二十六 掃き溜めに鶴
賊の引き渡し及び報奨金の受け渡しは衛兵隊の詰め所で行われる。そちらに出向いて狭く質素な部屋で待っていると、尊大が服を着て歩いているような人物が入ってきた。
「これが盗賊討伐の報酬だ」
そう言って細身で嫌味な様子の衛兵隊長が放ってきた革袋は、どう見ても小銀貨七十八枚が入っている大きさではない。まさか銀貨で支払うのだろうか。
その場で、一番年長のレモが中身を改めると、入っていたのは小銀貨が七枚。たったの七万メローだ。
「おいおい、報酬の額が一桁間違っちゃねえか?」
「間違ってなどおらん。今回の賊討伐は依頼を受けたものではなかろう? ならば我が隊が支払えるのはその額だ」
そう言った衛兵隊長とやらは、下卑た笑みを浮かべている。完全にこちらを見下している目だ。
レモもそれには気付いているようで、隊長に対する態度をがらりと変えた。
「おかしいよなあ? 賊を生け捕りにした場合、最低でも一人頭三万メローは出るはずだ。こいつは皇帝陛下がお決めになった事で、帝国全土で一律のはずだぜ?」
ほんの少し威嚇を含めた恫喝めいた言葉だけで、相手の隊長は顔を青ざめさせている。これで本当に巡回衛兵隊の隊長なのだろうか。荒事も多い仕事と聞いていたので、隊長職に就くにはそれなり腕に覚えのある者でなければならないと思っていたのだが。
だが、続く隊長の言葉で、彼が今の地位にいる理由がわかった。
「わ、私を誰だと思っている!! 帝都でも名家に数えられるケーワミフ家の者だぞ!!」
どうやら、隊長は中央貴族の出身らしい。帝国にいる貴族は大きく二つに分かれる。常に帝都にいて重要な役職に就く事が多い家を中央貴族、年の半分以上を領地で過ごす家を辺境貴族と呼ぶ。どちらがより高位という分け方ではないが、中央の方が見栄っ張りで豪奢、辺境の方が質実剛健で質素と言われていた。
目の前で青い顔でぶるぶる震えながらも虚勢を張る姿は、なるほど中央貴族と言われれば納得出来る。
レモも思う所があったのか、しばしヤードと顔を見合わせ、深いため息を吐いて言った。
「じゃあまあ、とりあえず書類は用意してもらおうか。盗賊捕縛の報酬で七万メロー支払ったってな」
「だ、出す訳なかろう! お前達はとっとと金を持って出ていけ!!」
これにはさすがにティザーベルも呆気に取られた。ここで言う書類とは、報奨金の支払い証明書で、文字通りいくら支払ったかを明記するものだ。領収証の逆バージョンである。
これがないまま目の前の金をもらってしまうと、最悪衛兵隊から盗んだとしてティザーベル達が捕まってしまうではないか。
「ふざけてんじゃねえぞ? 中央のお偉い貴族様ってんなら、支払い証明書の重要性くらい知っていて当然のはずだろうが。ああ?」
「ひ、ひい!」
今度こそ軽い悲鳴を上げて、隊長は腰を抜かしてしまった。床に這いつくばってひいひい言っている隊長を前に、三人はうんざりした顔でお互いを見やる。
目の前のこの物体をどうしたものか。その答えは意外な場所からやってきた。
「隊長、いつまで……一体、何があったんだ?」
入室の一言を掛けて部屋に入ってきたのは、衛兵隊の制服をきっちりと着込んだ兵士だ。彼は床に這いつくばる隊長を見ると一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにティザーベル達に理由を聞いてきた。一方的にこちらを悪者にしない辺り、この隊長の普段の行いが知れるというものだ。
この人相手なら少しは話が通じると思ったのか、レモが先程までの顛末を語り始める。
「さっき到着した各停船に乗っている者だけどな、水路で盗賊に襲われたんで返り討ちにして捕縛してきたんだよ。その報奨金をもらっていた最中だったんだがな、こちらの隊長様が七万メローで我慢しろ、支払い証明書も出さんと仰る。それじゃあ、こっちも困るんだよ。わかるだろう?」
