二十四 さよなら、ラザトークス

 船着き場の朝は、冒険者のそれより早い。まだ朝の鐘が鳴っていない時間帯から、人々は働き出している。


 活気のある船着き場を奥へと進むと、人だかりのある船があった。本日乗る予定の各停船だ。


 定期運行されているこの船は、帝都ナザーブイとここラザトークスの間を行き来する船で、水路沿いにある街の船着き場には必ず停泊する。荷物の積み卸しや人の乗り降りがある為か、どの船着き場でも一泊するという。


 その分他の船着き場には寄らない直行船より帝都への到着は遅くなるが、船賃は安い。なので、各街へ行く人以外にも、安く帝都へ行こうと考える人もこの各停船を使うそうだ。


 船の出発を待つ人達の中に、ゴーゼの姿を探すが見つからない。その代わり、やたらと人目を引く二人組がいる。


 一人は精悍な顔つきの三十路の男で、全体的にがっしりとした体形だ。もう一人は彼より背が高く、輝くような金髪の偉丈夫だった。


 どちらもこの辺りでは見かけない顔だというのに加え、その出で立ちが垢抜けている。おかげで周囲の女性陣の視線が釘付けだ。


 もしや、彼等がセロアの言っていた「帝都から来た冒険者」だろうか。なるほど、このご面相なら騒がれるのも頷ける。確かに整った顔立ちだ。


 そんな事を考えながら彼等を眺めていると、背後から声がかかった。


「おはようございます、ティザーベルさん」


 依頼人のゴーゼだ。こちらが探すより先に、彼の方が見つけてくれたらしい。朝の挨拶を返すと、ゴーゼはそれまでティザーベルが見ていた方を見て、何やら頷いた。


「彼等は帝都から来た二人組だそうですよ。何でも、ギルド本部からの視察を護衛していたんだとか」

「視察……ですか?」


 はて、セロアはそんな事は言っていなかったが。もしかしたら、抜き打ちの視察だったのだろうか。


 ティザーベルの考えが正しかった事は、ゴーゼからの情報でわかった。


「最近、ギルド本部から各支部へ、抜き打ち視察をしているそうです。中央の目が届かない場所では、不正が横行しやすいですからね」

「なるほど」


 とはいえ、ラザトークスに関しては不正はあるまい。支部長のリサントがそういった事を毛嫌いしているので配下にも徹底させているし、何より彼自身が各部署に睨みを利かせている。


 ゴーゼも同意見らしく、この街ではめぼしい不正はなかったという事だ。それにしても、大店の支店長というのはそんな情報まで耳に入るのだろうか。


 ――……どっちかって言ったら、この街特有の情報共有度の方かな。


 何せ、個人情報も全て垂れ流し状態なのだ、ギルドの抜き打ち視察程度、あっという間に街中に広まっていても不思議はない。その場合の情報源は、やはりギルド職員なのだろう。


 よく見ると、目立つ二人組の側に、地味な二人組がいる。地味な方が、抜き打ち視察を行った職員と思われた。


 ――って事は、視察はもう終わったって訳か。


 帝都行き各停船の乗り場にいるのだから、彼等もティザーベル達と同じ船で帝都、もしくは途中の街へ行くのだろう。


 ふと、彼等を見ていて嫌な予感が頭をよぎった。何事もなければいいが。護衛としても、そう願うばかりである。




 水路の旅は快適なものだ。あの後何の問題もなく予定通りに出発した各停船は、七号水路を順調に進んでいる。このままいけば、昼過ぎには次の停泊地であるオテロップに到着だ。


