二十五 水上の賊
船室に入る階段を下りると、ちょうど部屋から出てきたゴーゼに見つかった。
「おや、ティザーベルさん。甲板は飽きましたか?」
「いえいえ、これから盗賊が襲撃してくるんで、こっちに来たんです」
「は?」
驚くゴーゼに、手早く盗賊が近づいている事、先程下りてきた階段の上にある扉を魔法で開けなくしてある事、甲板に残っている二人にある魔法を使っている事などを話す。
ゴーゼは驚いていたが、すぐに頷いて理解してくれた。
「わかりました。ちょっと行って船長に話してきましょう。そうそう、私達にも上の二人にも危険はないんですよね?」
「あっちは危険って言ったら危険ですけど、多分普通の盗賊相手なら怪我一つしないと思いますよ」
何せ、物理魔法両方の攻撃を遮断する結界を張ってあるのだ。これを貫通出来るとなると、ティザーベルが上にいたところで確実に負ける。
それに、結界にはちょっとした仕掛けも施してあるのだ。あれならば相手を殺さず簡単に生け捕り出来るだろう。
「船室の人達の安全は、私が生きている限り保証します」
これも、物理魔法両方の結界が破られなければ、危険は一切ない。ただし、万が一相手に魔法士がいてティザーベルより実力が上だと、破られる可能性がある。その時は自分も戦闘に参加するだろうから、先程の言葉も本当だ。
もっとも、賊を探索する際に伸ばした自分の魔力の糸に気付いていないようだから、敵に魔法士がいるとは思えない。
「後はあの二人次第なんだけど……」
「よくわかりませんが、彼等は相当な手練れだそうですから、簡単には負けないと思いますよ」
「ですよねー」
ゴーゼの言葉に、適当に返事をしておく。ティザーベルが心配しているのは彼等が負ける事ではなく、やり過ぎないかという方だ。甲板に上がったら死屍累々とか絶対に嫌だ。血だらけも勘弁願いたい。
――だからこそ、あれを付けておいたんだし。
彼等がうまくやってくれていればいいのだが。操舵室へ向かうゴーゼを見送りながらティザーベルがそう思っていると、甲板の方が騒がしくなってきた。
「どれどれ」
船の前甲板が全体的に映るよう、カメラを仕掛けてある。もちろん、魔法で作り上げた使い捨てだ。
本来なら魔法道具として物質に術式を定着させた方が魔力消費という意味でも楽なのだが、さすがの魔法書にも魔法道具の作成方法までは載っていなかった。なので、術式で代用している。鳥の目を借りて敵陣を視認する術式を改造したのだ。最初の術式を開発した先達に感謝である。
今回、甲板に残る二人以外にも船体そのものに結界を施して置いた。そのついでに、船室の入り口より後ろに人がいかないよう、そちらにもしっかり結界を張ってある。おかげで戦場になっているのは前甲板だけだ。
そんな甲板の映像を手元に展開した疑似パネルで見ていると、いつの間にか戻ってきたゴーゼが一緒になって覗き込んできた。
「これは……もしかして、甲板の様子ですか?」
「そうですよ。安全なところから様子を見ることが出来ます。『鳥の目』という術式の改造版です」
画面の中では、お互いに背中を預けた二人が甲板に乗り込んできた賊達に対峙している。よく見れば、二人とも武器を手にしていない。
「か、彼等は武器を構えていませんよ!?」
ゴーゼの驚きはもっともだろう。だが、ティザーベルは彼等が自分の言葉を信じてくれた事が嬉しい。
二人には、結界を張る事、その周辺に賊撃退用の術式を施す事、敵に触れればそれだけで相手の意識を刈り取れる事を伝えておいた。
その上で、なるべくなら武器を使わず船を血で汚さないでほしいとも伝えておいたのだ。
「これで甲板が阿鼻叫喚の地獄絵図にならなくて済むわー」
「あびきょうかん?」
「あ、いえいえ、こちらの事ですう」
この場にゴーゼもいる事を忘れていた。画面では、二人に襲いかかった賊が次々と倒れていく姿が映っている。二人はその場で立っているだけだ。
その様子を見ていたゴーゼは、無言のままぽかんとしている。事情を知らずにこれを見れば、確かにおかしな状況に見えるだろう。
二人に張った結界その他の魔力コストは、全てティザーベルが担っている。彼等の結界と彼女の間は、非常に細い魔力の線で繋がっていて、その線を通して魔力を供給しているのだ。