レモの説明を聞いた兵士は、途中から顔色を悪くして段々俯いていってしまった。隊長がやらかした事がいかに非常識な事か、彼にもわかったのだろう。
「……すまん、すぐに報奨金を用意しよう。支払い証明書も出す」
これに慌てたのは隊長だ。彼は今まで這いつくばっていた床からいきなり立ち上がって兵士に詰め寄った。
「やめろ! そんな事をしたら――」
「あんたは黙っていてください。きちんとしておかないと、後で痛い目を見るのはあんたなんですよ」
胸ぐらを掴まれた兵士は、そう冷たく言い放って隊長の手を振りほどく。そのまま部屋を出ていく彼の後ろを、隊長も何やら文句を言いながら付いていった。
残された三人はお互いに顔を見合わせて溜息を吐く。どこにも使えない人材というのはいるが、よりにもよって巡回衛兵隊の隊長職にいるとは。
「この近辺の治安維持は怪しいな」
「ラザトークスの担当でなくて良かった……」
ヤードの言葉に、ティザーベルも同意してつい本音を漏らした。ここオテロップを拠点にしているのなら、あの隊長が率いる衛兵隊の管轄区域はこの周辺の四つの街と九つの村だけだ。
とはいえ、一つ駄目な衛兵隊長を見てしまったので、他にも駄目隊長がいないとも限らない。幸い、ラザトークスはギルド支部長のリサントが睨みを利かせているので、あの街の治安は心配いらないが。
そんな事を考えていると、先程の兵士が先程のものより大きい革袋を持ってきた。
「中身を確かめてくれ。最低額の七十八万メローしか出せないが……」
「いや、こっちは構わんよ。……ん、確かに。お手数だが、ここで山分けしたいんだが、立ち会ってもらえるかい?」
「ああ」
兵士に確認が取れたので、レモは革袋から出した銀貨を分け始める。小銀貨できっちり二十六枚ずつだ。
「よし、本当にいいんだな? 嬢ちゃん」
この期に及んで、まだ分け前をもらうことに躊躇しているレモに問われたが、危険に身をさらしたのはティザーベルではなく彼等なのだ。当然、この金をもらう権利は彼等にもちゃんとある。
「何度もいいって言ったでしょ? じゃあこの二十六万メローはもらうね」
そう言うと、ティザーベルは自分の取り分を肩掛け鞄のふりをした移動倉庫に放り込む。これのおかげで旅も楽なものだ。
レモとヤードが渋々金を受け取ったのを見て、兵士が声を掛けてきた。
「君達が報奨金を三分割した事を、支払い証明書に追記しておいた。これでもめ事は起きないだろう」
「ありがとうよ」
これで報奨金を分けた際、衛兵隊が立ち会ったという証明が出来る。よくわかっている兵士だ。
それだけに、あの隊長の下にいるのは忍びない。
――と言っても、私に出来る事なんてないけどね。
衛兵隊は国の組織であり、人事権は軍にある。あの隊長を見る限り、帝国軍の上層部は腐りきっているのかもしれない。
そんな事を思いながら例の兵士を見ていると、先程まで和やかな表情をしていた彼が、急に眉を顰めた。
「それと、いきなりこんな事を言うのは何だが、早めにこの街を出た方がいい。出来れば今すぐに」
発言内容を聞いて、ヤードが目をすがめる。
「それは脅しか?」
「……忠告だ」
兵士の苦しそうな表情から、彼も苦労しているんだろうなと知れた。とはいえ、あの問題児である衛兵隊長を押さえられないのなら意味はない。同情はするけれど、こちらも被害を受けている状態なので手を貸す気にもならなかった。
詰め所を出た後、三人で一旦デロル商会オテロップ支店へと向かう。ティザーベルの護衛依頼の内容を聞いて、二人が付き合っている形だ。
「俺等の方も、各街で用事のある連中の護衛だからな」
