても?」
「それを訴える場所も中央だ。俺等が代理で訴えるくらいは出来るが、各停船に乗るからどんなに早くとも十二日後になる。それまでこの街が持ちこたえればいいが」
現状、大通りを見た限りではもうぎりぎりではないだろうか。家に閉じこもっている民衆も、じきに飢えて動けなくなってしまう。
八方ふさがりにその場の空気が沈んでいると、ゴーゼが救いの手を差し伸べてくれた。
「一つ、手がない訳ではありません」
「ほ、本当か!? ゴーゼ兄さん!」
勢い込んでゴーゼに詰め寄るベンジントが発した言葉に、ティザーベルは驚きを隠せない。
「にいさん? え? お二人はご兄弟だったんですか?」
ゴーゼの家族構成までは知らなかったが、これは初耳だ。だが、ゴーゼから返ってきたのは、予想とは違う答えだった。
「いえ、兄と言っても兄弟子という意味です。各街の支店長を任せられているのは、私とほぼ同年代に店に入った者達ばかりでして。ベンジントは私より後に入ったものですから、弟弟子に当たります」
「あー、そうなんですねー」
デロル商会の支店は、主な街には必ずあると言われている。それらを預かる支店長が、全員ゴーゼの兄弟弟子という事か。
――すごいネットワークになりそう……
情報共有も素晴らしいものになりそうだが、それには素早く相手に伝える手段が必要になる。最初はギルドオンリーになるだろうが、セロアのシステムが構築されれば、劇的に変わるのではないだろうか。
少なくとも、辺境に中央の目が届かないという状況はなくなる。
――頑張れ、セロア。
ティザーベルは心の中で、自分より遅れて帝都に出る友達にエールを送った。
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