これはユッヒと組んで仕事をしていた時にもよく使っていた手で、そのおかげで彼は仕事で怪我をした事が一度もない。だというのに、次から次へと高い装備を買い換えるのだから、ティザーベルが呆れても文句は言われまい。
そうして、襲撃者が船に乗り込んできてから全員昏倒させられるまで、体感でおよそ十分そこらか。これは上の二人が効率良く敵に接触しにいっていたからで、ティザーベルの術式だけではもっと時間がかかったと思われる。
手元の疑似画面を消していると、頭上から声がかかった。
「終わったぞー」
レモが涼しい顔で下りてくる。彼はそのまま船室の方へと消えていった。ティザーベルはゴーゼを置いたまま、甲板に向かう。
「おー、凄いね」
甲板を眺めると、意識を失った賊がごろごろと転がっていた。うめき声一つ上がっていないところを見ると、綺麗に意識は刈り取られているようだ。
ティザーベルが上がってきたのを見たのか、ヤードがこちらに向かってくる。
「あんたのおかげで助かった。礼を言う」
「二人の腕が良かったからね」
相手の褒め言葉に、こちらも返しておく。こちらの褒め言葉に反応しないのは、言い慣れているからなのか、気にしていないだけなのか。
それにしても、改めて倒れ伏している賊を見ると、ある光景が脳裏に浮かんだ。
「魚河岸のマグロ……」
実物を見た事はないが、テレビでなら見た事がある。きれいにならべられてはいないが、転がり様はまさしくあれだ。
げんなりした表情で呟いたティザーベルに、ヤードは眉を顰めて聞いてくる。
「今、何て言ったんだ? その、マグーロ? ってのは何だ?」
「何でもない。ところで、こいつらどうするの?」
さすがにこのまま甲板に転がしたままとはいくまい。ヤードに問うと、縄で縛って次の街に到着次第、管轄の巡回衛兵隊に突き出すのだそうだ。
巡回衛兵隊とは、帝都から各街に派遣される軍隊で、拠点の街を中心にして周囲の小さい街や村の治安維持を行う。日本でいう警察のような役割を担っていので、賊の捕縛も彼等の仕事なのだ。
「縄なんて持ってるの?」
「今レモが船室を探しに行ってる。この程度の船なら、縄くらい乗せてるだろう」
ヤードがそう言い終わる頃、下からレモが上がってきた。手にはしっかり縄がある。
それを使って全員を縛り上げ、途中で縄が足りなくなったので賊が着ている服を脱がして縄代わりにした。何とか全員を縛り上げた辺りで、ラザトークスの次の停泊地オテロップの街が見えてくる。
いつの間にやら船室から出てきた乗客達が騒ぎ出した。ここまでおとなしくしていたが、やはり賊に襲撃されたのは怖かったのだろう。
――当たり前か。普通の人は魔物との戦闘すら経験ないもんね。
そう考えると、自分もすっかり冒険者という職に染まっているのだなと思わされる。
オテロップに停泊した船から降ろした賊は、総勢二十六人だった。盗賊討伐は依頼を受けていなくても、最低でも一人頭三万メローの賞金がもらえる。今回の総額は七十八万メローはいく。
「頭割りでいい?」
そう提案したティザーベルに、レモとヤードが難色を示した。もっとよこせという類いではなく、自分達の取り分が多すぎるという。
――普通、お金多くもらえるのに断るとかあるのかな。
冒険者はいつ何時稼げなくなるかわからない職業なので、現金に対しては貪欲だ。プライドよりも金を優先する。
だが、目の前の二人は逆らしい。
「大体、俺等は賊の前に立ってただけだろうが。賞金全部あんたが持っていってもいいくらいだ」
ヤードの言葉に、レモも頷いている。これにはさすがに反論せざるを得ない。
「いやー、でも実際危ない場所にいたのは二人なんだからさ。危険手当とでも思えばいいんじゃない?」
「何だそりゃ?」
ティザーベルの「危険手当」という言葉が耳慣れないのか、レモが首を傾げている。危ない仕事は単純に報酬が高くなるが、「危険手当」という言葉も考え方もこの国にはないのだ。
「それに、手早く解決出来たのは二人がうまく動き回ってくれたからだし。だからやっぱり頭割りで」
その方が、後々面倒がなくていい。ギルドを通さない報酬の場合、分け方で後々問題が発生する事もあるという。今回はギルドの代わりに衛兵隊に立ち会ってもらって、記録を残しておけば問題にはならないだろう。
そう思っていたのだが。
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