 ティザーベルは、船の縁で流れる景色を眺めていた。水路を使った移動は、これが初めてだ。今までも他の街へ行く依頼を受けた事は何度かあるが、どれも移動は馬車だった。


 心配していた船酔いもない。かえって馬車より揺れない為快適だ。おかげで鼻歌まで出る始末である。


 七号水路は幅が広く、今乗っている大きさの船が余裕ですれ違える程度はあった。この水路のおかげで、辺境であるラザトークスにも中央からの物資が届くのだからありがたい。


 船の甲板には、ティザーベル以外にも人がいた。例の帝都からきた冒険者二人組だ。狭い甲板のせいで、彼等の会話も耳に入ってくる。


「やっと移動と思ったら、各停とはなあ」

「それが依頼だろうが」

「わかっちゃいるが、愚痴くらい言わせろや」


 彼等が話しているのを聞くのはこれが初めてだが、ティザーベルの耳は思いっきりダンボ状態になっていた。


 ――凄い……いい声……


 若い金髪の方の声が、彼女の好みのど真ん中なのだ。高すぎず低すぎず、響きのいい声だった。


 もっとしゃべらないかと耳をそばだてていたが、それきり二人は無言を貫いている。内心がっくりしながらも、年嵩の方が言っていた内容に同意していた。


 彼等が受けた依頼が抜き打ち視察の護衛なら、各停船が停泊する街全てのギルドを回る事になるだろう。面倒な仕事なのは確かだった。


 ――そりゃ、愚痴くらい言いたくもなるわな。


 直通でいけば数日で行き来出来る帝都が、各停では十三日もかかるのだ。冒険者は旅慣れている者が多いけれど、やはり移動は体力を消耗する。そんな中、周囲を警戒しなくてはならない護衛を務めるのだから、疲労度はいや増すはずだ。


 そんな事をぼんやり考えながら流れていく川岸を眺めていると、警戒用に張り巡らせた索敵網に引っかかるものがあった。


 これは魔力を編み目のように広げて、引っかかった生物の魔力を感知するもので、離れた場所にいる魔物や襲撃者の存在を知る事が出来る便利なものだ。ティザーベルのオリジナル術式なので、勝手に「索敵網」と呼んでいる。


 生物は多少なりとも魔力を有しているので、人工物でない限りこの網からは逃れられない。より詳しい情報をと思い、引っかかった存在に魔力の糸を向かわせる。これにより、相手が出す空気の振動を音として拾う事が出来る。糸電話の拡大版だ。


 伸ばした糸を耳元へ持っていく。


『そろそろ視認出来るぞ』

『全員、準備はいいな』

『ああ』


 どうやら、盗賊に間違いはないようだ。水路に出る賊の事を、水賊と呼ぶらしいが、盗賊は盗賊なのでどうでもいい。


 そのまま音を拾い続けると、何やら様子がおかしい事に気付く。


『……なあ、どうしても続けなきゃ駄目なのか?』

『しょうがないだろう?』

『あいつに逆らえるのかよ?』

『俺らだって、やりたかねえよ。でもな、逆らえばこっちが殺されるんだ。後はわかるよな?』


 どうも、誰かに嫌々盗賊をやらされているようだ。だからといって同情はしないが、さてどうしたものか。


 この船に護衛という役割で乗っているのはティザーベルの他は例の二人組だけだ。ここは情報を共有して共闘した方が得策だろう。


 というよりも、支援だけして実際の戦闘は彼等に任せたいと思う。ティザーベルは人外専門の魔法士なのだ。


 そうと決まれば話は早い、ティザーベルは二人の同業者に下手に出た。


「ちょっといいですか?」

「何か用かい? 嬢ちゃん」


 年嵩の「嬢ちゃん」という呼び方を内心不快に思うも、そこは表に出さずにっこりと笑った。


「この船を襲撃しようとしている賊がいるんだけど、情報いりませんか?」

「何だって?」


 二人とも、何を言ってるんだというのが丸わかりの表情だ。それもそのはず、索敵網のような魔力の使い方をする魔法士など、ティザーベルの他には聞いた事がない。多分、目の前の二人もだろう。