そう言うレモは、悠然と街中を歩いている。ヤードはその隣で無言のままだ。そんな二人に、ティザーベルは一応確認を取っておく。
「ところで、後ろの人達の事は気付いているよね?」
「無論」
「当たり前だろうが」
おそらくは、あの問題児隊長の依頼を受けた者だろう。といっても、冒険者をやっている三人にはバレバレな尾行だが。
ヤード達はともかく、ティザーベルには索敵網がある。先程の兵士の言葉を受けて街中でも展開させていたら、しっかり敵が釣れた形だ。
「どうするの?」
「襲ってくるなら返り討ちだ」
「ですよねー」
ヤードとそんな事を話ながら大通りを進むと、デロル商会オテロップ支店が見えてきた。
それにしても、夕暮れ時とはいえ大通りのなんと閑散としている事か。ラザトークスでさえ、この時間帯は買い物客や飲みに出る冒険者などで賑わうというのに。
「随分と寂しい通りだな……」
まるでティザーベルの心の内を読んだようなヤードの呟きに、一瞬どきりとした。もっとも、この光景を見れば誰でも同じ感想を持つだろう。現にレモも軽く頷いて同意を示している。
周囲に視線をやりながら、ヤードが呟く。
「辺境だからか?」
「でも、ラザトークスはもう少し活気があるよ?」
「だよなあ。とするなら、やっぱり何か原因があるんだろうよ」
ティザーベルの言葉を聞いて、レモが腕を組んだ。何か原因があるにせよ、それは街がどうにかするべきであり、所詮余所者の自分達が関わる事ではない。
それはわかっていても、先程見た疲れた様子の兵士や、この閑散とした大通りを見ると切なくなる。同じ辺境で生まれ育った故か。
「街を治めている者が動いてくれればいいんだが……嫌な予感がするんだよなあ」
そう言ったきり、レモは口を閉じた。もうオテロップ支店が目の前という事もあるが、それ以上言う立場にないと彼なりに感じたからかもしれない。
デロル商会オテロップ支店も、周囲の商店同様あまり繁盛している様子はなかった。これがラザトークスなら、閉店間際まで人で溢れているのに。支店長の腕というよりは、やはり街全体の雰囲気が良くないせいか。
支店に入り、ゴーゼを呼び出してもらうと、店舗の奥から難しい顔をしたゴーゼと見慣れぬ男性が一緒に出てきた。
「ティザーベルさん。衛兵隊の方は、どうでしたか? 何かされませんでしたか?」
ゴーゼにそう問われて、何もなかったと返しそうになってはたと気付く。何故、ゴーゼは衛兵隊で何かされたのではないかと思ったのか。
ティザーベルはちらりと二人組を見た。二人からも視線を送られているが、向こうが動く気配はない。ゴーゼはティザーベルの依頼主なのだから、こちらが動くべきと思っているようだ。
「……ゴーゼさん、この街の衛兵隊の事で、何かご存知ですか?」
「やはり、されたんですね? 一体何を――」
「あー、落ち着け落ち着け。ちっと金をけちられそうになったのと、書類をもらい損ねそうになっただけだって」
勢い込むゴーゼを押さえたのはレモだった。それにしても、ゴーゼの中では一体どんなドラマが展開していたのやら。
――や、普通に暴行受けたとか思ったんだろうなあ……主に性的な。
二人組には言わず、ティザーベルに確認したのはそういう意味だろう。おそらく、情報源はここの支店長か。
ティザーベルがゴーゼの優しさに胸を打たれていると、その隣で余計な一言を言う男がいる。
「大体、こいつに手出しなんぞしたら、今頃あの隊長生きていないんじゃないか?」
「てい!」
「
とりあえず、失礼なヤードには乙女の肘鉄(魔力による小強化付き)をお見舞いしておいた。
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