 というよりも、まともな魔法士は冒険者などという職には就かないのだ。他でいくらでも稼げる道があるのに、わざわざ危険が多い職を選ぶ馬鹿はいない。


 いい声の持ち主が、若干むっとした様子で口を開く。


「そういう冗談は他でやってくれ」

「どうして冗談だと思うのかな? お兄さん」


 そう言って小首を傾げると、相手が眉間の皺を深くした。確かにいきなり「これから襲撃者が来るよ」と言われて信じる人間はいないだろう。


 でも、理由くらい聞いてもいいと思うのだが。笑みを浮かべつつも目だけ笑っていないティザーベルと、眉間に深い皺を刻んだいい声が軽くにらみ合っていると、脇から声がかかった。


「とりあえず、にらみ合いはやめろや」


 のんびりした声を出したのは、年嵩の男だ。近くで見ると、結構皺がある。もしかしたら、アラサーではなくアラフォーかもしれない。


 そんな事を考えていると、年嵩がこちらをじろりと見てきた。


「嬢ちゃん、何かやな事考えるな?」

「え? 別におじさんの年齢がどのくらいか、なんて考えていないよ?」


 ティザーベルがけろっと答えると、年嵩の表情には苦みが増す。


「やっぱり考えてるじゃねえか……それより、そのおじさんってのはどうにかなんねえか? 一挙に老け込んだ気分になる」

「だって、名前知らないし」


 ティザーベルの言葉に、二人は驚いた顔をしている。彼等に自己紹介された事もなければ、誰かから紹介された事もないのだから、知りようがない。


 ――まさか、知らぬ者はいない程の有名人とか言わないよね?


 だとしても、辺境のラザトークスまで響く程の名前などそうない。あの街は、本当に帝国の端っこなのだ。


 そんな事情を知らない二人はお互いに見やっていたが、やがておじさんの方が咳払いを一つした。


「ここが帝都じゃねえって事を忘れてた。俺はレモ、んで、あっちはヤードだ」

「レモおじさんとヤード兄さんね。私はティザーベル」


 向こうが名乗ったのだから、こちらも名乗っておくべきだろう。なのに、二人とも嫌そうな顔だ。


「ヤード。兄さんはつけるな」

「俺も、おじさんをつける必要ないだろう」


 早速二人からそう注文が入ったが、ティザーベルは愛想笑いを浮かべただけで何も答えない。曖昧に流すのは、日本人の得意技だ。もっとも、ティザーベルの場合は「元」日本人だけれど。


 レモがうろんなものを見るような目つきでこちらを見つつ、話題を変えてきた。


「さっきの襲撃の話、ありゃどこで仕入れた話だ?」

「ついさっき、この船で。ラザトークスを出てからずっと、魔力で索敵をしていたの。そうしたら、前方におかしな反応があったから、そっちの音声を盗み聞きしていたんだけど、この船を襲うつもりらしいよ。もっとも」


 一旦言葉を切って、船の進行方向を見た。


「何だか訳ありっぽいけどね」

「盗賊共の訳なんぞ知るか」


 ヤードはそう切り捨てた。確かに、襲われる側が襲う側の事情まで考えてやる義理はない。というか、先程まで疑っていたくせに、いつの間に信じたのか。突っ込みを入れたかったが、変に意固地になられても困る。


 何せ、ここからは彼等に任せるつもりなのだから。


 そんなティザーベルの内心を察知したように、レモはにやりと笑った。


「まあ、襲ってくるっていうなら、返り討ちにするまでだな。で? 嬢ちゃんも冒険者だよな? 戦えるのか?」


 聞かれた事に対して、ティザーベルはにっこり笑って答える。


「私、人外専門なの」

「なんだそれは?」


 顔を顰めるヤードを、ティザーベルは想定内だからとあえてスルーした。


「手助けはするけど、戦闘は二人にお願いしてもいいかなあ? その代わり、賊達が船室に入らないようにしっかり護るし、二人が戦いやすいように支援の術式を使うよ?」


 二人はお互いに顔を見合わせた後、ヤードが口を開く。


「で? 支援ってのは、具体的に何をしてくれるんだ?」


 ティザーベルが語った内容を聞いた二人は、口を開けてぽかんとしていた

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